401 『ワクテカ! ドッペルゲンガー⑮』
研究所の外でエリートゴーレム達を指揮していたはずのベルベットが、エメリーの命令を放棄し大会議室に現れた。そして彼女の隣には、日本からの転移者であるミチシゲの身体を乗っ取った王弟ジーナスの姿がある。
元々、ベルベット達生体ゴーレムの研究・誕生には、ジーナスの多大な技術協力があった。その過程で、自分よりもジーナスの命令を優先するような何らかの細工を施されていたのではないかと察し、エメリーは自身のうかつさにほぞをかむ。
「ジーナス殿下、お亡くなりになったと聞いておりましたが――、そのお身体は?」
「くっくっ……前のは古くなったもんでね、精力もいささか減退気味であったし、乗り換えるには良い頃合いだった」
「……乗り換える?」
「やはり若さとは素晴らしいものだ! くっくっ……そうは思わんかね、エメリー君? ――まあそれはともかく、エメリー君が刺客に襲われて今にも死んでしまいそうだと聞いたから急いで来てみたが、どうやら命までは取られなかったご様子でなによりであるな――ふむ。しかし、両腕を欠損し服も穴だらけ、エメリー君ほどの者がそこまでやられるとは、相手はなかなかの手練れだったようではないか?」
「お言葉ですが殿下、わたくし、別に見逃してもらったというわけではございませんのよ? 相手は『勇者』と『パラディン』、それなりに手こずりはいたしましたが結果的に、わたくしの完全勝利と言っても過言ではありませんわ」
「ほほう、それは重畳! ――ならば当然、伝説のスキル【世界創造】も無事であろうな?」
「……!!」
エメリーが、ヤマギワからスキル【世界創造】を奪ったのは、つい数時間前のことである。自分の行動がほぼリアルタイムで監視され漏洩していたことに驚愕するエメリー。今思えば、内々に進めていたはずの女神降臨計画が行き詰まった時に、”クローン技術”や”スキル【肉体共有】の情報”がジーナスから都合良くもたらされたこともタイミングがよすぎたと思い至る。
「くっくっ……さてエメリー君、その伝説のスキル【世界創造】だが、ここはひとつ、吾輩に献上してはもらえまいか? いや、献上すべきであろう?」
「……なっ!?」
「ああ、【世界創造】!! 【世界創造】!! そのスキルさえあれば、吾輩はエクストラスキルの謎を解き明かし、世界のシステムに介入する選ばれしオリジンへと至るだろう!! さあ早く、【世界創造】を吾輩に献上するのだ!! そうすれば、エメリー君の命までは取らなくても済むであろう? これからも吾輩と仲良くやっていこうではないか、エメリー君!!」
「ちっ――やれやれ、……僕に命令するなよ?」
――ズズズーン!!
天井に浮かび上がった魔法円から飛び出した巨大なゴーレムの足が、ジーナスとベルベットをまとめて踏み潰す。
しかしスキル【転送】でそれをかわし、大会議室の隅に出現する二人。
間を置かず、壁に浮かび上がった魔法円から、ゴーレムの巨大な拳が飛び出す。スキル【転送】のクールタイムを突いた攻撃が、ジーナスとベルベットに迫る。
――ズゴゴシッ!!
ゴーレムの巨大な拳は、打ち付けられる直前で”八本の吸盤のある太い触手”に受け止められた。
八本の触手は、ベルベットの背中から伸びていた。エメリーが彼女に与えたスキルの中に、こんな能力は無かったはずだ。
「――ふぅ、ちょっとだけ肝が冷えたね。エメリー君、あまり脅かさないでくれたまえよ?」
「何だそのスキルは……、いつの間に?」
「なあに簡単なことさ、彼女の右胸に『ダゴヌの魔石』を一個埋め込んだ! 古き支配者『海神ダゴヌ』の魔石だよ!」
――ざざざーーん!! どこからともなく大量の水が大会議室に溢れて渦を巻いた。
水深およそ90㎝で、それより増えることも減ることもなく波打つ。
「ダゴヌ!? 邪教の神か――」
水流に足下をとられつつも、エメリーは追撃の手を緩めない。――スキル【ゴーレム召喚】! ベルベット達の背後の壁に浮かび上がった魔法円から再び、ゴーレムの巨大な拳が飛び出す。
――ばちゅん!! 今度は、足下から盛り上がった水の壁がゴーレムの拳を受け止めた。
続けて天井から現れたゴーレムの足も、ジーナス達を覆った水のドームに軌道を逸らされて、離れた場所を踏みつけた。
「くっくっ……くわっはっはっはっ!! まだ続けるおつもりか? 死んでしまっては元も子もないであろうに!!」
エメリーはまだあきらめていなかった。【ゴーレム召喚】は布石、足下から気を逸らすための。――スキル【迷宮】、ジーナスとベルベットの足下に黒い大穴が開いた。
「……な、ぜ!?」
ジーナスもベルベットも、【迷宮】に落ちなかった。いつの間にか巻き付いた頑丈な”クモの糸”が二人の身体を支えていた。
「なぜ……と、言われましてもねぇ? 俺は、初めっから――御前様に拾われる前から、こっち側なもんで」
窓辺にクモ男アンバーがいた。床に大穴が開いても一向に減らない室内の水を避けて、窓枠にしゃがみ込む。
「ぐぬっ、アンバー!! きさ――ぐぶぼぼっ!!?」
何か言おうとした口を塞ぐように、エメリーの顔全体を水球が覆った。ベルベットのスキル【液体操作】である。
足下を満たす大量の水は「ダゴヌの魔石」による特性であるが、【液体操作】はエメリーがベルベットに与えたスキルの一つだった。
顔にまとわりついて離れない水球。エメリーは呼吸することができずに、踊るようにもがく。
「くっくっ……くわっはっはっはっ!! エメリー君、なんてザマだ!! ブザマ!! ブザマですぞ!! ほれ、早く!! 早く【世界創造】を出したまえよ!? 早くしないと死んでしまいますぞ!? ほれっ!? ほれっ!?」
――かあさま!! 薄れ行く意識の中でエメリーは、最期にエリナの声を聞いた気がした。
***
『ブーフーフーフーフ――』
研究所の裏手から現れた「灰色の大男」が、また一体エリートゴーレムを飲み込んだ。残りは十三体。
「灰色の大男」は、触れたゴーレムを”生肉”に変化させては捕食し、その度に縦にも横にも大きく成長した。三体のゴーレムを次々と捕食し、既に全高は20m近い。
研究所の屋根の上でエリートゴーレム達を指揮する生体ゴーレム――妹系美少女アーリィは、異常な事態に混乱し、泣きべそをかき始めていた。
「ひえぇ~ん、なんなのあれ~!? 聞いてないのね! アリィちゃん、あんなの聞いてないのね! ってゆーか、ベルちゃんはアリィちゃん一人残して、どこ行っちゃったのねぇ~!?」
先ほどまでアーリィの隣で一緒にエリートゴーレムの指揮にあたっていたベルベットはその頃、研究所内の大会議室で、生みの親であるエメリーに反旗をひるがえしていたのだが、そんなことになっているとアーリィは夢にも思わない。
――み、みんな、撃つのね!! アーリィの号令の下、エリートゴーレムが一斉に口を開きビームの束が「灰色の大男」に突き刺さる。
『ブブブブブブブブ――!!!!』
一瞬で炎と煙に包まれる「灰色の大男」、今や20m近い巨体がゆっくりとうずくまる。
煙の中から不気味な悲鳴が上がり、辺りには肉の焼ける臭いが立ちこめた。
「……や、やったのね?」
アーリィが思わずつぶやいた矢先、煙の中から巨大な「灰色の腕」が伸びた。
――ぶぐちゃっっ!! 研究所の屋根の上、”大盾を構えた重騎士”四体が身を挺してアーリィを「灰色の腕」から護った。彼女のスキル【守護騎士】で召喚した騎士達である。
別方向に伸びた「灰色の腕」はそれぞれ、エリートゴーレム三体を捕らえて”生肉”に変える。「灰色の大男」の腕は、いつの間にか四本に増えていた。
一方、正体不明の「灰色の大男」に警戒しつつも、減っていくエリートゴーレム達を見て、パラディン№9エルマと№10マルクは再び攻勢に出る機会をうかがっていた。
「マルク、屋根の上の女を狙う! 私が周りの騎士どもを蹴散らすから、キミが女を仕留めろ、いいな!?」
「エルマさん、俺をあんまり侮らないでくださいよ!」
屋根の上でエリートゴーレムを指揮していた二人の女の内一人、ベルベットが戦線を離脱したと見て、エルマは残されたアーリィに狙いを定めた。彼女の周囲を守護する十五名の騎士達さえ排除すれば、アーリィ本人にはそれほどの戦闘力は無いと判断してのことだ。
実際、エルマのその見立ては正しい。
エルマは、全身に【ドラゴンフィールド】の青いオーラをまとうと、背中の羽根をはためかせて加速した。
追従するマルクも純白の【天使の翼】を羽ばたかせ、全身に【光属性付与】の魔法を発動し神々しく輝く。
――ズゴゴーーン!!
上空から一気に降下したエルマは、青いオーラのかぎ爪で”大盾を構えた重騎士”達をまとめて踏み潰した。そのまま重騎士達を押さえ込むと、残りの”弓兵”達を尻尾にまとわせた青いオーラでなぎ払う。
更に仕上げとばかりに、【威嚇】スキルを込めて「ガオォォォン!!!!」と一声、咆哮した。
びくりと怯えてうずくまったアーリィだったが、間一髪、追加の【守護騎士】を二体召喚した。
その召喚されたばかりの【守護騎士】二体の首を、マルクの手刀が一瞬で切り飛ばす。
【守護騎士】の召喚がもう一瞬遅れていれば、この時に飛んでいたのはアーリィの首だったかも知れない。
しかしこれで、アーリィを護る【守護騎士】はいなくなった。
「ひいぃ……」
――ばちゅん!! アーリィが、マルクの手刀を振り払った。
「――い!? そんな、……なんでだよ!?」
マルクはスキル【光の加護】を持つ。【光属性付与】の魔法で鋭さを増した彼の手刀は、触れればミスリル製の鎧さえも切り裂く。
だが今、マルクの手刀は輝きを失っていた。付与したばかりの魔法効果が失われるには、明らかに早過ぎる。
アーリィのスキル【魔法禁止空間】、敵味方の区別無く周囲の一定範囲で魔法を禁止する。
「マルク、もたもたするな!」
エルマからの叱責を受け、魔法【光属性付与】をあきらめたマルクは、アーリィの腕を掴んだ。
触れた腕から、マルクはスキル【MPドレイン】で、アーリィのMPを吸い取る。
MPが0になれば彼女は昏倒するだろうが、それを待つつもりは始めから無い。マルクは腰の剣を抜き放つと、容赦なく振り下ろした。
「ひゃいぃぃ――!!」
――べちょん!! ”生肉”がアーリィを叩いた。マルク愛用の剣は、いつの間にかふにゃふにゃの”生肉”になっていた。
「――いいっ!? だから、……なんでだよ!?」
よく見ればアーリィの装備していた白い鎧も、いつの間にかふにゃふにゃの”生肉”と化し、鎧としての体裁を保てなくなっていた。
気色悪い感触にアーリィが身をよじると、ふにゃふにゃの鎧がペロンとはだけて、白い素肌が露わになった。
「ひ、ひゃ~~~っ!!?」
「――!!」
思わず視線を奪われるマルク。
その時、「灰色の大男」の腕が研究所の屋根の上に伸びた。
――ぶしゃん!!
エルマの青いオーラのかぎ爪が、「灰色の大男」の腕を切り裂く。
しかし残り三本、それぞれ別方向から伸びた巨大な腕が、エルマとアーリィ、マルクをひとまとめにして掴んだ。
「うぐっ、しまった――!!?」
「いやぁ~なの~~!! くっつかないで~!! 離れて! 離れて! 離れてなの~~~!!」
「――えっ!? いや、俺は、そんなつもりじゃ」
「灰色の大男」の手の中で、否応もなく密着するエルマとアーリィ、マルクの三人。
「あ、ああ~っ、ランポウさん!! エルマさん達、アレに捕まっちまいましたよ!!」
「やべーっすよ!! 絶対、やべーっすよ!!」
「……おう、やべーな」
廃墟の陰に潜み一部始終を見ていた若い神殿騎士二人が、パラディン№6ランポウに訴えかける。
二人の手前平静を装っていたランポウだが、内心かなり焦っていた。エルマ達を援護するため、「灰色の大男」に魔法【石礫】を撃ったが、着弾する前に全て”生肉”と化してしまった。
「あ、ああ、あ~っ、く、食われたっ!! エルマさん達が食われちまった!!」
「ちょ、ちょっとランポウさん、どうするんっすか!? エルマさん達、あのデカブツに食われちまいましたよ!?」
「……ああ、食われたな」
ランポウ達の見守る先で、捕まったエルマとマルク、アーリィは、そのまま「灰色の大男」の口の中へ無造作に投げ込まれ、ごくりと呑まれた。
どうするんっすか!? って言われてもな……どうしよう? と、内心途方に暮れるランポウだった。