410 『ワクテカ! ドッペルゲンガー㉔』
指先で、おれは何もない空間に小さな三角形を描いた。――スキル【超次元三角】! 次元の隙間へ開く三角の窓。
三角窓を覗きこむと、向こう側から”光の剣”と腕がシュビッと勢いよく飛び出してきた。
慌てて飛び退くおれ。
「出せぇ!! 許さんぞ、小便垂れめぇ!!」
次元の隙間に放り込んでおいた生体ゴーレム”目力強めのプリマドンナ風美女”オデットさんが、小さな三角窓の向こう側から無理矢理身体をねじ込んでくる。
ひぇぇ……。
「待ってくださいオデットさん」
「エリナお嬢様、なぜそんな男と……!?」
オデットさんの迫力に怖じ気づくおれを庇うように歩み出たのは、羽根頭のちびっ子エリナちゃんだった。
「かあさまが……、御前様が亡くなったんです」
「なっ!? なん……ですって!?」
「御前様は王弟ジーナスに殺されました……いえ、正確には、ジーナスに命じられたベルベットさんが手を下したのです」
「ベルベットが? そんな、バカな……」
「ウソでしょ……ベルベット姉様、なんで……」
エリナちゃんの話を聞き動揺を隠せないオデットさん。
彼女の傍らに”生真面目上司風美女”イセリアさんも居るらしいが、オデットさんが三角窓を独占していてこっちから姿は見えない。
そろりと近づいたおれは、オデットさんの隣にもう一つ小さい三角窓を開いた。
次元の隙間から、にょっきり上半身をねじ込んでくるイセリアさん。お尻がつかえて、悔しそうに身をよじる。
実のところ、スキル【超次元三角】で描いた二つの三角形は、オデットさんとイセリアさんのお尻が引っかかるギリギリのサイズだったりする。そうしておかないと、落ち着いて話もできないというのがエリナちゃんのスキル【天の声】が導き出したアンサーだったから。
「ベルベットさんは、生体ゴーレムとして身体をサクセイされ目覚めるまでのどこかの段階で、御前様よりもジーナスの命令を優先する細工をホドコされていたと考えられます。本当に憎むべきカタキは、彼女ではなくジーナス! 魔王と化し、この地下大空洞で今もなおノウノウと悪食にフケル、魔王ジーナスなのです!」
「憎むべきは、魔王……!?」
「魔王ジーナス……!?」
***
『ぬっ!!? ぬぐおぉぉぉぉぉぉぉぉうっ!?』
――ズズーーーン!!!!
身長60m超の魔王ジーナスが不意にのけぞり奇妙な声を上げたかと思うと、そのまま膝を着いた。
切断された魔王の太い中指を、クリスティアさんがスキル【飛行物体】で操って飛ばし、魔王の尻穴に深々と突き挿したのだ。
「ふぁっくゆーでしゅ!!」
エリナちゃんのスキル【天の声】は、問いかけに対して回答をくれる超便利スキルである。
事情通のクリスティアさんによると、【天の声】の回答は未来予知ではなく、情報の集積と計算による最適解であるとのこと。勝手に学習して、問えば、オデットさんとイセリアさんのお尻の大きさだってすらすらと答えてくれるらしい。
そんなスキル【天の声】のアンサーを受けて、エリナちゃんが主導する「魔王の腹の中の生存者救出作戦」その第一幕が、クリスティアさん、オデットさん、イセリアさんの三人組によって幕を開けた。
殺されたエメリー様の仇討ちはいいが、小便垂れのおれに指図されるなどまっぴらと暴走しかけるオデットさんとイセリアさんだったが、魔王の腹の中に七姉妹の内二人が居ると知って、とても不満そうにしつつも作戦に協力してくれることになったのだ。
『ぬぐぉぉお~~~マタしても、マタしても吾輩のアナルになんたる仕打ち!! なんたる恥辱!! 許さぬぞ、クリスティア・ハイポメサス!! 許さぬぞ、肉人形ども!! 吾輩の【魔界/ナミダ涸れてもオナカは泣くのね】から、よもや逃げ出せると思うまいの!? 一匹ずつ捕らえてはそのマタを引き裂き、クソとハラワタをすすってくれようぞ!!』
イセリアさんの操る”黒い影”で視界を塞がれた魔王は、ただ闇雲に四本の腕で地面を払う。身長60m超の魔王が振るう巨大な腕は、それだけで打ち寄せる大津波のような強力な広範囲攻撃となって三人組を脅かす。
しかしそんな大雑把な攻撃を大人しく待っている彼女達ではなかった。
クリスティアさんを連れて空へと飛び立つオデットさん。背中には、”白い翼”がはためく。
イセリアさんは、かかとからハイヒールのように長い”針”を勢いよく伸ばして、巨大な腕を跳び越えた。
数分間の短い攻防。その間に、オデットさんとイセリアさんが身に付けていた”ぴっちりとした白い鎧”は、いつの間にか”生肉”と化していた。
魔王の【魔界/ナミダ涸れてもオナカは泣くのね】は、周囲の固形物を”生肉”に――すなわち、”魔王の食料”に変化させるらしい。それは、魔王が君臨する【魔界】という世界の決まり切った法則なのだ。
――おっと、生肉の鎧……脱ぐのかな!?
これは見逃せない、エッチなシーン!! と思いきや、二人の身体を”黒い影”が包みこんで張り付いた。……なんてこった、まるで黒いレオタードじゃないか。
あれは、イセリアさんのスキル【黒塗】です――と、エリナちゃんが教えてくれた。
なんて邪魔なスキルだ【黒塗】! だけど、よく考えるとかなり汎用性の高い便利スキルって気がする。なにしろ、今もなお魔王の顔面に張り付いて視界を塞ぎ続けているし。
魔王の頭上に滞空するオデットさんが天に向かって手を掲げると、空中に数十本の”光の剣”が出現した。
彼女の指が指し示すと、”光の剣”は魔王の顔面に向かって一斉に射出されていく!
あれは、オデットさんのスキル【飛光剣】です――と、エリナちゃんが教えてくれた。
なるほど、自在に飛び回る数多の剣か。間違いなく強いだろうし、なによりカッコイイ! って、それさっき同じことやったじゃん!? やったけど、”生肉の剣”になっちゃってぜんぜん効かなかったやつじゃん!? と思いきや、数十本の【飛光剣】は次々と魔王の鼻の穴に侵入していく。これってなにげに――
『ん!!? ぬがっ、はっっ!!?』
――どうやら鼻の奥で”生肉”と化した【飛光剣】は、鼻にぎゅうぎゅうに詰まって魔王の鼻呼吸を阻害しているらしい。
その証拠に、口をパクパクさせて、ずいぶんと息苦しそうにしている魔王。
どうしようもなく開いた魔王の口に、切断された魔王自身の太い人差し指二本が飛び込んでいく!
あれは、クリスティアさんのスキル――とかエリナちゃんが例によって解説してくれるけど、あれはおれも知ってる。死んだ「鏡の勇者」ネノイの霊とスキル【イタコ】を使って契約し、ヤツのスキル【飛行物体】を借用しているのだ。
『うぉご、おぐぇぇっ!!』
切断された自らの人差し指で喉の奥を突かれ、「おぐぇ!」とえずく魔王。
――おっと、吐くか? エリナちゃんが組み立てた「魔王の腹の中の生存者救出作戦」、なんだか遠回りなやり方にも思えるけどそうしなければいけない理由もある。
おれが「不浄の剣」を20m伸長させて胃袋を輪切りに出来れば手っ取り早いような気もするけど、そのやり方では”魔王の胃袋”まで切っ先が届かないらしい。……と言っても、長さが足りないとか硬すぎて歯が立たないといったことではなく、どうやら”魔王の胃袋”は亜空間に存在するらしいのだ。
要するに、喉の奥が【空間収納】や【アイテムボックス】に繋がってるようなイメージで間違いないだろう。
言われてみれば確かに魔王は、自分の体積よりも巨大な肉塊を次々と呑み込んでいた気がする。
そんなワケだから、魔王が自分で「おぐぇ!」っと全部吐き出してくれるのは、それ以外あり得ないんじゃね? ってぐらい冴えたやり方に違いない。
「吐けぇ!!」
「吐き出せ!!」
「吐くでしゅ!!」
『おぐぇぇぇぇっ……!!』
キタキタ、キタぞー? 出すもん出してすっきりしちゃえよ、魔王ジーナス!!
――ばくん!!!!
ばくん? ……げえっ!?
ホントにもうちょっとのところだったと思う。
もうちょっとのところで、魔王の頭は丸ごと食われた。
食ったのは、魔王の股ぐらから伸びた太い尻尾? だった。
いつの間にか生えていた尻尾、その先っちょはパックリ割れて鋭い牙がずらりと並んでいる。
一見、魔王が自滅したかのようだが、傷口はすぐに塞がり、サイズの合わない少し小さめの頭が既に出来上がりつつあった。ほどなくして、元どおりの大きさに再生するだろう。
「魔王の尻尾」は続けて、毒に侵され変色しつつあった自身の右足を食いちぎった。
傷口はやはり直ぐ塞がったが、右足はなかなか再生してこない。その代わりなのかなんなのか、残った左足が完全に地面と融合する。
それは、魔王がこの”生肉”と化した「地下大空洞」と完全に一体化したようにおれには思えた。なぜなら……、
――にょろり!! ぞろり!!!!
地面から、無数の細長い「魔王の尻尾」が鎌首をもたげた。
……や、やばいぞ。あれに掴まったらそれこそ、お尻からウンコとかすすられてしまいそうだ。
「いけませんね、そろそろ作戦を次のコウテイに進めましょう、ヤマギワさん、ヘルガさん、ルルさん、お願いします」
「がってんだ、エリナちゃん」
おれの声に、ヘルガさんとルルさんもうなずく。
いよいよ、おれ達の出番だ。
おれの役割は、魔王に対してスキル【共感覚】を使用すること。
ステータスでは、「思いが伝わる」という雑な説明しかないこのスキルだけど、他者と五感を共有できる便利スキルなのだ。
第一幕の展開を見る限り作戦上どんな使われ方をするのかなんとなく予想できなくもないが、おれは自分のパート以外の役割をイマイチ把握していない。
というのも、作戦を組み立てたエリナちゃん自身もスキル【天の声】の導きに従って役目を割り振りはしたが、細かいことは各人の裁量にお任せで臨機応変にと歯切れが悪い。……まあ、ちょっと覚悟はしておこうか。
――あ、スキル【共感覚】といえば、魔王の腹の中にいるオナモミ妖精がなんかおとなしいけど、なんかあったか?
もしもーし、オナモミ妖精くん。死んだー?
(……おい、ヤマギワ、このキモチはなんだ? ココロがグチャグチャになる、このキモチはよ~)
はあ? 何言ってんだ? おれは片目を閉じて、オナモミ妖精と視覚を共有する。
胃袋の中は相変わらず、胃液を退けるスキル【王の領域】の金色の光と【ドラゴンフィールド】の青い光が寄り添う生存者達を照らし出し……おおう!? パラディン№10のマルク君と生体ゴーレムの”妹系美少女”アーリィちゃんが熱烈なキスをしていた。
なんだなんだ? 極限状態で、愛が芽生えたか? それとも生存本能が刺激されて、性欲が暴走しちゃったとか?
(オレサマとツガイになるはずのチビ女の口によ~、あのヒョロイ男が吸い付いてよ~、ああ~!)
そういえばオナモミ妖精のヤツ、アーリィちゃんのこと気に入ったって言ってたっけ。
よくよく話を聞いてみれば、アーリィちゃんが所持する大魔法を内側からぶっ放してイチかバチか胃袋からの脱出を図ろうと画策した一同だったが、肝心のMPが枯渇寸前だったため、不足する分をマルク君がスキル【天使のくちづけ】で補充しているというそんな件だったようで。
(あの女、始めはイヤがってたくせにだんだんとメスの顔になりやがってよ~、ああああ~~~!)
ああまあ、マルク君、細身のイケメンだしね。
やがて、ちゅばっとイヤラシイ音をたてて二人の唇が離れた。どうやら、MPの補充が終わったらしい。
「済んだの、マルク!? アナタ、やれるの!? 大魔法【天嵐壊】は!?」
「終わったけど。……キミ、MPは足りそうかい?」
「はぁはぁ……い、いけるの」
せっかちに問いかけるエルマさんに、けだるそうに応じるマルク君とアーリィちゃん。唇は離した二人だが、身体はぴったりと抱き合ったままだ。
エルマさんは呆れたようにため息をつくと、胃液の中でまだ溶けきれていない”肉塊”の上に二人を着地させてスキル【ドラゴンフィールド】を解除した。
アーリィちゃんは、マルク君と抱き合ったまま大魔法発動のための魔力集中を始める。
(うきぃぃぃ~!!)
あきらめろオナモミ妖精、あれは墜ちてるわ。童貞のおれにも判る。
傷心のオナモミ妖精になぐさめの言葉を考え始めた時だった、マルク君とアーリィちゃんのくっついた身体にニョキリと「魔王の尻尾」が割り込んできて引き剥がす。
『くっくっ……おやおや、何やら騒がしいと思えば、そんなことを企んでおったとはの。さすがに胃袋の中で大魔法【天嵐壊】は勘弁して欲しいのう? 食った物は口からよりも尻から出したい、誰だって尻から出したいのではないかねぇ?』
胃袋の中に人間サイズの魔王ジーナスがニョッキリ生えた。全裸だ。
更に無数の「魔王の尻尾」が、エルマさん達三人と生体ゴーレムの”長身アスリート風美女”に巻き付きあっという間に拘束する。
「王弟ジーナス……殿下!? なぜ、殿下がここに? これは一体――」
『ふむ? おおそうであったか、吾輩もこの魔王に食われたくちでの。ただ運良くこの身体を乗っ取ることができたでのう。くっくっ……王になれなんだ吾輩がよもや魔王になれるとは、くっくっ……くあっはっはっはっはっ!! サンキュー世界!! サンキュー運命!! サンキュー肛門!! くあっはっはっはっはっ――!!』
「魔王……だと……?」
『くっくっ……さぁて、早速だが魔王ジーナスが命じる!! 皆の者、尻をまくり吾輩にアナルを晒すがいい!! くっくっ……、くあっはっはっはっはっ――!!』
(……なあヤマギワ~、アイツ何言ってんだ? アタマおかしいのか~?)
そう言っちゃうとアレなんだが、そういうのが好きな人もいるんだよ、案外たくさん。
おれはよく知らんけどな。
しかしまあそれにしても、魔王の内側も外側も急がないと大変なことになってしまいそうだ。
あのにょろりにょろりと禍々しい「魔王の尻尾」が、女の子達のアナルを狙っている。
ここはひとつ、「魔王の腹の中の生存者救出作戦」第二幕の速やかな進行に集中しなくては――!