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395 『ワクテカ! ドッペルゲンガー⑨』

 かつて大司教だった時、エメリー・サンドパイパーは自身のスキル【天の声】に尋ねた。

 

 なぜ女神様は、わたくしに降臨あそばせないのか――と。



(アンサー、女神降臨の条件は次のとおり。――1、スキル【ネムジア】を所持すること。2、最大MP1000以上。3、年齢49歳以下。4、純潔の乙女であること。5、ある程度の美しい容姿。――以上、それらを全て満たさないと女神降臨は望めないでしょう)





 エメリーの生涯をかけた野望は、愛する女神ネムジアをその肉体に完全降臨させることだった。異界から届く声だけを中継するような半降臨ではなく、同じ肉体で女神の魂と自身の魂が溶け合うことを熱望した。

 大司教になり「大妖精の魔石」さえ継承すれば女神降臨がかなうと信じたエメリーだったが、それだけでは条件を満たさないと、その時になって初めて知った。

 

 脳内に響く無情な【天の声】に、エメリーは深く絶望した。

 


 そんなエメリーに声を掛けたのは、王弟ジーナスだった。

 折しも、魔族領からの「中毒性のある粉薬」密輸の黒幕として王弟ジーナスの関与が浮かび上がった矢先のことであった。


 王弟ジーナスは、密輸事件のもみ消しと引き換えに、原初のスキル【肉体共有】の存在をほのめかした。また、「クローン」という異世界の技術を提供した。 


 「クローン」技術を基に独自に研究を重ね、エメリーは生体ゴーレムを生み出すことに成功する。意思を持ち、スキルを持ち、生殖能力さえ持ち合わせる、これまでのゴーレムとは一線を画す人造生命体であった。


 歴代の中でも特に美しかったといわれる聖女達の墓をあばき遺骨を素材としたが、スキル【天の声】のアドバイスで、七体目だけは存命中の聖女グレイスから体液を取得した。まだ若く汚れを知らないグレイスの生体ゴーレムは、スキル【肉体共有】を所持する王者ベリアスとの交渉に使えるはずとのことだった。

 グレイスを除いても六体、女神降臨のための器として申し分のない肉体をエメリーは手に入れた。





 順調に進んでいるかに見えたエメリーの女神降臨計画だったが、思わぬ横やりが入る。

 皮肉にも聖女グレイスの差し金で、まだ当分辞めるつもりのなかった大司教の座を他へ譲ることになってしまう。


 大司教の座を譲る時に、右胸に埋め込まれた「大妖精の魔石」は次の大司教へと継承される。「大妖精の魔石」に内包する妖精スキル【共感覚】、【浮遊】、【認識阻害】、【飛翔】、【加齢】、【世界破壊ワールドディストラクション】そして、スキル【ネムジア】が失われることになる。




 ***




 突然静かになった「大会議室」、なにごとかと振り向いたエメリーが見たのは、白いマントの美しくも妖しい女だった。

 

 その一瞬で、室内の配下の者達は全員もの言わぬ石像と化していた。

 どうやら自分も、スキル【状態異常無効】が無ければ、一瞬で石化していただろうと察するエメリー。



「……そのマントはパラディン? ですが、貴方様は確か『氷柱つららの勇者』ヘルゲ・ロンメル様ではありませんか?」


「私は【変化へんげ】が得意なのです。今はヘルガと名乗っています」



「ヘルガ? そのお身体は、なるほどそういうことでしたか。お気持ち、解らないでもありませんわ。――ところでヘルガ様、こんな地の底にいったいどういったご用むきで? 『勇者』様が今日に限ってお二人もみえるなんて、まるで『魔王』にでもなった気分ですわ」


「……? 【神託しんたく】は見ていないのですか? あなたともあろうお方が」



「――!?」


 ――王都地下に『魔王』発生。

 確かにスキル【神託】がそう警告していた。多すぎるスキルに紛れて、ついつい見逃してしまっていたことに、たった今エメリーは気がついた。



「あるいは、あなたが『魔王』なのではと思っていたのですが」


「……な、なるほど、それで納得がいきました。大司教ユーシー様が自ら出ていらしたことも、『氷柱の勇者』様がみえられたことも」



「ですが、私が来た本当の理由はあなたが呼んだからですよ? ルルはともかく、ヤマダさんまで巻き込むなんて、今回ばかりは見過ごせません。もっと早くに殺しておけばよかった」


「……!? どういうことかしら? 彼女は何を言っているの? 教えて、【天の声】?」



(アンサー、彼女こそがあの夜、【ネムジア】の”スキルの欠片”を持ち去った人物――)




 ***




 大妖精の魔石継承の儀式前日、外科的な施術により、エメリーの右胸に埋め込まれていた「大妖精の魔石」は摘出された。右胸の傷は【大回復】の魔法でまたたく間に癒えたが、所持していた妖精スキルの全てとスキル【ネムジア】は失われることとなった。


 摘出された「大妖精の魔石」は、【鑑定】により全てのスキルが揃った本物であることを確認された後、翌日まで「奥の院」で厳重に保管される。



 その夜、エメリーは人目を忍び「奥の院」を訪れた。

 女神降臨計画遂行(すいこう)のため、どうしてもスキル【ネムジア】だけは手元に置いておく必要があった。


 見張りを眠らせ、女神ネムジアの肖像画のある礼拝堂へと潜入する。


 盗難防止の結界を、持ち出した解除用キーを使い正しい手順で解除し、「大妖精の魔石」を手に取るエメリー。

 【スキル抽出】、【結晶化】により、スキル【ネムジア】だけを”スキルの欠片”にして「大妖精の魔石」から取り出した。


 

 ――しゅるり。

 ホッとしたのもつかの間、細い触手がエメリーの手の中にあった”スキルの欠片”を一瞬で奪い去る。



「まさか本当に、こんなことをするだなんて……」


「な、なぜあなたがここに!? それをお返しなさいませ!! 聖女――」




 ***




「――聖女ラダ!! あなたが、聖女ラダ様なのですね!?」


「私は【変化】が得意なのです。今は、ヘルガ。パラディン№22のヘルガ・ロンメル……ですがあの夜、【ネムジア】の”スキルの欠片”を持ち去ったのが誰かという話なら、私で間違いないですよ」



「よくもぬけぬけと! 許さんぞ!!」


「本性が出てますよ、エメリー様?」


 ――ぐしゃ!!

 魔法を放とうとしたエメリーの右腕を、床から生えた腕よりも太い氷柱が貫いた。


 ――ぐしゃ!!

 右腕に構わず、左手で魔法を撃とうとしたエメリーだったが、今度はその左腕を貫く氷柱。


 ――どぐしゃ!!

 続けて床から生えた氷柱は、股下から首まで、エメリーの身体の中心を縦に貫いた。



「ぐぇぼがはぁぁぁぁあああ……っ!!!!」


 ――ぐしっ!! ぐしっ!! ぐしっ!! どぐしゃ!!

 血の泡を吐き身体を痙攣けいれんさせるエメリーの身体を、更に四方から生えた氷柱が刺し貫く。



「夢から夢へと渡り歩き、本人しか知り得ぬはずの秘密を、あの方は夢でのぞき見るのだそうです。――あの夜、『大妖精の魔石』からスキル【ネムジア】を抜き取るというあなたの計画は、あの方に夢の中で筒抜けでした」



「…………ごぽっ……夢? ふ、あはは……そんなスキルがあるとは……あはは……!」


「――!?」


 中空に浮かび上がった召喚円陣から巨大な右腕だけが飛び出し、エメリーを串刺しにしていた氷柱ごと「大会議室」をなぎ払った。スキル【ゴーレム召喚】である。


 自滅したかのように見えたエメリーだったが、スキル【超回復】と【再生】の効果で、見る間に傷口も、飛び散った血液さえも逆再生のように元に戻っていく。



「……さあ、返しなさい!! スキル【ネムジア】を返すのです!!」


「なっ、【超回復】!? いや、あれはもっと別の――!?」


 音もなく、ヘルガの背後にもう一つ召喚円陣が浮かび上がった。

 ――スキル【ゴーレム召喚】! 召喚円陣から飛び出したゴーレムのもう片方の拳が、ヘルガの身体を掴んで締め上げる。



「あはは! あははははは!! 捕まえた!! 『氷柱の勇者』敗れたり~…………いひぃ!?」


 奇妙な声をあげて先に白目をむいたのはエメリーの方だった。その耳穴では、”細長い虫”がにゅるんにゅるんとのたうつ。

 

 

「私の虫が、あなたの脳に触れました。あなたはもう、私の思うままです。……ですけど、生かしておくつもりはありませんよ? 【超回復】でも回復しないように、念入りに殺すとしましょうか」  


 巨大ゴーレムの手の中から出たヘルガは、「神殿騎士の剣」を抜いた。

 ためらいなく近づき、エメリーの顔面を横薙よこなぎにする。


 

 べちょん!! 「神殿騎士の剣」はねばついた音を立ててエメリーの横っ面を打った。いつの間にか、「神殿騎士の剣」は剣の形をした”生肉”になっていた。


 ――なっ!? まるで生きているかのように肌色に脈打つそれを、ヘルガは思わず手放す。





「かあさま、危ない!!」


 その時、駆け込んできた白髪の少女エリナが、「大会議室」をいっぱいに満たすガスを噴射した。コカトリスの特性【石化ガス】である。


 ――しまった!? と、思った時には遅く、ガスにまかれたヘルガは避ける間もなく石化した。

 




 




「助かりましたわエリナさん、あなたは本当に親孝行な娘ですこと。穀潰ごくつぶしのテッドとは大違いよ」


 エメリーは、耳から”細長い虫”を引っ張り出して引き千切った。



「いいえ、かあさ……御前様、違うのです! 私は、テッドの声を聞いてここへ来ました! そこに落ちているそれは、たぶんテッドがやったんだと思うんです!」


 床に、生肉のかたまりとなった「神殿騎士の剣」が落ちている。



「――!? 剣が……肉に? もしや、『悪食あくじきの魔王』!! ――”王都地下に『魔王』発生”とは、もしやそういうことかしら!?」


「えっ、『魔王』!?」


 エメリーは窓際にかけより、身を乗り出すようにして外の様子を見渡す。

 ちょうどその時、研究所二階の窓の外を灰色のぶよぶよした大男がゆっくりと横切った。

 身体はだらしなく巨大で、身長は屋根よりも高かった。



「あはははは!! テッドがとうとうやってくれましたよ、エリナさん? あれに仕込んだ、『悪食の魔王アバラン』の魔石がついに芽吹きましたよ!! たまたま手に入れた古き魔王の魔石は最初から大きく破損していて、テッドに移植されてからも宿主に何の恩恵ももたらしませんでしたから、既に力は失われているものとばかり思っていたのですが、まさか今の今になって目覚めるなんて!!」


「ひぃ!? あ、あれが『悪食の魔王アバラン』!? ――御前様、テッドは……弟はどうなったんですか!?」



「父と母、どちらの才能も受け継がず、ただただ愚鈍で醜いダメな子でしたけど、そんなことは今日この時をもって帳消しですわ! 彼をめてあげなくてはなりませんね? あれは、テッドの右胸に埋め込まれていた『悪食の魔王アバラン』の魔石が、彼の体内で受肉した姿でしょう。伝承では、『悪食の魔王』は食うほどに大きく強くなったそうよ。おそらくテッドは、真っ先にあれのかてとなったんじゃないかしら?」


「そ、そんな……テッド……!」



「あら、エリナさんたら、テッドのことをあんなに嫌ってたのに、今更おねえちゃんぶっちゃっておかしいわ」


「……っぐ」


 エメリーの言うとおり、エリナは愚鈍で醜いテッドのことが嫌いだった。

 だけども、テッドは姉のエリナのことが好きで、大好きで…………いくつもの後悔がエリナの胸を締め付け、気がつけば止めどなく涙がこぼれ落ちた。

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