408 『ワクテカ! ドッペルゲンガー㉒』
――てか、スキル【危機感知】を使用停止したら、手足のふるえが止まった。
精神的に向上心がどうのとかいじけてたさっきまでのおれ、何だったの?
「ベストアンサーだったよ、ありがとうエリナちゃん。効果てきめんだった」
「い、いえ……スキル【天の声】の導きなのです」
照れくさそうにそう言う羽根頭のちびっ子エリナちゃん。
でも言われなければ、一生気付けなかった自信あるよおれ。
思えば、スキル【危機感知】にはお世話になりっぱなしだった。
レベルと記憶をリセットされてしまった二周目の時、プレートメイルなしで危険な冒険に飛び込んで行けたのは【危機感知】のおかげだったと思うし、格上の強敵とそこそこ渡り合えてきたのも【危機感知】あってこそだ。
時々【スキル封印】とかされて【危機感知】なしで過ごす時の心細さは、フルチンでダンジョンを行くがごとし……そんなワケだから、寝てる時まで常時使いっぱなしの垂れ流しっぱなしだった。
よちよち歩きのおれの手を引く母親のようなスキル【危機感知】だったわけだが、邪悪で得体の知れない強大な敵――例えば「魔王」みたいなモノに過保護な反応してしまうという今まで知り得なかった弊害がここへきて表面化してしまった。
時には親の目を盗んでアブナイ遊びも嗜んでおかないと、ちゃんとしたオトナにはなれないって感じかな? 他の奴らがみんなそうやって童貞卒業してたなんて、あの頃のおれときたらちっとも知らなかったんだから、し、しょうがないじゃないか――!!
……おっと、話が逸れた。
「ヘルガさん、クリスティアさん、ごめんどうをおかけしました。おれ、やっぱやれそうなんで、お二人には支援をお願いします」
「……そうですね。その方が、貴方が前に出てくれた方がしっくりきます」
「このクリスティアどこまでもお供しましゅよ、ご主人しゃま」
ほんの数秒前まで泣きそうなほどブルってたおれに、ヘルガさんとクリスティアさんが優しい。
そのせいでまた泣きそうになるけど仕方がない、みっともないのは今に始まったことでもないし。
「ふはは、なんか勇気が湧いてきましたよ」
剣を握る腕がほのかな光りに包まれる。
異世界から来たおれ達の絞り出す勇気は、こっちの世界でルールを逸脱した不思議な力となる!
「……な!? スキルとは違うその輝きは……ま、まさか、『勇者のオーラ』なのですか!?」
「ヤマダさんはあんな見た目ですけど~、実は結構強いんです! ええと確か、草原の~」
なのです! 「勇者のオーラ」なのですよサルディナ様。魔王の「魔界」の効果を【無視】できるってウワサの「勇者のオーラ」なのですよ!
てか、見た目のことはほっといてよ、ルルさん。
「アンサー! 『草原の勇者』ヤマダ・ハチロウタ様……どうか『魔王アバラン』を止めてください! 王都を、みんなを護ってください!」
「おっけ、任せといてよエリナちゃん、ついでにテッドの野郎の仇もね。――あーっとそれから、おれの名前は『ヤマギワ』な? ワケありドッペ……いや、たった今から『異世界勇者のヤマギワ』ってことで――ヨロシク!」
さてと遅ればせながら、オトナの階段上っちゃいましょうか。
――イキますよ? と一言、右腕でヘルガさんを、左腕でクリスティアさんを抱き寄せるおれ。
突然の蛮行に息を飲む二人を両脇に抱えて、おれは羽根を広げて飛び立った!
『ブーフーフーフーフ――!!!!』
”肉塊”と化した研究所を丸ごと完食して目に見えてでかくなった「魔王アバラン」の低く重いうなり声が、地下大空洞を震わせる。
そろそろ身長40m超えたか? 成長が早い、消化が良すぎる。
これ以上でかくなったら魔石まで剣が届かないかも、肉がぶ厚すぎて。
光の羽根をはためかせ、魔王の目の前を横切るおれ達。
ぬぼーっと何も考えてない様に見えてさすがに気に障ったのか、払い落とさんと四本の腕が迫り来る。
――バリリッ、パッツーン!! パッツーーーン!!!!
ヘルガさんの【電撃】魔法が魔王の巨体を貫く。
一瞬硬直する魔王だったが、直ぐに何事もなかったように動き出す。
巨大化したせいで、さっき【電撃】を受けた時よりも鈍感になったみたいだ。
――ふおん!! ひゅおん!!
クリスティアさんの放った風の刃が、魔王の腕を切り裂く。魔法【風刃】だ。
巨大な腕を切り落とすほどの威力はないが、関節の内側のスジを狙うことで効果的にダメージを与えて動きを阻害する。傷ついた部分が修復されるまでの数秒間はこちらのターンだ!
こちらのターンなんだけど……。
しかしマズったな、格好つけて二人を抱えて飛んだけど、両手塞がってたら剣が振れないんだが……この期に及んで、どっちか手放すとか情けなさ過ぎる。
周囲の生肉化した地面に着地するのもなんか気持ち悪いし、かといって生肉化していない場所まで離れると、いくら【マジックコーティング】で伸長した剣でもちょっと届かない。
……仕方ない、一回引き返そうか。
そんなことを考えていた時――、
「足場ーー!!」
突然クリスティアさんが叫んだ。
え、何事!? 驚いて彼女の視線を追うとその先には、廃墟の陰からこちらを見上げる白マントの男がいた。
あれは、パラディン№6のランポウさんだ。
やれやれ……といった様子で肩をすくめたランポウさんだったが――。
次の瞬間、「魔王アバラン」を取り囲む様に四方から巨大な石柱が生えた。生肉化した地面の範囲外から魔王に向かって斜めに伸びて、てっぺんが生肉化を始めて垂れ下がっても延々と伸び続けている。
おれの知ってるそれとは規模の大きさが桁違いだけど、ランポウさんの魔法【土壁】に違いない。
魔王の周囲を飛び回り、おれは”残像”を残す。やたらめったらいっぱい残す――スキル【空間記憶再生】! 「数秒過去、そこに居たおれ達三人」の立体映像を魔王の周囲に残しつつ、ランポウさんの作った四つの足場を飛び回る。
現れては消える数十体の立体映像が魔王の気を引く隙に、おれ達は足場の一つに降り立った。
名残惜しいけどヘルガさんとクリスティアさんを手放し、「不浄の剣」を抜き放つ。
さっさとやらないと、この足場だって”肉塊”と化すのは時間の問題だろう。
おれは「不浄の剣」の剣身に左手を添えて、槍を持つ様に構えた。
草原流【雑草突き】の構えである。今更言うまでもないが、何の変哲もない【普通の突き】を繰り出す構えだったりする。
足場から魔王までおよそ15m、さらに魔王のぶよぶよの肉を貫くにはプラス5m以上、合計で20mぐらいの剣身が必要だと思う。
ザマ流槍術の達人であるミズキさんみたいに【マジックコーティング】で作りだした光の刃を射出できれば20mぐらいわけないだろうが、おれにはできない芸当なので、1000MPぐらいぶっ込んで光の刃を20m以上に伸長させなければならない。
もっとも、おれってば魔法適正低いのにMPは無駄に多いから、1000MPぐらいいつも割と余ってたりするんだけど。
――よし、魔力注入開始!!
更に、相手は「魔王アバラン」である。常に「勇者のオーラ」をまとわせておかないと、魔力で作り出す刃とはいえ”生肉”と化してしまうだろう。
そのことは、ヘルガさんの【氷柱】やランポウさんの【石礫】で実証済みだ。
――輝け、スキル【勇気百倍】!!
残る問題は、砕くべき魔石の位置だ。
いつもならスキル【危機感知】でおおよその位置が判ったりするんだけど、今回は【危機感知】が使えない。
巨大な「魔王アバラン」だが、魔石は普通の魔族サイズらしいので、恐らくは野球ボールサイズと思われる。
エリナちゃんのスキル【天の声】によると、「魔王アバラン」の魔石は左胸にあるとのことだが……しゃーない、野郎の左乳首周辺をチクチクして探すしかないか。
剣を握るおれの手にヘルガさんが触れた。
「魔石の位置は私が見ます――スキル【透視】!」
「……! 助かります、ヘルガさん。なんかこれ、初めての共同作業みたいですね」
一本の剣を男女二人で持つ感じ、まるで結婚式でお馴染みの「ケーキ入刀」の儀式みたいだ。
互いに頬を染めてはにかむ、おれとヘルガさん。なんかイイ感じじゃね?
「ギリギリギリ……なんだかお二人でイイ感じでしゅね、なんならイイ感じの【BGM】でもおかけしましょうか? ギリギリギリ……」
図らずも、のけ者みたいになってしまったクリスティアさんの歯ぎしりがコワい……。
「でしたら、セレブレイトな感じのやつを」
平然とリクエストするヘルガさん。意外に煽るね。
ギリギリと歯ぎしりしながらクリスティアさんが、セレブレイトでキャンユーな感じの【BGM】を選曲した。
~♪ ~~♪♪
涙目で頬をふくらませるクリスティアさんの手を引き、剣を握らせるおれ。
「よかったらおれに勇気を分けてください、クリスティアさんも」
「……ふしゅっ!!」
おれとヘルガさんとクリスティアさん、三人の共同作業だ。
――パキン……!!
真っ直ぐ一直線に伸びた光の刃が、「魔王アバラン」の左胸を貫いた。その胸の奥で魔石が砕ける確かな手応え。
『ブーフーーーーン……!!』
ゆっくりと倒れ伏す40mの巨体。
――ずずーーーん!!!!
「やったか!?」
「……それはフラグですよ」
おれのお約束に、律儀に突っ込んでくれるヘルガさん。
薄々気付いてたけど、ヘルガさんの中の人ってやっぱ日本人だよね?
「まだでしゅ! 御前様がしょう言ってましゅ!」
クリスティアさんのその声と足場の石柱が”肉塊”と化すのはほぼ同時だった。
おれは、再びヘルガさんとクリスティアさんを両腕にかき抱いて中空へと飛び立つ。
『ブーフーフ――フッふっふっふっ……』
一度は倒れ伏した魔王がまたゆっくりと立ち上がり、顔を上げた。
……!? その顔が、なんか違う。なんかモブっぽくない!?
「だれ?」
「……あの顔は?」
「あれは、尻ナイフ……ジーナス殿下でしゅ! 御前様がしょう言ってましゅ!」
『ふっ……くっくっくっ……これはこれはなんと、魔王の身体とはっ!! なんとなんと、魔王の身体が手に入るとはっ!! 今日の吾輩はついておる!! おまけに胃腸の調子も良い!! 絶好調!! 絶好調であるっ!! むぅん……!!』
絶好調!! とか言いながら、魔王が「ブホンッ!!」と爆発ようにでかいオナラをこいた。多分、絶好調の”調”と胃腸の”腸”をかけているオヤジギャグに違いない。
『くっくっ……しかし、この身体はたまらなく腹が減るのう? いや、それ故のこの権能であるか。「悪食の魔王」とはよく言ったものよ――』
言われてみれば、あの顔、あのしゃべり方はジーナス殿下っぽい。
つまり、死んだ「魔王アバラン」の身体をジーナス殿下が乗っ取ったって感じだろうか?
何なんだあの人? 小物っぽいくせに、ラスボスなのか?
何がしたいんだ? 「王様」になりたいってだけのアナル好きの人じゃないのか? 「王」なら「魔王」でもいいってか? ――あ、なんか臭い……。
『――さあて夜も更けた。皆の者よ、ディナーにお付き合い願おうか!! ふっくっくっ……開闢せよ、【魔界/ナミダ涸れてもオナカは泣くのね】――世界よ、吾輩の糧となるがいい!!』
40mの巨体、その足下から”生肉の世界”が広がっていく。
広大な廃墟の街が、更には地下大空洞の壁面が天井まで全て”生肉”と化す。
地下大空洞は、「魔王アバラン」の……いや、「魔王ジーナス」の【魔界】に飲まれた。
調べたら、ケーキ入刀でかの曲はあまり使われないらしい。でもまあ、新郎新婦のたっての希望があれば有り得なくもないんじゃないかな? 知らんけど。