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409 『ワクテカ! ドッペルゲンガー㉓』

 暗闇に打ち上げられた魔法【浮灯うきあかり】が、変わり果てた世界を照らし出す。地面も壁も町並みもピンク色に脈打つ”生肉”(ア~ンド)”生肉”、どこもかしこも見渡す限り”生肉”と化した「生肉の世界」!

 東京タワーが丸ごと収まるぐらい広大なここ地下大空洞は、「魔王ジーナス」の【魔界/ナミダ涸れてもオナカは泣くのね】に浸食された。

 まるで巨大な胃袋の中みたいだ。

 

 ――!? いつの間にか、”黄色っぽい霧”が周囲に漂いだしていた。

 なんか肌がヌルヌルして、ヒリヒリする。

 もしかして、ちょっと溶けてね? ……やばい、ハゲそう。

 

 

『モグモグ、モグモグモーグモグ……なんとも味気ない肉だが、空腹には抗えんの――ムグッ、モグモグモグモグ……味はともかく量だけは食い切れぬほどあるからの、くっくっ……!!』


 身長40m超、巨大な「魔王ジーナス」は食うのに夢中だ。

 ランポウさんが魔法【土壁】で作った四方を取り囲む足場だったけど、今や丸ごと”肉塊”と化し、間もなく全て食い尽くされるだろう。





 おれとヘルガさん、クリスティアさんの仲良し三人組は、”肉塊”と化した廃墟の上に降り立ち、エリナちゃん、ルルさん、サルディナ様と合流した。


 見渡せば、”肉塊”と化した町並みが”黄色っぽい霧の海”にゆっくりと沈み始めている。魔王の【魔界】に、この巨大な胃袋に消化されているに違いない。

 おれ達が立っているこの場所も例外ではなく、そう長くは保たないだろう。



「ど、どうしようコレ? はりきってやったら、事態を悪化させちゃった気がしないでもない」


「あのあの……スイマセン、わたしってば……」


 いけね。そういうつもりじゃなかったんだが、エリナちゃんを責める感じになってしまったか。



「解ってるって、あれが『魔王アバラン』の死体を乗っ取ったジーナス殿下だってことぐらい。魔王の倒し方として魔石の破壊を回答した【天の声】は間違っちゃいなかったと思うよ」


「肉の塊と化したあの男を研究所に残してきてしまったのは、私の失敗でした」


けつナイフ殿下め、忌々しいことでしゅ! アレはもう別の魔王でしゅね」


 ヘルガさんとクリスティアさんの何気ないフォロー、助かる。


 

「ふっ、ふはははは……!! こんなことになるんじゃないかと思っていましたもの!! やっぱり『魔王』なんてモノに手を出すべきじゃなかったんです!! さっさと逃げ出すべきだったんです!! だってわたくしは知っているのですもの!! そもそも『魔王発生』とは女神ネムジア様がお作りになられたイベント。王国民に魔族の脅威を思い出させ、その脅威を払う教会への信仰を忘れさせぬようにと創り出された”世界の仕組み”なのですもの!! だというのにあなた方ときたらムキになってしまって、なんて言うか、うふふ……そう、滑稽こっけい!! 滑稽なのですものっ、うふはははは……ひぃぃぐぐぅぅ~~~っっ!!?」


 はいはい、うるさいですよ~と、ルルさんにぎゅぎゅっと締め上げられる亀甲縛りのサルディナ様。

 てか、イベントってどういうこと? その言い方だとまるで、自然災害みたいに思われてる「魔王発生」を実は女神ネムジアが意図してやってるみたいな――そういうのなんて言ったけ? マッチポンプ? よく解らないけど、「魔王発生」が女神ネムジアの用意した計画通りってことなら、教会は責任を持って何とかして欲しいもんだ。


 

「わたしがもっと上手く【天の声】を使えたら良かったのに……」

 

「エリナしゃんが気にすることはないのでしゅ、状況は刻々と移り変わるのでしゅから。御前様もいつか言っていまひた、【天の声】は未来予知ではなく、情報の集積と計算から導き出される最適解なのだと」


 スキルを手に入れたばかりのエリナちゃんよりも、エメリー様と付き合いの長かったクリスティアさんの方が、【天の声】については詳しいみたいだ。

 そんな二人のやりとりに、「そのことなのですが……」と声を上げたのはヘルガさんだった。



「……私がスキル【透視】で見た時に、確かに魔王の左胸には魔石がありました。そしてその魔石は、ヤマギワさんが確実に砕いたのですが――それ以外に、魔王の下腹にも魔石が見えたように思うのです」


「あ、もしかしたら、おれの相棒の羽根虫のやつかも。レーズン一個ほどのちっこい魔石だったはずですが」



「いえ、そこまで小さい物ではなかったかと」


「アンサー! それは尻ナイフ――ジーナス殿下の魔石です。あの方は、他者に自分の魔石を植え付けることでそのカラダを乗り換えるのです」


「なにそれ? 魔物なんか、あの人? ――でもまあそうと解れば、もう一個魔石を砕けばいいってことかな」



「……それは、簡単ではなさそうです」


 ――と、エリナちゃんは言う。

 彼女のスキル【天の声】が告げたジーナス殿下の魔石の在処は、魔王の体内を不規則に移動しているとのこと。さっきおれ等が「魔王アバラン」の魔石を砕いたのを察して警戒しているに違いない。


 だとしてもだ、繰り返しチャレンジするしかないのでは? 魔王の四本の腕をかいくぐり、射程内まで接近しては、20m伸長させた「不浄の剣」で繰り返しチクチクと体内を移動する見えない魔石を狙う。

 確かにハードな展開だけど、今のおれなら――異世界勇者のヤマギワならば、やれそうな気がする!





『モグモグ……ゲフッ!! おお、おおおう、どんどん力がみなぎってきおる!! おまけに胃腸の調子も良い!! 絶好調である!! むぅん……!!』

 

 ――とか踏ん張るや否や、「ブホンッ!! ブブホンッ!!」と爆発ようにでかいオナラを連発する「魔王ジーナス」。

 思わず息を止めるおれ達。

 

 なんて下品でイラつく魔王だ。

 怒りのままに飛び立とうとしたおれを、直前でヘルガさんが呼び止めた。



「待ってくださいヤマギワさん、アレの始末はネムジア教会の大司教様に任せておけばいいようです。――そういうことですよね、サルディナ様?」


「ふっ、ふははっ……、ですから滑稽だというのです!! わたくしは言っているではありませんか、さっさと逃げ出すべきだと!! 『魔王発生』などというものは、魔王がある程度王国を荒らした後で、ネムジア教会がそれを退け国民から感謝されるというシナリオなのですもの!! それをムキになってあなた方ときたら、滑稽!! こっけ、へぐぐぅぅ~っ!!? ……な、なにをなさいますの、さっきから!? わたくしが喋ってる途中じゃありませんかっ!!」


「なんか偉そうだったので~つい、てへへ」


 話の途中でぎゅぎゅっとされてしまった亀甲縛りのサルディナ様からの抗議を、てへへと受け流すルルさん。

 ヘルガさんが先を促すと、サルディナ様は気を取り直して話を続ける。



「……と、ともかくです、ネムジア教会の歴代大司教が代々継承するスキル【世界破壊ワールドディストラクション】があれば、魔王など容易く滅ぼすことができるのですもの!! ネムジア教会大司教に比べれば、勇者など前座に過ぎないのです!!」


 いやいやいや、なんかさっき言ってたことと話違ってね? 「魔王の『魔界』は”勇者のオーラ”じゃないと、ぜんぜん無意味なのですもの!!」とか言ってたくせに。

 みょうなテンションで言っちゃいけないこと言っちゃってない、サルディナ様?



「しょんな話はパラディンを長くやっているわたしゅでも聞いたことがありましぇん! 魔王の天敵といえば、勇者様ではありましぇんか? 大司教様の方が容易く魔王を倒せるだなんて……まひてや、『魔王発生』が女神ネムジア様の創られた人気集めのイベントだなんて……ランポウしゃんは知っていましゅたか?」


 振り返ると、パラディン№6のランポウさんがいつの間にか直ぐそこまで来ていた。

 なんとなく緊張する、別に敵対しているわけではなかったはずだけど。



「俺もそんな話は聞いたことがありませんねー。まあ昔、大司教ジル様がスキル【世界破壊ワールドディストラクション】でドラゴンライダーを倒したとか、そのせいで空がぶっ壊れたとかって話なら聞いたことありますけどね」


「その通りです!! 今からおよそ四十年前、大司教ジル様の成した決断によって、空から『鳥』が消えました。スキル【世界破壊ワールドディストラクション】は世界を大きく傷つけてしまうのですもの!! ですから、その使用には大きな覚悟と責任が伴うのです!! 教会専属の勇者達になんとかできるならそれに越したことはないのでしょうが、それがあてにならない事態に陥ったときには、大司教は女神ネムジア様の名の下に【世界破壊ワールドディストラクション】の使用を決断することになるのです!!」



「……はあ。つーか、そっちのご婦人はどちら様なんで?」


「前の前の大司教、サルディナ様でしゅ」


 少し面食らった様子のランポウさんに、亀甲縛りのサルディナ様を紹介するクリスティアさん。

 

 えっと、つまり、大司教様が持ってるスキル【世界破壊ワールドディストラクション】なら、あんなにでかく成長してしまった魔王でも簡単に倒せるってことか。

 だから、「勇者のオーラ」を使えるってだけで、おれやヘルガさんがそんに気張る必要なんてないんですもの! って、サルディナ様は言ってるわけだ。 


  

「代々、大司教だけに伝えられる秘密ということでしょうか」

 

「ユーシーさんも知ってるってことかな?」


 もし知っていたとしても、ネムジア教会の人気集めのために被害が出るまで魔王を放置するとか、ちょっとユーシーさんのイメージと合わない。

 てか、もしそんなことするようなら、がっかりだ。



「例え知ってたとしても、魔王なんて危ないもんを野放しにするようなお方じゃねぇよ。でなけりゃ、わざわざこんな地の底まで自ら出張って来やしないだろうさ」


 ……なんか、ランポウさんに睨まれてる気がするのは気のせいかな? おれ、別に変なこと言ってないよね。

 とはいえ、世界を傷つける恐れのあるスキルを不用意にぶっ放す人でもないだろう。だからこそ、「氷柱の勇者」であるヘルガさんを連れてきたんだろうし。

 ただ、この期に及んでスキルを出し惜しむ人でもないと思う。ユーシーさんは、頃合いを見て決断ってやつをするだろう。



「わたしゅも同意見でしゅ。しょんな大司教様だからこしょ、御前様とは決定的にしょりが合わなかったともいえましゅ」


「やれやれ、アンタがそれを言うのかよ、クリスティアさん」


 同じパラディン同士でも、大司教ユーシー様派のランポウさんからしたら、元大司教エメリー様派だったクリスティアさんには思うところがあるのだろう。

 

 そんな二人の微妙な空気を払うように、ヘルガさんが口を挟んだ。



「だとしたら、大司教がスキル【世界破壊ワールドディストラクション】を使うことに躊躇ちゅうちょしないというのなら、魔王の腹の中に居る人達の救出を急ぐべきでは?」


「おっと、そのことだ。あれに呑まれたエルマとマルク、あんた達でどうにかできるってことかい?」


「エリナちゃん、どうかな?」


「あ、アンサー! スジ書きはできています。後は皆さんの協力があれば」



「――とのことです。あれに呑まれたおれの相棒と生体ゴーレムの美人姉妹、ついでにエルマさんとマルク君も、救出はこっちに任せといてください」


「ああ、ついででもオマケでも構わねぇんで、あいつらのことヨロシク頼むよ」


 そう言ってきびすを返すランポウさん。「大司教様には俺の方で話を通しておく」とのこと。

そんな彼に、なんだかんだとうるさいサルディナ様を引き渡す。すごく嫌な顔をしたが、多分、亀甲縛りの熟女を連れた客観的な自分の姿をうれいてのことだろう。





 「魔王ジーナス」は横に縦にますますでかくなり、身長はいつの間にか60mを超えた。どうやら足裏を通して、巨大な胃袋と化した地下大空洞が消化しつつある全てをエネルギーとして吸収し続けているようだ。



『おやぁ? これはこれは、クリスティア・ハイポメサス殿ではありませぬか!! てっきり帰ってしまったと思っていましたのに、まだ居てくださったとは!! くっくっ……今一度、吾輩にその痩せた尻の穴をお見せくだされ!! そして今度こそ、ブザマに脱糞する姿をお見せくだされい!!』


「わたしゅの肛門も脱糞も、全てはご主人しゃまのもの!! そう易々と、余人よじんの目にさらひてなるものでしゅか!!」


 魔王の足下にすっくと立ったクリスティアさん。スキル【大炎上】の炎が肉の床を走り焼き焦がす!



『くっくっ……、ならば吾輩が手ずからしぼってしんぜよう!!』


 炎に焼かれることもいとわず、魔王の四本の腕がクリスティアさんに伸びた。

 その合計二十本の指を、上空から射した一条の光――【光線】の魔法が、なぎ払い切り落とす!


 魔法を放ったのは、身長60mの魔王を空中から見下ろす白い翼の美女――目力めぢから強めのプリマドンナ風、生体ゴーレムのオデットさんだ。



「みにくいブタめ、私の妹達を返すがいい!!」


 生体ゴーレム七姉妹の中で、オデットさんは長女にあたるそうな。

 苛烈な性格の彼女は、妹達から恐れられてはいたものの、リーダーとして慕われ頼られてもいたらしい。

 

 背中の白い翼をはためかせるオデットさんは、空中に数十本の”光の剣”を創りだした。

 彼女の指が指し示すと、”光の剣”は魔王の顔面に向かって一斉に射出される!


 しかし、”光の剣”は魔王の顔面に突き刺さる直前に”生肉の剣”と化し無力化されてしまった。

 小さく舌打ちするオデットさん。 


 頭上で滞空する彼女を払い落とそうと、魔王が指のない腕をふるう!


 慌てて回避行動に移る彼女の姿を、”黒い影”が覆い隠した!

 

 魔王の背後で”黒い影”を操る美女は――生真面目きまじめ上司風、生体ゴーレムのイセリアさんだ。

 続けて、”黒い影”は魔王の両目を覆う。



『ぬおお、なんだコレはっ!!? 見えぬ、取れぬ、小賢しい肉人形どもめが、許さぬ!! 許さぬぞっ!!』


「これが『魔王』の【魔界】なのですね、なんて興味深い! それにつけても、脱糞する姿を見せろだなんて……いえ、そういった嗜好しこうが存在するということは知識として承知してはいたのですが、まさかこの目でそのような特殊な性癖をの当たりにする日がこようとは――、まったく『魔王』とは興味が尽きませんね!」

 

 読書好きのイセリアさんは、七姉妹の六女にあたるそうな。

 戦闘面では他の姉妹達に一歩譲るが、自他共に認める物知りであるらしい。その知識量は神話や経済、財テク、健康法、料理、性知識まで幅広い。ただし、産まれて一年に満たないこともあって、実践には乏しいそうな。



 背後のイセリアさんに気づいた魔王が、彼女を踏み潰そうと足踏みする。

 その足が”鋭い針”を踏み抜いた! ”鋭い針”は次の瞬間”生肉”と化すが、傷口から皮膚をドス黒く変色させていく。――「毒」に違いない。

 

 かかとに”鋭い針”を長く生やした勢いで、踏み潰しの届かない場所へと飛び退くイセリアさん。

 


『ぬっ!!? ぬぐおぉぉぉぉぉぉぉぉうっ!!?』 


 追いすがる魔王だったが、不意にのけぞったかと思うとそのまま膝を屈する巨体。


 

 何が起こったのか、離れた場所からおれは一部始終を見ていた。

 【光線】の魔法で切り落とされた太い中指が飛翔し、狙いたがわず魔王の肛門に深々と突き挿さったのだ。

 ――スキル【飛行物体】! どうやら「鏡の勇者」ネノイが、クリスティアさんに力を貸してくれているらしい。……あの野郎、てっきりへそを曲げているものと思っていたけど、少しは心を入れ替えたのかな。



「ふぁっくゆーでしゅ!!」





 そんな感じで、「魔王の腹の中の生存者救出作戦」その第一幕が、クリスティアさん、オデットさん、イセリアさんの三人組によって切って落とされた!

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