294 大草原
――シクシクシク……。
――シクシクシク……。
泣いている。
お尻の穴を「タナカの触手」に深々と貫かれてしまったアンディ君が、声を殺して泣いている。
冒険者なんてやっていればそんなこともあるって……な? 元気出せよ?
そうだな……エッチなシーンはあらかた出し尽くしてしまったから、シマムラさんの珍プレーでも見て笑いとばせよ、な?
――そんれ! スキル【共感覚】! 「シマムラさんのぱっとしない下ネタを、おれが華麗にスルーするシーン」を傷心のアンディ君にプレゼント送信……!
「……な!? なんじゃ……こりゃ?」
――あの「翼のある蛇」、……たぶん「ドラゴン種」だ。
なんて言ったかな? 知ってるぞ、確か……ケツアル――。
「……ヤツは、ケツアルコ・アナルです」
し、しまった……。今のアンディ君にケツの穴ネタは逆効果だ……。
――シクシクシク……。
――シクシクシク……。
やがて暗闇の中に、再び悲しい嗚咽が聞こえ始める。
(おい、ヤマダ! ぼーっとすんなよ!? でかいねーちゃんに轢かれるぞ!?)
おれの背後を飛び回るオナモミ妖精の声に我に返る。
――いけね。およそ20mの巨大なシマムラさんが六本に増えた足をジタバタさせながら、周囲に残っていた「魚面の異世界オタク」達をも踏み潰して向かってくる。
おれは、傷心のアンディ君を巻き込まないように距離をとり、巨大なシマムラさんを引きつける。
かといって、この巨大シマムラさんを倒せる手立てもない。
――なあ、さっさと教えてくれよ!? こいつらをここに縛っている魔石の位置を!!
(だから慌てるんじゃネーヨ! せっかくこいつら無職なんだからよー、自由にシテヤルぐらいなら、オレサマの眷属にしてやろうって話さ! こいつらが元々どんな役目を持ってたか知らねーけどよ、きっとヤマダにとっても損のない話だと思うぜー!?)
――えっ!? そんなことできるのかよ?
でも、今のこいつらは死んだ誰かの「上位者権限」に縛られてるわけだろ? 先ずは大元の魔石をぶっ壊して契約解除させてから再契約って順序じゃないの?
(バカ! 魔石をぶっ壊してこいつらがネットワークに繋がったら、ヤマダが取るに足らないタダのオッサンだってバレるじゃねーか、バカ! それに役目のないこいつらは、システムに還元されちまうかもしれない)
……システム? 要するに、世界のルールに則って消えてしまうってことか?
『……確かにそうかも。そうすると、「上位者権限」が残っている状態で契約を上書きする必要がありそうだな』
眠そうな声で「もう一人のおれ」が言った。
おれがピンチの時とエッチなシーン以外は休眠している「もう一人のおれ」。巨大なシマムラさんは確かに全裸だが、六本足をジタバタさせて昔のギャグマンガのような有様だ。これではさすがのおれも萎えるだろう。
――契約の上書き? そんなことできるのか?
『……ヤマダは前に似たようなことやっているだろ? 「ゼットの誓い」の少女達5人のスキルを好き勝手にいじって改変してたじゃん?』
……! 確かに。
確かにあれは、システムの――世界のルールを逸脱した行為だったかもしれない。
でもあの時は、神獣クラムボンの「神域」の中という条件下で、更にユーシーさんのスキル【脳力解放】の助けがあったからできたことだと思う。あれをそのままここで再現するのは難しいだろう。
『そういうことができるってことさ。ヤマダはまだ勘違いしているようだが、こいつらはナノマシンでもプログラムでもない。意思疎通できるなら、説得して取引する余地があるんじゃね?』
(ケケケ……! そんなコムズカシイ話じゃないぜー? こいつらだって元の主がとっくの昔に死んでるってことは解ってるし、ネットワークに繋がったところで別の仕事がなけりゃ初期化されるって解ってる)
……そうなの?
じゃあ、こいつらって……。
(そういうコトー! お先真っ暗! ――で、ダレカレ構わず助けを求めている)
――助けを求めるって? その手段があれか……。
感情を幻影として映し返す最悪なコミュニケーションで、次々と侵入者のメンタルを破壊しまくった……。
『……なるほどな。メンタル攻撃に耐えうる「勇者のオーラ」とこいつらと意思疎通できるスキル【共感覚】を持っていないと、それこそお話にならないってか?』
――おお! その両方を兼ね備えたおれって、ちょっとすごくね!?
じゃあ、あとやることは一つ。
おれが優しくこいつらに手を差し伸べれば……。
『違うぞ』
(違うよバカー!)
……ええっ? てか、君ら案外仲良しだね。
『それでもこいつらは「上位者権限」に縛られている。取るに足らないオッサンには従わないぞ?』
(こいつらオレサマを「下級妖精」扱いしやがった。どんな役割があったのか知らねーが、とにかく偉そうだ。そういうヤツは権力に弱いぜー?)
――はぁ? 権力って言われてもな。おれにどうしろと?
「聞けい! 廃棄妖精ども!!」
おれは「黒い霧」に向かって、滅多に出さない大声をスキル【共感覚】に乗せて放つ!
同時に、「勇者のオーラ」をまとわせた光り輝く『ガリアンソード』をムチ状に変形させて、自分の周囲をぐるりと切り裂いた。
そこだけぽっかりと「黒い霧」がはらわれ、『ガリアンソード』の輝きがおれの姿を照らし出す!
『要は、はったりだ。派手にいけよ、ヤマダ……!』
「主を失い、役目を失い、こんな穴蔵でただ朽ちるのを待つばかりの貴様等に、このオレサマが新しい役目を与えてやる!!」
――ワ、ワラワラワラ……!?
――ワワ、ワラワラワラ……!?
(ケケケ……! イイゾ! ドウヨウしてやがる。こいつらに命令を出したやつが「勇者」だったのか「王族」だったのか今となっては判んねーけど、とにかくエラそうにいけよ、ヤマダ……!)
「――上位者権限を行使する!!」
おれは、『貴婦人の黒マント』をばさりとはためかせ、光輝く『ガリアンソード』を高く掲げた。
――「もう一人のおれ」、消えんなよ? スキル【勇気百倍】!!
『ガリアンソード』の輝きが天井に向かって伸び、長大な光の刀身となる。
そして、その光の刀身を振り下ろし、「全裸の巨大なシマムラさん」を頭頂部から真っ二つに切り裂いた!!
――オナモミ妖精、見てないで、お前もなんか手伝えよ!!
ケケケ……! しょうがねーなー! と言いつつ飛び立ったオナモミ妖精が、周囲の床一面に雑草を茂らせる。ああ、オナモミだ……マントにくっつく……。
「――オレサマはヤマダ!! 『大草原の魔王』ヤマダである!!!!」
――ワラワラワラ……!!
――ワラワラワラ……!!
「廃棄妖精ども、オレサマに従え!!!!」
――!!
――!!!!
(よし! 「上位者権限」が上書きされたぞ! 今こそ魔石をぶっ壊せ!!)
――場所は!? 場所を教えろよ……!?
(世話がヤケルな! スキル【共感覚】、オレサマの視界を共有しろよ……!!)
――サンキュー! 見えたぜ。
おれは、オナモミ妖精の視界に写ったピンク色の魔石を、『ガリアンソード』で貫き砕いた!
……う? うおぉぉぉぉ~~~!!?
魔石を砕くと同時に、ダンジョン中の「黒い霧」がおれの身体の中へと入ってくる。
無理無理……!! いくら極小っていっても、入りきらないって……!!
しばらくすると、大迷宮63階層から「黒い霧」は一掃された。
相変わらず真っ暗だが、『ガリアンソード』を光らせれば周囲を照らすことができる。59階層までと同じ灯りがないだけの作りかけっぽい歪なダンジョンに戻ったようだ。
周囲を照らすと、床にうずくまったアンディ君がいた。
どうやら無事のようだ。……半ケツが見えてるけどな。
『――入りきったな。どういう理屈だ……?』
おそらくは、60階層からこの先の階層まで埋め尽くしていた全ての「黒い霧」――「廃棄妖精」がおれの中に吸い込まれたようだ。理屈に合わない。
(ケケケ……! やったなヤマダ! 『大草原の魔王』サマよー!)
恥ずかしいから言うんじゃないよ!
だって、「勇者」や「王族」より偉いヤツっていったら「魔王」ぐらいしか思いつかなかったんだから仕方ないだろ?
――あ。ステータスの「称号」が変わってる……。
>名前 山田 八郎太
>称号 大草原の童貞魔王new!
>レベル 23
>HP 1122/1122
>MP 1935/2057
>スキル 【危機感知】一定範囲の危険を感知する
【空間記憶再生】空間に残存する記憶映像を投影する
【環境適応】環境に適応する
【勇気百倍】勇気を百倍にする
【自然回復】傷を少しずつ癒やす
>妖精スキル 【共感覚】思いが伝わる
【浮遊】浮き上がる
【認識阻害】認識を阻害する
×【世界創造】世界を創造するnew!
>魔法スキル 魔法【身体強化】全ステータスと全耐性が微上昇(24MP)
>装備 ネムジア神官生協トランクス【防御+5】、【防臭】
神殿騎士の僧衣【防御+12】
貴婦人の黒マント【防御+8】、【魔法耐性(小)】、【防臭】
ガリアンソード【攻撃+70】、【可変伸縮(4MP)】、【回転(8MP)】
メケメケ皮ブーツ【防御+10】、【防水】、【防臭】
……よく見たら、スキルも一つ増えていた。
そのスキルを運用するのが「黒い霧」の本来の役目だったってことかな?
てか、「×」が付いているのはなんでだ? レベル不足とかか?
妖精スキル【世界創造】、……どっかで聞いたことあるような?