293 最近むかしのことをよく思い出すけど、ついさっきのことは思い出せない
おれの背後に用もないのに現れた「もう一人のおれ」。
しかしその人格は、いつの間にか「オナモミの妖精」に乗っ取られていた。
どうやらヤツは、おれの右胸に埋め込まれている「妖精の魔石」に最初からずっとこびりついていたらしい。
そいつがなんで今更……?
(こいつはお前の忘れた記憶だろ? もうほとんど思い出してるんじゃねーのかい? こいつはかなり薄くなってたぜ? 特に、お前が「勇者のオーラ」を使い出してからどんどん薄くなってたぜ?)
……なんてこった! 今まではまったく意識していなかった「勇者のオーラ」を、この「黒い霧」の中では常に使い続けている。
そのことがまさか、「もう一人のおれ」の存在を脅かしていたなんて……。
かといってこの「黒い霧」の中では、「勇者のオーラ」を押し殺したままでは数分と保たずにメンタルをやられる。
……それで、お前の目的はなんだよ?
(ケケケ……! そんなの決まって……っておい! ボケっとすんな、踏み潰されるぞ!?)
――いけね! 「魚面の異世界オタク」達を適当にあしらいながら話していたら、いつの間にか頭上に「全裸の巨大なシマムラさん」の足の裏が迫っていた。……うほっ!!
――ナイスアングル!
(――ナイスアングル!)
……ん? なんかシンクロしたな? まあ、今はそれどころじゃないか。
おれは「オーラ」をまとわせた光る『ガリアンソード』で、「全裸の巨大なシマムラさん」の足の裏を二度三度と切りつけ、足首までぶつ切りにする。
バランスを崩すおよそ20mの巨大なシマムラさんだったが、ヒザの辺りからもう一本足がニョキリと生えて巨体を支える。
続けて、おれが両足首を切断すると、今度は股から二本別の足がニョキリと生えた。
切った足は再生してこないようだが、別の足がどんどん増えていく。
なんだこりゃ……。「巨大なシマムラさん」がタコ足怪人になっていく……。
(ケケケ……! きりがねーな? ケケケ……!)
……おれが踏み潰されたら、お前だっておだぶつじゃねーの?
(ケケケ……! そういうことさ。初めはオレサマを殺したお前のことが憎くって、なんか仕返ししてやろうとか思ってたんだが、そんなことすぐ忘れちまった! だってオレサマ脳ミソねーから! ケケケ……!)
……まあ、その、なんだ……殺してゴメン。まさか森のオナモミを根絶やしにしてしまうとは思わなくってさ。でも、他所の森にはあるんだろ、オナモミ?
(ウルセー! オナモミなんか知るかー!!)
……ええ~っ!? だって、オナモミの妖精だったんだろ?
(飽き飽きしてたんだよ、そんなツマンネー役目に! オレサマの魔石に刻まれてるのは、「なんかもっとオモシレーことしてー!」ってタマシイの記憶なんだよ!)
つまり、お前の目的は、おれを乗っ取ってなんかもっとオモシレーことしてー! ……ってことか?
(はあ? なんでそんなメンドーなことしなきゃなんねーんだよ? オレサマはここで見ててやるから、せいぜいオレサマを楽しませろよ! とりあえず、「ラダさまとセックス」ってやつが今一番気になってるぜ!)
――ぶほっっ!? って、それは「もう一人のおれ」の叶わなかった夢じゃねーか!
ちなみに、ニセモノの方のラダさまな。
(じゃあさ、このでかいのでいいや! このでかいのとセックスしようぜ!? こいつメスだろ?)
――無茶言うな……。
とりあえず、オナモミの妖精は今すぐおれに害をなすようなものではなさそうだ。
てか、「もう一人のおれ」は本当に消えてしまったんだろうか……?
(なんでだよ~!? きっと、できるって!)
『できねーよ! サイズが違うんだよ!』
そう言って、「もう一人のおれ」は自身の右胸に腕をねじ込み、体長20㎝の妖精を抜き取った。
……おお! やっぱり完全に乗っ取られたわけじゃなかったか。
(ハナセー! モドセー! コンチクショー!)
『勝手におれの尊い記憶を覗くんじゃねぇよ!』
――消えちゃったのかと思ったぜ、「もう一人のおれ」。
『オナモミ妖精の言うとおり、ヤマダが記憶を取り戻すにつれて、特に「勇者のオーラ」を意識して使い始めてからかなり薄れてきてるのは確かさ』
……おれ達は同じヤマダのはずだろう? 全て思い出せば、人格だって統合されるんじゃないのか?
『さて……どうだろうな? でも、おれのラダさまへの想いは、そう簡単には消せないぜ?』
ニセモノの方のラダさま、な。
(チクショー! マンマと乗っ取ってやったと思ったのによー!)
『おれはヤマダがピンチの時とかエッチなシーンの時以外は基本休眠してるんだよ!』
――なるほど。じゃあさっきの「ナイスアングル!」で目覚めたんだな!?
『目覚めたついでに、オナモミ野郎と繋がって解ったことを伝えておくぜ』
(アアッ! オレサマのデータを覗きやがったな!? このデバガメー!!)
羽根をつままれたオナモミ妖精が抗議の声を上げるが、「もう一人のおれ」は気にせず語り出す。
『とりあえずこの「黒い霧」な? やつらは寄り集まった極小の妖精達だ。役目を失った「廃棄妖精」……それがやつらの正体さ』
――極小の妖精!? その妖精が何百万体もふわふわ漂っているのがこの「黒い霧」の正体ってことかよ……だが、役目を……失った?
(ソーユーコトー! こいつら偉そうなこと言ってるけど、無職なんだぜ~? そんなやつらがオレサマを「下級妖精」呼ばわりして「上位者権限」とかふりかざしやがって笑っちゃうぜー、ケケケ……!)
――そうか。いろいろ芸達者で偏差値高そうなのに無職なのか。
性格に難ありで、周囲と上手くやれないタイプなのかな……?
『それは言えるな。近づいてきた者の「不安感」や「恐怖感」をそのまま幻影にして送り返す最悪のコミュニケーション術とかな』
(ヤツらは新しい仕事が欲しいのさ! そのためにはネットワークに接続する必要があるっていうのに、この圏外から動くことができない、ケケケ……!)
――ええっ!? ネットワーク? 圏外って……?
『おっと、勘違いするなよ? 別に電脳世界のネットワークじゃないぜ? 妖精同士とかその上位存在とのなんか魔法的なネットワークだと思うぞ? ……多分』
――よく解らんが、ここは圏外なんだな? そのネットワークの。
で、動くことができないっていうのは? オナモミ妖精と同じ妖精なんだろ?
(それが「上位者権限」ってやつだぜー? その命令がまだ有効だから、ヤツら動けないってわけさ、ケケケ……!)
『そして、その命令を出したやつは、もうとっくの昔に死んでいる……多分』
――じゃあその命令をキャンセルするとか変更するとかすれば、この「黒い霧」は、勝手に散らばって消えるってことか? ……って、死んでるって?
『ああ、死んでる。真っ暗で見えないだろうが、そっちの床に白骨が散らばってる。……で、白骨に紛れてピンク色の魔石が一つ落ちている。多分、「妖精の魔石」だ。その魔石が、「廃棄妖精」達の行動を「上位者権限」で縛り続けている』
――なるほど。じゃあその魔石をぶっ壊せば、めでたしめでたしってことだな!?
シンプルな話じゃねーか。
(まてまて! 慌てるんじゃネーヨ! 童貞チビ!)
――なぬ!? 誰がチビだ! お前が言うな20㎝!!
『おい、そんなことより……』
「ヤ、ヤマダさん! た、たすけ……」
――ああっ!! 「タナカの触手」に絡め取られているアンディ君のことをすっかり忘れてた……ゴメンゴメン。
今助ける……ぞ?
「……やめろ! やめろ!! やめろ~~~!! ――ヒギィィ~!!」
――あ。
……「タナカの触手」め、よくもアンディ君の肛門を……!
おれは、アンディ君のお尻を貫いた「タナカの触手」を遅ればせながら切り落としていく。
……どんまい。