405 『ワクテカ! ドッペルゲンガー⑲』
「やあやあ我こそは、死してなお戦いを求めさまよう元S級冒険者ガンバル・ギルギルガンなりー!! 事情は知らぬが、義によって助太刀いたすー!!」
「へえ、そんなことがあったんだ」
「そうなのでしゅ、ご主人しゃま」
おれとヘルガさん、ルルさんが、ちょっと異空間ダンジョンに行ってる間にこの「大会議室」で結構色々あったらしい。
水浸しの「大会議室」で、シワシワに干からびたエメリー様の身体。切り離された頭部だけはキレイなままだ。
その死体の前に座り込んで泣いている羽根頭のちびっ子エリナちゃん。
そんな二人を見下ろすように突っ立っている、尻からナイフの柄を生やした男の石像――てかこいつ、アイツじゃね? 大迷宮でやり合った日本からの転移者の……名前は忘れたけど、僕の【蛇眼】がどうのとか言ってたクソ野郎。
てっきり大迷宮でくたばったもんだと思ってたけど、何でこんなとこにいるんだ?
さっきまでクリスティアさんも裸婦像と化していたけど、今はヘルガさんに石化解除してもらって、目の前の立体映像に声をあてて解説してくれている。立体映像は、お馴染み、おれのスキル【空間記憶再生】で再生した「おれ等のいなかった小一時間に大会議室で起こったこと」の一部始終である。
目の前では全身から炎を吹き出して大暴れする全裸のクリスティアさんの立体映像が流れ続けている。……これってスキル【大炎上】で間違いなさそうだし、クリスティアさんのスキル【イタコ】で憑依合体してるってことは……まあ、そういうことなのか。
「えっと、ガンバルさん……、お亡くなりになったんで?」
「なんと! ガンバルしゃんとご主人しゃまはお知り合いでひたか。――ふむふむ。こんなことになってひまうとは恥じ入るばかりガハハ……とのことでしゅ」
「もしかして、グランギニョル侯爵関連で……?」
「――ふむふむ。そういう感じのアレではないので安心めしゃれよ。これは……しょう、前途ある若い冒険者達のために全てを出し切り力尽きたといったところでひてな、あえて語るべきほどのことでもない故に……とのことでしゅ」
へえ、若い冒険者達のために身体張ったのか……ガンバリ入道め、おっぱい好きの脳筋スケベおやじかと思っていたけど、かっこいいじゃねーか。
そうしている間にも立体映像のクリスティアさんは暴れ続け、スキル【大炎上】に炙られたベルベットさんのタコ足触手が美味しそうに丸まってくると、押さえ込まれていた口を解放されたエリナちゃんがコカトリスの【石化ガス】を部屋中に吹き散らした!
尻にナイフの刺さった男を連れて逃げようと駆け寄ったベルベットさんだったが、クリスティアさんに阻まれて、エメリー様の血液入りのガラス瓶だけ持って「大会議室」から消えた。――【転送】というナカジマの【空間転移】と同じようなスキルらしい。
ちなみに「大会議室」の入口近くにいたアンバーさんも、このタイミングでスタコラ逃げ出している。
――と、まあそんな感じで今この「大会議室」には、おれ、ヘルガさん、クリスティアさん、エリナちゃん、ルルさんとそれから、ルルさんの触手で亀甲縛りにされたサーカスの美女フーカさんがいる。
フーカさんは今のところ大人しくしてるし、ユーシーさんに丸投げでいいような気がするけど、エメリー様の死体の前で泣いているエリナちゃんが一歩間違えたら厄介そうだ。
ちびっ子だし、とち狂って【石化ガス】とか吐かれたら大変な事になりそう。
そんな危うい感じのエリナちゃんに声をかけたのは、クリスティアさんだった。
「エリナしゃん、これを……」
「ぐすん……これ、”スキルの欠片”……?」
クリスティアさんはエリナちゃんの手を取り、その上に”スキルの欠片”を三つ握らせた。
「御前しゃまから預かりまひた。元々エリナしゃんのスキルだった【再生】と【状態異常無効】をお返しするそうでしゅ。……しょれから残りの一つは、御前しゃまのスキル【天の声】だそうです。迷ったときには尋ねてごらんなしゃい、幸せになるにはどうすればいいか? と……でしゅって」
「……」
あと、この鍵はランマ王国にある世界バンクの個人金庫の鍵だそうでしゅ――と続けたクリスティアさんの言葉を遮るようにエリナちゃんは言った。
「どうして!! ……どうして、かあさまは私に声をかけてくださらないのです!?」
「……しょれは、ええ。耳を澄ましてごらんなしゃい、御前しゃまはまだエリナしゃんの直ぐしょばにいらっしゃいましゅよ?」
「……!?」
はっきり言って、この世界に幽霊はいる。殊にダンジョンでは、実際に危害を加えてくるゴーストとか現れたりするし、疑いようもない。
地球にいたときはそんな心霊体験とは無縁だったおれ自身も、こっちに来てからは、「黒い許嫁の盾」の金髪ボンボンとか格好いいお尻のレディQさんとか、実際に霊の声を聞くこともしばしば。
そもそも、クリスティアさんのスキル【イタコ】は霊の存在なくして始まらない。そんなクリスティアさんが「耳を澄ましてごらんなしゃい」と言っているのだから、おれもエリナちゃんも、思わず耳を澄まして息を潜める。
『……ちょっとーやだわぁ、わたくし、今更なんか雰囲気出して話すのは気まずいから、クリスティアさんに伝言をお願いしたのにー』
「か、かあさま……!?」
――げっ! 聞こえた、エメリー様の声……遺体は目の前に転がっているから、紛う事なき霊の声だ。
でもまあ、肝心のエリナちゃんにも聞こえてるみたいで良かった。
「御前しゃまでも照れたりすることあるんでしゅね?」
『そんなんじゃないだわよ? そ、そうね…………エリナさん、これまで親らしいこともできずにごめんなさいね? その”スキルの欠片”と”世界バンクの資産”は貴方に相続しますわ。こんなことで償いになるとは思ってませんけど、世の中”力”と”お金”さえあればどうとでも――』
「ふぇ、ふぇぇぇ~~~ん!!」
『――泣くことなんて、……エリナさんが泣く必要なんてぜんぜん……ないのよ? 悪事を働いたわたくしの娘として王都ではしばらく肩身が狭い思いをするかもしれませんけど、……貴方はかしこいですし、スキル【天の声】と莫大な資金があれば、どこにだって行けるしきっと何にだってなれると思うわ……。エリナさん、どうか幸せになってちょうだいね?』
「ぐすん……、かあさまもテッドもいないのに私……わかりません! ……どうやって幸せになるのか、ぜんぜんわかりません……!」
『……やれやれ、だからそれは【天の声】に聞いてちょうだいって言ってるのに――、ええとそうね……とりあえず、カッコイイ人を見つけてセックスとかしてみたらどうかしら? それで気が向いたら、赤ちゃんとか産んでみるのもいいかもね? ……世の中”力”と”お金”って言いましたけど、もしかしたら、幸せにはあと一つか二つ何か必要なのかもしれないわ? わたくしは知らないけど……詳しくはクリスティアさんかヤマギワ様にでも聞いてね?』
「……せ、せっくす……赤ちゃん……?」
――幸せなんて人それぞれでしょうーが! とツッコミたい所だが、空気を読んで今は止めておく。てか、親が子に送る最期の言葉として、どうなの?
「人はしょれを”愛”と呼ぶのでしゅ!」
「――愛!!」
あああ……、言っちゃったよクリスティアさん、エメリー様が照れて遠回しにしてたことを。
でも、おかげさまでエリナちゃんにも、エメリー様の言葉がやっとしっくりきたらしい。
『……そ、それはクリスティアさんの意見ですだわー、わたくしは知りません。――さぁて、そろそろ行くとしますね、テッドを待たせていますから。あの子にも、たっぷり時間をかけて謝罪しなければいけませんもの……』
「か、かあさま、まって……まだ……!!」
『エリナさん、来てくれてありがとう、嬉しかったわ。――貴方が幸せになることが、わたくしの幸せよ?』
そんな言葉を残して、エメリー様の気配は消えた。
霊体としてあと50日だか49日だかはこの世に留まるらしいが、クリスティアさんの負荷スキル【呪縛】にはキープされずに、そのまま”輪廻の輪”に戻ることにしたらしい。
というのも、エメリー様は死の直前に、スキルの奪取を企む敵への嫌がらせのため、自身の貴重なスキルの数々を【スキル抽出】、【結晶化】して【空間収納】に隠したそうで、「クリスティアさんが呪いのリスクを負ってまで、わたくしの霊体を現世に留め続ける意味はありません」というのはエメリー様本人の言葉。
その一方、ガンバリ入道は憑依合体での大暴れを経て、きっちりクリスティアさんに【呪縛】されることになったようだ。――要するに、50日を超えて現世に留まり続け、クリスティアさんのスキル【イタコ】の呼びかけに応じて力を貸す契約を結んだ感じだ。
ただ、負荷スキル【呪縛】に繋ぎ止められる霊が一体増えるということは、クリスティアさんの肉体に新たな呪いを招くことになる。
「……ご主人しゃま、こんなことになってひまい、誠に申し訳ありましぇん……」
――!? 唐突に、ペロンと自分の生おっぱいを見せてくるクリスティアさん。
こんなことって……なんていうか、乳輪が妙にでかい。ついさっき【空間記憶再生】でイジられてた時は幼女みたいなおっぱいだったのに、今はベテランのセクシー女優みたいだ。……まさか、これが呪いなのか? ガンバリ入道の呪いなのか?
だがしかし、乳輪が大きくなったのに併せておっぱいそのものもボリュームアップしてる気がする……いや、明らかにふくらんでるだろ!?
――これは、プラマイゼロ……いや、むしろプラス……!!
「あ、あれれ~っ!? クリスティアさん、ちょっと成長したにょろ~?」
「いやぁ~ん! の、呪いで……呪いのしぇいなのでしゅ~」
――にょろにょろにょろにょろ~!! 乳輪の大きさにこだわるような小さい男じゃないよというアピールで軽く生にょろにょろしていたら、ヘルガさんとルルさんに乾いた咳払いをされたので、そこそこにしておく。
「ゲフン……と、ともかく、クリスティアさんが謝る必要なんてないんで、ひとまずしまってもらって」
スキル【大炎上】で服が全焼してしまったクリスティアさんが今着ているのは、エメリー様の【空間収納】に入っていた全身タイツ。なんでも、腰とお腹まわりに体型補正効果が付いている特注品とのこと。【耐火】や【自動修復】効果もあり防御力もそこそこ高いらしいけど、ちょっと透けている。
「しょの名も『かげろうのインナー』! しょれから、スキル【美肌】、【超回復】、【スキル抽出】を形見分けでいただきまひた」
【スキル抽出】は、【結晶化】と併用しないとほとんど使い道のないスキルだ。それでも、クリスティアさんが所持する負荷スキル【呪縛】を、いつかいらなくなった時に自分で消すことができる。
「亡くなった人の【空間収納】の中味は永遠に失われるって聞いてましたけど、スキル【イタコ】があれば遺品が取り出せるんですね」
「遺産相続や言い残ひた言葉、時には家督争いに関与することも……代々一族の女子に現れるこのスキル故に、ハイポメサス家は平民でありながら家名を持つしょこしょこの家柄なのでしゅ。もっとも、墓守風情と揶揄されることも多いのでしゅが――しょれはしょうと、こちらはご主人しゃまへ……ご祝儀だそうでしゅ」
クリスティアさんから”スキルの欠片”を三つ手渡された。その内一つは、見覚えのあるピンク色をしている。
「これ、おれの【世界創造】かな? ……あとの二つは?」
「スキル【ゴーレム作成】と【ゴーレム召喚】でしゅ。――エリナしゃんをよろしくとのことでしゅ」
ゴーレムって……高卒のおれでもゴーレム作れるのかな? まあ、無理そうなら欠片のまま売り払うって手もあるか。
エリナちゃんに関しては、言われなくてもなんとかしてあげたいところ。今ぱっと思いつくのはモガリアの道場だけど、「世界バンク」に遺産があるならランマ王国まで一緒に行くのもいいかもね? どのみち、王都は出たいと思ってたところだし。
みたいなことをぼけっと考えていたら、しょれからこれを――と、クリスティアさんは更に三つの”スキルの欠片”をおれに手渡してきた。
「……?」
「もひかひたらどこかで生きてるかもひれない、もう一人の子へ……とのことでしゅ。ご主人しゃまは何かご存じなのでしゅか?」
――!! どうやらエメリー様は、タイターさんが自分の娘として育てている、ジュリアちゃんのことを知っていたらしい。
「ニジの街で暮らしているエリナさんの妹がいるんですよ」
「――!? いもうと!?」
うつむいていたエリナちゃんが顔を上げた。どうやら興味を持ってくれたらしい。
てか、エリナちゃんの生みの親であるシーラさまも実は元気にご存命だけど、ややこしいから言うのは止めておく。
「近いうちに、一緒に会いに行きましょうか?」
エメリー様がジュリアちゃん用に残した三つの”スキルの欠片”は、【鑑定】、【カリスマ】、【神託】とのこと。スキル【神託】については、ジュリアちゃん本人よりも、タイターさんがヨダレ垂らして喜びそうだ。
「しょちらの、娼婦のルルさんにはこちらを――」
クリスティアさんは、片手に一掴みの1万G硬貨をルルさんにじゃらりと手渡した。
恐らくは出張料金と延長料金に違いない。少し多めな気がするのは、マニアックなプレイに係るチップ込みなのかも? 知らんけど。
まいど~と、硬貨をじゃらじゃら鳴らして満足そうなルルさん。
「ヘルガしゃんには何もありましぇん」
「……はあ。ですが、エメリー・サンドパイパーとルードルードの遺体は私がお預かりします、中央神殿へ持ち帰りますので」
あ……と、小さく息を飲むエリナちゃんの頭を不器用に撫でながら、ヘルガさんは【空間収納】にエメリー様の遺体を収納した。