396 『ワクテカ! ドッペルゲンガー⑩』
研究所の二階にやって来たおれ、クリスティアさん、ルルさん。
――短足、奴隷、娼婦のデコボコ三人組である!
「おしょらく、御前様は大会議室ではないかと」
クリスティアさんがそう言うので、おれ達は「大会議室」を目指す。
幅の広い廊下には高価そうな美術品が飾られていたりして、なんとも趣味のいい貴族のお屋敷みたいな……ん? でも中には趣味の悪い石像なんかもあったりして――って、これ石化した人間じゃね?
「大会議室」へと続く廊下のそこかしこには、石化した人達が思い思いのポーズで立ち尽くしていた。
石化といえば、羽根頭のちびっ子エリナちゃんが使ってたコカトリスの【石化ガス】が思い浮かぶけど、この石化してる人達ってここの研究所スタッフっぽくね? 仲間割れだろうか?
しー。「大会議室」の半開きな扉の陰で息を殺し、中の様子を覗うおれ。
御前様こと元大司教のエメリーさまとエリナちゃんが何事かもめてるっぽい。
「あら、エリナさんたら、テッドのことをあんなに嫌ってたのに、今更おねえちゃんぶっちゃっておかしいわ」
「……っぐ」
「あらあら、なんで泣くの? しょうがないわね、だったらこうしましょ? テッドの血液でも肉片でも残っていたら持ってらっしゃい? エリナさん用に生体ゴーレムを一体作ってあげるわ。――ね? それで万事解決だわ」
「うぐっ……わあぁぁぁ~ん!! ごめんね、でっど~~~!!」
「……まあ、うるさい。おまけに泣き顔が、あの女そっくりね」
――!? あの女? あの女って誰だよ? てか、テッド死んだの? おれのせいかな? 脚は斬ってやったけど……ドキドキ。
さて……と、エメリー様は泣きじゃくるエリナちゃんを無視して、傍らの石像に向き直り、ねっとりと撫で回す。
「うふふ……そんなことより、石化している今の内にヘルガ様の四肢を切断して、後でゆっくりスキル【ネムジア】の在処を聞き出すといたしましょう」
――え!? そこで石化してるのヘルガさんなの!?
どきん!! おれの心臓が高鳴る。『氷柱の勇者』ヘルガさんの正体はたぶん、一緒に七年間世直しの旅をしたニセモノのラダ様!! おれの大好きなラダ様!! おれが結婚を申し込んで逃げられたラダ様!! うぐうっ……。
いや、こうしちゃおれん。助けねば!
しかし、室内でエリナちゃんの【石化ガス】は脅威だ。なにがどうなったのか、「石化」が得意なヘルガさんまで石化させられてしまってる。
かといって、シーラさまの血を引くあの子を殺してしまう気にはまったくなれない。
(――なんとかならないですかね?)
おれはスキル【共感覚】で、クリスティアさんの脳内に直接語りかける。
黙ってうなずくクリスティアさん。さすがはパラディン№7、頼りになるぜ!
エメリー様が石化したヘルガさんに向かって手をかざす。たぶん、何かしらの魔法で腕を落とす気に違いない。
パパパパ~~~ン♪ 突然、「大会議室」に勇壮な音楽が鳴り響く。クリスティアさんのスキル【BGM】! その音楽は味方の士気を高めステータスを強化すると同時に、敵を弱体化する。
【BGM】に合わせて「大会議室」に踏み込んだ彼女は、スキル【マッハ】の超スピードで、泣いているエリナちゃんを抱えてそのまま窓から飛び出していった。
これで、「大会議室」にはエメリー様一人だけが残されたってわけだ。ありがとうクリスティアさん!
ルルさんに抱きかかえられたおれも同時に動いていた。
扉の陰から出て「不浄の剣」を抜き放つ! 効果【マジックコーティング】、注ぎ込んだMPを光の刃に変換! 伸びろっ!
――しゅるん!!
呆気にとられているエメリー様の腕に、ムチの様に伸長した赤い光の刃が一瞬で巻き付く! 間髪入れずにそれを引き戻せば、ぼとり――と、切断された腕が床に落ちた。
「ふぐああっっ――!!?」
「挨拶だけと思ったんですがエメリー様、ヘルガさんまで傷つけようとするなら見過ごせませんよ?」
――ヒュン!! と、空気を切り裂く音。
お返しとばかりに放たれたエメリー様の魔法【風刃】を、おれは「不浄の剣」でなぎ払った。
「……な、なぜあなた方がここに!? まさかオデットさんとイセリアさんが? …………なるほど、そうですか。どうやら、わたくしはヤマギワ様を見くびりすぎていたようですわね」
――と、何事か勝手に納得したようなエメリー様。
よく見れば、切断された腕がもりもりと生え替わりつつあった。あの感じ、スキル【超回復】に違いない。そういえば確かこの人、スキル【再生】も持ってるんだっけ。
おれはルルさんの腕の中から羽根を広げて飛び立つと、エメリー様に向かって「不浄の剣」を突き出し、今度は一直線に光の刃を伸長させる!
――ガリガリッ!!
後退したエメリー様とおれの間に浮かび上がった円陣から巨大な腕が飛び出し、おれの攻撃を弾いた! ベリアス様が使っていたスキル【浮遊鉄拳】に似ているけど、たぶん違う。部屋が狭すぎて巨大ロボが呼び出せないから、その腕だけを召喚したって感じだ。
ともかく、エメリー様とヘルガさんを引き離すことには成功した。
おれは、石化しているヘルガさんの腰を抱き寄せ、「大会議室」の入口まで後退する。
――スキル【勇気百倍】! なんとなく怖くて……自分が消えてしまうような気がして使用を控えていたスキル【勇気百倍】をヘルガさんに使った。
おれは何度か、【勇気百倍】で状態異常を無効化したことがある。理屈はよく解らないけど、「勇者のオーラ」は”スキルの効果”とか”状態異常”を「無視」できたりするのだ。
「――!!? あ、私……きゃっ!? ヤ、ヤマダさん……!?」
「ヘルガさん! よかった、効いたみたいだ」
「姫様、ルルですよ~! 私のためにこんな所まで来てくださって、ルルは感激してます~!」
おれの手の中で、柔らかさを取り戻すヘルガさん。……もうちょっとこうしていたいけど、エメリー様は待ってはくれないだろう。
「お待ちなさい、お二人とも!! 逃がしませんわよ!?」
エメリー様の操る巨大な拳がおれ達に迫る!
おれは、ヘルガさんをルルさんに任せて、ふわりと前に出た。
「逃げるなんて、言ったっけ?」
――スキル【勇気百倍】! 実際使ってみれば、別になんてこともなかった。
おれは消えないドッペルゲンガー! 童貞のまま消えてたまるか!
知ってるか? 勇気って光るんだぜ!!?
「不浄の剣」が金色に輝く――、【勇気モチモチの剣】!!
――ズパーーーン!!
おれは迫り来る巨大な拳を、その硬度を「無視」して、大根でも斬るように切断した。
続けて、スキル【危機感知】が反応! エメリー様の範囲攻撃魔法がおれを狙っている。
羽根を広げて【飛翔】するおれのスピードを捉えきれるとも思えないけど、念のためスキル【遅滞】を発動! おれを中心にゆっくりと流れ始めた時間の中で、おれは一気に距離を詰めた。
範囲魔法をとり止めて、別の魔法を撃とうとするエメリー様だけど――遅いよ?
――ジュパ!! ジュパ!!
金色に輝く【勇気モチモチの剣】で2回攻撃!! エメリー様の両腕を切り飛ばした。
「――!!? そんな、どうしてなの!? スキル【超回復】が発動しませんわ……!?」
「エメリー様、ヒドラと戦ったことありますか? 九本ある首を一本ずつ切って、切断面を【火球】で焼くんですよ」
おれはかつて、【勇気百倍】でミノタウロスの肉を焼いて食ったことがある! つまりは、【勇気モチモチの剣】で腕を切断するのと同時に切断面を焼き、【超回復】を封じたというわけだ。
「……だ、だったら、だとしてもわたくしにはっ――スキル【再生】!!」
しかし、いつまで待ってもエメリー様の両腕は【再生】しなかった。
しめしめ、予想通りだ。
やがて、「な、なぜ……?」と、誰にともなく問いかけて膝を着くエメリー様。
おれは、ジュリアちゃんの使う【再生】を何度か見て知っている。思うに、あれは”元に戻す”スキルだ。
だからタナカの【肉体治療】と違って、生物や物品の区別なく【再生】する。たとえ切断された脚が燃やされて灰になっていようと、魔物に食われた腕がウンコになっていたとしても、この世のどこかにその最小単位の欠片が残っている限り、時間さえかければ元に戻って【再生】するに違いない。
ということは――、
「――【超次元三角】ですか。確かそんなスキルを、ヤマギワ様は所持していましたね」
ぐぬぬ……エメリー様め、おれが長時間掛けてやっと考えついた結論にあっさりたどり着いてしまうなんて、勝ったのに負けた気分になるでしょうが!
「ええまあ、そういうことです。エメリー様の両腕は、次元の隙間に放り込んでおきましたよ」
「してやられましたわ。わたくしとしたことが【世界創造】に気を取られて、そんな希少スキルを見落とすなんて」
「やっと対等に話ができそうです」
「おやおや、ヤマギワ様ったら、もうわたくしに勝ったおつもりですか? わたくしの【ゴーレム召喚】は、表で戦っている生体ゴーレムの姉妹を一瞬で呼び寄せることができるのですよ?」
げっ……それはマズい。
表で戦っている生体ゴーレムは、イセリアさん、オデットさん、グレイスにゃんを除いた四体だろうか? 下手したら、次元の隙間に放置しているイセリアさん、オデットさんだって召喚できてしまうかもしれない。
一対一ならなんとかできるかもしれないが、二体以上はきつい。
この辺が潮時か……?
――どぐしゃ!!
突然床から生えた氷柱が、跪いたエメリー様の腹を刺し貫いた。
「ぐふぇええっ……!!?」
うへぇ……これって、ヘルガさんの仕業だよね?
「ヤマダさん、後は私に任せてください」
「がふぅ……な、何をするのです!? わたくしにこんなことすれば……」
「その生体ゴーレム達は、全員が【状態異常無効】のスキルでも所持しているのですか?」
「…………」
おっと、あんなに口が達者なエメリー様が黙ったぞ! すげえぞ、ヘルガさん!
確かに、ヘルガさんの石化攻撃なら、生体ゴーレム達を一網打尽にできそうだ。
ヘルガさんが、横顔を撫でるように手を近づけると、エメリー様は急に慌てだした。
手から逃れようと身を引くが、腹を貫いた氷柱のせいでままならない。
「どうしました? 【ゴーレム召喚】、しないんですか?」
「……待って! お待ちください! どうかそれだけは、ご勘弁を……降参ですわ! ま、先ずは、ヤマギワ様の脚を【再生】させていただきますわ!」
身体の陰でよく見えなかったけど、ヘルガさんの手には何か細長い紐っぽいものがにょろりとあった。
返事も待たずにエメリー様がおれの脚の【再生】を始めたので、ヘルガさんは渋々といった感じでその手を引っ込める。