392 『ワクテカ! ドッペルゲンガー⑥』
御前様――エメリー・サンドパイパーは自室で一人、自身のステータスを見直している。
エメリーが【スキル抽出】、【結晶化】で収集した希少なスキルの数々――【鑑定】、【超回復】、【接続】、【再生】、【状態異常無効】、【物理耐性(大)】、【魔法耐性(特大)】、【ゴーレム作成】、【ゴーレム召喚】、【カリスマ】、【マッスルコントロール】、【分析】、【長寿】など、それほど希少でないスキル――【威圧】、【並列思考】、【絶倫】、【声マネ】、【早口】、【美肌】、【浄化】などの他、定番の耐性スキル、大魔法を含む各種魔法スキルが続いてならぶ。
英雄ナタリアは70を超えるスキルを所持するという。しかし、エメリーには48以上のスキルを取得することはできなかった。49個目のスキルを取得すると、元々持っていたスキルが無作為に一つ消えてしまうのだ。その辺りが人族の種族的な限界なのかもしれない。
エメリーは、最近はほとんど使用しない魔法スキル【石礫】を消してスキルホルダーに1枠の空きを作ると、ヤマギワから奪った”スキルの欠片”を飲み込んだ。
長年探し求めて、既にこの世に存在しないものと半ばあきらめつつあった伝説のスキル【世界創造】をその身に宿すことに、エメリーはかつてない胸の高鳴りを感じていた。
>妖精スキル ×【世界創造】世界を創造するnew!
「――!? いったい、これは……?」
エメリーのステータスに新たなスキルが書き込まれた。
だが、【世界創造】には、なぜか頭に「×」が付いており、どうしても使用することができない。
期待が大きかった分、落胆も大きい。
それでも、やがて気を取り直したエメリーは、この奇妙な状況を検証し始める。
ともかく、ステータスには刻まれたのだから、後はなぜかブロックされているコレを有効化するための条件が何かしらあるに違いない――と、考える。
そんな難しい問題や未知の出来事に直面した時に、エメリーがいつも使用するスキルがあった。
レベル8で一番最初に取得したスキル【天の声】は、エメリーの相談事にかなり具体的な回答をくれる。
「【天の声】よ、答えて! なぜわたくしに、スキル【世界創造】が使用できないのでしょう?」
(……アンサー、スキル発動条件である黒色最小妖精50億体が不足しています)
――と、エメリーの脳内にスキル【天の声】の回答が響く。
「――? 黒色最小妖精ですって? いえ、その不足する黒色最小妖精を補充する方法はありますか?」
(……アンサー、スキル【世界破壊】で世界の一部を分解し黒色最小妖精とします)
――と、【天の声】は答えた。
一年前、大司教だったエメリーはスキル【世界破壊】を所持していた。しかし今は、「大妖精の魔石」と伴に次の大司教ユーシーへと継承されている。
スキル【世界破壊】を今確実に所持しているのは、ユーシーだけである。
【天の声】は更に続けた。
(――あるいは……アンサー2、スキル【世界創造】の元々の所有者であるヤマダの右胸に埋め込まれた妖精の魔石を奪うことで、黒色最小妖精の蓄えを掌握できます)
――と。
「――まあ! なによ、そっちのやり方なら簡単だわー!」
――バリリッ、パッツーーーン!!!! パッツーーーン!!!!
ちょうどその時、雷鳴が窓枠を揺らした。
「御前様、襲撃です! こ、今度は、中央神殿から――!!」
部屋の外から配下の者が告げた。
襲撃者に対しメルセデスが応戦している。
やれやれ、騒がしい夜ですこと――と、エメリーは私室を出る。
その時、48のスキルがずらりと並んだステータスに若干の違和感を感じたが、その時はさして気にもとめなかった。
――王都地下に『魔王』発生。
スキル【神託】がそう警告していた。
***
金髪小悪魔風美少女メルセデスの放った【電撃】魔法は、パラディン№6ランポウの”真空の障壁”に阻まれた。
そんなことは意にも介さず、メルセデスはスキル【空中歩行】で空へと駆け上がる。
上空で、パラディン№9エルマと№10マルクから二対一での攻防を強いられているペガサスにまたがった全裸のグレイスに加勢しようとしてのことだ。
グレイスの周りを自在に飛び回るエルマとマルクに向かって、魔法を撃とうとするメルセデスだったが、地上からランポウが撃ち続ける【石礫】の弾幕にさらされてなかなか狙いが定まらない。
「安い魔法をチマチマと、ちょっとジャマみたい!!」
――バリリッ、パッツーーーン!!!! パッツーーーン!!!!
――パッツーーーン!!!! パッツーーーン!!!!
――パッツーーーン!!!! パッツーーーン!!!!
苛立ったメルセデスは狙いを変え、空中から地上へ向けて大魔法【雷舞】を放った。
広範囲に繰り返し降り注ぐ、雷光の雨!
「あっぶね――」
大空洞全体を震わせた大魔法【雷舞】であったが、ランポウが作った”真空の障壁”は貫けなかった。
本来、発動とほぼ同時に対象を捉えるはずの雷魔法であるが、ランポウは魔法発動前の魔力の収束を感知し、必中の魔法を防御してみせたのだ。
「うそ!? 大魔法でも貫けない障壁なんて……!?」
「安い魔法も使い方次第、なんつって?」
空中に立ち尽くしたメルセデスだったが、スキル【未来視】で数秒後の攻撃を幻視し、頭上を見上げた。
――ダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!!!!
数百個の【石礫】が、メルセデスに向かって豪雨のように降り注ぐ。
それは、メルセデスの言う安い魔法で大魔法を再現してみせたかのようだった。
「ちょっと!? ちょっ――!!」
いくらスキルで弾道を予測できたとしても、八方から隙間無く降り注ぐ【石礫】を避けきれるものではない。
メルセデスはスキル【電磁バリアー】を展開し、辛うじて全ての魔法を防ぎきった。
だが、その時にはもう、ランポウはメルセデスの背後にいた。魔法【土壁】を足場にし、メルセデスの立っている空中まで駆け上がったのだ。
「ごめんよー、お嬢ちゃん」
――ドゴッ!!
背後からランポウに蹴られたメルセデスは、地面に強かに叩きつけられる。
かなりのHPが失われたとはいえ、レベル50相当の生体ゴーレムであるメルセデスには、まだ戦う余力が残っていた。
――べちょ! 立ち上がろうとした彼女に、ベトベトした白い粘液がまとわりつく。
「いやっ、ちょっと、何これ!?」
「ふふっ、美少女ゲットだぜ」
聖女アイダが小さくつぶやく。
彼女のスキル【粘着液】で、メルセデスは拘束されてしまうのだった。
一方、天馬ペガサスを駆る全裸のグレイスも、次第に追い詰められていた。
ペガサスに直にまたがった股間の振動が心地良く、そもそも戦闘どころではなかったのだ。
首に抱きつき乳房を擦りつければ、腰が浮いて、後を追うマルクから尻穴が丸見えになる。
「ちょっとマルク!? キミ、真面目にやってよ!?」
「はあ!? 俺は、別にそんな……」
エルマの鋭い指摘を否定しつつも、ついつい視線を誘導されるマルク。身を乗り出すように、グレイスの背後に迫った。
追いすがる翼のはためきを聞いたグレイスは、銀髪をかき上げ、チラリと背後を振り返る。
「……範囲内、【ハックユー】! 白い羽根の君のスキル【閃光】」
グレイスのスキル【ハックユー】は、傍にいる他人のスキルを使用させることができる。
思いがけず、マルクは強烈な光を発した! それは彼のスキル【閃光】、強烈な光で周囲の目を眩ませる。
誤作動したマルクのスキル【閃光】は、グレイスの狙い通り、彼女の正面に立ち塞がろうとしていたエルマの視力を数秒奪った。
その隙に、エルマの脇をすり抜けたグレイスとペガサスは、一気に急加速し、研究所の建物内へと窓ガラスを突き破って逃げ込んだ。
「今何したんだ、マルク!? いい加減にしろ!?」
「い、いや、俺にも何が何だか……勝手にスキルを使われた感じで」
「――ちっ、そういうことか。とにかく追うぞ!」
「待った――、なんか来る!?」
研究所の周囲を取り囲むように次々と浮かび上がる召喚の円柱。
出現したのは、全高6mほど、道化師の様な形状の黒いゴーレムが二十体だった。
研究所の屋根の上に立った生体ゴーレム、アーリィとベルベットが十体づつ黒いゴーレムを指揮する。
――シュビビビビーーーーーー!!!!
早速捕捉された空中を飛ぶエルマとマルクに向けて、黒いゴーレムが口から一斉にビームを放った。
ぎりぎり狙いを逸れたビームはそのまま地下大空洞の天井を赤く溶かし、もろい部分は崩れて地上に降り注ぐ。
研究所を包囲しつつあった聖女アイダ配下の神殿騎士達は、大混乱で一時後退を余儀なくされた。
***
レナスは、生体ゴーレム七姉妹の中で一番強い。それは、自他共に認めるところだ。
ここに来たのが自分でよかったとレナスは思った。目の前の、得体の知れないコイツを、他の姉妹には合わせたくない、今ここで、この人目に付かない研究所の裏手で、確実に殺してしまうべきだ――と、レナスは心を決める。
ほんの数十分前、レナスは研究所の裏手で負傷したバルダーとテッドを発見した。
二人共膝から下を切断されていたが、切断された部分があれば回復魔法で元どおり繋ぐことができるだろうと、それを探すためレナスは一旦その場を離れた。
二人分の切断された膝から下を拾って戻って来たレナスが見たのは、3m以上あるぶよぶよした灰色の大男だった。振り向いた男のぱっくり開いた獣のごとき大口の奥から、虚ろな目でこちらを見るバルダーと目が合った気がして彼女は戦慄する。
テッドの姿はどこにも見当たらないが、彼もおそらくはあのぶよぶよした腹の中だろうと察しが付いた。
――しゅっ!! 不意に、灰色の大男の腕が、獲物を捕らえる蛙の舌のように射出された。
レナスはこれをスキル【超反射】でかわす。
ぐにゃりと方向転換してくる男の腕から逃れて、距離をとるレナスだったが、男の腕はどこまでも伸長し追いすがる。
――カルカルカル……!! 灰色の大男の長く伸びた腕が一瞬で凍りついて固まった。レナスの放った魔法【凍結行】は、直線方向を射程とする範囲魔法である。
続けて抜き放ったミスリルの長剣で、レナスは素早く、大男の凍結した腕を砕いた――が、その肩口には既に新たな腕が再生しつつあった。
「ブフフフフ……」
灰色の大男のその声に、言い知れぬ禍々しさと嫌悪感を感じたレナスは「コイツは確実に、速攻でここで仕留める」という覚悟を新たにする。
スキル【王の領域】! 攻防一体のエネルギーフィールドがレナスの全身を包み込む。この希少スキルこそが、彼女を七姉妹最強と言わしめる。
両腕を天に掲げると、金色のオーラが巨大な拳を形作った。
「一応聞いておきますが、貴方は何ですか?」
「ブフフフフ……」
始めからレナスも答えなど期待してはいなかった。灰色の大男の喉の奥から聞こえた奇怪な声を合図に、巨大な金色の拳を振り下ろした。
グシャ!! っと肉の潰れる感触を感じながら、更にもう一度振り下ろす。
――グシャ!! グシャ!! グシャ!! グシャ!!
繰り返し金色の拳を打ち付け、灰色の大男が見えなくなるまで地面にめり込ませていく。
クレーターの底で原型をとどめないほど潰れた灰色の大男に向かって、レナスは大魔法【氷天華】を放った。溶けない氷の華が、辺り一面に咲き乱れる。
仕上げに、凍った地面を剣で穿てば、全ての氷華は凍結した灰色の大男もろとも、氷の粒となって砕け散るだろう。
レナスは、ミスリルの長剣を氷に覆われた地面に力任せに振り下ろす。
べちょん!! 氷を叩いたミスリルの長剣は、間抜けな音を立てた。
いつの間にか、痛んだ野菜のようにぐにゃぐにゃになってしまったミスリルの長剣。異様な手触りに驚いて、レナスは思わずそれを手放す。
氷の上で、まるで生きているかのように肌色に脈打つ、ミスリルの長剣。とても金属には見えない。
「な、なんだこれ……!?」
気がつけば、レナスの装備していたぴっちりとした白い鎧も、ぐにゃぐにゃの肌色に変わり果て、まるでスケスケの鎧を身に着けているようだ。
「ブフフフフ……ま……ま……」
氷の底から、灰色の男の声をレナスは聞いた。
一面、溶けることのない美しい氷の華が、凍った地面が、色眼鏡でもかけられたかのように全て肌色に変わる。
怪しく脈打つそれらは、全て”生肉”と化していた。
「ひいぃぃ、な、なにコレ!!? なんなの!!? キモチワルイ!! キモチワルイ!!」
レナスは半狂乱になり、身体にまとわりつく、先ほどまで鎧だったモノをかきむしる。
姉妹のために戦う決意をした凜々しい彼女はもういない。今はただ、恐怖に震え、幼女のように泣き叫ぶ。
――バックン!!
地面に開いた巨大な口が、生肉と化した地面ごとレナスを丸呑みにした。