414 『ワクテカ! ドッペルゲンガー㉘』
(あーあ、やっちゃった。あんな大穴、世界ごと歪むし……)
――えっ? 誰だ?
(……誰も気付かないかな? アレじゃあ王都も大迷宮もタダじゃすまないし)
おれの脳内に響いたその声は、聞き覚えのない知らない誰かの声だった。
ユーシーさんじゃないよな? オナモミ妖精くん、なんか言ったかね?
(はァ? オレサマはナンにも言ってねーケド~)
じゃあ誰だ? 王都も大迷宮もタダじゃすまないとかなんとかって、ちょっと不穏なんだが。
「滅せよ、魔王!! ――スキル【世界破壊】!!」
ネムジア教会の大司教が代々受け継ぐそのスキルを、ユーシーさんは魔王ジーナスに向かって迷わず使用した。
彼女が両手の指を組み合わせて作った長方形。その照準の中に捉えられた魔王の巨体は、世界から長方形に切りとられ、最小単位の黒い粒子に分解されて霧散する。
もろともに背景の地下大空洞の天井も、王都上空の夜空もまきぞえになって、長方形の何もない穴だけが残った。
見上げれば、長方形の内側に白と黒の映像ノイズのような虚無が広がっている。
ちょうどそんな時に、おれの脳内に聞こえてきたのがさっきの謎の声。
ふうむ? 周囲を見渡すが、どこから聞こえたのかはっきりしない。
なんか、”ワケ知り”で”上から目線”な感じが動画のコメント欄の人みたいだったけど。――もしもーし、今「あーあ」って言った人、誰ですかー? まだどっかでこっち見てるんですかー?
(――ええっ!!? ……だ、誰よ、アナタ!?)
……おっと、逆に「誰よ」と聞かれてしまった。声的に、女性っぽいかな? ――おれはヤマギワですけど――?
(えっ!? ええっ!? なんでこんなことになってるの!? ヤマギワって誰よ!? なんで!? 違うじゃない!? なんでラダじゃないの!?)
ん!? ラダ様? ラダ様の知り合いか? 「違うじゃない」ってどういうことだ?
(おえぇぇぇッ、キ……キモチワルイ……!! ムリムリ!! アタシ、なんでこんなおっさんとリンクしてんの!? ムリムリ……おえぇぇぇッ!!)
…………ちょっとヒドい言われようだが――まあそんなことより、あの大穴の歪みがどうとか、王都とか大迷宮がタダじゃすまないとか、さっきの不穏なコメントについてもうちょっと詳しく説明して欲しいんだけど――?
(おえぇぇぇッ、ハァハァ……そんなのアタシの知ったことじゃない、あんな大穴……もうどうせ手遅れだし、アタシのせいじゃないし……)
――ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!
その時、地面が……世界が揺れた。
生肉化した地下大空洞が、ぶよんぶよんと大きく波打つ。
地震!!? うう……すぐ治まるかと思ったけど結構長い。
エリナちゃんがおれにしがみついてくる。地震慣れしていない異世界ッ子にはさぞかしコワかろう。
そんなエリナちゃんと同じぐらい怯えて取り乱しているのは、生体ゴーレムの姉妹達だった。
イセリアさんとアーリィちゃんは、しゃがみ込んで甲高い悲鳴を上げ続けているし、オデットさんとレナスちゃんもお互いに抱き合って青い顔で硬直している。――そういえば生体ゴーレムの姉妹達は、ああ見えてみんな産まれてからまだ五歳以下だったっけ。
……てか、地震慣れした日本人のおれだって、こんな地下でこんな長い地震とかすげぇコワいんだが。――あ、治まった? でもまだなんか、微妙に揺れてる気がする。
要するに、あの大穴がこの地震の原因ってことだったり? ……いやもしかして、あの大穴が自然に閉じきるまで続くのか、この地震?
(ふーん、ヤマギワだっけ? そんな見た目のくせに察しがいいね。――そういうこと、アレが塞がるまでおそらく二十日ぐらいか? 世界は大きく小さく繰り返し歪んで、未曾有の災害に見舞われるだろうね)
二十日間も!? あちゃあ……、そんなことになったらきっとユーシーさんは責任を感じてヤミ墜ちしてしまう。――で、酔っ払って泣きながらレーズンをむさぼり食うのだ。
(あの魔王は聖女ラダが倒すハズだった。そうすれば、あんなハンパな魔王に【世界破壊】なんて重たいスキルを使う必要もなかったのに――まあ、今更悔やんでも遅いし、アタシのせいじゃないし)
――ズッゴン!!!!! ズゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!
おおうっ、さっきよりでかい揺れがきた。
こんなのが何日も続いたら王都も大迷宮も、異世界ッ子達のメンタルだってボロボロになってしまうだろう。
天井からバラバラと大小のガレキが降り注ぐ。どうやら、魔王の【魔界】が消滅したことで生肉化していた大空洞がだんだんと元に戻りはじめているようだ。
ふぎゃっ!! っと誰かの悲鳴が聞こえたので振り返ると、マルク君が額から血を吹き出して倒れていた。ちょっと大きめの落下物が直撃したらしい。
彼は今日、散々だな。でもまあ、エルマさんに回復魔法もらってるし、命には別状ないだろう。
しかし人事じゃなさそうだ、さっきからおれの兜にもコツコツと破片が当たってるし――あ、そういえば、オナモミ妖精のヤツはどこ行ったのかな? アイツのサイズだと、小さい欠片でも当たったら、ぐちゃっと即死しかねんが。
(――ん~?)
お、いたいた。オナモミ妖精のヤツ、ちゃっかりとルルさんの股下に避難してやがる。
そこなら確かに安全そうだし、眺めもよさそうだ。
てか、その手があったか! ヤツが【認識阻害】で女の子のローアングルを攻めて、視覚を【共感覚】すれば……ムフフ。
――いや違った、そうじゃない。
オナモミ妖精くんよ、あの大穴、おれにどうにかできると思うか? いや、そっちの穴じゃなくて。
(さあな~、開いたばっかりの穴だし、ハイキ妖精どもがまだその辺に散らばってりゃーどうにかなるんじゃね~?)
なんのこっちゃよく解らんが、やってみようか? せっかく取り戻したことだし。
――スキル【世界創造】! 限定解除、ステップ2『修復』発・動!!
(ケケケ……! へーへー、「承認」~っと!)
(なっ、ウソでしょ!? 【世界創造】ですって!? しかも限定解除!? アクティベート前に効果の一部だけを使用するために、下級妖精を有機演算装置として黒色最小妖精との仲介にするなんて……そんな見た目のくせに、いったい何者なのアナタ!?)
……だから、ヤマギワだってば。
異世界勇者のヤマギワな? 見た目のことは、もうほっといてくれよ。
ユーシーさんのスキル【世界破壊】によって長方形に切り取られた世界。その大穴を、おれのスキル【世界創造】が『修復』する。
黒い霧が寄り集まって、星の瞬く王都の夜空を、地下大空洞の天井を、じわじわと元どおりに『修復』していく。
ただしさっきまでそこに居た身長70mの魔王は『修復』しない。当然、除外する。
そういった取捨選択は、おれの思い描いたイメージをオナモミ妖精が黒い霧「廃棄妖精」へと仲介して伝えてくれる。
やがて大穴は何事もなかったかのように塞がり、断続的に続いていた地震の揺れも完全に治まった。
やれやれ、どうやら上手くいったらしい。
これって、おれが王都を災害から救ったってことじゃない?
そりゃまあ、魔王を倒したのは大司教ユーシーさんだけどさ。
特にでかい声で「スキル【世界創造】発・動!」とか言わなかったから誰も気づいてなさそうだけど、この活躍を是非とも誰かにほめて欲しいもんだが……。
「ヤマギワさん、アリガトウございました!」
おれにしがみついていたエリナちゃんが言った。
ああそうか、彼女のスキル【天の声】ならば、おれがどんなファインプレーをしたか判ってくれたことだろう。
(ケケケ……! オレサマだって知ってるぜ~!)
(アタシだってまあ、見てましたし)
脳内に響く、オナモミ妖精の声ともう一つ、謎の女性の声。
そうかよかった、ちょっと報われたかな? そうじゃないと後半のおれ、ただヘルガさんに顔射しただけの人ってことになってしまいかねないところだった。
てか、結局誰なんですか貴方? まあなんとなく、察しはついてますけど。
――ん? おっと、久しぶりにレベルアップしたぞ、一気に3つも。
久しぶりっていうか、この複製の身体では初めてか。
>名前 キンパチ・ヤマギワnew!
>称号 ぶっかけ勇者new!
>レベル 24→27
>HP 1211/1427(+227)
>MP 2166/2633(+433)
>スキル 【危機感知】一定範囲の危険を感知する
【空間記憶再生】空間に残存する記憶映像を投影する
【環境適応】環境に適応する
【勇気百倍】勇気を百倍にする
【自然回復】傷を少しずつ癒やす
【超次元三角】次元の外へ開く三角の窓(3MP~)
【劣化】触れた物を劣化させる
【遅滞】一定範囲内の対象の動きを遅らせる
【暗視】夜目がきく
【疫病耐性】疫病を予防する
【ゴーレム作成】素材からゴーレムを生み出す(300MP~)new!
【ゴーレム召喚】所有するゴーレムを召喚するnew!
>妖精スキル 【共感覚】思いが伝わる
【浮遊】浮き上がる
【認識阻害】認識を阻害する
【飛翔】空を飛ぶ
×【世界創造】世界を創造する
(アップデート中あと811,183件 残り16年と2ヶ月……)new!
>魔法スキル 【身体強化】全ステータスと全耐性が微上昇(24MP)
>%%スキル 【ネムジア】????new!
>装備 イヌフグリ本舗の八分袖パーカー耳隠しフード付き(古)【防御+6】
イヌフグリ本舗の革靴(古)【防御+3】
ネムジア神官生協トランクス【防御+5】、【防臭】new!
竜鱗の具足(兜)【防御+38】、【軽量化】、【ドラゴンスキン】new!
竜鱗の具足(甲冑)【防御+140】、【軽量化】、【ドラゴンスキン】new!
竜鱗の具足(手甲)【防御+40】、【軽量化】、【ドラゴンスキン】new!
竜鱗の具足(脛当)【防御+52】、【軽量化】、【ドラゴンスキン】new!
竜皮のショートマント【防御+22】、【魔法耐性(大)】new!
不浄の剣【攻撃+55】、【マジックコーティング】、【MP小回復】new!
>眷属 生体ゴーレム オデット・エロディールnew!
生体ゴーレム イセリア・S・ブリドカットnew!
そうか……おれ、レベルアップできたんだ。
良かった成長している。足りないおれは、まだ変われる。
>名前の表示が、「キンパチ・ヤマギワ」に変わったようだ。
ついさっきまでは「山田 八郎太」だったと思ったけど、これでヤマダとはきっぱり別人ってことだよな? ヤマダのドッペルゲンガーじゃない、別の人間ってことだ……良かった。
ちなみに、とっさに名乗った「キンパチ」は父方の祖父の名前だ。ずいぶん前に亡くなって顔も声もうろ覚えだけど、中学教師ではなく民営化する前のJRに務めていたと聞いている。
>称号がアレなのはいつものことだし、気にしたら負けだ。
>スキルは、エメリー様にもらった【ゴーレム作成】、【ゴーレム召喚】それから、取り戻した【世界創造】も新たに取得したスキルとして「new!」マークが付いてステータスに並んでいる。
ここまではいいとして……問題は、なぜかもう一つ「new!」マークの付いたスキルが増えている。
なぜか? ……いや、あの時のおれはちょっと慌ててしまって、ポケットにあった”スキルの欠片”をよく確認もせずに「ごくん。ごくん。ごくん。ごくん」と四つ飲み込んでしまって……ああ、やっちまった。
いつか本物のラダ様に渡すためにヘルガさんから預かった【ネムジア】の”スキルの欠片”を、うっかり自分で飲んでしまった。
ああ、やっちまった。てか、「%%スキル」って何だよ? スキルの説明も「????」だし。
でも確か、女神ネムジアが完全降臨する時の目印になるってエメリー様が言ってたっけ? ただ、そのためにはなんだかんだ条件があったはず。「純潔の乙女」じゃないとダメだとかそんな感じの――。
……ふむ。
こんなこと言ったらなんだけど、女神ネムジアの完全降臨? 別にどうでもいいか。
条件を満たしている乙女に完全降臨した場合、女神に身体を乗っ取られるって話だし、男のおれならむしろ全然問題なしってことじゃない? なんだそうか、結果オーライってことでよくない?
(問題ありあり!! ありありなんだけど!! なにやってくれてんの!? どうしてくれるの、ヤマギワーっ!?)
謎の声の人物イメージがおれの脳内に現れた。
冷ややかな目をした、額に二本の角のある女性の姿。巨乳だ。
その姿は、いつか中央神殿の「奥の院」で見た肖像画の女性――女神ネムジア様だ。
しかし、固まりかけたおれのイメージに、強力な意思が介入してくる。
目がぱっちり二重に、鼻筋もとおって唇も瑞々しい……異世界調、ニジの街の女神ネムジア像の姿にイメージが修正されていく。……ぐぬぬ、さすがは女神というべきか、妥協を許さぬ修正力。修正しすぎて、ウェストの辺り時空が歪んでね?
くっそぉ、おれの脳内で好き勝手しやがって……! 悔しいから、乳首をピンコ立ちにしてやんよ!
全集中! それだけは譲らない!!
(ど、どこ見てんの!? キモチワルイ!! キモチワルイっ!!)
どこって、おっぱいですけど? それがなにか?
バチバチバチバチ――!!
飛び交うまばゆい閃光、火花を散らす意思と意思のぶつかり合い、長いようで短い攻防の末、女神ネムジア様は「おぼえてなさいよ、童貞オヤジ!!」という捨て台詞を残してその気配を消した。
ふう、勝った。女神ネムジア、封印完了!
色々聞いてみたいことはあったけど、あの調子じゃ仕方ないか。
そんな脳内の一悶着で意識のとんでいたおれだったが、エリナちゃんに腕を軽く引っ張られて現実へと戻される。
「ヤマギワさん、今の内に逃げませんか? 私と一緒に」
「え、なんで?」
「あれ? あの、なんとなくなんですけど、ヤマギワさんは大司教サマとかとあんまりハナシたくないのカナーって思っちゃって私……タハハ、カン違いでしたか――?」
……いや、言われてみれば確かに。
このままここにいたら、ネムジア教会に事情聴取とかされてしまうに違いない。
ヤマダとは別の道を行くことにしたおれとしては、これ以上ネムジア教会と関わるのは望ましくない。
なにより、ユーシーさんにココロの声を聞かれるのが非常にマズい。
おれだってあの人のことそんなキライじゃないワケで……。
……よし。やっぱ、さっさと逃げよう。
だけど、エリナちゃんは逃げる必要あったっけ?
「ああイヤ、おれはワケありだからまあそうなんだけど、エリナちゃんも? あの人……ユーシーさんはあんな感じだけど、案外面倒見のいいタイプだから、そんなに警戒しなくても大丈夫かもよ?」
「……私達はネムジア教会が表向き禁止している”体内への魔石の埋め込み”をホドコされた実験体です。マモノ人間とか魔人なんて呼ばれるコトだってあります。加えて、御前様の養女でもある私には、教会内に居場所なんてあるワケないです」
なるほど。まあそういう事なら一緒に行こうか、エメリー様の遺言のこともあるし、妹のジュリアちゃんに会わせる約束だってあるしね。
そんなおれ達のこそこそ話を耳ざとく聞いていたのはクリスティアさんだった。
「ご主人しゃま、わたしゅもご一緒いたひましゅ!」
「クリスティアさんには、ことの顛末を説明するために残ってほしい」
おれがそう告げると、クリスティアさんはがっくりとその場にくずれ落ちる。
いや、面倒なこと押しつけて悪いとは思うけどさ、なにも泣かなくてもいいよね?
「ど、どうかクリスティアをしゅてないで……!!」
「……しばらくは王都にいますんで、退職の手続きとか引継ぎとかちゃんと済んだら合流してください、社会人なんだから。スキル【イタコ】で、おれの居場所なんかすぐ判るでしょ?」
王都をさまよう浮遊霊にでも尋ねれば、おれがどこに宿泊しているとか簡単に見つけられるのでは? ということだ。
合点がいったようで「しょうでしゅね、しょうでしゅね」と泣き笑いで繰り返しうなずくクリスティアさん。……ちょっとコワい。
「あの……ご、ご主人様? わたくしと姉様はどうしたらよいでしょう?」
おずおずと話しかけてきたのは、>眷属の生真面目上司風美女イセリアさんだった。
その後には、ふて腐れたようにこっちを睨む目力強めのプリマドンナ風美女オデットさんもいる。
そういえば、ステータスの一番下に表示されてたね、>眷属の生体ゴーレム二人。
さて、どうしたもんか――。
「とりあえず二人共、クリスティアさんに従ってください。今後どうするか……おれのパーティに入ってくれたら心強いですけど無理強いはしませんので、ネムジア教会に残るならそうしてもらってどうぞ」
小さく「よっし!」と声が聞こえた。オデットさんに違いない。
気まずそうに愛想笑いするイセリアさん。
……せっかく手に入れた眷属だけど、嫌々ついて来られても雰囲気悪くなるし仕方がない。
「お任せくだしゃい! このクリスティア、必ずや二人をご主人しゃまの従順な下僕に調教ひてご覧にいれましゅ!」
「……いや、そういうのはクリスティアさんだけでいいんで」
くれぐれも無理強いはしないようにという意味で言ったつもりだったが、クリスティアさんはなにをどう解釈したのかニヘラと妖しく笑い「しょうでしゅね、しょうでしゅね」と繰り返しうなずき続けた。……やっぱコワい。
(アヒャヒャヒャヒャ~っ!! まってまって、オレサマおかしくなってまうぅ~!!)
――!!? な、ナニやってんだ、オナモミ妖精。
急にキモチワルイ声を上げはじめたので振り返れば、ヤツめルルさんの細い触手に捕まって全身をにょろにょろされていた。……おいおい、【認識阻害】はどうしたよ?
「見てください、ヤマギワさん! わたしのお股に侵入してきた変な虫を捕まえましたよ~!」
「……そいつ、おれの相棒の羽根虫なんで、どうかカンベンしてやってください」
(そ、そこはっ!? そんなところヲッ!? アヘッ、アヒャッ!!?)
「もう行かれるのです~? うちの姫様に、なにかご伝言は?」
「……えーっと、おれは今日からヤマギワとして生きていくんで、それはもうヤマダとは別人ってことで……だから、………………今までありがとう――と」
(アヘッ、アヒャヒャヒャヒャぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~っ!!?)
「……確かに承りました。でしたら、これはルルからの餞別ということで~」
そう言ってルルさんは、彼女の働く高級娼館『ハニー・ハート・メスイヌ王都本店』の半額サービス券をくれた。
おっふ――、餞別ってことだけど、ルルさんとはまたすぐに再会してしまいそうな予感。
(おっふぅ、おっおっおっおっおっおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ~っ!!)
……そして、オナモミ妖精がうるさい。
あんにゃろ、無数の触手と謎の分泌液でぬちゃぬちゃにされている…………ごくり。ちょっとだけ【共感覚】してみたい。
「あ、あの……ルルさん、その技は……?」
「さすがはヤマギワさん、お気づきですね~? ルルの新技、『昇天ユニコーンMAXハート! 触手モリモリコース』で~す!」
――!! 「昇天ユニコーンMAXハート! 触手モリモリコース」とな!?
ふむ、「昇天ユニコーンMAXハート! 触手モリモリコース」、「昇天ユニコーンMAXハート! 触手モリモリコース」――おれ、おぼえた。
夜半過ぎ――、王都上空に開いた”三角の窓”から、光の羽根を広げて飛び出すおれ。
頭の上でヘロヘロになっているオナモミ妖精と、背中から抱っこしたエリナちゃんも一緒だ。
「ひぃぃ……た、高い! 高いですっ、ヤマギワさん……!」
地下大空洞から、スキル【超次元三角】で次元の隙間に侵入、そのまま上へ上へと5~600mぐらい【飛翔】して一気に脱出した。
名残惜しくはあったけど、ヘルガさんにもユーシーさんにも声は掛けなかった。
お世話になったマデリンちゃんやシャオさんにも挨拶なしで来てしまった。
もしかしたらもう会うことはないかもしれないけど、湿っぽくなるのも恥ずかしいし、彼女達からしてみたらおれはヤマダのニセモノに過ぎないわけだし。
本物のヤマダには悪いけど、後のフォローは任せるとしよう。
おれはこの先、新しい仲間達と異世界勇者ヤマギワとして生きていく。
――さよなら、ヤマダのヒロイン達……!
てか、変にエモい別れ方して、またすぐにその辺で会っちゃったら気まずいしね。
もうしばらくは王都に留まる予定だし。
……ふぇ、っくしっ! と、エリナちゃんがくしゃみを一つ。
冬空の夜間飛行はさぞかし寒かろう。おれはスキル【環境適応】があるからへいきだけど、彼女は鼻水をすすってふるえていた。
おれときたら自分の事ばっかりでうっかりしてたけど、エリナちゃんは養母(実父)のエメリー様と実の弟テッドを亡くしたばかりだったよ。
まいったな、大人びているとはいえ七歳の少女をどうやって元気づけたものやら。
「おっとごめんね、エリナちゃん。こんな時間でもとれる宿とかあるかなー? 疲れたし、ちょっとお高くてもいいんだけど」
「そういうことでしたら……アンサー! 西門近くの外壁沿いに『ヒスイ亭』という宿があります。ナント、お風呂付きの部屋マデあるそうですよ」
高級な宿で美味しいものでも食ってまったりする、それぐらいしか思いつかない。
なおかつ風呂があるなら重畳。
嫌なことや悲しいことがあったときには、風呂に入って寝てしまうに限る。
少なくとも、サラリーマン時代のおれはいつもそうしていた。
エリナちゃんもおれも、きっとそういう時間が必要なんじゃないかな?
「お風呂か、そりゃいいね。行ってみよう」
「ハイ!」
光の羽根をはためかせ、おれ達は王都の西門方面へ向かってゆっくりと滑空していった。