434 SAN値チェック麻雀
「なんか、臭くなーい?」
ぎくぅ!? おれは慌てて、マントの中でしこしこしていた手を止める。
視線を上げると、通りすがりの黒髪美少女が、道路端で体育座りしているおれを見下し顔をしかめていた。
……むむむ、気づかれたか? おれがマントの陰でポコチンを勝手気ままにさせていることに。
だがそんな短いスカートで、目の前にそんなすらっと長い生足を放り出されたらウッシッシ……おれの心に芽生えた邪悪が、ますますハッスルしてしまうぜお嬢ちゃん?
「カオルちゃん! そういうことを言うものではないわ」
黒髪美少女カオルちゃんをたしなめたのは、やはり黒髪の美女だった。
スカートは長いけど、胸元からおっぱいがこぼれ出そうで、じゅるり。二人は姉妹だろうか?
「だってほら、卵が腐ったみたいな? あと、それから――」
おっと、そっちかい。おっしゃるとおり、出かける前に天然かけ流しの硫黄温泉に入ってきましたけど、そんなに臭うかな?
しこしこしこしこ……?
「妹が失礼。これ、少ないですけど」
黒髪の美女は、おれに向かって500G硬貨を放ると、黒髪美少女の手を引きさっさと冒険者ギルドへ入っていった。
……善意、だよな? きっと、純粋な善意に違いない。
それなのにおれときたら、なんとなくイラッとして、しこしこする手も止めてしまった。
やれやれ、【闇属性付与】の影響はいつまで続くんだ? こんな邪悪なおれなんて、エロ紳士の名が泣くよ。反省反省。
おれ達紳士は、いつだって感謝の心を忘れちゃいけない。その生足とか胸の谷間とかに――
「――おアリガトウござ~い。なんつって」
「なにがだ?」
「てゆーかヤマダさん、なんでそんなとこにいるのー?」
ナカジマとタナカ、やっと来たか。
ついつい、チッッ! っと大きく舌打ちを返してしまうおれであった。
***
街灯が灯り出す夕暮れ時。
冒険者ギルド前で合流したおれ、タナカ、ナカジマの三人組は王都北側、貴族街区にある「ジーナス屋敷」へ向かって歩いている。
異世界日本に移住したベリアス様。そんな彼から譲り受けた「ジーナス屋敷」で一泊すると話をしたら、タナカとナカジマも一度現地を見ておきたいとか言い出したもので、渋々案内しているというわけだ。
まあ今後の事もあるし、ナカジマが【空間転移】できるよう、場所を把握しておいてもらうのは無駄ではないと思う。
「ええーっ!? ヤマダさん、ネムジア教会の推薦、もらえなかったのー?」
「ふーむ、ネムジア教会でも推薦枠は四つか。残念だったな」
歩きながら、今日あったことを情報交換するおれ達。
タナカとナカジマは推薦状で、問題なく予選免除で来月からの本戦トーナメントにエントリーできたらしい。
「てかさ、モルガーナ公爵様って、もう一人分ぐらい推薦できなかったんかな?」
「モルガーナ公爵様でも推薦できるのは一人だけだよ。ナカジマ氏のやつは、エマ様のご実家からの推薦だってさ」
「エマ様のご実家は、王国の金融関係に大きな影響力を持つ一族らしい。詳しく話したワケではないが、私の所持するスキルに何らかの可能性を見いだした――といったところではないかな? 商売人として。【勇者】の武名に執着していない家柄でもあるし、たまたま持て余していた推薦枠を、長老であるエマ様の一存で私に――といったワケだ」
「あーそういうことね……」
「でもヤマダさんならさー、予選突破できるんじゃない? 魔法スキルだって四つも貰ったんでしょ?」
「ふーむ。考えようによっては魔法スキルの方がお得かもしれんぞ? 結果的に【勇者】になれなかったとしても、魔法スキルは残るのだし」
言われてみれば。予選を免除されたからといって、その後の本戦トーナメントだって難易度高そうだもんな。
イマイチ使い勝手の悪そうな魔法スキルだけど、買ったらかなり高額みたいだし、退職金代わりと思えば悪くないのかも。
***
――やややっ?
やがてたどり着いた「ジーナス屋敷」だけど、なんか窓から灯りがもれてる。
王弟ジーナスが死亡して、一人息子のベリアス様もエルフメイドのルカさんハナさんと一緒に日本へ移住しちゃったから、もう誰も住んでいないはずなのに。……まさか、空き巣だったり?
ナカジマが手前の空間に表示した、円形の地図を覗きこむおれ達。
やつのスキル【詳細地図】には、「ジーナス屋敷」の平面図と部屋の中でうごめく人影までもが確認できる。更にその人影を指定すれば、名前や所属、HPといった個人情報までもが明らかとなってしまうのだ。
1階――。
> ギース・エジェクタ(男)【ミース魔導学院三年生】HP 1835/1835
> ウィリアム・カーン(男)【ミース魔導学院三年生】HP 2033/2033
> キャサリン・マグワイヤ(女)【ミース魔導学院三年生】HP 1325/1325
> オウガス・タカス・モガリア(男)【ミース魔導学院三年生】HP 1550/1550
屋敷のリビングに集まる四人の男女。【ミース魔導学院三年生】? って、ガキンチョかよ。
ちなみに記憶を失う前、ニセモノの聖女ラダ様と世直しの旅をしていた時に、「ミース魔導学院」には通っていたことがある。言ってみれば彼等は、おれ達にとってカワイイ後輩くん達と言えなくもない。
「こいつら、もしかして空き家に上がり込んで良からぬ遊びを……? 注意したほうがいいんじゃないか? 大人として」
「ぼくはパース。だってなんか、陽キャっぽくない? ニガテだなー」
「ふぅむ。だが、このオウガスという少年は王族のようだぞ? 見たところ、王族に連なる彼とその取り巻きといったところか。王族の子弟は先の反乱事件であらかた死に絶えたと聞いていたが、彼はミースの学院寮に居て難を逃れたのかもな」
「王族かよ。やっぱおれもパース」
「王族ならお城に行けばいいのにね。どんなイケナイ遊びをしてるんだろ、こんなところでさ」
「さてな。――そんなことよりも、地下のコレは何だ?」
地下1階――。
> 海神ダゴヌ(男)【旧支配者】 HP ******/******
> ベルベット・ツェペシュ(女)【ジーナスの配下】 HP 45/4490
ナカジマが「ジーナス屋敷」一階の地図に重ねて出現させたもう一枚は、屋敷の地下の地図だった。
一体の巨大な影は「海神ダゴヌ」! ……ああ、デイジーちゃんが言ってたっけ、”氷漬けのダゴヌ様”をジーナス殿下が所有してるって。
ダゴヌ様と重なるように、衰弱した女性? 彼女の名は「ベルベット・ツェペシュ」とある……【ジーナスの配下】?
「ベリアス様が別れ際に言ってた”真顔のタコ”って、ダゴヌ様のことかよ」
「ちょっとちょっと、ベルベットって女の子が死んじゃいそうだよ! どういう状況か分からないけど、早く助けてあげないとー!」
「海神ダゴヌ――神獣ということか? こんな市街地に物騒な。そしてこの女の肩書き、【ジーナスの配下】というのも気になるところだ。――しかし、一階の彼等はこれにどう関わって……いや、そもそも気づいているのか?」
***
ナカジマのスキル【空間転移】で、庭の隅まで一瞬で移動したおれ達。
植え込みの陰から、そっとリビングの様子を窺う。
庭に面したガラスの窓越しに、テーブルを囲んで寄り集まっている魔導学院生四人の姿が見えた。
「何かゲームでもしてるのか? 賭け事とか?」
「てゆーか、男子三人はなんで半裸なの?」
「ふーむ。学院の正月休み、親が所有する空き家に友人と忍び込んでハメを外す若者達。一方、地下室には謎のモンスターが封印されていて――と、まるでB級ホラーの冒頭のようだな」
「てか、彼等がプレイしてるのって、もしかして麻雀じゃね? 異世界にも麻雀、あったんか……!」
「え、えーっ!? じゃあ脱衣麻雀ってこと?」
「ふむ。今、ズボンを脱いでパンツ一丁になったのがオウガス殿下のようだな」
ゲームに熱中している彼等は放っておいて、さっさと地下室に【空間転移】しようとするナカジマを慌てて引き止めるおれとタナカ。
だって、女の子がまだワイシャツもスカートも脱いでないじゃないか……!!
紅一点のキャサリン嬢は、鋭い目つきでイジワルそうな印象だけど、なかなかの美人さんである。きっと、オーッホッホ! とか笑うに違いない。
どうやら麻雀の腕前は、彼女だけが数段上のようで、男子一同はイライラとムラムラを募らせるばかりといった様相だ。
しかし素人麻雀は時に、運だけでも何とかなってしまいがちなゲームである。
ましてや脱衣麻雀、点数には全く意味がない。
役など何でもいい。ただ、「キャサリン嬢の捨て牌でロン上がりすること」だけが重要。
少年達は――いや、おれ達は固唾を呑んでその瞬間を待った。
「よしキタ、それロンだぜ!!」
「あああ、あり得ませんわ!! 何なの!? どうなってますの、その配牌!?」
「えっ、ウソだろ……」
「やった!! でかしたっ!! でかしたぞ、ギース!!」
おお! ウィリアム君とオウガス殿下がパンツ一丁でもう後がない状況、そんな土壇場でギース君がとうとうやってくれたらしい。
少年達の歓声と少女の悲痛な声が、窓ガラス越し、おれ達が身を潜める庭の隅まで漏れ聞こえてくる。
どうやら、かなり麻雀に自信があったらしいキャサリン嬢。とても悔しそうに、ギース君の配牌がイカサマじゃないかと食ってかかる。
なお、「でかした!」と、大はしゃぎしているのがオウガス殿下で、なぜかキャサリン嬢以上に動揺を隠せないのがウィリアム君。
――ふむ。彼はキャサリン嬢に恋しているのではないか? と、ナカジマ。
だろうね。ナカジマにしては空気を読んだと言ってやりたいところだが、まだまだだ。
だってウィリアム君の股間をご覧よ、あんなにもバキバキに固くしているじゃないか。
さあキャサリン嬢、どうする? ワイシャツかスカートか、どっちだ!?
いやぁ、なんかドキドキするな。と、おれがこぼせば、「ぶふー」と鼻息で返すタナカ。
ナカジマも今は大人しく、少年少女達が織りなす青春の一幕を見守っている。
キャサリン嬢はしばらくごねていたが、やがて観念し、ゆっくりと脱いだ――、右脚のニーハイソックスを。
「って、うおぃ!?」
「ぶふぅぅ~っ!?」
「オォオーッホッホッ!! わたくしが何の準備もなしにこんな勝負に乗ると思いまして!? オォオーッホッホッ!!」
「ぐぬぅ、卑怯だぞ、キャサリン!!」
「そんなんずるいぞキャサリン!!」
「……くそっ」
ついつい声を発してしまったおれとタナカだったが、幸い、キャサリン嬢の高笑いにかき消されたようだ。ウィリアム君が一瞬だけ「あれ?」って顔をして窓の方を見たが、明るい室内から暗い庭を見渡すことなどできやしない。
不意に、リビングの照明が不吉にまたたく。
次の瞬間、リビングの壁際に、背の高い初老の男が立ち尽くしていた。
「ぎゃっ!!」
「ひっ、ひぃぃぃ!!?」
「あわわわ……!!」
「ジ、ジーナス大叔父上……!?」
最初に気がついたのは、窓を背にして座っていたオウガス殿下だった。王族の彼ならば、王弟ジーナスを当然知っているだろう。また当然ながら、ジーナスが先月、元パラディン№11のカスパール君に惨殺されたことも知っているはずだ、正にこのリビングで。
先を争うように、窓際へ殺到する少年少女。
そんな彼等が背にした窓ガラスに、外側からペタリと黒い手形が付いた。
(ノロウ~)
「げぇっ!?」
「ひぃぃっ、だ、だからこんな場所イヤだって言ったんですわ!!」
「ふえぇぇぇ……!!」
「お許し下さい、|大叔父上《おおおじうえ》っ! お許しくださひぃぃ!」
少年少女の悲鳴に、怪しい声が混じる。
黄泉の国へと誘うように、その声は彼等の耳の奥に直接響いた。
(コロス~)
ひぃぃっ……と、かわいらしい悲鳴を上げて、一番長身で強面のギース君がへなへなと腰をぬかした。
どうやら、気絶してしまったらしい。
(ノロウ~、コロス~、ヒッコヌ…………ヌゲ~、脱ゲェェェ~!)
「……ひ、いっ!?」
「……なっ!?」
「で、ですよね!? ですよね!!? お許しください!! お許し下さい、大叔父上っ!! ただちに!! ただちにぃぃぃ!!」
既にパンツ一丁だったオウガス殿下は、その声に命ぜられるまま最後の一枚を脱ぎ捨て全裸になる。
しかしその行為は、まったく的外れだったと言わざるを得ない。
(オマエじゃネーヨ!!)
ガラスの隙間からスルスルと侵入してきた「黒い手」が、オウガス殿下の無防備なチンコをムギュッと握った。
ヒギィィ……と、悲痛な叫びを上げたかと思うと、ジョバジョバーと失禁して失神するオウガス殿下。
――とまあ、毎度お馴染み、おれのスキル【空間記憶再生】と【共感覚】による「心霊ドッキリ作戦」なワケだけど、今回は新魔法【黒手八丈】も使って演出に深みが増したんじゃないかと自負している。
さて、まだギリギリ正気を保っていそうなのは高飛車お嬢様風のキャサリン嬢と、ちょっと意気地のなさそうな少年ウィリアム君の二人だけか。むふふ、どうなるかな?
――バン! と外から窓ガラスを叩く音に振り返ると、長い髪をふり乱した「落ち武者」が二人を見下ろしていた。
ひっ……と、息を飲み窓際から飛び退くキャサリン嬢。
首を切り落とされて血の海に倒れる王弟ジーナスの横をすり抜けて、彼女は廊下へと続く扉へと這うように向かう。追いすがるウィリアム君。
「――!!? な、なんでよ!!? どうして開かないんですの!!?」
キャサリン嬢が最後の望みをかけて辿り着いた廊下へと続く扉は、なぜか押しても引いても開かなかった。
それどころか、扉の向こう側から「いいから~、パンティ脱ぎなよ~、キャサリンちゃ~ん」という声を、彼女は確かに聞いた。
ちなみに、「落ち武者」の正体は『竜鱗の具足』を胴体部分だけ装備したナカジマで、廊下側から扉を押さえているのはタナカである。
一方おれはというと、新魔法【黒手八丈】で尻から伸びる「黒い手」が勝手に暴走しないよう制御するのに苦心していた。
ああっと、魔法がすべった……!
何か重い物でもつかえているかのように開かない扉に、むなしく体当たりを繰り返すキャサリン嬢。
そんな彼女のスカートの中までスルスルと忍び寄った「黒い手」は、白い上品なパンティをむんずと掴むと、一気に足首まで引きずり下ろした。
ぎぃぃぃ~!! と、下品に一声鳴いて、白目をむくキャサリン嬢。扉に向かって土下座でもするように、前のめりに倒れ伏す。
おかげさまで、ノーパンのお尻が丸出しになってしまう。合掌。
これはまったく予想外の展開である。まさか、一番意気地のなさそうなウィリアム君が最後まで残ってしまうなんて。
おそらくは、キャサリン嬢への想いが彼を強くしたんだろう。愛ってすごい!
更に、ここまでがんばったウィリアム君へのご褒美かのように、愛しのキャサリン嬢の生尻が彼の目の前に晒されているのだ。
ウィリアム君は恐怖も忘れて、その生尻に魅入られている。エロってすごい!
「……仕方ない。ナカジマ氏、やってくれ」
「やれやれ。悪く思うな少年よ」
ウイリアム君の頭上に、ナカジマが【アイテムボックス】を開いた。
――ぐしゃっ!
声もなく、「オークの死体」に押し潰されるウィリアム君。……多分、死んではいないだろう。
「――って、彼、死んでるじゃない! ナカジマ氏ぃ、やり過ぎだよー!」
「う、うむ。昨夜、【アイテムボックス】内のいらない死骸を、モルガーナ公爵様の巨大ドラゴンに食わせて一掃したばかりだったから……」
……手頃な大きさの死骸がオークのやつしか残っていなかった――などと、犯人は供述している。
さて――、うっかり死んでしまったウィリアム君は、タナカがスキル【肉体治療】と【魂の回帰】ですぐに復活させた。
ナカジマは、意識のない少年少女四人を二階のベッドルームにスキル【空間転移】で移送する。
二つのベッドに二人ずつ寝かせるにあたり、ナカジマは気を利かせて、半裸のウィリアム君とノーパンのキャサリン嬢をペアにしたそうな。
結果的に全裸のオウガス殿下はパンツ一丁のギース君とペアということになるわけだが……。
どうやら飲酒していたらしい彼等は、当分の間は目覚めないだろう。
おれ達は満を持して、怪しい地下室へと向かうのだった。