295 『ハズレスキル【植物鑑定】でヤバイ薬作ったオレが、異世界で暗躍してみた③』
――ガッ……ガリッ……!!
マックスの渾身の一撃が、地竜の魔石を砕いた。
『ぐおぉぉぉん……!!』
断末魔の叫びとともに倒れ伏す地竜。
マックスはその日初めて地竜を倒した。大迷宮に挑んでから既に二年が経過していた。
「とうとうやったね、マックス!」
気が抜けて思わず座り込んだマックスの肩をたたいたのはエルフの美女ペリーヌだ。
「ありがとう、ペリーヌ。キミの支援魔法のおかげさ」
見つめ合う二人。そんな甘い雰囲気に男の声が水を差す。
「おいおい、俺もいるんだけどな?」
「ああ、カダッシュ。あんたの回復魔法のおかげで俺達は生きてる」
「ふん、判ればいいのさ」
互いの健闘をたたえ合う三人。
幼い頃から三人はいつも一緒だった。
一緒に行動し、一緒に成長した。
そして、この先もずっと……。
その日は50階層にある休憩所で一泊することに決めた。
休憩所には先客がいた。
扉を開けると同時にマックスの目に飛び込んできたのは肌色、肌色、肌色。
「おっと、すまない。誰も来ないと思ったもんでよ」
十三人の裸の女と男が一人。
「い、いや、こっちこそ……少し外で時間をつぶしてきますんで」
慌てて扉を閉めようとするマックスを、裸の男が引き止める。
「よかったら交ざらねえかい? そっちの彼女も一緒にさ?」
「……!?」
「ちょっとイガラシったら何言ってるの? 彼は一人じゃない?」
「え? あれ? 今確かにエルフの美女が一緒に入ってきたような気がしたんだけど……気のせいだったか?」
裸の女が指摘したとおり、休憩所の扉を開けたマックスは初めから一人だった。
驚いた表情で立ち尽くすマックスに別の女四人がにじり寄り手を引く。
なにしろ、男一人に対して女が十三人もいる。たくましい身体と整った容姿のマックスはとても歓迎された。
あっという間に服を脱がされ、前後左右から絡みつかれた。
(カダッシュ、ペリーヌは……?)
(すねてるよ。当分出てこないかもなー)
(まいったな……)
(そんなことよりあの男、俺達が見えてたのか? そんなことあり得るか?)
マックスは心の深い場所に潜ってしまったペリーヌに謝りつつも、快楽に生身の肉体を任せていく。
男はイガラシと名乗った。
「マックスさんだっけ? 巻き込んですまなかったねー」
「いえそんな……。こんな綺麗なご婦人方と……その……一生の思い出です」
「だろ? みんな自慢の嫁さ」
「嫁!? よかったんですか俺みたいなのが……」
「さすがに十三人もいるとなー、最近は5、6回が限度でさ、わはは……」
「イガラシはヘンタイだからね~。あたし達が他の男に抱かれてるのを見て興奮するんだよ」
「でもそれは、私達を深く愛しているからこそなんだって」
「あたし達だって、順番が回ってこない日はイラッとするしねー」
身なりを整えた女達が口々に言った。
十三人全員がイガラシのパーティメンバーにして嫁だという。
「ところでマックスさんは一人でこの大迷宮を?」
「ええまあ……」
「50階層までソロか、やるね。なんか訳ありなのかい?」
「えっとそれは……」
「あっと、別に無理に話す必要はないさ。言いにくいこともあるって、お互いにな」
「――イガラシさんって『巌の勇者』様ですよね……?」
「わはは……、勇者って言っても魔王が出なけりゃヒマでね。かといって、人間同士の争いなんてまっぴらなんで……ここでオレに会ったことは秘密にしといてくれよ?」
「もしや、60階層から先の最深層に向かわれるのですか?」
「ああ。そのつもりだぜ? マックスさんは……おっと?」
突然、深々と頭を下げるマックス。
「どうか俺を同行させてください! お願いします、どうか……!」
「――オリジンエルフ? それは、普通のエルフと何が違うんだい?」
「詳しいことは俺にも判りません。ただ、創造神に最も近く最も古い人族や魔族の原型であるとか。美しく長命であることはエルフと同じですが、男女の性別が無く両性具有であるそうです」
「フタナリってやつか? 興味が無いこともないが、オレは普通の女の子の方が好きかなー? ……で、そのオリジンエルフの遺跡がこの大迷宮の奥にあるって?」
「定かではありませんが、各地に残る遺跡が指し示すのは、大迷宮の奥に『オリジンエルフの失われた都』が眠っているのではないかと」
「へー、じゃあそこにはオリジンエルフの手つかずの財宝がたんまりと……?」
「はは……、かもしれません。もしそんな物があれば、それはイガラシさん達の好きにしてもらって構いません」
「おほっ、まじかよ!?」
「俺が求めているのは別の物です。『ステータス』、『レベル』、『スキル』と言ったこの世のルールのこと……もしかしたら失われた伝説のスキル【蘇生】、【空間接続】、【時間遡行】、【次元切断】、【世界創造】などのこともなにか判るかもしれない……!」
「分かったよ。一緒に『オリジンエルフの失われた都』とかを探しに行こうぜ?」
「あ、ありがとうございます! イガラシさん、このご恩は……」
「――だけど、さっきはああ言ったけどさ、パーティを組むなら話は別だぜ?」
「……!?」
「もう一回、ちゃんと自己紹介してくれよ……殿下?」
どうやら、十三人の女達の中に【鑑定】スキルを持つ者が居たらしいとマックスは悟った。うっかり、【偽装】効果付きのマントを脱いで裸になってしまったのだから隠しようもない。
***
「――殿下!! ジーナス殿下!?」
「……おっと!? どうした?」
大迷宮第2階層の大部屋にある船『白鶴丸』の甲板で、王弟ジーナスは我に返った。
およそ40年前の古い記憶を思い出していた。
ジーナスに声をかけたのはニセ『草原の勇者』ヤマモトである。
「パンナを壊さないでくださいよ!? オレのお気に入りなんで」
ジーナスが抱えた裸のエルフ――パンナは既に白目をむいて息も絶え絶えといった状態だった。
おっと、これはイカン――と、ジーナスは甲板に立ち、大部屋で熱狂する魚面の異世界オタク達に向かって見せつけるようにパンナの両足を抱え上げた。
「今日の所はこれで仕上げじゃ~!」
「ぎぃいい!」
――と、悲鳴ともつかない声をパンナが上げた。
ヤマモトは、魔族の女マルレーンを抱きながらジーナスの背中を盗み見る。
うなじから首にかけて金属のようなウロコがあり、尻には短い尻尾があった。
***
「――死んだ!? それは、影武者かなんかってことでー?」
その日、『白鶴丸』にやって来た王弟ジーナスは、王都の屋敷に住むジーナスが殺害されたと告げた。
しかし、自分もまた王弟ジーナス本人だと語る。
「死んだのは、王都の屋敷に住む吾輩。ネムジア教会のパラディンを何人か牢屋送りにする計画だったのだが、カダッシュのやつがいつものスケベ心を出しての、結局№11の若造一人しか排除できなかった。やれやれじゃ」
「カダッシュ?」
「三人いる吾輩の一人、王になりたかった吾輩であるな」
40年前――。
『巌の勇者』イガラシと共に大迷宮60階層に挑んだジーナスだったが、やはり62階層より先へ進むことはできなかった。
およそ一年半『黒い霧』の中をさまよい奇跡的に脱出したジーナスだったが、身体は魔物化し、また『黒い霧』の狂気を一身に引き受けた『ペリーヌ』の人格は崩壊していた。
ジーナスは幼い頃から三つの人格と共にあった。
思慮深く剣の得意な『マックス』、享楽的で回復魔法に優れた『カダッシュ』そして、慈愛に満ちたエルフの美女、支援魔法の使い手『ペリーヌ』の三人。
60階層に入り『黒い霧』の中で、精神耐性の高い『ペリーヌ』が前に出た。そしてそのまま一年半、『ペリーヌ』は他の人格を前に出すことを許さなかった。
『黒い霧』から脱出し魔人となったジーナスの右胸には三つの魔石があった。そして新たに手に入れたスキルが【三位一体】である。
「三つの魔石はそれぞれ吾輩の三つの人格を宿す。スキル【三位一体】とは、その魔石を体内から取り出し他人の身体に埋め込むことで我が物とすることができる。王都の屋敷に住んでいたジーナスは、吾輩の人格の一つ『カダッシュ』が入った人間だったわけだの」
***
大迷宮第2階層の大部屋、『白鶴丸』の甲板で王弟ジーナスは、抱えていた裸のパンナを手放した。べちょりと落ちたパンナは、既に意識がない。
「今の殿下は、『マックス』様ってことでいいんですかねー?」
「吾輩は、『マックス』と『ペリーヌ』であるな。スキル【三位一体】でいつも繋がっている」
ヤマモトの問いかけにジーナスが答えた。
『ペリーヌ』は人格崩壊したのでは? と、重ねて問いかけようとした時だった、甲板の上に何重もの光の輪が浮かび上がる。
輪の中に人の形が形作られ、やがて全裸の男が一人現れる。
「くっそ!! よくもこの僕に……!! ああっ、レベルが5つも下がってる!?」
大迷宮56階層から57階層に落下して死んだミチシゲだった。
ミチシゲのスキル【リスポーン】は、死亡してから一定時間後、あらかじめ指定した場所に復活するスキルである。ただし、所持品と相応のレベルを失うことになる。
興奮しているミチシゲにヤマモトが声をかける。
「おいおい、『黒金の勇者』シマムラ・スーザンとかにやられたのか? 他のヤツらはどうしたよー?」
「あ、うん……結構しぶとくてさ。他のヤツらがどうなってるかはわかんないけど、ゴトウがなんとかしてくれるだろ?」
「ちょっとキミ!! 今のスキルはなんだい!?」
「え!? ……誰、あんた?」
突然、全裸のジーナスに話しかけられて戸惑うミチシゲ。
見かねて、ヤマモトが口を挟む。
「ミチシゲ、こちら、ジーナス殿下な。殿下、今のはミチシゲの【リスポーン】ってスキルですよ。死んだ後で復活するみたいなー?」
「ほほう! 復活するのかい!? 凄いスキルじゃないか!!」
「いや、まあ、レベルが減るんですけどね」
「ヤマモト君、実はここに死んだジーナスから回収した『カダッシュ』の魔石があるんだが……いいかな?」
「あーまあ、オレは構わねぇですけどー……」
そう言って、ジーナスとヤマモトがミチシゲを見る。
「……?」
この時ミチシゲには、ジーナスとヤマモトの会話の意味がさっぱり解らなかった。
***
大迷宮59階層の円形の広間に、一体のゴブリンが現れた。
しかし、次の瞬間炎に包まれる。
その広間には、四肢を失い瀕死のゴトウが横たわっていた。
ゴブリンを焼いたのは、ゴトウの魔法である。
黒焦げのゴブリンが立ち上がる。
『酷イなぁ、急にナニするのサ?』
「……誰だ? ゴブリンじゃねえのか?」
『ゴブリンだげどね。その正体ハ、アマミヤ・ヒカル「本の勇者」ドが呼ばでているよ』
「…………」
『あで? 命乞いしないのかい、ゴトウくん?』
「……あんたのことは少し知ってる。スキル【借用】だっけか? 俺のスキルが目当てか?」
『ある人から聞いてね。【魔法反射】、【物理吸収】、【状態異常無効】、【無呼吸】どれも興味深いスキルだと思ったんだけど、見た感じ期待外れだったみたいだね』
「……だな」
『ぞんなわけでズキルはいらない。けど、ギミの死体は使えそうだ。だから大人しく一緒に来てくれると助かるんだけど?』
「……ゾンビにでもする気かよ」
『まあ、そんな感じだね。イヤがい?』
「……ク、ククッ……、悪くない……」
『……変わってるねギミ』
黒焦げのゴブリンは、ゴトウの襟首を掴むと大迷宮59階層から消えた。