436 名状しがたき黄金の晩餐①
「私は忙しいと言ってますのに、今夜のヤマダさんは……なんだか強引ですね」
「離れている時間が私を不安にさせるのです、会う度に貴方が美しいから。距離をとることで深まる愛もあるでしょうが、私はもう我慢なりません。くっくっくっ……ユーシー様、今宵こそは朝まで一緒にいていただくつもりですよ」
尻がかゆくなるようなおれのセリフに「えっ……あの、それはその……」と、なんだか悪くない反応をするユーシーさん。
……あれ? もしかしてこれ、本当に朝までイケんじゃね?
「……ま、まあ、私もヤマダさんに話さなければならないことがありましたし、夕食ぐらいならつきあってあげてもかまいませんよ、……あ、朝までとかそういうのはともかく」
「くっくっ……光栄です、ユーシー様。ワインでも酌み交わしながら、時間のゆるす限り語り明かすといたしましょう。――して、私に話さなければならないこととは?」
なんだかイイ感じの生演奏が流れる薄暗い店内で、おれはユーシーさんとテーブルを挟んで言葉を交わしている。
……なんでだ? ついさっきまで、タナカ、ナカジマと一緒にジーナス屋敷の地下室でダゴヌ様の触手と……そ、そうだ! 前髪ぱっつん美女ベルベットちゃんにぶちゅーっと舌ベロれろれろのキスされちゃって、ふへへ……それで、それから――どうなった?
「……ワイン? いえ、私の話は食後で結構です、ちょっとした情報共有ですから」
「なるほど同感ですな。二人の楽しい時間に堅い話などは無用、くっくっくっ……」
「ええ、まあ……それにしても、こんなオシャレな感じのお店を知っているなんて、少し意外でした。ヤマダさんのことですから、ディナーなんて言っても、きっと『オーク丼』とか『ミノタウロス丼』とかだとばかり思っていたのですが……いえ、丼モノは大好きですけども」
「くっくっ……私めに合わせていただけるのは嬉しく思いますが、このような場所でユーシー様に丼モノをお出しするわけにもいきますまい。今宵は、王国で最も新しい美食をご堪能いただけますようにと席を用意した次第です」
「……なぜそんな言い方をするんです? 昼間のことをまだ怒ってるんですか? 私は本当に、ヤマダさんと一緒なら『オーク丼:』だってイイのに……」
「おお、おお、かわいらしいこと言ってくださる! くっくっ……ならば次回は、『ダゴヌの触手丼』でもご馳走するといたしましょうか。――さて、料理が来るまで今少し、店長お薦めのワインで乾杯するといたしましょう」
……「私」? 「ワイン」? おれ、なに言ってんだ? なんかおかしくね?
勝手に言葉が出てくる。……昔、ツチヤ先輩が言ってた、「女の子と会話してると、勝手に言葉が出てくるじゃん」ってのはこのことか? あの時は全く共感できなかったけど、このことなのか?
ユーシーさんの前に座っているのは確かにおれ自身だし、発する声もおれの声だけど、おれの意思に関係なく会話が進んでしまう。だいたい、おれは自分のこと「私」なんて言わないし、「ワイン」なんてそんなに飲んだら、絶対吐くじゃん? ……なんかこれ、違くね?
「ちょ、ちょっとヤマダさん、大丈夫ですか? ほら、【快癒】の魔法を……」
「うっぷ……残念ながら魔法は手遅れのようで……おぇ、んぐっ……ちょ、ちょっと失礼……!」
ほれ見たことか、込み上げてくる胃の中のものを必死に飲み込みつつ、席を立つおれ。
テーブルに飲みかけのワインとユーシーさんを残し、便所へと駆け込む。
――ゲェロロロロ~!!
便器に、ワイン色に染まったナニかを吐き出すおれ。
「ハァハァ……酒も飲めぬとは、顔も背丈も……イチモツも、なんと残念な身体であることか……」
――にゃにをっ!? くそっ、薄々そうじゃねーかなーとは思ってたけど、どうやらおれは誰かに身体を操られている……いや、乗っ取られているって感じか?
てか、どこのどいつか知らんけど、おれの清らかな童貞ボディが気にくわないなら、速やかに出てけっての!
「……であるが、伝説のスキル【世界創造】には代えられぬ。今はまだなんらかの制限がかかっているようだが、いずれは吾輩の思うままにできることであろう。くっくっくっ……それよりも、今宵はあの生意気な大司教ユーシーに罰を与えてやらねばならん。先日の礼に、じっくりたっぷりほじくってくれよう、生意気な尻の穴をのぅ」
こ、こいつ……! おれの清らかな童貞ボディでユーシーさんの尻の穴をナニするつもりか!?
……ぐぬぅ、どうにかならんのか!? 見てることしかできないのか? おれの身体なのに。
(ケケケ……! ほっといた方がイイんじゃねー?)
――むむっ? 居たのかよ、オナモミ妖精!
おれの右胸の魔石に宿る妖精野郎の意識が口出ししてくる。てか今日は、視界の隅を飛び回る野郎の姿まではっきり見えている。……どうやら今のおれ、オナモミ妖精と同じような境遇ってことらしい。
……いやいや、ほっとくってどういうことだよ?
(だってよー、ヤマダより簡単にセックスできんじゃねー? このワガハイってオッサンに任しとけばよー! ケケッ! 実際すごかったぜ~、あのネーチャンとこに窓から押しかけて、あっという間に言いくるめたかと思ったら、この店まで一緒に空飛んですんなり連れてきちまったもんよー!)
ううっ、確かに……って、いやいやいや、違うって! そんなん意味ないって! だって身体はおれだけど、このままじゃおれ見てるだけってことになるじゃん? 主観視点のハメ撮りAVかよ!
てかオナモミ妖精くんよ、おれが意識を失ってからのこと見てたんなら教えてくれよ! 一体おれは、あの後どうなったんだ? タナカとナカジマとあと、あのベルベットって子はどうなったんだ?
(んー? あの女にブチューっとされたときに、ヤマダはあのワガハイってオッサンに乗っ取られたんだろ? なんか飲まされてよー)
ああそういえば、なんかアメ玉みたいなの飲み込んだかも。
もしかして、女アンソニーと同じような状況ってことか? じゃあ、”ワガハイ”の正体はダゴヌ様? ……いや、「先日の礼」とか言ってたし、ネムジア教会とかユーシーさん個人に因縁のある誰かってことかな?
(そんでよー、あのブチューってした女がヤマダを連れて、どっかのダンジョンに一瞬で転移したっつーの! メガネの使う【空間転移】と似たようなスキルでよー。つーか、そん時あの女がオメーのこと何とかデンカって呼んでたけど、ヤマダオメー、デンカだったんかー?)
――デンカ……殿下ね。そういえば、ベルベットちゃんの肩書きは「ジーナスの配下」だったよな。つまり、おれを乗っ取ったのは死んだはずの王弟ジーナスで間違いないのではなかろうか。……うへぇ、イヤだなあ。
ともかく、おれはベルベットちゃんに連れられてどっかのダンジョンに転移したらしい。ってことは、タナカとナカジマはジーナス屋敷の地下室に置き去りってことだろう。……あいつら、おれを探してくれてるだろうか? ナカジマの【詳細地図】でおれを見つけられるかっていうと、ちょっと期待できなさそう、一度ダンジョンを経由してるみたいだしな。――いや、見つけてもらったところで、多分あいつらじゃ、おれがニセモノかどうかなんて気付きもしないだろう。
くそっ、どうにかして身体を取り戻さないとユーシーさんの尻の穴が、ジーナスにじっくりたっぷりほじくられてしまう!
――ん? てか、ユーシーさんっておれの思考が読めたはずだよね? あれ?
(フツーは読まれねーよ。オレサマだって読まれてねーし)
え!? だってそれは、おれに「触角」があって……あれ?
(ケケケ……! ヤマダが勝手にスキル【共感覚】で読ませようとしてるんじゃねーの? オレサマと会話するときみてーによー)
うそだろ!? もしかして、おれが勝手に思考を垂れ流してるのか? いや、読まれるのはユーシーさんとオナモミ妖精だけだし、全方位に垂れ流してはいないはず。
もしかして、スキル【共感覚】の使い方次第なのか? 確かに、おれがこのスキルを手に入れたばかりの時は、異世界語が話せなくて【共感覚】に頼りまくっていたけど、その弊害でガードがガバガバになってたってことなのか? あちゃぁ……。
てか、ユーシーさんのやつ、知ってて黙ってた可能性なくね?
(ケケケ……! スキルの使い方も、ワガハイってオッサンの方が上ってことだろー?)
ぐぬぬ……、くそう。どうにかユーシーさんに気付いてもらえないもんだろうか、ヤマダの中味が違うって。
ひとしきり吐くものを吐いてスッキリしたヤマダ・ジーナスは、ユーシーさんの待つテーブル席へと戻る。
その間も、なんとか手とか足とか動かせないものかと力んでみたりするおれだったが、スキルどころかオナラ一発放てやしない。まるで、夢の中で必死に目覚まし時計を止めようとしている時みたいだ。
「やれやれ、私としたことが――。美女とご一緒する悦びに、ちぃとハメを外し過ぎましたわい」
「すっきりしたみたいで安心しました。……ところでヤマダさん、ここは一体どういったお店なんですか? なんだか、その……」
そう言いよどむユーシーさんの顔が少し赤い。
視線を追えば、低い舞台の上で、小さなビキニだけを身に着けた三人の女の子達が、客席に向かって尻を左右に振っていた。三人ともケモミミと尻尾があるけど人間の耳もあるっぽいのできっと付け耳、付け尻尾だろう。
店内に流れる生演奏も、いつの間にか景気のいいリズミカルな曲に変わっていた。
曲に合わせて、三人娘の乳と尻と尻尾が揺れる。……おら、ワクワクすっぞ!
「おお、ショータイムですな。くっくっ……なにしろここはショーパブですからの」
「ショーパブ? レストランではないのですか?」
「ここの店長とは個人的に親しくさせていただいておりましてな、かつて異世界から召喚された勇者が焦がれたという伝説の料理、カレーを追い求め、遂には再現に成功したという奇特な男なのです。つまり今宵は、この店にしかない伝説の料理、カレーをユーシー様に味わっていただこうという趣向なのですよ」
「伝説の料理ですか、確かに興味深いですけど……本当にそれだけの理由ですか? ヤマダさんが、若い女の子のお尻やおっぱいが見たかったからじゃないんですか?」
「おやおや、ジェラシーですかな? くっくっくっ……なんとかわいらしい。今、私の興味はもっぱらユーシー様の……だけだというのに」
「バ、バカ言わないでください、ジェラシーなんて! 生意気ですよ、ヤマダさんのくせに! ……もっぱら私の――、”何”だけって言ったんですか? よく聞き取れなかったのですけど」
――おれには聞こえたぞ。ジーナスのやつ、「尻の穴」だけって言いやがった。ムカムカムカムカー、ユーシーさんの尻は穴も含めて一切合切おれのだぞ!
舞台の上で尻を振る三人娘を見るともなしに愛でながら、ユーシーさんと小粋な会話を続けるジーナス。……なんて要領のいい野郎だ。もしかしてこれがスキル【並列思考】とかっていうやつか? こんなのおれだったら、きっと気が散って会話にならない。
やがて、給仕のエルフが注文の料理を持ってくる。
――な、なにぃ? これは、紛う事なきカレーうどん……!
「くっくっ……来ましたな。これこそが王都で最も新しい美食、カレーうどんですぞ! う~ん、芳しい!」
「こ、これが伝説の料理、カレー……、こう言ってはなんですが独特な色味。――ただ、確かにとても食欲をそそるいい香り……」
「給仕よ、私にはフォークを。ユーシー様は箸でよろしいのですかな?」
「――!? ……ええ」
さて、いただくとしましょう――とか言いつつ、うどんをスパゲティのようにフォークで巻いて食べ始めるヤマダ・ジーナス。
それを見て、ユーシーさんも箸をとる。
器用に箸を使いうどんを一口、クワッと目を見開いたかとおもうと、丼を両手で持ち上げ、直接口を付けてカレー汁をすすり上げる。……どうやら美味かったらしい。
ごくり……、カレーか。そういえば、タナカが日本でカレールーを大量に買い込んできたって言ってたな。近いうちに作ってもらおうカレーライス――って、この状況を何とかしないと、カレーどころじゃねぇよ。
ずずっ……ずずずっ……。
ずびっ……ずびびっ……。
テーブルをしばしの間、沈黙とカレーうどんをすする音だけが支配する。
その時不意に、店内の音楽が変わった。
退廃的でコケティッシュな曲調から一転、切羽詰まった激しい曲調にテンポアップ。
乱打するドラムに併せて明滅するライトの演出が、否が応にも客席の興奮を煽る。
店内の全ての視線は、舞台の上で尻を振るケモミミ三人娘へと集まった。
――うおぉぉぉぉぉ~!!!!
客席のどよめきにつられて、ユーシーさんもおれも舞台を見上げた。
――え!!?
ドラムの乱打が最高潮に達した時、舞台の上の三人娘は一斉にパンツを下ろし、客席に向かって生尻を突き出した。
舞台にほど近いおれ達の席からは、彼女達が、割れ目の奥の毛の一本、シワの一本までもがよく見えた。
――え!? ええっ!!?
あんなに激しかった音楽が止み、客席の誰もが静寂に息を飲む。
長いようで短い一瞬。
その静寂を破ったのは、舞台の上の三人娘の尻だった。
――ぶりゅっ、ばりゅりゅ、ばりゅばりゅばりゅばりゅー!!!!
――ぶばちょっ、ぶばばばばっ、ずぶばばばばばばばばー!!!!
――ぶぞぞっ、ぶりゅりゅりゅりゅりゅー、ぶりゅりゅー!!!!
「ブフーッ!!??」
三人娘の尻の穴から、客席に向かって一斉に放たれる湿ったウンコ!
同時に、口の中のカレーうどんを吹き出すユーシーさん!
――うおぉぉぉぉぉ~!!!!
店内が歓声に包まれる。
「ぶるるぁぁーぼぉぉう!!」
カレーまみれの顔面を気にしたふうもなく、舞台上の三人娘に惜しみない拍手を贈るヤマダ・ジーナス。
……な、なんなんだこの店は? ショーパブって、女の子がウンコすんの?
(ケケケ……!! なんだコリャ!! オモシレー!! あの女ども、ウンコ漏らしやがったぜ!! オモシレー!!)
オナモミ妖精のやつは、この脱糞ショーがお気に召したらしい。おれは、こういうのはちょっと……。
『ケモミミ三姉妹のノーラちゃん、ロミオちゃん、アマンダちゃんでしたー! おつかれー! ハイ、拍手ー!』
オールバックでサングラスの司会者が客席を煽る。
鳴り止まぬ拍手に送られて、舞台をはけていくケモミミ三姉妹。
……あれ、よく見たらアマンダちゃんカワイイな。目元を仮面で隠してるけど、どうやらカワイイぞ。せっかくカワイイのに、人前でウンコするしか生きる術がなかったんかな? 残念で仕方がない。
「ヤマダさん!!」
びくうっ!! ほ、ほら見ろ、ユーシーさんが怒ったぞ。当たり前だ、カレーうどん食いながら脱糞ショーとか見せられたら、大抵の女子はドン引きだっつーの! しーらね、おれしーらね!
「おやおやユーシー様、やはり、このような店の安いショーはお気に召しませんでしたかな?」
「ふざけないでください!! 若い女の子にあんなことをさせるショーなんて、ゆ、許せません!! この店も、それを観て喜ぶ客も!! ヤマダさんはスケベでも、そういう人ではないと思っていたのに、とても残念です!!」
「くっくっ……これは手厳しい。ですが、ユーシー様、あのショーは彼女達なりの芸なのですよ。自己表現なのです」
「自己表現!? なにをバカな!! どう考えても、男どもの変態性癖の発露でしかないでしょう!? 彼女達はその哀しき犠牲者に決まってます!!」
「いえいえ、確かにこの舞台に上がる女達の中には貧しい者達も多いですが、それでも安易に体を売らず、一芸をもって対価を得ようとする誇り高いショーガール達なのですから、犠牲者などと言ってしまっては彼女達にとって侮辱になってしまいかねませぬぞ」
「えっ……! だ、だって、人前であんなことをすることが芸だなんて……」
「彼女達とて、肛門を衆目に晒すなど恥ずかしいに決まっております。しかし、勇気をもってその一線を踏み越え、更には、気取った客達に向かって湿ったクソをまき散らすことこそ、決められた価値観に縛られた彼女達が彼女達自身を解放するというメッセージに他なりませぬ! それこそが、この閉塞した時代への強烈な平手打ちをかます、こんな小さな舞台で尻を振る小さな彼女達なりの自己表現であり芸なのです!」
「えっ、はぁ……」
「彼女達の精一杯の芸を、変態性癖の発露などと決めつけることは、甚だ失礼だとは思われませんか、ユーシー様?」
「うっ……、そ、そうですね。言い過ぎだったかも……?」
「ですからユーシー様も、この舞台の上で全てを解放してみてはいかがですかな?」
「そ、そうですね……って、な! なんでそうなるんですか!? バカ言わないでください!!」
タイミング良く、司会者のアナウンスが二人の会話を遮った。
『おっとぉ、ここで第二回くそプリ感謝祭で話題になったあの人の登場でーす!』
――ん? あれ?
いつの間にか、どこかで見たような美女が一人、舞台の上に立っていた。
オイルでも塗ってあるのか、丸出しのおっぱいはテラテラにテカっている。
……?
……!! あのテラテラおっぱいの美女、ユーシーさんじゃね?
――うおぉぉぉぉぉ~!!!!
客席のざわめきが、目の前に座っているユーシーさんの漏らした「ギィィ」とも「ゲェェ」ともつかない悲痛な叫びをかき消した。