394 『ワクテカ! ドッペルゲンガー⑧』
クリスティアさんに抱っこされたおれは、マデリンちゃんとシャオさん、ルルさんに詰め寄られていた。
「どういうことです!? わくわくドッペルゲンガーって何ですか!? ふざけてるんですか!? ヤマダさんはヤマダさんじゃないってことですか!?」
「ヤマギワさん……っす?」
「うそ~ぉ! 太さも長さも、ちょっと残念な感じも、ウリ二つなのに~!?」
ふざけてはないです……あと、”わくわく”じゃなくて”ワケあり”です。
てか、ルルさん、その言い方はちょっと……。
***
ここは、おれが閉じ込められていた「特別室」よりもちょっと奥の一室。内装もベッドも最低品質の、一般庶民用の牢獄だ。
石化されていたジェイDさんを、マデリンちゃんが魔法【大快癒】で石化解除した。
「くっ……俺としたことが、世話をかけたな」
「あんなの避けられるのはきっと、きっと、ヤマダさんぐらいなもんです! ねー?」
ちょうどその時、シラカミ部長を中央神殿まで送ってってもらったシャオさんが戻って来て、床下からひょっこりネコ耳を突き出した。
「あ、シャオさん、おつかれっす」
「……脚」
狭くて簡素な一般庶民用の牢獄に、おれ、ジェイDさん、マデリンちゃん、シャオさんの救出メンバー四人とルルさん、クリスティアさんが集結した。あとついでに、さっきマデリンちゃんに頭をグシャっと割られてまだ失神している生体ゴーレムのオデットさんもルルさんが肩にかついでいる。
シャオさんがぽつぽつと語ったところによると、外には大司教ユーシーさんと数名のパラディン、神殿騎士達がもう来ていて、生体ゴーレム達と戦闘に入っているらしい。
同時に研究所内にも、シャオさんのスキル【亜空間歩行】による手引で、既にパラディンが一人御前様逮捕のため潜入しているそうな。
後のことは、ユーシーさんとパラディン達に任せておけば間違いなさそうだ。
「それじゃあ皆さん、今日はお疲れ様でした! ジェイDさん、ウルラリィさんのことはお任せしていいですよね? シャオさん、たびたびで悪いんだけど、ウルラリィさんとみんなをユーシーさんのところまで送ってくれる?」
「ああ、それはいいが」
「……っす」
「――マデリンちゃん、みんなのことユーシーさんに顔つなぎ頼むよ」
「ちょっとちょっと! ヤマダさんと、そっちの方は二人だけでどちらに!? 二人だけなんて怪しいです!」
「おれとクリスティアさんはちょっと――、御前様に挨拶してから帰ろうかなと」
どうでもいいかなーとも思ったんだけど……やっぱり、やられっぱなしはしゃくなんで――おれらしくない? だよね。でもちょっと、御前様に聞きたいこともあるし。
クリスティアさんには悪いけど、おれの介護で付き合ってもらおうと思う。飛べるけど、楽ちんだし。
「だったらだったら、マデリンだってお礼回りしたいです! ヨメとしてヤマダさんがお世話になった、お礼回りしたいです! ――ほら、シャオさんだって、やってやるって顔してます!」
「――っす!」
「あー、そのことなんですけど……、こんな厄介なことに巻き込んでおいて今更なんですが――」
おれは今更ながら、自分が本物のヤマダではなく、スキルで複製された「ワケありドッペルゲンガー」であることをみんなに説明した。
まさかこんな大事になるとは思ってもみなくて、言い出せないままここまで来てしまったけど、さすがにこれ以上はマデリンちゃんやシャオさんを巻き込むのはうまくないと覚悟を決めた。
***
そんなわけで冒頭のごときちょっとした修羅場を招くことになったわけだが、こればっかりは言い訳のしようもない。土下座しようにも、今のおれには膝がない。
折良く地下に誰かが降りてくる気配があって一旦、「ワケありドッペルゲンガー」の件はうやむやになった。
やって来た巨乳のウロコ嬢カサリナさんを、「特別室」に誘い込んで閉じ込めた。とっさのことだったので雑な罠だったけど、まんまと上手くいった。
「俺の名前はジェイDバック、”百人斬り”などと呼ばれている。俺と戦ったアンタは、【超回復】がなければ百回は死んでいたかもな? ――御前様とやらにどんな恩があるか知らんが、百回死んでも返せぬ恩などありえるか?」
「……!! だ、だったらっ、私はあなたを百回殺す権利があるです! 私の名前はカサリナ! ジェイDバックを百回殺す女と記憶なさい!」
「カサリナか、憶えておこう」
そう言って、フッ……とかクールに笑うジェイDさん。カサリナさんと、なんかいい感じになってね?
おれ達一行は、オデットさんを先頭に一階への階段を登る。
このオデットさん、実のところマデリンちゃんの変身だ。
本物のオデットさんは、おれのスキル【超次元三角】で次元の隙間に放り込んでおいた。
放り込む前にマデリンちゃんが、彼女のグシャっと割れた頭を【大回復】の魔法で癒やし、スキル【噛みつき変身】でその姿に変身した。さっきまで若いグレイスにゃんに変身していたマデリンちゃんだから、おそろいの白いぴったりとした鎧はそのまま流用して、見た目完璧なオデットさんのできあがりというわけだ。
外の戦いは激しさを増しているらしく、なんとなく騒然とした感じの一階フロア。
ウルラリィさんはこのフロア奥の作業場で例の「中毒性のある粉薬」をゴシゴシやらされているに違いない。御前様は、多分もっと上の階層だろう。
――おっと!? 廊下でばったり、高貴な銀髪の美女――若いグレイスにゃんと出くわしてしまった。全裸だ!
「!? オデット姉様、そいつらは?」
「……この者達は、御前様に忠誠を誓いました。今は、今はわたくしと共に行動しているのです」
マデリンちゃんがオデットさんになりきって対応する。かなり上手いんじゃなかろうか?
そんなことより――と、マデリンちゃんは続ける。
「――あなたはなんで全裸なんですか? 変態ですか?」
「!! わ、わたくし変態じゃないです! これは、その……」
容赦ないマデリンちゃん。――あんたが脱がしたんやろがーい! てか今、マデリンちゃんが装備している白いぴったりとした鎧は、元々はグレイスにゃんのやつだ。
「さてはさては、大司教のパラディンに負けたのですね!?」
「そ、そうなのです! あいつらわたくしの身ぐるみはいで、エッチなことを!」
目力強めのオデットさんに射すくめられて、乱交してましたとは言い辛いらしいグレイスにゃん。
……全裸でおどおどしているグレイスにゃん、かわいいぜ。さすが神セブン。ベリアス様の性癖が歪んでしまったのも無理ないかも。
「まあまあ、かわいそうに! そんなあなたに、御前様からチートなスキルを預かっているのですが、どうしますか?」
「えっ、やった! オデット姉様、それはどんなスキルなのです!?」
「なんでも、”命令に逆らえなくなるスキル”ですって」
「それってもしかして、傾国のチートスキル【魅了】じゃないですか!? すごい!」
そう言ってグレイスにゃんは、受け取った【隷属】の”スキルの欠片”を嬉々として飲み込んだ。
――よし、おれがキミのご主人様だよ? と思ったら、絶妙なタイミングでおれを抱っこしたクリスティアさんが後を向いた。……その隙に、変身を解いたマデリンちゃんが、グレイスにゃんのご主人様認定されたようだ。ぐぬぬ。
グレイスにゃんの案内で、おれ達はまず「宝物庫」に向かった。
御前様の溜め込んだお宝の数々を、片っ端から【空間収納】に放り込むマデリンちゃんとシャオさん。
……あわわ、こんなことしちゃっていいんかな? おれもちょっとだけ、もらっちゃおうかなー?
「ご主人様!」
――!!
不意にクリスティアさんに声を掛けられてドッキリしたが、彼女が指さした壁の棚には、奪われたおれの装備『竜鱗の具足』と『不浄の剣』が置いてあった。
そ……そうそう、ここに立ち寄ったのは、それが目的だったよね。
幸いにして、ここまで戦闘もなく切り抜けて装備を取り戻したおれ達。
全裸だったグレイスにゃんも、スケベなボンテージスーツを身にまとう。……エメリー様の趣味かな?
次におれ達がやって来たのは、正面玄関ホール。吹き抜けの階段が上層階へと続く。
ここでおれとクリスティアさんは、他のメンバーと別行動となる。
別れ際、ここに来るまでしばらく黙り込んでいたマデリンちゃんが話しかけてきた。
「……えっとえっと、ヤマギワさんでしたっけ? ヤマダさんが記憶喪失になったから、元々一つだった人格が二つに分かれたって感じですよね、”過去を忘れたヤマダさん”と”過去を憶えているヤマギワさん”に?」
「そんな感じです。ヤマダが忘れてた過去の記憶を全部思い出した時に、スキルで複製された身体にどういうワケか乗り移って別々に……」
「だったらだったら、『聖女会議』で再会した時、あの時、私のこと――」
「え? っと……実は、すぐに判りました。てか、一度見たら忘れられっこないし? だけどもヤマダが記憶を取り戻したら、おれの人格は消えてしまうものだと思ってたから……何も言わずに黙ってました。すいません……」
「――ですよね! なんとなくなんとなく、なんとなーく解りました!」
……よかった、一応の理解を得られたみたいだ。シャオさんはまだ首をひねっているようだけど、後のことはマデリンちゃんにお任せしよう。
おれとクリスティアさんは二階への階段を登り、マデリンちゃんとシャオさん、ジェイDさんは、ウルラリィさん救出のため、隷属されたグレイスにゃんの案内で研究所の奥へと向かう。
――ん? あれ? ルルさん、なんで二階に付いてきてるの?
「実は私って、こう見えてけっこう人見知りでして~」
……理由はともかく、首がとれても死なないルルさんのことだ、おれの味方をしてくれというなら、正直心強い。
こうして、おれ、クリスティアさん、ルルさんの三人パーティは、御前様のいる研究所二階「大会議室」へと向かう。