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ずっこけ3紳士! はじめての異世界生活~でもなんかループしてね?(ネタばれ)~  作者: 犬者ラッシィ
第十一章 3紳士、無双したり成り上がったり、ずっこけたりする
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439 ヤマダ、土下座する

 あの夜から二日後の夕暮れ時。


 なぜかおれは、王都歓楽街の道ばたで、目の前にいるグランギニョル侯爵家三男フライドに向かって、ブザマに土下座をかましている。



「ん~、あれっ? キミって確か、大迷宮でチンチコールのお嬢さんに追っかけられてた人だっけ?」


「え? ん? いや、その……どっかでお会いしたことありましたっけ? えへへ……」


 なぜこんなことになっているのか? 順を追って説明させてもらいたい。




 ***




 あの夜、おれはユーシーさんから「ナタリアちゃんが死んだらしい」と聞かされ動転し、王都の冒険者ギルドまで人目もはばからず【飛翔】した。

 その日ギルドで、「S級冒険者が何人か死んだ」とか言ってるやつがいたのを思い出して、そいつなら何か詳しい事情を知ってるんじゃないかと思ったわけだ。確か、コレクター何とかっていう変態っぽい若僧だった。

 ……いや、正直言うと、「犯人はあの変態野郎に違いない、ぶっ殺す!」とかトンチンカンな推理で暴走していたことを白状しておく。


 幸いというかなんというか、勢いよく飛び込んだギルドに変態野郎の姿は既になかった。

 結果的にもめ事にならずに済んだわけだが、それでもその時のおれは諦めきれず、誰か変態野郎の居所を知ってそうなやつはいねぇのか? とテーブル席を見わたしていた。


 おっとそうだ、おれのスキル【空間記憶再生】で後をつければいいじゃないか!

 ――とか思いついた、ちょうどその時。



「おい、ヤマダさん!」

「ちょっとちょっと、ヤマダさーん? 僕たちをほったらかしてベルベットちゃんとお愉しみですかねー?」


 どうやら一応おれを探していたらしいナカジマとタナカに声をかけられた。

 少し……いやかなりイラついていたおれは、タナカの軽口に思わず「うるせえ!」とか言いそうになってしまったけど、床から顔を半分出しておれを見ているシャオさんに気が付いて「う……」で思いとどまる。


 オナモミ妖精の話では、ジーナスに身体を乗っ取られたおれは前髪ぱっつんのベルベットちゃんと一緒に【空間転移】みたいなスキルで、どこぞに一瞬で転移してしまったらしいので、よく考えたらシャオさんも置き去りにしてしまったのだと思い至る。

 公認ストーカーのシャオさんに心配かけてしまったと知り、一気にクールダウンするおれ。



「……なんか、すまん」


「やはり、何かあったのか?」


「ど、どんまいだよーヤマダさん」


 ナカジマとタナカは、おれがベルベットちゃんとなんかあって取り乱していると思ったようだが、それは違う。違うんだよシャオさん。

 おれは、ジーナスに乗っ取られた後のことを説明した。


 しかしそのことはもう解決済みの案件だ。ジーナスの魔石はきれいさっぱりユーシーさんに【世界破壊ワールドディストラクション】されてしまったから、おれにとってそのことはもう過去のこと。

 今おれを駆り立てるのはナタリアちゃんのことである。

 続けて、ナタリアちゃんが冒険者ギルドに粛清されたらしいことを話した。



「夕方ここのギルドに来た時に、S級冒険者が二人死んだ! とか騒いでるやつらがいたもんだからさ、なんか話が聞けたらなと思って」


「ナタリアさんが……、まさかそんなことになっていようとは……」


「えーじゃあ、ヤマダさんとベルベットちゃんはなんでもなかったってことー?」


 こいつ……タナカ、今はそういうことを話してるんじゃないだろうが! イライラ。

 

 イライラしたおれが、タナカをひっぱたこうかグーで殴ろうか迷っていると、ナカジマがこともなげに言った。



「ふむ。それならば、先ずはアウロラさんに聞いてみようか。受付嬢が知りえる情報なのかは不明だが、少なくとも取っ掛かりは見えてくるかもしれん」


 ――おお、その手があったか! 冴えてるぜ、ナカジマ氏!

 おれは久しぶりに「さすが大卒!」と思ったのだった。





 その翌日おれは、「ニジの街」から東へと伸びる街道沿いを【飛翔】していた。

 眼下には、王都方面へとひた走る馬車が一台。おれのスキル【空間記憶再生】で再生中の「三日前、『夢幻館』からナタリアちゃんを乗せて王都方面へと走る馬車」の映像記憶である。

 

 ナカジマからアウロラさんに話を聞いてもらったが、やはりニジの街ギルドの受付嬢アウロラさんが知っているような情報ではなかった。それでも、「もしかしたら彼なら」と紹介されたのは元Cランクパーティ「赤光シャッコウ」リーダー、リグレットちゃんと同棲している羨まけしからんウィリーのやつだった。そういえばあいつ、ギルドに就職したんよな。


 ギルドで待ち構えてウィリーに話を聞くと、「ホントはまだ、表に出していい情報じゃねーんだけどな……、おっさんにはなんだかんだ世話になったし、ここだけの話ってことにしといてくれよ?」とか前置きしつつ、割と根幹に係るような話が聞けた。……くっそ! 相変わらずイイやつだなウィリー、イケメンのくせに。





『三日前、東の街道に【流星】が降った。おっさんと『クレイドール』で会っただろ? あの日だ。けっこうでかい音がしたし、高く爆煙が立ち上って見えたけど気付かなかったかよ?』


 ……なんてこった。どうやら、異世界「日本」から帰ってきたその日にナタリアちゃんは襲われたらしい。

 ナタリアちゃんは、バイトを辞めてくると言っておれ達と別行動していた。夕方頃、おれ達はナカジマの【空間転移】で「ニジの街」を去ったので、おそらくはその後に起こった出来事だろうと思う。


 ウィリーの話を聞いておれは、三日前のナタリアちゃんのバイト先「夢幻館」の店先からナタリアちゃんを乗せて走る馬車をスキル【空間記憶再生】で再生しながら後を追った。





『ギルドの上が、なんで英雄ナタリアを粛清しようとしたとかそういうことは俺にもよく判らねぇ。けど、今のギルドはグランドマスターの一人、グランギニョルってお貴族様が幅を利かせてて、ナタリアさんは昔っからそのお貴族様とあんまり仲が良くなかったってことは確かだ』

 

 「ニジの街」から東へしばらく飛ぶと、巨大なクレーターが見えてきた。

 スキル【空間記憶再生】で再生中の馬車がクレーター上にさしかかる。まるで空を飛んでいるみたいに見えるが違う。元々はあの場所に地面があったのだ。


 馬車が、巨大クレーターの真ん中辺りで急停車すると、チャラそうな男が一人降りてきて一目散に走り出す。

 てか、あの男には見覚えがある。『灰の勇者』キネ・リュウジ、日本からの転移者だ。やつのスキルは知っている、【敵意無効】――目の前の相手からの敵意を無効化する。……くそっ、そういうことか!

 

 その直後、【流星】が馬車を直撃した。

 間一髪、ナタリアちゃんが地面に穴を掘り、御者の男を連れてギリギリ避難したのが判った。





『今回駆り出された冒険者はおよそ二百人。それから、【流星】の大魔法を使える「S級冒険者」キララ・アーケービィと、お貴族様に囲われてる「灰の勇者」キネってやつ、――あと、グランギニョルの「聖剣使い」まで使ったって話だ。英雄ナタリア一人を殺すためにな』


 おれのスキル【空間記憶再生】の映像は続く。

 上級魔法【流星】が穿った巨大なクレーター。

 クレーターの底に無事な姿を現すナタリアちゃんと御者の男。


 やがて、およそ二百人の武装した男女がクレーターの縁にずらりと並んだ。

 その中から、黒髪の青年が一人進み出て、ナタリアちゃんに対峙する。――彼が持ってるご立派な剣……多分あの男が「聖剣使い」ってことか?



「えっ……、なっ……!?」


 驚愕し思わず声をもらすおれ。

 背後から斬りかかった御者の男に気を取られていたとはいえ、ナタリアちゃんの右腕と両目を、真っ正面から一瞬で斬った「聖剣使い」。……コイツか!! この何の変哲もない平凡そうな黒髪野郎が、ナタリアちゃんをやりやがったんか!!?





『――「聖剣使い」はグランギニョル家三男のフライドってやつらしい。そいつのことは全然知らんが、グランギニョル家の「聖剣ギンガイザー」は有名だからおっさんも知ってるよな? ――って、知らねぇのかよ! しょうがねぇ世間知らずだな……「聖剣ギンガイザー」って云えば、【スキル無効化】だろうがよ! ――そう。「聖剣ギンガイザー」が抜かれると、スキルが使用できなくなるんだとさ。――いや、そんな都合のいいもんじゃねぇよ。「聖剣使い」自身も当然スキルは使えなくなるらしいからよ』


 ウィリーのやつは確かそう言っていた。あの『聖剣』は、抜けば使用者自身のスキルも封印してしまうはず。

 グランギニョル家の三男フライドとかいうやつ、スキルなしで十メートルはあったナタリアちゃんとの間合いを一瞬で詰めてきたってことになる。いくらなんでも異常なスピードだ。


 もしかすると、一回剣を鞘に納めて、距離を詰めた後にまた剣を抜いたんじゃないかと思って、【空間記憶再生】を巻き戻してスロー再生してみたけどそんなことはやっていなかった。……フライドってやつ、単純に速い!

 

 ステータスのスピード値が異常に高いやつなのか、なにかそういう効果付き装備を身に着けているのかは不明だけど、でもまあだいたい解った。……コイツだ!! コイツがナタリアちゃんのカタキだ!! 名前はフライド・グランギニョル!! 憶えたぞ、顔も名前も!! 絶対に許さん!! ぶっ殺してやる!!



 ――しかしおれの予想に反して、フライドはそれ以上戦うことなくナタリアちゃんから距離をとり、待機していたおよそ二百人の冒険者達を手を振って呼び寄せた。


 右手と両目を失ったナタリアちゃん対、人相の悪い冒険者およそ二百人の戦いが始まる。

 ただし、離れた場所で見ているフライドは『聖剣』を抜き身のままにしているので、双方ともスキルなしでの戦いだったはずである。


 一対多の戦いであることに加えてケガもあり、初めからナタリアちゃんに勝ち目のある戦いとは思えなかったが、彼女は何処からか飛んできた細身の剣を片手に小一時間も戦い続けた。

 

 敵対する冒険者達の数は半数以下にまで減っていたが、ナタリアちゃんも既に全身ズタズタで血みどろだった。

 残っていた左腕が力なく垂れ下がり、握力を失った左手から細身の剣がこぼれ落ちると――、様子を窺っていた生き残りの冒険者達が一斉に彼女に襲いかかり押し倒した。





 ――そこから先の、ナタリアちゃんへの見るに堪えない陵辱と暴行は果てしなく続き……おれは、日没によって【空間記憶再生】が再生不能になるまで震えながら、この場所で数日前にあった残酷な現実を凝視し続けた。これに関わった冒険者一人一人の顔を忘れないように。







 しばらく、クレーターの底に座り込んで泣いていたおれだったがやがて、この先どうするべきかを考え始める。【空間記憶再生】していた三日前の時間は夜になってしまったが、実際の今の時間はまだ昼頃である。……王都の冒険者ギルドとか酒場とかに行けば、さっき見知った顔の一人ぐらい見つけられるだろうか?


 そんなことを考えていた矢先、再生しっぱなしになっていた【空間記憶再生】の映像に光が灯る。どうやら、誰かが【浮灯うきあかり】の魔法を使ったらしい。


 灯りの中に、手足がなく元々薄いおっぱいまでも切り取られてしまった無残なナタリアちゃんの小さい身体が見えた。……もう息をしているのかどうかも判らない。おれの視界がまた涙でにじむ。


 ナタリアちゃんの小さい身体をズタ袋に詰める人相の悪い冒険者達。

 荷馬車の荷台に雑に積まれるズタ袋。その隣りに、抜き身の『聖剣』を携えたフライドが付き添う。ナタリアちゃんのスキルを警戒してのことだろう。


 この後、魔法【浮灯】を頼りに夜道を馬車で移動するらしい。

 ――そうか、まだ追跡できそうだ。追って追って、追い詰めてやる!!



 人相の悪い冒険者達を乗せた馬車の一団は、魔法の灯りを頼りに夜の街道を東へと走る。

 

 深夜、王都南門前で一旦停車、男女二人が降りる。「灰の勇者」キネともう一人、ベテラン少女漫画家みたいな小太りのおばさん……もしかして、アレが「S級冒険者」大魔導キララ・アーケービィか? ふーむ。なるほど、にじみ出る大御所感。


 腕を組んで王都南門へと去って行く二人。……キネのやつ、守備範囲広いな。ちょっとだけ尊敬するぜ。


 やがて再び動き出す馬車は、街道を逸れ南の森へと分け入って行く。





『――で、結果的にだ、ギルドの上が画策した英雄ナタリアの粛清は成功したってことらしい。ナタリアさんは間違いなく死んだってよ。スキルを封じられちゃあな、いくらレベル50越えっつたってな……。――だが、なんていうか、成功したって言うには、ちょっと……な』


 王都外壁外、南の鬱蒼うっそうとした森の中。

 高い塀に囲まれた、頑丈そうな建物。


 おれの目の前で、その建物が爆炎に包まれていた。

 ……爆発オチなんて、サイテー。

 言うまでもないが、おれのスキル【空間記憶再生】で再生中の「三日前深夜からその翌日早朝にかけての光景」である。

 今現在、実際には焼け落ちた煤けた建物の残骸が残るばかりだ。


 まるでこんな日が来ることをずいぶん前から知っていたかのように、ナタリアちゃんは【空間収納】に大量の爆薬とガソリンを持ち歩いていたらしい。

 おれが、絶対復讐してやる! とか思って必死で記憶した人相の悪い冒険者どもと、黒幕っぽい偉そうなおっさんまでも巻き込んで、ナタリアちゃんは自爆して死亡したというのがこの騒動の顛末だった。

 

 おれのこの行き場のない気持ちはどうすればいい?

 

 ふと横を見ると、今のおれと同じように、三日前のこの場所で爆発炎上する建物を見上げている「聖剣使い」フライド・グランギニョルの姿があった。


 ――!! まじか、コイツ……!? ナタリアちゃんのほど近く、即ち爆心地のかなり近い場所にいたはずのフライド・グランギニョルが、なんで一人だけ脱出成功してるんだよ? 服は所々焼け焦げてボロボロだけども、HPが減っているようには見えない。


 単純なスピードだけで脱出できたとは思えない。

 いつの間にか、彼の「聖剣」は鞘に納められていた。――つまり、スキルを使ったってことか?


 よく見ると、フライドの周囲だけが半透明のスライム状のもので覆われているのが判った。ベリアス様が使ってた【王の領域】やエルマさんの【ドラゴンフィールド】に似ている気もするけど、別物だろう。触ると痛かったり硬かったりする感じじゃなくて、もっとなんかこう……身体に悪そうな感じだ、見た目的に。



「てかコイツ、なにをヘラヘラと笑ってるんだよ……?」


 なんだかとても禍々しいものを見たような気がして、背筋に冷たいものが走るおれだった。





「それで、ヤマダさんはどうする気なんだ? その、まんまと生き残った三人、『灰の勇者』キネ君と『S級冒険者』大魔導キララ・アーケービィ、『聖剣使い』フライド・グランギニョルに復讐するのか? 私が言うのもなんだが、復讐はむなしいだけだぞ?」


「いやーそもそもさー、ナタリアちゃんでも勝てないようなやつに、ヤマダさん復讐できるの~? ピザ五百人分注文するとか? 玄関前でウンコするとか~?」


「……それな」


 翌日、おれはナカジマとタナカを連れて、もう一度ここ、焼け落ちた建物跡を訪れていた。

 早朝から三人がかりで、すすけた建物の残骸を撤去している。



からめ手か。しかし、中途半端にやってバレたらコトだぞ?」


「かといってさー、ダイレクトアタックはマズくな~い? てゆーか、『スキル無効』とか『NTR』とか、異世界モノでやっちゃイケナイ暗黙のルールでしょー?」


「……玄関前にウンコだってダメだろ」


 『勇者とS級冒険者と聖剣使いに婚約者をNTRされたので、毎日ヤツらの家の玄関前でウンコしてやった件! もう遅い』……みたいな? ダメだろ。暗黙のルールだろ。


 てか、ナタリアちゃんに好き放題してくれやがった人相の悪い冒険者どもと黒幕のギルドのお偉いさんが全員焼け死んだせいで、おれは多少の冷静さを取り戻していた。


 生き残った三人、「灰の勇者」キネ・リュウジ、「S級冒険者」大魔導キララ・アーケービィ、「聖剣使い」フライド・グランギニョルをどうするのかは、ナタリアちゃん本人に決めてもらえばいいじゃないか。



「……やはり、手作業では無理がないか? 私の【詳細地図】でも、燃え残りの欠片程度では表示されんし、そも、牢屋は地下なのだろう?」


「さっきから何人も【肉体治療】してるけどさー、知らないおじさんばっかりなんだけどー。しかも、時々おんなじ人被ってるしー」


 要するに、朝っぱらからおれ達はここで、燃え残った骨の欠片を掘り起こしているというわけだ。

 ナタリアちゃんの遺骨が一欠片でも見つかれば、それをタナカのスキル【肉体治療】で元の身体に復元することができるだろう。更には、スキル【魂の回帰】で、ナタリアちゃんの魂を元の身体に呼び戻し、復活させることができてしまうのだ。タナカのヤツめ!


 ただし、死者の魂は五十日間で輪廻の輪に還ってしまうので、のんびり手作業でやってる場合じゃないというのも全く同意である。……おれも、ちょっと疲れたし。間違って復元してしまった冒険者と思しき全裸死体が山積みになってるし。



「ここまでボロボロの建物をどうにかできるか判らんけど――スキル【世界創造ワールドクリエイト】! 限定解除、【修復】あらよっと!」


 爆発炎上で真っ黒焦げのこの建物を元どおりに【修復】すれば、地下の牢屋周辺だけに捜索範囲を絞り込めるはず。

 ――というわけでオナモミ妖精くん、承認ヨロ!



(ケケケ……! あいよー)

 

 おれのスキル【世界創造ワールドクリエイト】は、まだアップデート中なので、その効果の一部だけをオナモミ妖精の仲介で限定的に使わせてもらっている。なのでいちいち、使用するときヤツの承認が必要だったりするのだ。


 ミシッ、ミシッ、ミシシシッ――と、家鳴りのような音を立てて、スキル効果が発動する! おれ達三人組が見守る前で、ボロボロだった建物が小さなブロックを積み上げるように【修復】されていく。素材は、煤けた残骸を分解した極小の粒子であるが、不足する分は、おれの身体のどこかに蓄えられている極小の「廃棄妖精」が消費される……らしい。





「これは……!! 何度見ても、とんでもないスキルだなヤマダさん。建物の中の家具や調度品どころか、美術品までも【修復】されてるじゃないか」


「てゆーかー、死体もそのスキルで復元すればよかったんじゃなーい? 僕の苦労はよー」


「いやいや、ある程度ゲンケイが残ってないとさ、そらもう【修復】じゃねぇべ!? って、うちのオナモミ妖精くんが言っとります」



「炭になった絵画や剥製を【修復】するのと何が違うのかと言いたいところだが、スキルは解らないことだらけだからな」


「あれれ~? ナカジマ氏、ちょっと大人になったんじゃなーい?」


 ――確かに。童貞卒業して、なんだか余裕あるなナカジマのヤツ。

 今のヤツなら、きっと教師としてもっと上手くやれたんじゃないかと思わなくもない。

 まあ、今更そんなことはどうでもいいんだけど。



「そういうワケだから、地下の牢屋まで来てくれ二人共。ナタリアちゃんの遺骨はそこにあるはず!」







 ――って、無いんだが!?

 牢屋とその周辺にあった煤けた骨の欠片、片っ端から集めて、タナカに【肉体治療】してもらったけど、なぜかナタリアちゃんの遺骨だけが見つからない。


 建物の外までちりぢりになって吹っ飛んだ?

 あるいは、建物【修復】のときに素材として分解されてしまったとか?

 ……いや、そんなはずはない。だって、他のヤツの遺骨はまるごと残っているのだから、ナタリアちゃんのだけがそんなことになるなんて有り得ない。



「ふむぅ。燃え尽きてしまったか? ナタリアさんは小柄だったし、骨さえ残らず灰になってしまったのやも知れん」


「……ヤマダさん、悪いけど僕の【肉体治療】でも、さすがに灰から人体は復元できないよ……悪いけど」


「……そ、そんな…………バカな……」





 いや……まてよ。まてまて。

 そういえば、フライドのヤツは脱出のために聖剣を鞘に納めていたじゃないか。――ってことは、爆発の瞬間、ナタリアちゃんもスキルが使えたってことじゃないか?


 地面に穴を掘って【流星】の魔法をやり過ごしたみたいに、もしかしてナタリアちゃん、脱出に成功してたりして……!?

 

 一縷いちるの望みをかけておれは、爆発の瞬間のナタリアちゃんを【空間記憶再生】する。

 ナタリアちゃんの無残な姿を初めて目の当たりにしたナカジマとタナカが息をのむのが判った。


 だが、今はそんなことにかまってる場合じゃない。

 一瞬だ。爆発の一瞬。ガソリンらしき一斗缶に細い剣が突き立ち発火、そして爆発の閃光で何もかも見えなくなるまでの一瞬。

 

 ナタリアちゃんは、どうやって脱出したのか?





 ……結論から言うと、ナタリアちゃんはやはり脱出していなかった。

 おれはそのシーンを、スローモーションで何度もリピートして見直したが、何度見直しても、ナタリアちゃんは最後の最後までただ口元に薄らと笑みを浮かべるばかりで、おれの期待したような行動を終ぞ起こすことはなかったのだ。



「むごいな。まさか、こんなことになっていたとは……」


「ねーねー、ナタリアちゃんの手とか足はどうなっちゃったのー?」


「ぁあ!? それは、ヤツらがよってたかって!! スキルの使えないナタリアちゃんを二百人でよってたかってっ……!!」



「お、おい、ヤマダさん落ち着いてくれ。私達にあたっても仕方ないだろう?」


「ご、ごめんよ、ヤマダさん……」


「……いや、こっちこそ、取り乱してスマナイ」


 くそっ! タナカのやつめ。思い出したら、また頭に血が上ってしまった。

 ナタリアちゃんの手足は、あいつらによってたかって……って、ああーっ!!


 思わず叫んだおれを、ナカジマがいぶかしむ。



「いきなりどうした、ヤマダさん?」


 ナタリアちゃんの手足とおっぱいは、あいつらに切り取られて、骨も残さず食べられてしまったのだ。


 だが違った。

 そうじゃなかった。


 右腕だけは、最初にフライドに切り落とされてしまったから、もしかすると、ひょっとすると、あそこに……あの街道のクレーターの底にまだ落ちてるかもしれない。

 

 てか、もしかしてさっきタナカが言おうとしてたのは!?



「あれれー、もしかしてヤマダさんも気付いたー? 僕はヤマダさんから聞いたんだよ、『聖剣使い』にスキルを封じられて、ナタリアちゃんは右腕と両目を切られちゃったんだってさ」


「そうだ! そのとおりだ! ナイスだ、タナカ氏! あの場所に、クレーターの底にナタリアちゃんの右腕がまだ落ちてるかもしれない!」



「ほう、なるほどな。そういうことだったか。ならば急いだほうがいいだろう。当日からもう四日、とっくの昔に動物や魔物の腹の中ということもあるかもしれん」


 ナカジマに言われるまでもない。

 おれは、ナカジマとタナカ、二人をその場に置き去りにして、建物外へと走り出た。

 

 ――スキル【飛翔】! 光の羽根を広げて、おれは空へと飛び立った。

 向かうのは、「ニジの街」から東へ十数キロ、街道沿いの巨大クレーター!







 その日の正午過ぎ、おれはナタリアちゃんが襲撃された現場、街道沿いの巨大クレーターに降り立った。


 ざっと見渡した限り、ナタリアちゃんの右腕は見当たらない。



「たしかこの辺だったと思うんだけどな」


 おれは、スキル【空間記憶再生】で、四日前この場で行われたナタリアちゃん襲撃のシーンを再生する。





  ナタリアちゃんの背後から御者の男が斬りかかった。それをかわして、御者の男を無力化する。


 しかしその一瞬の隙をついて、フライドが超スピードで距離を詰めてきていた。 

 首を狙った神速の横薙により、ナタリアちゃんは右腕と両目を失ってしまう。


 地面を転がっていくナタリアちゃんの右腕。

 

 フライドは、クレーターの縁で待機していた冒険者達を呼び寄せ、およそ二百人でナタリアちゃんを取り囲む。





 ――さてここだ。

 ナタリアちゃんの右腕は、いったいどこまで転がっていったんだ?


 その行方を追う。

 ああ、あった。あの日、ナタリアちゃんの右腕は、確かにここにあった。


 スキル【空間記憶再生】で再生中の立体映像の中には、確かにここにあったのだが、今はない。

 さて、いつまでここにあったやら……?





 ナタリアちゃんは、細身の剣を左手で振るい、人相の悪い冒険者どもと戦い始めている。

 そんな殺伐とした状況の中にあって一人、飄々とした男がナタリアちゃんの右腕を拾い上げた。――って、フライドじゃねーか!


 聖剣を抜き身で携えたまま、フライドは主戦場を離れていく。

 その途中、不意に、左手に持っていたナタリアちゃんの右腕が消失した。

 どうやら、ナタリアちゃんの右腕は、フライドの【空間収納】の中にあるようだ。

 ……なんてこった!




 ***




 ――と、まあそんなわけで、冒頭の土下座というワケである。

 別に謝っているワケではなく、お願い事をしているのだ。



「フライド・グランギニョル様、どうかおれに、『ナタリアちゃんの右腕』を返してください! 何とぞ! 何とぞー!!」

 

 王都の南門から、スキル【空間記憶再生】で追跡。

 ナタリアちゃんの死を知った日から二日後の夕暮れ時、おれは憎き「聖剣使い」フライド・グランギニョルに追いついた。


 王都歓楽街の道ばたで、なりふり構わず地面に頭を擦り付けるおれ。

 憎き相手ではあるが、今は復讐よりも優先すべきことがある。

 


「アハッ、ハハッ! なるほどなるほど、そういう話かい。よく俺が『ナタリアちゃんの右腕』を拾ったって判ったね? 確かに俺が斬ったし拾ったよ、『ナタリアちゃんの右腕』を。――でもさ、だったらキミさ、ハハッ! 俺に復讐しなくていいの? キミにとって俺は、婚約者の憎きカタキだよね?」


「それはそうですが……ただ、貴方様に復讐したからって彼女は戻ってきませんので……」



「そうかそうかー、キミはこう言いたいワケだ、復讐は勘弁してやるから出す物を出せと」


「現場の建物が爆発炎上してしまって、彼女の遺体はすっかり焼失してしまいましたから……せめて右腕だけでも取り戻せたらと。……多少なら、お金も用意できます」


 あの現場の建物にあったお金とか美術品は、丸ごとナカジマの【アイテムボックス】の中だ。一度焼失した後におれが【修復】したのだから、ギリギリ泥棒ではないということにしたい。



「実を言うとね、俺は『ナタリアちゃんの右腕』にこれといった執着はないんだよね。ただ落ちてたから、回復されたりしないように拾っておいただけでさ。そうだなー、ハハッ! キミがもし腕マニアの変態とかだったらさ、三十万Gぐらいで売ってもよかったんだけどね」


「……どういうことですか? おれが、ナタリアちゃんの婚約者だと何か問題が?」



「黒髪低身長、黄色っぽい肌に額の触角と天魚素材の剣、――キミってさ、ヤマダって名前じゃない?」


「……!! え、いや……おれは、女性の腕をふところに忍ばせてカツサンドを買いに行ったりするタイプの名も無い変態でして……」

 

 イヤな予感……というか、イヤな前兆はあった。

 スキル【空間記憶再生】を使ってフライドの行動を追っていた時、彼が見覚えのある女と会っているシーンがあったからだ。

 フライドは、どうやら前髪ぱっつんのベルベットちゃんと何らかの繋がりがあるらしい。



「ジーナス殿下をキミが倒したって聞いてね」


「……ど」



「どういう関係かって? ハハッ! 実のところ俺の本当の父はジーナス殿下だったらしいよ。なんでも、死んだグランギニョル家当主ナベルドには特殊な性癖があってね、ジーナス殿下とは変態同士気が合ったんだってさ。それである日、二人はクソみたいな遊びを思いついた。数ヶ月間、お互いに最愛の妻を交換しようじゃないかってね――ハッ、ハハハッ! それで産まれたのが、俺とベリアス様ってワケ」


「……な!!」



「――いや、ハハッ! そこまでジーナス殿下を慕ってたわけじゃないよ、直接話したこともないし、父親に甘えたいって歳でもないしね。クソなのはナベルドもジーナスも、どっちもどっちだろ? ……ただなんでかな? ナベルドが死んだときには、むしろスカッとした気分だったのに、今は……どうにもキミに復讐したくてしかたないんだ」


「ふ、復讐はむなしいだけだぞと、経験者のヤツが語っておりましたよ? えへへ……」



「――なんでなんかなー? やっぱり、血の繋がった実の父親だったら、ナベルドや兄上達とは違って、俺を見下したり理不尽な扱いをしたりするはずないってちょっとだけ期待してたのかもね? ……ハハッ! やっぱり俺、少し怒ってるみたいだよ。――ところでさキミ、もう一回聞くけど、俺に復讐しなくていいの? 確かにむなしいだけかもしれないけどさ、やることやっとかないと、この先ずっとそのことに囚われ続けちゃうって意見もあるぜ?」


 ……とか言って、おれの方から手を出させたい感じか? お貴族様のくせに、そういうところこだわるタイプ? ――だが、まだだ。まだ、早い。


 真正面から戦えば、【スキル無効化】の餌食だ。おれが勝つには、フライドが『聖剣』を抜く前に、不意打ち一発でケリを着けるしか今のところ思いつかない。

 おれは土下座したまま、こっそり自身に【身体強化】の魔法を三重がけした。今のステータスだと、効果時間は10分弱ぐらいだろうか?



「でしたら、おれの腕一本と『ナタリアちゃんの右腕』を交換ってことでどうです? おれが痛い目をみたら溜飲りゅういんも下がるんじゃないですか?」


「いらないよ、男の腕なんて。――ははーん? ヤマダさんさ、俺が断るって判ってて言ってるよね?」



「い、いやいやいや、フライド様がおれに復讐したいって言うから……!」


 とか、なんだかかみ合わない会話にハラハラしている時だった。





 ひゅ~~~~~~~パン!! パパン!!

 ひゅ~~~るるる~~~パン!! パン!! パパン!! パパパン!!

 すっかり陽の落ちた王都の空に、安っぽい花火が上がった。

 タナカが日本のベーシアで買ってきた家庭用の打ち上げ花火である。


 あらかじめ知っていたおれは別だが、突然あんなものが空に上がれば誰だって「何だろう?」って思ってしまうだろう。花火とかあんまり馴染みのない異世界っ子ならなおさらだ。――それは、貴族の三男フライド様だって例外ではない。


 案の定、「なんだ?」とかつぶやいて、彼は後ろを振り返り空を見上げた。

 


 ……ちゃーんす! 

 おれは片膝立ちで、腰のガリアンソードに手をかけた。


 同時に――スキル【遅滞】を発ど……うっ!!? ――【危機感知】反応!? おれはフライドへの不意打ちを寸前でとり止め、慌ててその場から飛び退いた。


 次の瞬間、おれがさっきまでいた場所に振り下ろされる剣。

 彼女は突然そこに現れた。前髪ぱっつんのベルベットちゃんである。



「かわされましたか」


 不意打ちしようと思っていたら不意打ちされた件!

 ベルベットちゃんの足下から湧き出た水流が渦巻き、おれの膝下を濡らす。

 彼女は水流を操り、【水の刃】をおれに向かって連続で発射してきた。

 

 ――お、おいおいおい! この近距離で連射はさすがにキツイ! あんなに熱いキッスを交わした仲だというのに、今のベルベットちゃんからは嫌悪と殺意しか感じない。

 おれは、冠水した路上の水面をスキル【浮遊】で滑るように移動しつつ、スキル【危機感知】と【認識阻害】を頼りに、なんとかベルベットちゃんから距離をとろうとするが――やっぱキツイ。

 ……ここで使っちまうか? おれの切り札、スキル【遅滞】を――。





 ――とか思っていたら、また不意に攻撃が途絶えた。膝下まで浸かるほどだった水流も一気に引いていく。

 同時に、おれが使用していたスキル【浮遊】、【危機感知】や【認識阻害】も封じられていることに気がついた。



「アハハ、【超常スマッシュ】! スキルは無効化させてもらったよ。俺をほったらかして、ナニを二人で盛り上がっちゃってるのさ?」


 見れば、フライドが『聖剣ギンガイザー』を抜いていた。

 ヒエエ~こ、これは聞きしに勝るヤバさだ。スキルが使えない心細さだけじゃない。フライドから感じる、おれ達素人とは一線を画す達人の佇まいに震える。……ああ、背筋が凍る……心臓がイタイ……。



「フライド様……」


「ベルベットちゃんさ、勝手なことされると俺、イラついちゃうんだけど――?」



「それはこちらのセリフです。わたくしがフライド様に依頼したのはあくまでも、あの男の殺害。腕一本程度で見逃されては困ります」


「それは断ったんだけどね。俺も、ヤマダさんと戦う理由を探してはみたんだけども、ハハッ! なかなかしっくりこなくてね。よく知らないキミに頼まれたからってのも、なんだかさ」



「そんなことでは困ります。あの男と二人の仲間達は、わたくしのヌードを見ているのですから、一刻も早く確実に、この世から抹消しなければなりません」


「はあ、そう。問答無用でとか、そういう理不尽な暴力は大キライなんだよね俺」



「でしたら、貴方様も貴族の子弟らしく、この男に正々堂々『決闘』でも申し込めばいいではありませんか?」


「ああ、俺、そういうお貴族様的なノリも大キライなんだよね」


 ベルベットちゃんとフライドの会話を端で聞いていてなんとなく判ったのは、二人がそれほど仲良しって感じではなさそうってことか? ――あと、「お貴族様的なノリが大キライ」とかフライドの言葉の端々からは、家族との不和がうかがえる。


 それにしても……不意打ち失敗で、『聖剣』まで抜かれてしまった。【スキル無効化】を何とかしないと、どうにもならんし……ここからどうしよう? ぜんぜん思いつかん。



「……そうですか。ではやはり、この男はわたくしが抹消いたしましょう」


「待った待った、ベルベットちゃん待ってよ。『決闘』ね……ハハッ! 案外悪くないかもね『決闘』。――『決闘』で思いついたんだけど、ねえ、ヤマダさん! ヤマダさんって勇者選考会に出ます?」

 

 ……は? 勇者選考会? なんの話だよ?

 ここはキミに任せるよ――とか言って、フライドは立ち去るパターンじゃないのか?

 ベルベットちゃん一人なら、適当にあしらえそうなのに……勘弁して欲しい。



「出るような、出ないような……えへへ?」


「まだエントリーしていないなら、明日にでも済ませてくださいよ――ハハッ! 勇者選考会のトーナメントで『決闘』しましょうヤマダさん! ああスッキリした! 五日ぶりに出たウンコなみにスッキリした!」



「なるほど! おれが、勇者選考会にエントリーすれば『ナタリアちゃんの右腕』を返してもらえるってことですね!?」


「違うよ。『決闘』だよ。欲しいものがあるなら、トーナメントで戦って勝ち取ればいい」


 要するに、勇者選考会のトーナメントでおれが勝ったら『ナタリアちゃんの右腕』を取り戻せるってことか。

 なんだそれ? 「決闘」なら今やればいい。そう思ったのはおれだけではなかったようで、ベルベットちゃんが問いかける。



「なぜですか? そんなまどろっこしい」


「戦うなら理由が必要だよ。感情のままに振るわれる暴力なんて、いかにもお貴族様っぽいじゃないか。そうだ、ベルベットちゃんも、ヤマダさんと戦いたいなら勇者選考会に出ればいい――ハハッ! ぜひそうしなよ」


「ま、待ってくださいよ! おれが、フライド様とトーナメントで当たる前に、予選とかで敗退しちゃった場合はどうなるんですか!?」



「そのときはしかたがないよね? ハハッ! 『ナタリアちゃんの右腕』は、腐って変色するまで毎晩しごくことになるだろうね、俺のちんちんを」


 ……こ、こいつ、やっぱりか!! なんとなくそうじゃないかと思ってはいたが、やっぱりそうだったか!!

 くそっ! くそっ! くそっ! くそったれ! くっ――だが、落ち着けおれ。今ここで、スキルなしで二人を相手にするよりは、仕切り直したほうがまだ対策のしようがあるはずだ。だから、フライドの申し出はおれにとって悪くないはずだ。落ち着け……、落ち着けおれ……!



「ならばわたくしも勇者選考会にエントリーするとしましょう。フライド様、わたくしが先にヤマダを抹消してしまってもよいのですね?」


「ハハッ! それは確かに仕方ないよね、ヤマダさん?」


「ぐっ……フライド様こそ、おれと当たる前に、誰かにあっさり負けたりしないでくださいよ」



「ナハハッ! そりゃそうだね。勇者選考会、俺もちょっと頑張ろうかな。それじゃ、決勝トーナメントでまた会いましょうヤマダさん」


 そう言って『聖剣』を鞘に納めるフライド。地面にひざまずいたままのおれを残して踵を返した。

 同時に、【スキル無効化】が解除されたのが判った。


 ベルベットちゃんは、おれに憎々しげな視線を向けた後、【空間転移】のようなスキルで姿を消す。





 ……ふう。助かった……のか……?


 それにしても、参加することに意義があると思っていた勇者選考会で、どうしても勝ち抜かなければならない理由ができてしまった。


 覚悟しろよ、フライド・グランギニョル!! ナタリアちゃんを傷つけた分、必ず痛い目にあわせてやる!!









  ただし、たった今、これから!!

 ――スキル【遅滞】発動!! ゆっくりと流れ出す時間の中で、おれはガリアンソードを抜いた!


 フライドのヤツ、勝手なことばかりぬかしやがって! なにが「決勝トーナメントでまた会いましょう」だっつーの! 『ナタリアちゃんの右腕』を、いつまでもオナホ代わりにさせておけるかっつーの!



 背中を向けて歩き去るフライドに向かって、容赦なく剣を振るうおれ!

 やつの『聖剣』の効果【スキル無効化】は厄介だけど、剣を抜く前にやっちまえば関係ない!


 

 一歩、二歩――突然ガクンと、おれのスピードが落ちた……!?

 な、何だ!? 何が起きた!? げげっ、フライドのやつ、もう剣を抜いてやがる!?

 おれのスキルが、無効化された……!!


 だが、おれの攻撃の方が二歩速い!!

 さっき重ねがけした魔法【身体強化】の効果がまだ数分残っていた。どうやら、『聖剣』の【スキル無効化】では、発動済みの魔法まで打ち消せるわけではないらしい。


 ――シュバッッ!!

 下段から切り上げたガリアンソードが、フライドの左腕を切断する!!


 やった!! やってやった!! ざまあみろ!! フライド・グランギニョル!!











 ――ぼとり。


 それは、おれの首が地面に落ちた音だった。


 どうやらおれは死んでしまったらしい。

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