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397 『ワクテカ! ドッペルゲンガー⑪』

 太ももの部分で切断されてたおれの脚に、黒いモヤモヤが集まってきてちょっとずつ元に戻っていく。エメリー様のスキル【再生】が確実に効果を発揮している。

 ただ、このペースだと結構時間がかかりそうだ。切断されたおれの脚、燃やされて炭になってしまってるからな。

 


「こうして反省し従順じゅうじゅんな態度をとっているわたくしを、どうか見逃していただけませんか? 実はわたくし、とてもお金持ちですのよ? ね? ヘルガ様、ヤマギワ様……そちらのルル様も、お金、お好きでしょう?」


「……」



「そうそうヤマギワ様、美女はお好きでしょう? わたくしの生体ゴーレム七姉妹はいずれ劣らぬ美女ばかり、気に入った子がいましたら自由にしていただいてもよろしくってよ? ――はっ! もしやわたくしの熟れた肉体がお望みですか? そ、それは困ってしまいますわ……!」


「だめです」


 ちょっと迷ったおれだったが、ヘルガさんが代わって即答した。かなり怒っているらしい。

 エメリー様ときたら、両腕は切断、腹は氷柱で串刺し状態のままだというのによくしゃべる。レベル40オーバーはどいつもこいつも超人ばかりだ。

 


「やれやれ、取り付く島もありませんか。ヤマギワ様の脚が【再生】するまでの数十分間が、わたくしに残されたタイムリミットというわけですわね。――さて、この貴重な時間をどう使ったものでしょう?」


 そう言って少し考え込んだエメリー様だったが、すぐに考えがまとまったようで、こっちが何か言う前に続けて機関銃のように喋りだす。



「――そうですね、少しまわりくどくなるかもしれませんが、わたくしの目的からお話しますわ。そうすれば、わたくしがこれからやろうとしてることに、きっと一定のご理解をいただけるのではないかと思いますのよ?


 確かにわたくしは、この国の王族や貴族達に『中毒性のある粉薬』をばらまきましたわ。最初は取り締まる側でしたが、古い権力にあぐらをかいた大多数の無能な者達と一部のキレ者達を骨抜きにするのと同時に資金をも得る、一挙両得いっきょりょうとくのその有用性に気づかされた後はむしろ積極的にその流通に手を染めましたの。おかげで、わたくしの宝物庫は大いにうるおい、『世界バンク』の個人金庫には国家予算の八分の一ほどのグレムリン硬貨を蓄えるに至りましたのよ?


 それもこれも、全てはネムジア教会の繁栄を願ってのことなのですわ。八年前の『勇者召喚』では五名ものまだ何も知らない『勇者』を専属として取り込むことに成功し、七年前の『ブルボーンの大獄』では勢いを取り戻しつつあったモガリア教会を王都から追い出しました。まだ記憶に新しい『第二王子の反乱』では、当の第二王子オギノスが愚かすぎたせいで、教会は国民の不信感を買うことになってしまいましたが、おかげでなにかとうるさかった教会上層部の粛正しゅくせいがずいぶんとはかどりましたので良しとしましょうか?


 全ては、この国の実権を王族や貴族達から取り上げ、ネムジア教会が治める宗教国家として再構築するための下準備だったのです! そしてその仕上げが、女神ネムジア様の降臨ですわ!」


 喋り続けるエメリー様。繰り返しになるけど、両腕は切断、腹は氷柱で串刺し状態のまま喋り続けている。……さすがに、聞いてやんないと気の毒か? という気分にさせられる。

 てか、ネムジア教会主導の宗教国家だって? また大それたことを。

 

 おっと、まだ話は続くようだ。



「ご存じですか? いえ、知っているはずがありませんわね。ここだけのお話、女神ネムジア様はまだご存命なのですよ? この世のことわりから外れた異界の地で永遠に滅びることなく眠り続けているのだそうです。――ですが、時代の節目には幽体ゆうたいだけで次元を渡り、歴代大司教の身体を借りてこちらの世界に降臨あそばすのです! ここ十数年は、お言葉だけの半降臨しかなされておりませんが、わたくしが望むのは女神ネムジア様の受肉、完全降臨なのです! 肉体を得た女神ネムジア様にこの国をささげ、できるだけ長く君臨していただくことこそがわたくしの大いなる望みなのです!


 ヤマギワ様――いいえ、『草原の勇者』様は『ニジの街』の神殿に滞在していたことがおありですわよね? あの素晴らしい異世界調女神像はご覧になったことでしょう。わたくしもかつては一人の聖女として、『ニジの街』の神殿に赴任ふにんいたしましたが、あの女神像を初めて見た時の感動と衝撃はとてもとても忘れられるものではありません。あの時あの瞬間にわたくしの人生は大きく動いたと言っても過言ではないのです! そうです、わたくしはあの時、真の意味で女神様を愛したのですから!」


 ……いや、あれは違うんじゃねえかな? 本物の女神ネムジアって、「奥の院」に飾ってあった肖像画が一番実物に近いんじゃねえかな? みたいなことを言ってみたら――。


 

「いいえ、それは違いますわ。そもそも幽体のみで次元を渡るネムジア様の元々のお姿を推し量ることなどは無意味! 罰当たりとも言えるでしょう。神々のお姿とは、わたくし達が見たいように見るべき偶像なのですから、見る者しだい千差万別せんさばんべつのお姿であると考えるべきなのではないでしょうか? ゆえに、『ニジの街』神殿の女神像もまた真のお姿と言えるのです!」


 ――無意味! と言われてしまった。

 それを言われると、確かにそうなのかな? 好きなアニメキャラ推してたら、いつの間にか声優さん(なかのヒト)まで追っかけてたみたいなことでしょ?

 そう言うおれだって、ヘルガさんの本当の姿がもしかしたら多少アレでも、今のその美しい姿……あるいは、ラダ様の姿を思って愛すればいいかなと覚悟完了していたりするわけで。


 おれが納得したと見て、エメリー様は更に続ける。



「もう一つ、ご存じですか? いえ、知っているはずございませんね。大司教が代々継承する『大妖精の魔石』、その中に女神降臨に不可欠なスキル【ネムジア】があるのです。ゆえにわたくしは、あらゆる手段を尽くして大司教の座へと上り詰めました。

 

 ――ただ、運命のいたずらか女神の気まぐれか、在籍中わたくしの身体に女神様が降臨することはついになかったのです。


 一年前の『聖女会議』で急遽きゅうきょ、わたくしは大司教の座を次の者に譲ることとなってしまいました。それは、『大妖精の魔石』も次の大司教へと継承されることとなり、『大妖精の魔石』が内包するスキル【ネムジア】も手放さなければならないということに他なりません。


 しかし逆に言えば、スキル【ネムジア】さえ手元に残れば、大司教の座などわたくしにとって無意味と言えなくもありませんわ。そして幸運なことに、わたくしには【スキル抽出】と【結晶化】があったというわけです。

 

 継承の儀式前夜、摘出された『大妖精の魔石』が一晩保管される『奥の院』に人目を忍んで訪れたわたくしは、スキル【ネムジア】をこっそり”スキルの欠片”として抜き取ることに成功しましたわ。


 ――ですが、そんなわたくしからその【ネムジア】の”スキルの欠片”を、何の説明もなく唐突に横からかすめ取っていった女がいたのです!」


「……!?」



「気がついたようですね? そうです、あの夜――『草原の勇者』様と『鏡の勇者』様が『奥の院』で戦ったあの夜、わたくしから【ネムジア】の”スキルの欠片”を奪った女こそ、そちらの聖女ラダ様……今は、ヘルガ様と名乗っておられるのでしたわね?」


「……!!」


 あーあ、言っちゃったよ。とうとう、言っちゃった。

 チラリと、ヘルガさんを見てみれば、いまだかつてないほど動揺どうようしている彼女がいた。

 わざわざ【変化へんげ】で姿を変えて来てるんだから、そこはほら、察してあげて欲しかった。


 そんなことはお構いなしに、エメリー様は続ける。



「もっとも、【変化】が得意というヘルガ様が、本物のラダ様であったかどうかも今となっては定かではありませんわね。先ほどお話しした限り、”夢でわたくしの秘密を覗き見る”という別のどなた様かの指示であったようですが……。


 聖女ラダ様や『草原の勇者』様御一行が『魔族領』で消息を絶ったと聞いたときには目の前が真っ暗になりましたが、わたくしは”天の導き”に従いラダ様の消息を追い続けましたわ。


 そんなわたくしについ先日、朗報が聞こえて参りました。『護国祭』一日目、闘技場での決闘で対魔王重鎧『銀のセラフィム』を目撃したという情報です。元パラディンである聖女ラダ様の専用装備の『銀のセラフィム』ですが……そういえば、ヘルガ様は『銀のセラフィム』を使わないのですわね?


 さてその時に、ラダ様と一緒にいたのが有名な娼館『ハニー・ハート・メスイヌ王都本店』のルル様だったと言うではありませんか。――そんな理由で、わたくしはルル様をここにお招きすることを決めましたわ。同時に、”天の導き”に従って、前々から目を付けていたパン屋の娘をここに呼びました」


 ――!? ルルさんは解るけど、ウルラリィさんをさらったのも、ラダ様をおびき寄せるためだったってこと? でも、ウルラリィさんをさらったところで、誘い出せるのはおれぐらいなもんでしょ? てか、”天の導き”ってなんだよ?



「ルル様とパン屋の娘、どちらがどう影響したのかは解りかねますが、わたくしの思惑どおり探し続けていたラダ様はわたくしの所へ自らやって来ていただけたというわけですわ。


 さてどう思われます、ヤマギワ様? わたくしとヘルガ様、どちらが悪いとお思いですか? わたくしから【ネムジア】の”スキルの欠片”を奪ったヘルガ様が悪いとは思いませんか? ヤマギワ様も、元々はネムジア教会の専属『勇者』、ヘルガ様だって今はパラディン№22を名乗っているのでしょう? ネムジア教会にとって有益でしかないわたくしの崇高すうこうな女神降臨計画を、どうして邪魔しようとするのです? 女神ネムジア様の降臨ですよ? この世のどんなことよりも最も尊い神聖な行為をなぜ邪魔しようとなさるのです? ネムジア教会の信徒として信仰に恥じるところはないのですか? さあヘルガ様、わたくしに【ネムジア】の”スキルの欠片”をお返しください! 当然、持ってきているのでしょう!?」


 どう思われます――と言われてもね、どうなんだろ?

 正直、「宗教国家」も「女神降臨」も勝手にやってくれって感じだけど。

 

 ただちょっと、引っかかる所がないでもない。



「えっと、エメリー様の次の大司教ってユーシーさんじゃないですか? ユーシーさんが、スキル【ネムジア】さえ継承できてたら、今頃普通に『女神降臨』できてたかもってことですよね? ユーシーさんじゃダメなんですか?」


「ダメダメ、ダメに決まってます!! バカですねヤマギワさんは!! そんなの無意味じゃないですか!?」


 ……バカって言われた。ネムジア教会のために「女神降臨」するというなら、女神の依代よりしろは誰だっていいんじゃないの? と思ったわけだが。


 エメリー様はまくしたてる。しつこいようだが、両腕は切断、腹は氷柱で串刺し状態のままでまくしたてる。



「わたくしでなければ意味が無いのです!! わたくしが『女神降臨』したいのです!! なぜなら、わたくしが誰よりも一番、女神ネムジア様を愛しているのだから!!」


結局はそういうことか。「女神降臨」はエメリー様にとって、さぞかし名誉なことなのだろう。――その役は誰にも譲らない! という、ただならぬ気迫を感じる。

 だからこそ、『大妖精の魔石』からスキル【ネムジア】を抜き取るなんて、大それたことをやらかしたんだろう。


 ……でも仮に「女神降臨」できたとして、女神に身体を乗っ取られたりしたら、自分自身の人格が消えてしまったりしないか不安になったりしなかったのだろうか?



 おれの切断された両脚の【再生】は、やっとこさふくらはぎの辺りまで元に戻りつつあった。


 それはそうと、エメリー様が機関銃の様にまくし立てた話の中で、まだ一つ引っかかってるところがある。

 説明の中で、なんとなく曖昧あいまいにして流した感じの部分。



「ところで、エメリー様が大司教だった時に『女神降臨』できなかったのは、いったいどうしてなんですか?」


「そ、それは……ですから、運命のいたずらで……」


 ――と、相変わらず要領を得ないエメリー様に代わって、ヘルガさんが口を挟んだ。



「聞いた話ですが、『女神降臨』の条件は五つ――、

 1、スキル【ネムジア】を所持すること。

 2、最大MP1000以上。

 3、年齢49歳以下。

 4、純潔の乙女であること。

 5、ある程度の美しい容姿。

 ――教会の記録上それら全てを満した者にのみ、女神の神格が宿ったとか……」


 へえ、さすがはヘルガさん、物知りだ。

 エメリー様が大司教だった時、当然、スキル【ネムジア】を持っていただろう。

 年齢だって、さすがにまだ49歳まではいってないよな?



「……となると、クリアしてなさそうな条件は”MP1000以上”か”純潔の乙女であること”かな? ……まあ、”ある程度の美しい容姿”の”ある程度”がどの程度なのかにもよるでしょうけど?」


「…………」


 ここへきて黙り込むエメリー様。

 まあ十中八九、クリアしていない条件は”純潔の乙女であること”だろうから、紳士としてこれ以上の追求は止めておこう。





 はいは~い! と手を挙げて、沈黙を破ったのはルルさんだった。



「私、わかりま~す! エメリー様が満たしていない条件は、きっと”純潔の乙女であること”に違いないで~す!」


「……!!」


 うん……まあ、そうだろうね。

 思うに、大司教という座まで上り詰める課程で、エメリー様は”純潔”をどこかに捨ててきてしまったんじゃねーかな? ことによると、枕営業みたいなことだって……。



「だ~って、エメリー様は男ですもの! 男性のことは、”乙女”っていいませんよね~?」


「――!!?」

「――!!?」


 ルルさんの言葉に、思わず絶句するおれとヘルガさん。そんなアホな!

 だってエメリー様は、ネムジア教会の聖女と大司教を通算で三十年ぐらい務めた人なんですけど!? 引退したとはいえ、上の世代の信者の皆さんとかからはまだまだ絶大な支持を集めていたりして、確か「エメリスト」なんて言葉もあるくらい――。



「昨夜、私を犯しにいらっしゃいましたし~? 結構ご立派なモノ、えてますよね~?」


 ぶほっ!!? ……マ、マジか? エメリー様、男なのか?

 ヘルガさんの反応を見る限り、おれだけが知らなかったという感じでもなさそうだ。

 そりゃそうか、周囲に男だと知られていたら、ネムジア教会の象徴とも言える聖女や大司教にそもそもなれるはずがない。

 


「だ、誰にも言うなと言ったではありませんかっ!! プププロとして、それはどうなのですっっ!!?」


「あっ、思い出しましたよ~! 出張料金と延長料金、きっちり払ってくださいね~?」


 教会のルールとか知ったこっちゃないけど、個人的には、身体が男だったとしても心は乙女だというなら別にどうでもいいことのような気がしないでもない。……だが、ルルさんの証言によると、どうもそういうことでもないらしい。


 てか、つまりは、女装したおっさんじゃねーか!!





「ふ、ふふん! ふはは……だからどうしたというのです!? 男だから『女神降臨』できないですって!? そう言われて、易々と引き下がるわたくしではありませんのよ!? わたくしの生涯をかけたこの計画完遂に、あともう一歩というところまできているのですから! ……そうですね。まだ少し時間もあるようですし、わたくしの過去についても少しだけお話しましょうか――」


 おっと、エメリー様が開き直ったぞ。そしてどうやら、自分の過去話かこばなを語り出すつもりらしい。……まあ、おれの両脚の【再生】が終わるまでは、聞かざるを得ないわけだが。

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