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404 『ワクテカ! ドッペルゲンガー⑱』

 大迷宮を一人さまよう男がいた。

 かされるように足早で歩き続けるが、ふと立ち止まりじっと手を見る。

 

 自分が何者で自分に何があったのか、時々思い出さないと迷宮の薄闇に溶けて沈んでしまいそうな感覚に襲われる。何度も繰り返した苦い後悔だけが男の存在を証明し、また、背中を押すのだ。


 男は再び歩き出した。

 正気と狂気の狭間で覚醒と恍惚こうこつを繰り返し、時間の感覚も今居る場所さえ曖昧あいまいになりつつある。


 そんなある時、男は通路の先に魔物の群れを見つけた。

 数百匹のデカローチが床と壁おそらくは天井にもみっしりと張り付いて、大迷宮の壁の光を明滅させている。

 立ち止まり様子をうかがう男、群れはまだこちらに気付いていないようだ。

 

 男には武器がなかった。武器も鎧もなくアレに囲まれて、よってたかってかじられてはひとたまりも……いや、自分には強力なスキルがあったと思い出す。

 

 油ぎったデカローチをまとめて焼き払う明確な勝算を抱いて、男が一歩踏み出そうとしたその時だった。

 ズシンという地響きが大迷宮を揺らし、少なくない数のデカローチがぼたぼたと天井から降り注いだ。

 

 ――ドガン!! ズゴゴゴゴーーーン!!!!

 続けて、大きな破壊音と伴に天井の岩盤が崩落し通路になだれ落ちた。

 その大重量に押し潰されて内容物をまき散らす、大量のデカローチ達。


 降り積もった岩石と土煙の中に、巨大な黒い人型が紛れていた。

 岩石の山に埋もれた巨大な黒い人型――道化師型のエリートゴーレムは、何事もなかったかのように立ち上がり障害物を押し退けると、周囲に向かってまばゆい熱光線を乱射した。

 

 ――シュビビーーー!! シュビビビビーーー!!

 熱光線は、岩盤の下敷きを免れたデカローチの生き残りを一匹残らず殲滅せんめつせんと放たれ続け、その余波で降り積もった岩石と通路の壁面までも真っ赤に溶かす。


 やがて周囲に動くモノがいなくなると、ゆっくりと通路のあちらとこちらを見まわすエリートゴーレム。

 男は一瞬目が合ったように感じて身構えるが、エリートゴーレムは男を無視して通路の奥へと歩き出した。


 ……見えていないのか? 熱光線を撃たれずにホッとしたというよりは、相手にされなかったことを悲しむように男は、まだ熱気の立ちこめる崩落地点まで歩み寄った。


 仰ぎ見れば、天井にぽっかりと穴が開いていた。恐らくは上層階まで貫通しているのだろう。

  

 さて、吉とでるか凶と出るか? 男は、天井の穴の向こう側に目をこらし、何かが始まる確かな予感を感じていた。




 ***




 結果的に、クリスティアとエリナは間に合わなかった。



「ぐぎゃっ!!?」


 窓際に座り込んでいたクモ男アンバーを超高速で蹴り飛ばして、パラディン№7クリスティアとコカトリスの特性を持つ少女エリナは研究所の大会議室に飛び込んだ。     


「かあさま!!」


 膝上まで冠水した室内では、エメリー・サンドパイパーが顔面にまとわりついた水球で溺れていた。

 力尽き水中に没するエメリーを見下ろす、王弟ジーナス。日本からの転移者ミチシゲの身体を奪ったその姿は若々しくも邪悪。



「おっと、パラディン№7、何の用かな? エメリー君とはたもとを分かったと聞いていたのだが――、そっちの子は実験体の一人かな?」


「そう言う貴方はどちらしゃまでしゅ? ヤマギワしゃまをどこへやったのでしゅか?」


 すうっ――と、エリナは大きく息を吸い込んだ。突入と同時に大会議室内を「石化ガス」で満たし制圧完了するのが、事前にクリスティアと打ち合わせた作戦である。



「そうはさせませんよ」


「――むぐっ!?」


 清楚系黒髪美女ベルベットの背中から伸びた”吸盤のある触手”八本の内一本がエリナの口を塞ぐ。

 その触手を切り払おうと腰の剣を抜いたクリスティアだったが、抜いた剣はぐにゃぐにゃの”生肉”と化していた。



「ふしゅ!?」


「二人ともひかえよ、スキル【金縛かなしばり】!!」


 ジーナスが目元で横ピースしながら放ったスキル【金縛】により、クリスティアとエリナは動きを封じられその場で静止した。

 スキル【金縛】は、ミチシゲが持っていたスキルである。



「なんでしゅ? こんな(しゅ)キルは、ずるいでしゅ……!」

「むぐぅ……」


「くっくっ……、上手くいきましたね? レベル40越えのパラディンといえども、チートスキルにはあらがえますまい。さて、もう一つ二つ試してみたいスキルがあるのだが――」 



「殿下、たった今、御前様が息を引き取りました」


「なんと!! 結局伝説のスキル【世界創造ワールドクリエイト】を手放さぬまま溺死するとは、なんと滑稽こっけいな!! 意地を張らずにスキルさえ手放せば、これからも吾輩と仲良くやって行けたものを!!」


「……!!」

「かむぐぅぅ!!?」


 水中に沈み動かなくなった両腕のないエメリーの身体。その命が完全に失われたことを、ベルベットはジーナスに告げた。

 救出に駆けつけたクリスティアとエリナは間に合わなかったのである。



「致し方ない、エメリー君の血液を採取していくとしますか。なんでもスキルの複製には一つにつき200ccの血液が必要らしいからね!」


「かしこまりました」


 ベルベットの”吸盤のある触手”三本がエメリーの死体に巻き付き持ち上げると逆さ吊りにする。

 続けて、鋭い風魔法で死体の首がスッパリと切り落とされた。生々しい切断面から大量の血がしたたる。


 むぐぅぅ!!? と、触手で口を塞がれたままのエリナが悲痛な声をあげるがベルベットは意に介した様子もなく、【空間収納】から透明なガラス瓶を取り出した。


 数滴だけ水面に落ちたが、残りの血液は全て空中で方向を変え透明なガラス瓶に流れ込む。ベルベットのスキル【液体操作】で滴り落ちる血液を操っているのだ。



「くっくっ……、エメリー君は【世界創造ワールドクリエイト】以外にも希少なスキルを沢山所持していましたからね、できるだけ沢山搾り取ってくださいよ!」


「かしこまりました」



「――さて数分とはいえ、ただ待つのは吾輩の主義に反するし暇つぶしといこうか!」


「な!? な、何をしゅるのでしゅ!?」


 ジーナスは、スキル【金縛】の効果で動けないクリスティアの白い僧衣をびりりと引き裂いた。まるで十代の少女のような薄い乳房が露わになる。



「くっくっくっ……、吾輩はエメリー君とは違ってね、キミのような陰気で痩せっぽっちなタイプも割とイケる口なのだよ!」


「や、やめ……むぐぅ!?」


 ジーナスは、無抵抗なクリスティアの唇に唇を押しつけ口内を舌で蹂躙じゅうりんしつつ、豆粒よりも小さな胸の突起を指で弾く。



「スキル【発情唾液はつじょうだえき】と【感度調節】! くっくっ……、どうかな? たまらんであろう?」


「はうっ……おはっ……あ……あああああああああ……!!」



「だが残念、吾輩はアナル好きなものでね、いつも強力な下剤を常備しているのだよ! なあに直ぐに馴染む! ――むむっ、これはなんと!?」


「……!!」


 背後に回り込みクリスティアのショーツを引き下ろしたジーナスだったが、彼女の尻穴を覗きこんで思わず声を上げる。それは宝物でも見つけたような歓喜の声、尻穴には痛々しいイボ痔があったから。



「これはこれは、痛そうだ!! くっくっ……くあっはっはっ、痛そうであるな!! ほんの暇つぶしのつもりだったが、まさかこんなお宝が隠れていようとは!! これは脱糞を見ずには帰れんな!! パラディン№7クリスティア・ハイポメサスの脱糞をこの目に焼き付けねば帰れぬわ!!」


 しょれは呪いで……呪いで……と息も絶え絶えなクリスティアを無視して、下剤の丸薬を押し込もうと彼女の尻を押し広げるジーナス。


 大会議室は膝上まで冠水しており、その水に浸かっているベルベットは、ここで脱糞は勘弁して欲しいと思いつつもエメリーの血抜き作業を急ぐ。

 そんな彼女の目に、水中を走り抜けジーナスの足下に迫るナイフの光が写った。



「――で、殿下!!」


「ぬ、ぬぐぉぉおおお~~~!!!!」


 ジーナスの尻穴に深々と根元まで突き刺さるナイフ。

 ナイフの柄には、頑丈な”クモの糸”が巻き付いていた。糸を操るのは、部屋の隅でのびていたはずのクモ男アンバーである。



「これは違うんで、【虫使い】ってスキルで操られて仕方なく――ふぐうっ!?」


 言い訳をするアンバーだったが、問答無用でベルベットの触手に巻き取られ拘束される。

 そのまま締め上げられると”クモの糸”は力を失い、操るナイフだけがジーナスの尻に刺さったまま残った。



「ぬぐぉぉお~~~痛い!! 痛い!! アナルが痛い!! よくも、よくもやりおったな!!? なんたる痛み!! なんたる恥辱!! 吾輩のアナルになんたる仕打ち!! こんなことは断じて許さんぞ!! み、皆殺しだ!! ベルベットよ、全員殺してしまえ!!」


「……かしこまりました」


 スキル【液体操作】、ベルベットの操る水球が、クリスティアとエリナそして、アンバーの顔面にまとわりついた。

 このままでは数分とかからずに三人とも溺死するだろう、消えかかる意識の中で、なんとかする手はないかとクリスティアは考え続ける。







(――さん?)


 クリスティアのスキル【イタコ】は、死者の霊を呼び出し、言葉を交わすことができる。



(クリスティアさん、聞こえますか?)


(……御前(しゃま)!? 御前様!! ああ、申し訳ありましぇん!! わたしゅは間に合いましぇんでひた!!) 



(それでも、貴方とエリナさんは来てくれた)


(でしゅが……)



(わたくしのスキル【天の声】はご存じでしたかしら?)


(……確か、問えば正しい答えを返すといった……?)


 エメリーが一番最初に取得したスキル【天の声】は、問いかけに具体的な回答を返すスキルである。対処的な回答であり必ずしも最良とは限らないが、エメリーが今の地位まで上り詰めるのに【天の声】はなくてはならないスキルであった。



(つい先ほど溺れかけている時に、わたくしは【天の声】に最期の問いかけをいたしました。普通に考えたら当然「どうすれば助かるのか?」と尋ねるべき場面ではありましたが、その時なぜか今まで何度も問いかけてみたいと思いながらもどうしても問えなかったことを尋ねてみる気になったのです)


(どうしても問えなかったこと……でしゅか?)



(わたくしは恐れていたのです。今までやって来たことが全て無駄になってしまうようなそんな予感……いいえ、薄々自分でも判っていたから、その時になって始めて尋ねてみる気になったのです「どうすれば幸せになれるのか?」と……)


(え!? ええっ!!?)



(ふふふっ、驚きましたか? 驚きましたね? クリスティアさんのそんな顔が見られるなんて、わたくし幸せです。――いえ、ふざけているわけじゃないんですのよ? そもそもわたくしは、ずいぶん前からもう詰んでいたのです。「大司教の座」を追われたことにしろ「中毒性のある粉薬」の流通に関わったことにしろ、「女神降臨」に不可欠なスキル【ネムジア】を奪われたことにしろ……ね?)


(……!)



(わたくしは過去に実の姉から酷い仕打ちを受けまして、この歳になっても家族というものに潜在的な嫌悪感があったようでしてね、思えばテッドにもエリナさんにも辛い思いをさせてしまいました。あの最期の瞬間、エリナさんが「かあさま」と呼ぶ声を聞くまでそんなことにも気付かなかった自分を恥じ入るばかりです)


(御前様、それでは貴方様の”幸せ”とは……?)



(クリスティアさんには最期の最期までお願い事ばかりで申し訳ないのですが、どうかわたくしの家族を――エリナさんをお救いください。そしてどうか、いい気になっている目の前の男――王弟ジーナスに一泡吹かせてやってください)


(――!!)



(それがわたくしの”幸せ”です。そのための作戦は、【天の声】が教えてくれましたから!)







 死亡し霊体となったエメリーは、「大空洞」に開いた穴――パラディン№6ランポウが土魔法【掘削】で貫通させた穴から下層を目指した。


 そこは大迷宮9階層、上層まで貫通した穴を見上げて立ち尽くしている男にエメリーは手を差し伸べる、「死してなお戦いを求めてさまよう強き者よ、どうかお力をお貸しください」と。


 男は自らの幸運に歓喜した。このまま命を落とした9階層をあてもなくさまよい続け、いつかは迷宮の薄闇に溶けてしまうものと諦めかけていたから。



(望むところよ、なんだか知らんがワシが手を貸そうぞ!!)


 男は迷わずエメリーの手をとった。

 エメリーに手を引かれ上層の「大空洞」までやって来た男は、クリスティアのスキル【イタコ】に導かれて、その身体に嬉々として憑依ひょういする。





 突然、クリスティアの身体から猛烈な炎が吹き出し冠水した水を一瞬で沸騰させた!

 炎の勢いで、彼女の顔面を覆っていた水球は吹き飛び、唯一身に付けていたショーツも焦げ落ちる!


 失われつつあった酸素が、クリスティアの肺を満たす!

 クリスティアに憑依し生身の肉体を得た男は歓喜に奮えて叫んだ!



「やあやあ我こ(しょ)は、死()てなお戦いを求め(しゃ)まよう元(えしゅ)級冒険者ガンバル・ギルギルガンなりー!! 事情は()らぬが、義によって(しゅけ)太刀いた(しゅ)ー!!」

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