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390 『ワクテカ! ドッペルゲンガー④』

 ――リズが飲み干したグラスに、ミカズキ男爵がしゃけしょしょぐ。

「ほう、なかなかいける口のようであるな?」

「男爵(しゃま)、わたしゅは隠し階層にどうしても行きたいのでしゅ!」


むしゅめよ、今は吾輩わがはいのことだけを考えるがいい』

「ひいっ!? か、隠し階層へ行くのなら、是非わたしゅも同行しゃせてくだしゃい!」

 ――ミカズキ男爵のスキル【美声びせい】、その心地良い響きはリズの判断力を鈍らせ誘惑に身をゆだねてしまいたいしぇい衝動を呼び起こすが、彼女は必死でしょれにあらがい理性を保とうとしていた。


「これは驚いた、まだ耐えるか。だが、信頼関係がなければ、秘密を共有することはできぬであろうなあ?」

「わたしゅは、いったいどうしゅれば」


『リズよ、先ずはしょなたの秘密を見しぇるがいい』

「ああっ、しょこはっ」 

 ――にょろにょろにょろにょろ~!!

 ――ミカズキ男爵の背中から伸びた細いヒモ状の触手しょくしゅの束がリズの身体に絡みつく。男爵のもう一つのスキル【触手】である。

 【敏感肌】を這いずる無数の触手に、リズは戦慄しぇんりつし震えた。


(ああ、落ちる。落ちてひまう)

 ――やがて触手は、彼女のビキニアーマーの隙間しゅきまへと浸食を始める。

――にょろにょろにょろにょろ~!!





「――ああん、ご主人(しゃま)、にょろにょろ動かないでくだしゃいませ……!」


 おれは今、クリスティアさんに『イチャイチャ・テンタクルズ』を枕元で音読してもらっている。口ひげのエロ男爵が、【美声】と【触手】のスキルを駆使して、いろんな女の子相手に無双するエロ小説だ。

 ……口ひげ? ……ビキニアーマー? ……うう、脳が……いや、気のせいか。


 【隷属れいぞく】の”スキルの欠片”を飲み込もうとしていたクリスティアさんを、おれは止めた。……ギリギリだった。彼女の覚悟と忠誠心を思い知った。

 

 人を殺すことに無頓着むとんちゃくなクリスティアさんをおれは恐れたが、それは御前様への忠誠心ゆえだろう。その忠誠心が今おれにあるなら、彼女はおれの命令しだいで御前様にだって剣を向けるんじゃないかな?

 要するに、おれはクリスティアさんを信じた。多分この人は裏切らない。



「にょろにょろにょろにょろ~!!」


「ああ~ん、お止めくださいまし、ご主人(しゃま)ぁ~~~ん」


 ……た、たのしい!! 触手ごっこ、たのしい~!!

 ちなみに、”触手ごっこ”とは、腕を触手に見立てて、クリスティアさんの身体をにょろにょろとまさぐる、かなり過激なセクハラ行為なのだ。

 

 そ~れ、にょろにょろにょろにょろ~!! たのしい~!! 止まらん!!

 彼女がいるって、こんな気分なのかな? ……きっとそうだ。こんなん、中高生がトチ狂うのも無理ないにょろ~。



「――しょ、触手がリズの濡れそ……突起を……く、繰り返し……あ、あひゃひゃひゃ……!?」


「にょろにょろにょろにょろ~!!」



「ち、ちょっと貴方たち、牢屋でにょろにょろするのはマナー違反ですよ!? 気が散って、こっちの本に集中できないじゃない!!」


 おっと、見張りのイセリアさんからクレームが入った。

 壁ドンされるカップルって、こんな気分なのかな? てか、「図書館で私語はつつしみなさい!」みたいなノリで言われても。



「――てゆーか貴方、その腕、確かに折ったはずなのに……え!? そもそも、手枷てかせはどこにやったんですか!!?」


 え? いまさらそれを言う? イセリアさん、やっぱり残念な子……いや、スキル【認識阻害】と、おれのお尻で気が逸れたってことにしておこう。


 私としたことがこんな失態、姉妹の中で一番頭のいいこの私が――と、泣きべそをかきながら牢屋に入ってくるイセリアさん。……その手には、いつの間にか巨大な大鎌が装備されていた。――【危機感知】反応! おれの腕が、やばい。



「ま、まあまあイセリアさん、落ち着きましょう? ――あーそうそう、この本『イチャイチャ・テンタクルズ』面白いですね? イセリアさんはもう読んだのでしょう? 聞きたいな、イセリアさんの感想」


「え? そ、そうですね――、赤毛の少女リズが、ミカズキ男爵の【美声】の誘惑に必死に抗いながらも、未成熟な身体を【触手】でなぶられ次第に自ら――なっ!!?」


 ――にょろにょろにょろにょろ~!!

 不意に、床から伸びた細いヒモ状の触手の束がイセリアさんの身体に絡みつく。



「服の中に侵入し素肌を這いずる無数の触手に、イセリアさんは戦慄し震える――ああ、落ちる! 落ちてしまうー!」


「うそっ!? 何ですかこれぇ!!? なんですかこれぇ!!? いやぁ……だ、男爵!? ミカヅキ男爵がいるのぉ!?」


 とか、カワイイことを言い出すイセリアさん。触手に敏感な部分を責められ、次第に抵抗できなくなっていく。

 ガチャンと音を立てて、握っていた大鎌は床に落ちた。


 それでも、レベル50相当のステータスで本気の抵抗をすれば容易く抜け出せたんじゃないかと思うけど、そこは触手もその道のプロである。イセリアさんの弱いところを的確に突いて、快楽の波状攻撃をたたみかける。

 ――にょろにょろにょろにょろ~!!



「触手一本一本がわずかに蠢動しゅんどうする度に、イセリアさんの熟れた肉体はびくんびくんと大きく反応を繰り返し、やがて……」


 おれは、触手になぶられるイセリアさんを観察しながら、それっぽいナレーションを付けた。



「いやぁだぁ、こわい!! こわいよぉ!! くっ、くるよ!? なんか、なんか来ちゃうよぉ~~~!!!!」


 ――ビクビクビクビクーーー!!!! 激しく痙攣けいれんし、おしっこを漏らすイセリアさん。

 

 触手が、ぐったりとした彼女を床の三角窓へと引っ張り込む。

 スキル【超次元三角】で牢屋の床に開いた異次元への窓。イセリアさんを飲み込んだその三角窓から、代わりに全裸の女性が顔を出す。



「もう、ヤマダさんってば、ヒドいじゃないですか~! 忘れられちゃったのかと思いましたよ~!」


「ルルさん、ナイス触手です! お待たせしてすいませんでした」


 往年の美人女優、木ノ花(このはな)ルルの若い頃にそっくりな娼婦のルルさんである。

 イセリアさんに対処するため、次元の隙間に押し込んだまま放置していた彼女にご協力いただいた。

 三角窓の中に普通に引っ張り込んでもらうだけでもよかったのだが、相手はレベル50相当の生体ゴーレム、単純な力任せだったらこんなに上手くいかなかったかもしれない。現役娼婦の触手テクニックに、いろんな意味でありがとうである。



「あれ、ヤマダさん、またちょっとちっちゃくなりましたか~?」  


 会う度に縮んでるみたいに言われるのは心外だが、今のおれは実際、超短足だったりする。



「ちょっと、御前様にやられましてね、恐怖と敗北感ってやつを植え付けられましたよ。できれば、もう二度と会いたくない感じです」



 こちらをどうじょ――と、全裸を見かねたクリスティアさんが、ルルさんに白いマントを差し出す。



「あら、私をさらったお客様! あなたまでが、なぜヤマダさんと一緒に~?」


「パラディン№(しぇぶん)クリスティア・ハイポメ(しゃ)スでしゅ。昨夜しゃくやは、失礼いたしまひた。この度、わたしゅはヤマギワしゃまの奴隷で下僕としてお仕えしゅることになりましたのでお見知りおきを――」



「さっきまで戦っていたのに急に性奴隷とか肉奴隷とか、なんだか奇妙な話ですね? ヤマダさんてば、まただまされてるんじゃないです? ――とのことですが~?」


 なんだか人事ひとごとのようにルルさんが言う。自分は群体ぐんたいなのだと彼女は言っていたが、意見が割れたりすることもあるのだろうか? ちょっと、クリスティアさんと険悪なムードみたいだ。オロオロ……。



「わたしゅは全力で戦い、屈服くっぷくさせられ、この身を委ねることとなったのでしゅ。なにも奇妙なことなどありましぇん」


「……へ~え。――どっちにしても、出張料金と延長料金はきっちり精算してもらいますので、お忘れなく~!」





 おれはクリスティアさんに抱っこされて「特別室」という名の牢屋を出た。スキル【飛翔】で飛べば一人でも高速移動できるけど、クリスティアさんがそうしたいと言うのだから仕方がない。マントを羽織ったルルさんも後に続く。


 確か、奥の牢屋に石化したジェイDさんが運び込まれてたはず。まずはそっちに向かおうか――とか思っていたんだけど、牢屋の前でばったり一体の生体ゴーレムと出くわしてしまう。目力めぢから強めプリマドンナ風美女オデットさんだ。 

 どうやら、ちょうど見張り交替の時間だったらしい。ついてないな。



「動くな、お前達! ――スキル【光のろう】!!」


 慌ててスキル【遅滞ちたい】を発動するおれだったが、オデットさんの方が一瞬早かった。

 おれ達三人の周囲を”光の格子こうし”が囲い込む。

 

 【光の牢】は身動きできないほど狭く、ルルさんのマントのすそが”光の格子”にかすってチリリと焦げた。生身の身体でコレに触れるのはかなりマズそう。……これじゃ、【超次元三角】を描くことも難しい。



 牢屋に逆戻りか……と思いかけたが、スキル【遅滞】でゆっくりと流れる時間の中で、オデットさんの背後に現れる銀髪美女を見た。 


 銀髪美女は大きな岩をゆっくりと振りかぶると、オデットさんの頭上に容赦なく振り落とす。

 ぐしゃっとイヤな音と伴に崩れ落ちるオデットさん。おれ達を取り囲んでいた彼女のスキル【光の牢】も消えた。同時に、スキル【遅滞】の効果時間も終わる。


 

 ――? あの高貴な感じの銀髪美女は確かさっきまで表で……おれは片目を閉じて、まだ表に居るであろうオナモミ妖精と視覚を共有する。


 ちょうど、大勢の男達に囲まれた全裸の銀髪美女が、だらしない顔でおしっこをまき散らしているシーンだった。



(ケケケ……! あのネーチャン、スゲー!!)


 オナモミ妖精もご満悦。

 ……しかし、銀髪……おしっこ……そういえば、あの人にちょっと似てる。いや、あのだらしないイキ顔は、むしろそっくりだ。





「グレイスしゃん、なぜ貴方が!?」


 ――グレイスしゃん!?

 クリスティアさんが、こっちの銀髪美女に声をかけた。



「ひぃぃ!? ヤ、ヤマダさん!? 脚がっ!! ひどい!! ひどいです!! 何で、何で誰が、そんなことを!!? 許せない!! 許せません!! ひどいです!! この女ですか!!? この女ですね!!?」


 こっちの銀髪美女は変身を解き、もじゃもじゃ頭のマデリンちゃんの姿に戻った。

 おれの脚を見て取り乱した彼女が、意識のないオデットさんにトドメをさそうとするので慌てて止める。



 後でクリスティアさんに聞いた話だけど、生体ゴーレム七体のモデルは歴代聖女様の中から選りすぐりの神セブンなのだとか。

 現役聖女様の中ではただ一人神セブン入りしているグレイス様、若い頃は「新雪の乙女」とか呼ばれて凄い人気だったらしい。……今ではすっかり「おしっこの人」だけどね。

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