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391 『ワクテカ! ドッペルゲンガー⑤』

 王都、地下大空洞――。

 青白い光が照らす、朽ちた街の遺跡。


 季節の風も通わず、森の緑のざわめきも清流のせせらぎも聞こえない――太陽の光もここには届かない。それでも、ぼんやりと青白く明るいのは、この場所が「王都の大迷宮」の片隅であるからに他ならない。ダンジョンの一部なので、当然のように魔物が湧く。

 こんな不便な街で一体誰が暮らすのか?


 かつてここは、胸に魔石のある者達――魔族が住む街だった。

 人族の領域にあって彼等が、大昔から肩身の狭い思いをしてきたことがうかがい知れる。

 

 街の中心部に、元々あった建造物を改築した「魔力特化部隊研究所」が、今はある。





 ヤマギワは仲間達と共に、さらわれたパン屋の娘ウルラリィ救出のため研究所へ来訪し、護衛と戦闘になる一悶着ひともんちゃくはあったものの、ついに首謀者である御前様――エメリー・サンドパイパーとの直接交渉に臨んでいた。

 

 その一方研究所外では、戦闘で傷ついたり石化した者達の救助が、三体の生体ゴーレム、メルセデス、レナス、グレイスの指揮の下、御前様配下の神殿騎士や諜報部の者達によって行われていた。



「その犬耳の人はちょっと強いらしいから、石化状態のまま牢屋に運んでね! ――エリナちゃん、カサリナさんを休憩室へ連れてって!」


 金髪小悪魔風美少女メルセデスが、数人の神殿騎士と羽毛混じりの白髪少女エリナに指示を出す。

 エリナの【石化ガス】で石化した巨乳のウロコ嬢カサリナと犬耳の傭兵ジェイDバックだったが、既にカサリナだけは石化解除されていた。

 


「ごふっ、げふっ……メルセデスさん、私をケガ人あつかいするですかー? ほら、もう、【超回復】で元どおり」


「……相変わらずでかいちちですね。でも、自分では気付いてないかもだけど、【超回復】の使い過ぎでちょっとお肌カサカサみたいだけどー」



「えっ!?」


「あー、あと、みんな見てるけど?」


 ジェイDとの戦闘で繰り返し切り刻まれたカサリナ。【超回復】で肉体は回復したとしても、着ていた服までは回復しない。今の彼女は、靴とニーソックス以外何も身に付けていなかったから、男達の注目のまとになってしまうのは致し方ない。

 ヒャーと、悲鳴を上げて巨乳を抱え込んだカサリナに、エリナが駆け寄りマントを羽織らせた。





 研究所へと引き上げていくカサリナとエリナを見送ったメルセデスに、長身アスリート風美女レナスが声をかけた。



「メル姉様、あれは何でしょう?」


 レナスが指さす方向に、いつの間にか巨大な黒いドームが出現していた。効果範囲、半径およそ30m――スキル【暗闇】は、外側からだとそう見える。



「ちょっと、ちょっと!? あっちにはグレイスちゃんが行ってたハズじゃない? まったく、世話が焼けるんだけど!」 


生体ゴーレム七体は創造されてから五年と経っていない。見た目は成人している彼女達だが、実は全員5歳以下ということになる。

 そんな彼女達姉妹の中にあっても、グレイスは三年前に創造された末の妹だった。

 


「戦闘が始まっているのなら、私が加勢に行きましょうか――?」


「いえ、グレイスちゃんの方はメルが見てくるから、レナちゃんはさっさとソレを持ってってあげてよ」


 レナスは、バルダーとテッドの切断された膝から下を小脇に抱えていた。研究所の裏手で彼女を待つ二人にソレらを持っていけば、回復魔法で元どおり繋ぐことができるだろう。




 ***




 スキル【暗闇】の中、空中に浮かんだ【狐火きつねび】の炎が照らし出すのは、二人の女とそれに群がる十一人の男達の姿。

 全裸の諜報部ちょうほうぶ女教官スズカ・シリカゲルと、やはり全裸の生体ゴーレム末妹グレイスが、御前様配下の神殿騎士や諜報部の男達と乱交におよんでいた。


 スキル【暗闇】と【狐火】はスズカのスキルだったが、【フェロモン原液】の効果で身も世もなく乱れる彼女にそれを行使する余裕はなく、スキルを使ったのはグレイスの仕業だった。

 グレイスのスキル【ハックユー】は、傍にいる他人のスキルを使用させることができる。


 生体ゴーレムとして生を受け三年、御前様から大切に管理監督されていたグレイスにとって初めての性体験であったが、既に彼女はセックスにはまりつつある。

 さきほどは上り詰めて小便をまき散らした。――その直後のことである。



 周囲に魔力の収束をグレイスは感じた。

 誕生した時から頭の中に記録されていた経験を伴わない膨大な知識から、範囲魔法のターゲットになっていることを察したグレイスは、彼女に覆い被さっていた男達を力ずくで振り払い、【狐火】の揺れる上空へと高く飛んだ。


 次の瞬間、発動する魔法【風穴ふうけつ】、範囲内の対象を切り裂く風の刃。

 しかしその【風穴】は少し違った。通常とは逆、内から外に吹く風で、空中に飛んだグレイスは更に高く吹き上げられる。

 

 ――スキル【天馬召喚】! グレイスは空飛ぶ馬ペガサスを呼び出した。

 ペガサスにまたがり、そのまま空中に滞空する全裸のグレイス。


 内から外に吹く風、それなら範囲内に残ったスズカや男達が無事かといえば、全員酸欠で昏倒こんとうしていた。スキル【暗闇】と【狐火】が解除されてかき消える。





「ねえアイダさん、彼等は魔王召喚の儀式でもやっていたのかしら?」


「ゴシップ誌の読み過ぎだ、そんなご大層なお題目などあってたまるか」


 【風穴】の魔法を放ったのはネムジア教会大司教ユーシー・クロソックスであった。

 その隣には、聖女アイダ・アドラーと諜報部長フーカ・シラカミの姿もある。


 目の前で折り重なるように倒れている全裸のスズカと下半身丸出しの男達十一名に、思わず目を逸らす彼女達。配下の神殿騎士達に命じ、昏倒している彼等をあっという間に拘束し捕らえる。



「本当に、面目ない……」


「別に、そういうつもりで言ったんじゃないですけど」

 

 消沈しょうちんして頭を下げるシラカミ部長に、大司教ユーシーも少し気を遣う。

 

 気まずそうな二人に、聖女アイダが口を挟んだ。



「上に乱交女が一人逃れたが、どうします? 大司教様」


「……あの女、なんかムカつく顔してなかった?」


「御前様の創った生体ゴーレム七体の内一体です。ステータスはレベル50相当、スキルも所持しています。強いですよ……私は、あれの一体に敗れました」





 ――バリリッ、パッツーーーン!!!!

 様子を見に来たメルセデスが出会い頭に放った【電撃】の魔法がシラカミ部長を貫いた――かのように見えたが、【電撃】は彼女の数歩手前でかき消えた。

 大司教ユーシー達三人の周囲には、魔法【風穴】を応用した目には見えにくい”真空の障壁”がはられていた。



「生体ゴーレムのメルセデスです! 雷系の魔法と、おそらくは”未来予測”のようなスキルを所持している!」


「あら部長さん、戻ったの? あんなに虐めてやったのにまだりてないなんて、ドMなんじゃないですかー?」



「むぅ、希少な雷属性を――。今の障壁は、ユーシーが?」


「いいえ。――ランポウさん、ありがとうございます」


 三人の後方、廃墟の陰に大司教を護衛するパラディン№6ランポウがいた。

 一見くたびれた中年男であるが、彼が「王都最強」と呼ばれていることをメルセデスも知っている。かといって、自分たち生体ゴーレムが「王都最強」に劣るとはこれっぽっちも思っていない。



「ふーん、あれが王都最強パラディン№6ね。――てことは、アイツを倒せば私が最強ってことじゃない?」



「ユーシー様、どの程度やりますかー?」


「いいですよ、殺さない程度に虐めてあげてください。上の女は、エルマさんとマルク君にお願いしますね? くれぐれも、殺さない程度で」


 ランポウはユーシーの前に進み出て、メルセデスと対峙した。

 

 前後して、それぞれ別方向、廃墟の陰から、パラディン№9エルマと№10マルクが翼を拡げて飛び立ち、ペガサスを駆る全裸のグレイスと空中で対峙する。




 ***




 ――バリリッ、パッツーーーン!!!! パッツーーーン!!!!

 遠雷が、大空洞にこだまする。


 ヤマギワに膝から下を切断されたオーガ男バルダーは研究所の陰でその音を聞いた。



「オイオイ、なんか始まりやがったぜ? 早く戻って来てくんねーかな、レナスちゃん」

 

「ぐ……ブフ」


 壁にもたれたバルダーのつぶやきに、うつ伏せに転がったテッドが奇妙な声をあげて応じた。



「なあテッド、七姉妹の中でさ、誰が一番いい? 俺はやっぱりベルベットちゃんかなー。グレイスちゃんも捨てがたいけどさ、やっぱ大人しそうな感じだけどそれでいてエッチな感じのベルベットちゃんなんよ、解るかオメー?」 


「ぐ……ブフブフ……」



「ブフブフって変な声出しやがって、そりゃどういう感情なんだよ?」


「ブフブフブフフフフ……」



「――!? オイ、テッド!? オメー、大丈夫か…………げっ!!?」


 バルダーの目の前で、うつ伏せのテッドの背中がパックリと裂けた。

 裂け目から――テッドの体内から、細い腕が飛び出す。


 テッドの巨体を着ぐるみのように脱ぎ捨てて、血まみれの痩せた小男が立ち上がった。



「ブフフフフ……」


 声は、その痩せた小男の喉の奥から発せられている。



「オ、オメー……何なんだよ? テッドは、どうなったんだ? オイ!!?」


 痩せた小男は、バルダーに振り向きニタリと笑ったかと思うと、口を際限なく大きく開いて、今脱ぎ捨てたばかりのテッドの身体を丸呑みにした。

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