406 『ワクテカ! ドッペルゲンガー⑳』
尻からナイフの柄を生やした男の石像をどうしようかという話になった。
生体ゴーレム七姉妹の一体、清楚系黒髪美女のベルベットさんに命じてエメリー様を殺害したこの尻からナイフ男、見た目は確かに日本からの転移者のクソ野郎なんだけど、中味はなんと死んだはずの王弟ジーナス殿下なのだそうな。
そういえばベリアス様も、あの親父がそう簡単にくたばるとは思えないみたいなこと言ってたような……? 【僕の蛇眼】みたいなスキルも使ってたみたいだし、見た目だけ【変化】で若作りしてるって感じでもなさそうなので、【肉体共有】みたいな死体に乗り移ったりする系のスキルかな?
王都に蔓延しつつある「中毒性のある粉薬」の件、黒幕は御前様こと元大司教のエメリー様だったわけだけど、そのさらにバックにいた真の黒幕が王弟ジーナス殿下だったらしい。
心情的には、このまま叩き壊してしまった方が世のため人のためって気もするけど?
「ご主人様、わたしゅが壊してひまってもよろしいでしょうか?」
「いいよね? あっちが仕掛けてきたんだし」
「ヤマダさん、それは待ってもらえますか」
壊す気まんまんだったクリスティアさんとおれを止めたのはヘルガさんだった。
エメリー様の遺体と一緒に、この石像も中央神殿に持って帰りたいってことだろうか?
まあ、別にそれでもいいかな? と、おれなんか思ってしまうのだが――、
「なぜでしゅか?」
――と、なんとなくさっきから、ヘルガさんにはあたりの強いクリスティアさん。
「その人は、【リスポーン】というスキルを持っています。前に同じスキルを持っている方に聞いたのですが、死亡するとあらかじめ指定してある場所に復活するそうです」
ヘルガさんは【鑑定】スキルを持っている。……なるほど、【リスポーン】なんてチートスキルがあるのか。
だとすれば、自殺さえできない石化状態は、ジーナス殿下にとって最悪の状態なんじゃなかろうか?
「なら、このままでいいかも」
「だったらご主人しゃま、このナイフの柄の部分だけ折ってひまってもいいでしゅか?」
「え、なんで?」
「ふっしゅっしゅ……、万が一石化が解けた時に、柄がない方が抜きにくいと思うのでしゅ」
どうやら、お尻の穴を覗きこまれたりしたことを根に持っているらしいクリスティアさん。
そのままお尻からナイフの柄を生やしておいた方が造形としてみっともないのでは~? というルルさんの意見もあり、どうするべきか紛糾する大会議室。
尻のナイフのことはともかく、おれとしては、石化状態のまま土の中に埋めるとか、海の底に沈めるとかあれこれ考えていたのだが――げげっ!!?
石化状態のジーナス殿下が突然、”生肉”と化した。――と言っても、石化が解けて元の肉体に戻ったということではなく、石化状態がそのまま肉塊状態になったという感じなので、尻に刺さったナイフの柄まで生肉だ。
これだと、土の中や海の底に放置したら、すぐに腐ってしまうに違いない。
てか、なんだこの生肉化現象? 剣とか石とか、硬そうな物……鉱物? が”生肉”になる? ……なんていうか、とても忌まわしい感じがして不快感が半端ない。要するに、キモい!
「――ふしゅ! このままぐいっと押し込んでひまうのはどうでしょう?」
まだナイフの柄にこだわってたのかクリスティアさん。そんなに気になるかな……?
間をとって、もう一本何か挿してみてはいかがです~? とか言っておれを見るルルさん……え、何を!?
見かねたヘルガさんが太い氷柱を一本、肉塊の尻の部分に深々と突き刺す。
するとほどなくして、挿し込まれた氷柱も”生肉”と化し肉塊の一部となった。
……!! 生肉化は鉱物だけに限ったことではなかったらしい。
(おお~ぃ、ヤ、ヤマギワ~! タスケテ~! オレサマをタスケテくれ~ぃ!)
そんな時、おれの脳内にオナモミ妖精のマヌケな声が響いた。
――何やってんだ、あいつ? おれは片目を閉じて、オナモミ妖精と視覚を共有してみたのだが……なんか暗い? 暗くて状況がよく判らない。
ぼんやりと、青い光と金色の光が差し込んで、ぬめぬめっとした粘膜に囲まれているような――あ! なんか昔、健康診断で引っかかって胃カメラ飲んだ時に見せられた映像に似てる気がする……。
イヤな予感がして、おれは大会議室の窓から身を乗り出し表を見た。
――げっ!!?
そこには、研究所の屋根よりも巨大な、ぶよぶよした灰色の男が立ち尽くしていた。
身長は30mぐらいありそうだし、長い腕は四本もある。ただ、顔は髪の毛も眉毛も無くてモブキャラっぽい。
研究所の外で何やらもめているのは感知していたけど、あんなデカブツがいるなんて想定外だ。
……なんだあれ? と、思わずつぶやくおれ。
別に誰かが応えてくれるのを期待していたわけではなかったけど、羽根頭のちびっ子エリナちゃんがおずおずと口を開いた。
「あれは、『悪食の魔王アバラン』……です」
「――ま!!?」
魔王!!? ……で、でたー!! 魔王でたー!! やばいよやばいよやばいよやばいよ……!!
なんだっけ? ――ここは剣と魔法の大地「モガリア」。復活のきざしが現れた魔王に対抗するため、異世界から勇者候補達が召喚された。彼らの冒険が今始まる! だっけ?
というのは、ナカジマの持っていた「攻略本」冒頭のストーリー……って、魔王復活してるじゃん!!? てか、窓の外に急にいるとか、魔王としてどうなの!?
どうしよう、足がプルプルふるえるし、心臓がバクバク言いだした。
スキル【危機感知】が、あれは良くないモノだと警鐘を鳴らしている。
……コワい!! 魔王、コワい!! あのモブ顔が、やたらコワい!! もしかして、もうエンディングが近いのか!!?
あわわわわ……待って、まだ心の準備があわわわわ……!!
「王都地下に魔王発生。スキル【神託】を持つ者に、啓示があったそうです」
隣に並んだヘルガさんがおれを見る。その目は、「戦いますか?」と言っているようだ。
……で、でも、おれには魔王とか関係ないし、主人公様じゃないし。
ヤマダの複製の、”ワケありドッペルゲンガー”だし。
よ、よし、みんなで逃げよう! そう言いかけたときに、再びオナモミ妖精の声が聞こえた。
(おお~ぃ、早くタスケロよ~!! ヤマギワ~、オレサマ、トロけちゃうヨ~!! 見捨てたら、ノロウぞ~!! コロスぞ~!! ヤマギワ~!!)
うるせえ! てか、お前のいる所って見た感じ、もしかして魔王の腹の中だろう!?
なんでそんなことになってんだ!? 得意の【認識阻害】はどうしたよ!?
……ん!?
オナモミ妖精の視界に、数人の男女の姿が映った。……誰だ?
(よ~するにヨ~、オレサマはこのアーリィってチビ女が気に入ったのよ! ちっこいくせにぷるんぷるんしてやがって、オレサマの好みにドンピシャだったワケよ~! 近くで見てたら、なんかヨロイがぺろんってめくれてよ~、ケケケ……! 奥の奥まで見えそうだったから、もっともっとって近づいてったら……パックリ! いっしょに食われちまいましたってワケよ~!)
だってサイズ的に、オレサマとセックスできそうじゃね? とか言ってるが、いくら何でもそれは無理だろ!
それにしても、魔王は見境無しに何でも食うな。
オナモミ妖精の視界には、生体ゴーレムの妹系美少女アーリィちゃん、パラディン№9のエルマさんと№10のマルク君が三人仲良く身を寄せ合って胃液に浸かっている姿があった。三人がエルマさんの【ドラゴンフィールド】に包まれているのは、そうしないと消化されてしまうからに違いない。
アーリィちゃんが怯えてマルク君に抱きついているので、エルマさんは仕方なく二人をまとめてガードしてるって感じだろうか?
少し離れた場所に、金色の光に包まれたアスリート系美女が一人。彼女も生体ゴーレム七姉妹の子だったと思うけど、ちょっと溶けて骨とか見えている。見覚えのある金色の光はスキル【王の領域】だろうか? 障壁がちょっとほころびかけているようで、あまり長く保ちそうにない。
敵も味方も関係なしとか……なんも考えてないんじゃね、魔王?
その時不意に、掴んでいた窓枠がぐにゃっとひしゃげた。
げえっ……な、なんじゃこりゃ~!!? 窓枠が、壁が、天井も床も大会議室が丸ごと”生肉”になっている~!!?
パニくったおれは、慌てて窓から飛び出した。
スキル【浮遊】で着地して背後を振り返ると、研究所の建物が丸ごと”肉塊”と化していた。
そんなおれを追いかけて、女の子達が二階の窓から飛び降りてくる。
……しまった、おれとしたことが。
ビビりすぎて、彼女達をほったらかして真っ先に逃げ出して来てしまったことに思い至る。
ちびっ子のエリナちゃんはクリスティアさんが、亀甲縛りのフーカさんはルルさんが連れ出してくれた。……おれ、立場がない。
すいません、おれ、ビビっちゃって……と小さい声でつぶやいたおれだったが、誰も聞いてなかったっぽい。
「建物まで”生肉”に……これが、魔王の権能でしょうか?」
「御前様のゴーレム達も肉の塊にしゃれてはあれに食われていまひた。しょして、食べるほどにどんどん大きく成長しているようでしゅ」
ヘルガさんとクリスティアさんがそう言っておれを見る。
二人がおれの指示を待ってるっぽい。……いや、だから……逃げません?
「ふっ……ふふふっ……、もうおしまいだわ! 中央神殿も王都も、なにもかもが魔王に食われてしまうのよ! ふふふっ……」
亀甲縛りのフーカさんが、なんか笑ってる。……あれ? ちょっと……いや、かなり老けた?
見た目、若いシラカミ部長っぽかったフーカさんだが、なんか顔面に無数のひび割れが……?
「スキル【特殊メイク】……彼女の本当の名前はサルディナ・マングロブ。行方不明だった前の前の大司教様です」
ヘルガさんがこっそり教えてくれた。
なんと、フーカさんの正体が前の前の大司教サルディナ様だったとは……エメリー様の過去話に出てきた時点で既にアラフォーだったよな?
スキル【特殊メイク】には、おれ等もミースの学園編でおせわになった。つまりシラカミ部長になんか似てるのは、ルードルードの好みで【特殊メイク】してたってだけで、クローンでもなんでもなかったってことか。
「ふふっ……だってわたくしは知っているのですもの!! 魔王の『魔界』は”勇者のオーラ”じゃないと、ぜんぜん無意味なのですもの!! 無意味!! 無意味!! 無意味なのですものっ、ふはははは……ひぃぃぐぐぅぅ~~~っっ!!」
はいはい、うるさいですよ~と、ルルさんにぎゅぎゅっと締め上げられる亀甲縛りのフーカさんこと、サルディナ様。
「ですがあれは不完全な魔王なのです。一度ホロビた『魔王アバラン』のハソンした魔石をスキルで【再生】し、テッドの体内に埋め込んだものが年月を経て受肉した心持たぬ本能だけの再生劣化魔王に過ぎないのです」
「ゾンビみたいなものかな?」
言ってしまってから少し後悔した。エリナちゃんの言葉に思わず反応してしまったけど、あれをゾンビと一括りにしてしまうのはシャオさんに失礼だったかもしれない。せめて、アンデッドモンスターとか言うべきだったかも。
「きっともっとゲンシテキなバケモノなのです。後先も考えずただ食べ続け、身体だけどんどん大きく成長しても精神はぜんぜん成長しないバカモノなんです! だからきっと、まだなんとかできると思うんです!」
そんな言葉にドキリとしてしまうおれ。もちろん、エリナちゃんは魔王のことを言ったのであって、他意はないと思うのだが……。
三日前にヤマダの複製として産まれたおれ。四日目の今日までに、いくつ失敗を繰り返しただろう?
ガンバリ入道や金髪縦ロールのアントニアさんともめたこと、ウルラリィさんにキモがられたこと、エメリー様に脚を切り落とされてオシッコ漏らしたことなどなど……。
中でもおれが引っかかっているのは、スズカ教官にルルさんの首を切られたことと、さっき”生肉”と化した大会議室から我先に逃げ出してしまったことだ。
どちらの時も、おれの勇気が足りなくて尻込みしたことによる失敗ではなかったか? ホンモノのヤマダたったらもっと上手く大胆に立ち回れたんじゃないのか? なんて思ってしまう。
ホンモノのヤマダなら例え失敗したとしてもそれを反省し、次からはきっと間違わないだろう。
だけど、ヤマダの複製に過ぎないおれはどうだ? そもそも、複製が成長できるのだろうか?
さっきから、おれのスキル【勇気百倍】が効いていない。
エメリー様の両腕を切り飛ばした時には使えてたのに、魔王と対峙してからはさっぱり熱を感じない。
理由はなんとなく解っている。
0×100=0 ”勇気0”を100倍しても”勇気0”のまま変化無しということ。
要するにおれはビビっている、あの時も、さっきも、今も。
複製のおれは、失敗を糧に成長できるのだろうか?
ふとした疑問に囚われて、次の一歩が踏み出せない。
~精神的に向上心のないものは……、ばかだ。~
昔どこかで読んだ、そんな言葉が心をよぎる。
足が、手がふるえる。
魔王、コワい……。