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402 『ワクテカ! ドッペルゲンガー⑯』

 その日、スキル【神託】を持つ者に啓示けいじがあった。

 ――王都地下に『魔王』発生。



「……もしやあれが『魔王』ですか?」

 

 大司教ユーシーの言葉を裏付けるように「灰色の大男」は、エリートゴーレムを捕らえては呑み込み更に巨大に成長していく。

 研究所の屋根を見下ろす巨大なその姿は、前線から十分離れた場所に陣取っていてもよく見えた。



「――確かに。あれはまるで、六十年前に王都を食い荒らした『悪食あくじきの魔王』のようだな。かの魔王の【魔界】の内では、土も鉄も、あらゆる物が”生肉”と化し、それを際限なく食らっては、食うほどに巨大化したとか」


 聖女アイダがメガネを光らせ、ユーシーのつぶやきに応える。



「まさかエメリー様は、本当に『魔王召喚』の儀式を?」


「だが歴代の魔王はいずれも、その当時の『勇者』や『パラディン』に滅ぼされたとされている。もちろん、『悪食の魔王』も例外でないはずだ」



「あれは、『魔王』の複製ではないでしょうか? こいつら、クローンどものような――」


 アイダとユーシーの会話に、諜報部ちょうほうぶのシラカミ部長が口を挟む。

 彼女が「こいつら」と呼ぶのは、足下で拘束されている生体ゴーレム――メルセデスや、聖女マデリンに【隷属】しほうけているグレイスのことだ。


 シラカミ部長は続ける。



「――諜報部の掴んでいる未確認の情報では、エメリー・サンドパイパーは『女神降臨』の儀式に傾倒けいとうしていたとか――。関係があるのかどうかは判りませんが、複製『魔王召喚』はあくまでも副次的なものかと」


 エメリーの真の目的は「女神降臨」であり、「悪食の魔王」の出現は意図していなかった偶発的なことではないかとシラカミ部長は語る。

 目の前で繰り広げられている「悪食の魔王」と「エリートゴーレム」達との同士討ちを見るにつけ、その意見にユーシーとアイダも異論はない。

 


「『女神召喚』の儀式ですか、思ってたより健全ですね? なんかもっとドロっとした話を覚悟してたんですが」


「そういえば、四十年前の戦争で活躍した大司教ジルは、女神ネムジア様の完全降臨を成功させ、当時最強と言われていたモガリア帝国のドラゴンライダー部隊をたった一人で駆逐くちくしたとか――しかし、既に大司教を引退したエメリー様に『女神降臨』が可能なのか?」


 大司教ユーシーのつぶやきに対して、聖女アイダがマニアックな知識を披露した。

 いいコンビだなと、二人よりも年長のシラカミ部長は少しうらやましく思う。



「さあ、そこまでは……ですがその『女神降臨』の儀式に不可欠な何らかの重要アイテムをエメリー・サンドパイパーが必死で探しているという情報もあり――いえ、監禁中に知ったのですが、どうやら奴等が探していたのは、消息不明の聖女ラダ様だったようです」


「ラダ!? 聖女ラダ様と『女神降臨』に何の関係が? ……生け贄にでもするつもりかしら?」


「おいおい、ウチの女神様をなんだと思ってる? 普通に考えたら、その『女神降臨』の儀式に不可欠な何らかの重要アイテムとやらを聖女ラダが所持しているということではないか?」



「私も、アイダ様と同意見です。そして聖女ラダ様は、エメリー・サンドパイパーを危険視した上で、その重要アイテムを秘匿ひとくしている可能性が高い」


「……そういうことですか。そういえば、最近のラダは中央神殿に寄り付かなくなっていましたね」


 聖女ラダが秘匿するアイテムが【ネムジア】の”スキルの欠片”であり、本来は「大妖精の魔石」に内包され、大司教の座継承と伴にユーシーに受け継がれるはずのスキルであったことは彼女達の知る由もないことである。



「ふむ。聖女ラダは、エメリー様の悪事に感づき、たった一人で戦っていたというわけか」


「いえ、聖女ラダ様には常に三人の『勇者』が付き従っていたはずです。中でも『草原の勇者』ヤマダ・ハチロウタとは、ただならぬ関係だったとか」


「――!!? そ、それはどこ情報ですか!?」


 どこ情報かと聞かれれば、諜報部からの情報である。突然取り乱した大司教ユーシーに困惑しつつも、シラカミ部長はそう応えた。


 聖女アイダにたしなめられて、やがて表向きの平静を取り戻す大司教ユーシー。



「失礼しました、シラカミ部長。……そ、それで、”ただならぬ関係”とは、具体的にどのような……?」


「確か7月某日、彼等が『魔族領』に入る前夜、『草原の勇者』ヤマダ・ハチロウタが聖女ラダ様にプロポーズし断られた――という報告だったかと。詳しいことは手元に資料がないのでなんとも」



「な……、な……」


「落ち着けユーシー。ヤマダはきっちりフラれてるじゃないか? それにほら、ラダは昔からなよっとしたイケメンが好きだったろ? で、大体みんな同性愛者だった」


 ここで注意しなければならないのは、アイダの言う昔のラダとは”ホンモノのラダ”のことなので、ヤマダがプロポーズした”ニセモノのラダ”とは別人であるということだ。

 そして、”ニセモノのラダ”は今、ヘルガの姿で”複製のヤマダ”ことヤマギワの傍にいる。 




 ***




 パラディン№7クリスティア・ハイポメサスとコカトリスの特性を持つ白髪の少女エリナは、地下大空洞の廃墟に残された高い塔のてっぺんに並んで座っていた。



『ブーフーフーフーフ――』


 敵味方の区別なく暴走する「灰色の大男」が遠くに見える。



「……あれは……、テッドです……」


「……そうでしゅか。結構変わりまひたね、見た目とか」



「ひ、ひぇぇ~ん!!」


「――!! えっと……わたしゅ……その……」



「違うんです、テッドは死んだんです! かあさまがテッドに埋め込んだ魔石は、『魔王アバラン』の魔石だったから……かあさまは、テッドを……かあさまが……かあさまが……!!」


「……お、お悔やみ申しあげましゅ」



「ひ、ひぇぇ~ん!! テッドぉ、ごめんね~!!」


「――!!」


 まだ幼いエリナをエメリーとの戦いに巻き込むことを嫌ったヤマギワは、クリスティアにエリナの引き離しを頼んだ。

 引き離すだけなら、この高い塔の上にエリナを放置し戦いに戻ればいいところ、クリスティアはまだここに留まっている。覚悟を決めたつもりだったが、正直なことを言えばまだエメリーと戦うことに抵抗があるのだ。

 しかし今は、泣き出したエリナをどう扱っていいのか判らず、こんなことなら直ぐに戦いに戻ればよかったと後悔し始めているクリスティアだった。



「ぐすっ、ぐすっ……」


「…………エリナしゃん、もひなんなら……テッドと話してみましゅか?」


 クリスティアのスキル【イタコ】は、死者の霊を呼び出すことができる。また、霊を自身の身体に乗り移らせることも――。





「――あ、あで!? おで……しょうか。おで、あんにゃろうに食われたんだっけ……」


「テッド? テッドなの!?」



「エリナたん、ごめんよぉ……おで、またどじっちゃって。とうとう、死んじゃったんだ。いつかエリナたんにいいどこ見せようっで思ってだけんども……おで、どじだから……」


「ふえぇぇ~ん! おねえちゃんの方こそ、バカでごめんね~! テッド~ごめんね~!」



「エリナたん……あ、しょうだ! しょんなことより、かあしゃまが今大変なんだ! いしょいで助けに行かないと……!」


「えっ!? ……でも、テッドは、かあさまをうらんでないの? あなたをいつもグドンとかミニクイとか、ダメな子とか言ってた……それに、『魔王アバラン』の魔石のせいであなたは……」



「でも、かあしゃまはエリナたんに優しかったじゃない? おでは、いっつもうらやましかったんだよね、いつかおでもかあしゃまの役に立って、ほめられたいって思ってたんだよね」


「――!! ……そう、さすがはわたしの弟ね」



「しょんなことより大変なんだ! ジーナスってやつが来て、ベルベットしゃんが裏切って……あとそうだ、アンバーのアニキも裏切り者だったんだ! それで、かあしゃまが溺れて死んじゃいしょうなんだ!」


「……!? わ、わかった。おねえちゃんにまかせておいて……!」



「デュフフ、さすがおでのねえちゃんだ! じゃあねバイバイ、大しゅきだよ……!」


「わ、わたしだって、テッドのこと大好き……本当に大好きよ!」





 パパパパ~~~ン♪ 突然、辺りに勇壮な音楽が鳴り響く。

 クリスティアのスキル【BGM】は、味方の士気を高めステータスを強化すると同時に、敵を弱体化する。



「――さあ掴まってくだしゃい、音速で飛ばひましゅよ?」


「ぐすん、――ハイ!! ありがとうクリスティアさん」


 でも、音速はちょと――と言いかけたエリナの言葉は、ソニックブームにかき消された。




 ***




 その頃、エメリーのスキル【迷宮】に落ちたヤマギワとヘルガ、ルルの三人は異空間ダンジョンの一階層をさまよっていた。

 天井の無い神殿風フロアにはオレンジ色の陽光が差し込み、太い石柱が長い影を床に落とす。


 並んで歩くヤマギワとヘルガは互いに口下手で、要領を得ない会話は途切れがちだが、少しうしろを歩くルルがその度に混ぜっ返して取りつくろう。


 時折、通路の陰からゴブリンやスケルトンなどのモンスターの群れが出現するが、ヘルガのスキル【石化眼せきかがん】で一睨ひとにらみされ片っ端から石化してしまうので未だ戦闘らしい戦闘もなく、まるでピクニック気分の三人パーティだった。



 そんな緩い雰囲気のままダンジョンを行く三人はやがて、開けた大部屋にさしかかる。

 大部屋の奥には次のフロアへ続く下り階段があり、その階段を塞ぐように大型バス並に巨大な地竜二体が侵入者を待ち構えていた。



「やあやあ、【迷宮】にようこそ! 実に久しぶりのお客様だ、歓迎しますよ!」


 地竜の背には、道化師のような仮面を被った細身の男がまたがっていた。

 またもう一体の地竜の背には、露出度の高い衣装の美女がまたがっており、まるでサーカス団のようだとヤマギワは思った。



「あなた方は、この階層のフロアボスとかですか? おれ等は先を急ぎますんで、できれば見逃して欲しいんですけど――?」


「まあまあそう言わずに――、私の名前はルードルード! こう見えても、れっきとした迷宮主だったりするのですよ。退屈を持て余して、第一階層までお客様をお迎えにあがったというわけでして」


 ――シュビビーッ!! 仮面の男――ルードルードが放った【光線】の魔法を紙一重でかわすヤマギワ。


 続けて突進して来た女が操る地竜を避けて、光の羽根を広げたヤマギワは空へと逃げた。



「おのれっ……!!」


 ――スキル【石化眼】、ヘルガの鋭い眼光がルードルードを貫く!

 だがその効果は、いつまで経っても現れなかった。



「ふふふっ、ムダですねえ。――【スキル封印】! お嬢様の攻撃スキルは全て封印させていただきましたよ、もちろんそのスキル【石化眼】もね」


「そんな……、攻撃スキルを……全て!?」



「さてさて、本来【スキル封印】は、一つのスキルを封印するのにMPを100も消費するのですが、私には【MP消費軽減】のスキルがありましてね。いずれも、エメリー様から頂戴ちょうだいしたスキルなのですよ!」


 ルードルードの【スキル封印】に焦ったヤマギワは、スキル【遅滞ちたい】を発動し速攻をしかけた。



「――ふご!?」


 不意に背中の羽根が消えて、ヤマギワは落下し、床に滑り込んだ。



「はいはい、貴方のスキルも――【危機感知】、【空間記憶再生】、【勇気百倍】、【超次元三角】、【劣化】、【遅滞】、【飛翔】と、だいたい一通り封印させていただきましたよ! 男性のお客様はお呼びじゃありませんので、そこで大人しく地竜のえさにでもなってくださいませ」


「――ヤマダさん!!」

「ちょっとちょっと、大丈夫ですか~!?」


 ヤマダに駆け寄るヘルガとルルの肢体を視線で追うルードルード。彼女達の隠された全てを見透かさんと、その目は熱を帯びる。



「――ああ、そうそう、このスキル【鑑定】もエメリー様からの頂き物なのです。実に愉快なスキルなのですよ! ステータスを【偽装ぎそう】で隠そうとしても、その【偽装】を最初に封印すれば丸裸なのですから…………それにしても、【精飲せいいん】!? 【肛姦こうかん】!? 【噴乳ふんにゅう】ですって!? ふふふっ、なんてスキルをもってるんですか、お嬢様!? 私、ワクワクしてきましたよ!!」


「だ、黙れっ!!」


 隠していたスキルのいくつかをルードルードに暴かれて、かつてないほどヘルガは慌てた。冷静さを欠いてふるった彼女の剣の一撃は、地竜のエネルギー障壁【ドラゴンフィールド】にあっさりと弾かれてしまう。

 

 バランスを失ったヘルガの身体を、もう一体の地竜の尻尾がなぎ払った。

 ルルが彼女を抱き寄せて庇うが、二人まとめて吹き飛ばされてダンジョンの壁に叩きつけられてしまう。



「フーカさん、美しいお嬢様方の扱いはくれぐれも丁重にと言ってありましたね?」


「も、申し訳ありません……!」


 ルードルードにとがめられて身をすくめる、もう一体の地竜を操る美女、フーカ。

 

 まだ立ち上がれずにいるヘルガとルルを背にして、地竜にまたがったルードルードとフーカの前にヤマギワが立ち塞がった。


 

「――ん? ややや? お嬢様はスキル【変化】を使っているのですね? 素顔が気になるところですので、【変化】も封印させていただきましょう」


 目の前のヤマギワを無視して、ルードルードはヘルガに【スキル封印】を使う。

 ヤマギワの背後で、スキル【変化】を封印されたヘルガの姿は巨乳で黒髪の日本人女性――横山よこやま千里ちさとの姿に戻っていく。


 ヤマギワは、背後から知らない女性の小さな悲鳴を聞いて気もそぞろ。今振り返れば、まだ見たことのないヘルガの素顔が見られるかもしれないのだ。

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