424 『ヒロイン達の事情~秘密の日記①~』
新年二日目――。
正月の行事を一通り終えたネムジア教会の聖女たちは、商業区画の上品なレストランで新年会を催した。
例年ならば酒好きの聖女グレイスが音頭をとり二次会、三次会へと続くところだが、今年はみなそこまでハメを外す者もおらず、三々五々帰宅の途につく参加者たち。
そんな中、一次会の終了と同時に賑やかな歓楽街へと向かった美女が二人。
目立たぬようフード付きのローブを身に着けてはいるが、隠しきれない気品がかえって人目を惹いていることに二人は気づかない。
「おねえさんたち、どこ行くの? オレちゃん達と遊ばな~い?」
「遊びません」
「ねーねーおねえさん達キレイだね〜! 一晩で超稼げるバイトがあるんだけど、興味ないー?」
「ないな」
――と、声をかけてくるチャラいイケメンの獣人をあしらいつつ、足早に歩き続ける。
やがて二人がたどり着いたのは、怪しい酒場。歓楽街の中でもそこそこ奥まった場所、風俗店が軒を連ねるような界隈にその店はあった。
ここなの? 大司教ユーシーが心底イヤそうに尋ねる。
その問いに、――ああ、ここだ。と、応じたのは、聖女アイダだった。
長身メガネの美女、聖女アイダは、女性に性的な興味がある同性愛者である。
来月三十歳の誕生日を迎えるにあたり、彼女はとある野望を実現させようとしていた。
それは――、「自身の股間に男根を生やすこと」であった!
今夜は、そのために必要な娼婦スキル【フタナリ】を求めてこの怪しい酒場までやって来た。この酒場に娼婦スキルの欠片を売る商人が常駐しているのだという。
なお、大司教ユーシーは「心細いからついてきてほしい」という友人の頼みを断りきれず、付き添いで同行しているに過ぎない。
酒場に足を踏み入れた二人の目に最初に飛び込んできたのは、豊満な乳房もあらわに舞台で踊る女の姿だった。
「いらっしゃっせーぇ!」
突然のナマ乳房に圧倒されて思わず立ちすくむ二人だったが、ドアボーイに声をかけられ我にかえった。
目当ての商人を探し店内を見回す二人に、ドアボーイが再び声をかける。
「誰かと待ち合わせだったりしますー? それとも、面接ですかー?」
「はぁ!? ……いや、ここに”スキルの欠片”を売る商人がいると聞いたのだが、知らないか?」
ああそれなら――と、二階へ続く階段下のスペースで酒を飲む目元を仮面で隠した男を指差すドアボーイ。
彼に礼を言い、仮面の男へと歩み寄るアイダとユーシー。
周囲の酔客の目が興味深かそうに二人の尻を追う。
絡みつく視線を振り切って、アイダは仮面の男に声をかけた。
「スキルの欠片を売って欲しいのだが」
「これはこれは、どこかでお見受けしたようなお客様じゃーん?」
「せ、詮索は無用に願いたい」
「ぇえぇえ、分かってるヨー! ――さーて、どんなスキルをお探しじゃん?」
「【……タナリ】だ……」
「ハァハン?」
「フ、【フタナリ】というスキルがあると聞いたんだが!?」
「ハァハン! オーケーオーケー、ァンダースターンド!」
仮面の男は、アイダの隣で居心地悪そうにしているユーシーを見てワケ知り顔でうなずいた。
「え? ち、違いますよ!? わたくしは、そういうんじゃないですから!」
――スキル【フタナリ】は、女性の股間に本来はあり得ない長大な肉棒を生やすことができる娼婦スキルである! 感度も良く射精もできる。また、使用しない時には縮めて収納しておくこともできるのだ!
娼婦スキルとしては高額の120万Gであったが、アイダは即決で購入した。
「なんなら、二階の個室で試してみればイイじゃんヨー」
「……なあユーシー、試しにどうだ?」
「は、はあ!? バカ言わないでください! アイダ、あなた、私を今までそういう目で見てたんですか!?」
「いや、まったく趣味ではないが、早く試したいじゃないか」
「付き合っちゃいられません。用が済んだならさっさと帰りますよ!」
「先っちょだけでもいいんだが? なんなら、うしろの――」
「もう黙りなさい。絶交ですよ?」
「まあまあまあまあ。セーックスは人それぞれじゃーん? そういう時こそプロに頼るがベストでしょうヨ」
「む? ――と言うと?」
「慣らし運転なら、やっぱり経験豊富な娼婦がお薦めじゃん? 提携の娼館から嬢の派遣を頼めばいいヨ! お客サマの好みに合わせて種族や容姿、スキルまでもがヨリドリミドーリ、なにより後腐れがなーい! せっかくの友情を失う必要もないじゃんヨ」
「おお、その手があったか! 是非頼みたい!」
「ほ、本気なの? 今から?」
「そしたら、案内人がお客様のご要望を聞くじゃん! 別室へどうぞー」
「悪いがユーシー、私は今夜この宿で新たな一歩を踏み出すと決めた。ここまでの同行感謝する! 正直、心強かった。……しかしここから先は、お前も知らないだろう私の癖にまつわる陰の領域。自分で言うのもなんだが、はっきり言って業が深い――。他ならぬお前が最後まで立ち会いたいと言うならば、あえて止めはしないが……」
「立ち会いません」
先ほどのドアボーイに案内されて二階への階段を上がっていくアイダを見送り、ユーシーは深いため息を一つ落とした。
アイダを一人残していくのは心配ではあるが、こんないかがわしい酒場で時間を潰す気にもなれない。そそくさと踵を返すユーシー。
そんな彼女を仮面の男が呼び止めた。
「もしー、そちらのおねえさんは何も買わないじゃんヨ? 娼婦スキルには興味ないかーい?」
――興味ないです。と、即答しかけたユーシーだったが、実のところ少しだけ興味がわいて足を止めた。
その反応を目ざとく見てとった仮面の男は、彼女の心の隙をつくように言葉巧みに続ける。
「お見受けしたところ普段はお固いセックスをしているご様子じゃん? 時には冒険してみるのも新しい世界が開けるかも知れないヨ? おススメは~【精飲】、【手淫】、【肛姦】、【汁だく】、【絶倫】とかは比較的安価で取り扱わせていただいてるヨ! またレアなところでは~【おっぱいシェーダー】、【淫魔の尻尾】、【噴乳】、【ミミズ千匹】、【乳首姦】、【痴属性付与】とか多少値は張るものの、きっとパートナーの野郎は泣くほど悦んじゃうこと請け合いだヨ!」
パートナー? そういえば、ヤマダが心の中でしきりに「おっぱい、おっぱい」連呼していたことをユーシーは思い出した。……【おっぱいシェーダー】? 【噴乳】? 【乳首姦】? どんなスキルなのか聞いてみたい衝動にかられるが、あわてて理性でねじ伏せる。
「決まったパートナーなど、今はまだおりませんから」
「ほうほう、それはそれはお盛んなことですじゃんヨ!」
「え? ち、違っ……」
確かに、不特定多数と性交渉を愉しんでいるともとれる言い回しだったとうろたえるユーシー。
「だったら更に値は張りますが、なかなかない出物【感度百倍】なんていかがかヨ?」
「……か、【感度百倍】?」
「文字どーり、感覚を百倍にするスキルじゃん! ただこれを知ってしまってはもう後には引き返せないと、ベテラン娼婦でも取得には二の足を踏んでしまうのだヨ――」
「…………」
ゴクリとつばを飲み込むユーシー。
もちろん彼女は、そんなスキルが欲しいと思ったわけではない。ただそれでも、ユーシーとて三十歳の成熟した女。ほてった肉体のうずきを持て余し、ベッドで自らを慰めることもしばしばである。その時の感覚がもしも百倍になったとしたら……、自分はどれほどの快楽を感じてしまうのだろうか? と、ついつい考えてしまわずにはいられなかった。
「おーやー? 興味があるみたいじゃんヨ? でもでもー、いきなり感度が百倍になったりしたら、おバカになっちゃうヨー!」
「い、いえ、興味などありません」
「まあまあそう言わずに、試しに感度十倍ぐらいから試してみたらどうじゃんヨ?」
「……は?」
ユーシーの背後にいつの間に近づいたのか、黒髪のドアボーイが立っていた。
ドアボーイの指先が、ユーシーの首筋にそっと触れる。
「スキル【感度三千倍】!」
黒髪のドアボーイ、ミチシゲが使ったスキルは【感度調節】である。彼独自のセンスで【感度三千倍】と呼んではいるが、実際のところはユーシーの感度を十倍ほどに上げる効果しかない。
だがしかし、感度十倍ともなれば、三十歳処女のユーシーにとっては一大事であった。
「ひゃぁぁぁぁ!! なぁぁっ!! ななにおほほほぉぉぉぉ!!?」
「んん~? お気に召していただけましたかい、大司教ユーシーサマヨ?」
いつの間にか店内は静まりかえっていた。
舞台の上で踊っていた女達も小休止に入ったようで、ユーシーの上げる声だけが酔客達の注目を集めていた。
背後からユーシーの乳房をむっくら揉みしだくミチシゲ。
身をよじって抵抗しようとするが、着ている服がこすれるだけで身体が敏感に反応し、その場から一歩も動くことができないユーシー。
「ひゃっ、ひゃめてっ!! ひゃめて!! ひゃめてぇぇぇぇ!!」
「ぷははっ、ウソばっかり! ユーシーちゃんってエッチだな~! ほらほら、ここがいいんだろ~!?」
ミチシゲが服の上からユーシーの固くなった両乳首をつまんだ。
ユーシーがたまらず身体をのけぞらせたところを、すかさず仮面の男が突き出された彼女の股間を撫で上げる。
「にょっ!!? にょほほおおおおおっおっおっおっおっおっ~っっっ!!!!」
今まで聞いたことがないほど淫らで下品な声。その声が自分の口から発せられていると気付いて、必死に口を閉じようとしたが堪えきれず……やがて、ユーシーはなにも考えられなくなってしまうのだった。
***
個室に通された聖女アイダは、ベッドの上で仁王立ちになっていた。
スカートをたくし上げると、長い脚と美しい尻が露わになる。下着はすでに着けていなかった。
――スキル【フタナリ】を使用すると、アイダの股間から太くて長い男根がニョッキリと生えた!
スキルの使用を止めれば、男根は陰毛の奥にぬるん! と収納される。
ニョッキリ! ぬるん! ニョッキリ! ぬるん! ニョッキリ! ぬるん! と繰り返すアイダの顔には、会心の笑みがあった。
この先の人生を共に歩む愛棒の偉容に、心から満足していた。
ああ、早く使ってみたいと、期待がふくらむ。自分ならば男よりももっと上手にコイツを使えると、妄想もはかどり――ついついまた、ニョッキリ! ぬるん! ニョッキリ! ぬるん! と出したり戻したりを繰り返してしまうアイダである。
――コンコン。
扉を叩くノックの音が、アイダを妄想の世界から引き戻した。
ベッドから飛び降りたアイダは、スカートを戻しながら、緩んだ顔をいつものクールな顔に戻し、案内人が呼んだであろう来客を出迎える。
アイダの好みは伝えてある。一番はやはり英雄ナタリアのような、小柄ですらっとしたエルフがいい。でなければ、聖女デイジーのような、見た目キツそうなのに緊張するとアワアワしてしまうタイプもいい。聖女メリルのように、素朴で誰からも好かれるドジっ子タイプも大好きだ――とかなんとかまとまりなく話したが、「おお! ならば丁度いい子がおりますよ」と案内人が自信ありげに言っていたので、否が応にも期待してしまう。
「……え、メリル?」
「こんばんは、アイダ様。こんな所でお会いできるなんて、素敵な巡り合わせですね?」
アイダは驚愕した。確かに、案内人には聖女メリルも大好きだと言ったが、まさか本人が来るとは思わない。
……いや、そんなバカな話があるはずがない。危うく騙されるところだった――と、アイダは自分の単純さに苦笑した。
「なるほどな、そっくりさん? もしくはスキル【変化】持ちというわけか」
「うふふ、一応、一般のお客様相手の時にはそういうことにしていますけど」
「な!? まさか本当に、本物の聖女メリルなのか……!?」
「その前に、ここの個室は壁が薄いんです。スキル【無音結界】で声が漏れたりしないようにしますね?」
スキル【無音結界】は、結界内の音や声が外に漏れないようにするのと同時に、結界外からの騒音も打ち消す。――そのスキルが、聖女メリルの所持するスキルであることは、アイダも知るところだった。【変化】では、スキルまでも真似ることはできない。
思い返せば今夜、聖女メリルは新年会を欠席していた。理由は、故郷から王都へ出てきた兄と久しぶりに会うことになっているので――と、アイダは聞いていたのだが……。
「……メリル、こんな所で何をやっている?」
「アイダ様がそれを言いますか? わたしは、アルバイトですよ。王都滞在中の短期アルバイトです。さっき下の舞台で踊ってたんですけど、マスクを着けましたから案外判らないものでしょう?」
「正気か!? 諜報部が嗅ぎつければ、ただでは済まんぞ!?」
「エメリー様には事情を汲んでいただき、お目こぼしいただいていたのですが……」
「事情だと? ……もしや、旧マイネリーベ子爵領の――?」
「十年前、オーク病の蔓延により壊滅寸前まで追い込まれた領地を救済するために、わたしの父、アデルスティン・マイネリーベ子爵は最悪の相手に助けを求めてしまいました」
「マイネリーベ子爵領がグランギニョル侯爵領に吸収されたことは知っている。だがその決断によって、多くの領民の命が救われたはずではないのか?」
「救われてなどいませんが? アイダ様は、旧マイネリーベ子爵領に誘致された巨大ドーム型リゾート都市『水龍馬ランド』をご存じでしょうか?」
「う、うむ。『ケルピーランド』といえば、ドーム内の季節を常夏に維持し、プライベートビーチやアトラクション、カジノ、レストラン、イベント施設などさまざまな娯楽を集合させた巨大リゾート都市だったか? あいにく、私はまだ訪れたことはないのだが……」
「あらゆる病原菌を寄せ付けないドームに覆われた最も清潔な都市! 疲弊した領地への右肩上がりの集客! さらには、永続的な領民の雇用を生み出し続けるまで! いいことずくめの夢の楽園『水龍馬ランド』! ――しかしそのうたい文句は大いなる罠でしかありませんでした。夢の楽園、その本当の姿は巨大風俗都市に他なりません!」
「ばかな、巨大風俗都市だと!? 私の友人達……あのユーシーだって家族で遊びに行ったことあるって聞いてるぞ!?」
「それはきっと外周部分だけをまわっただけなのでしょう、外周部分では水着の着用がルールで、屋外での本番行為は禁止となっていますから。――ですが、資格ある者だけが立ち入ることのできる都市中心部は虚飾にまみれ、不道徳と不誠実こそ至上とする楽園という名の地獄なのですから! そしてその地獄で従事するキャストのほとんどは、重い借金に囚われた旧マイネリーベ子爵領の領民達なのです!」
「なっ……、だとしても、だからといって、なぜこうなる!? なぜお前までが身体を売る必要がある!? ……もしや、赴任先のキタカル支部でも同じようなことを……?」
「もちろん、お金が必要なんです。まだぜんぜん足りないんです。あの地獄で苦しんでいるのは領民達だけではありません。わたしの母と二人の姉と妹と、まだ幼い弟が『水龍馬ランド』で働かされているのです。家族をグランギニョル侯爵家から買い戻すために、もっともっとたくさんお金が必要なんです!」
「バカな! 金を集めたいなら、他にもやりようもあっただろう!? 天然だとは思っていたが、さすがにバカが過ぎるんじゃないか聖女メリル!?」
「わたしが母達の境遇を知ったのは、およそ一年前です。とある方に知らされるまで、愚かなわたしはなにも知らずに、王都や赴任先のキタカル支部で心穏やかに日々を過ごし、聖女として皆に慕われることに喜びを感じ、キタカルに赴任してきた新しい神官長に淡い恋心など抱いて、九年間も……。もっと早く気づいていれば、まだ幼かった妹や弟は救えたかもしれなかったのに、本当に愚かでバカ過ぎですね、わたし」
「くそっ! そうやって自虐することが、家族への贖罪だとでもいうのか……!?」
「でしたら、アイダ様はわたしを抱かないのですか?」
「……え? そ、それは……あ、当たり前だろう? 同じ十二聖女であるお前をお金で買うなど、やっていいことじゃない」
アイダはそう言ったが、本心では、メリルを抱きたくてドキドキしていた。手に入れたばかりの愛棒を、本物の聖女メリルで筆下ろしできたらどんなにか素晴らしいだろうと。ついつい説教じみた物言いをしてしまったせいで、手を出しずらくなったことを後悔していた。
なんとか前言撤回し、メリルを抱いてしまえるような、無理のない理由はないだろうかと明晰な頭脳を捻り出すアイダ。
そんな彼女に、メリルの方が助け船を出した。
「いいえ。アイダ様はわたしを抱くべきです。そうでなければ、今夜わたしは、見ず知らずの別の誰かに買われてしまうのですよ? いいんですか?」
「む。そ、そうなるか……」
「それに、わたしからアイダ様にお願いしたいこともありますので、その対価としてアイダ様には、わたしを好きにして欲しいのです」
「……ふむ。念のため聞くが、そのお願いとは?」
「わたしには優しくて強い兄が一人います。キタカルで一年働いたお金で、先日やっと買い戻すことができました。シュトラール騎士団随一の槍使いにして、人の身でレベル56に至った自慢の兄、エドヴァルト・マイネリーベ! どうか兄を、勇者選考会の予選免除枠にご推薦いただきたいのです」
「レベル56だと!? 人族に到達可能なのか――んなっ!? 何をするっ!? お、おっおおっ……!!」
突然足下にひざまずいたメリルは、アイダのスカートをまくり上げ股間に顔を埋めた。
「うふふ、アイダ様、なんで下着を着けていないんですか?」
「ぬおっ、ぬぉぉぉぉぉぉ――っ!?」
股間にニョッキリ出現した太くて長い愛棒に一気に血が満ちると、アイダは軽いめまいを感じながら、その行為にのめり込んでいった。