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389 『ワクテカ! ドッペルゲンガー③』

 ところで――と、言いにくそうにクリスティアさん。

 ……イカン。この感じは、せっかく逸らした話が蒸し返される流れと違う?



「御前(しゃま)のおっしゃっていたけけけ結婚(ひき)の件でしゅけど、わたしゅはあくまでもご主人(しゃま)の奴隷で下僕なのでしゅから、結婚とか、まひてや妻だなんて身に余ることと承知しているのでしゅが――」


「……」


 うーむ、これは早めにお断りしておかないと、取り返しのつかないことになりそう。

 ワンナイトドリームしたかったが、一回でも手を出したら、それこそ一生呪われそうな恐怖がある。――そう、恐怖なんよ。おれはまだ、クリスティアさんを恐れている。



「――でしゅが、生まれてくる赤ちゃんには罪はないのでしゅ! 奴隷ごときが本当に厚かましいお願いとは重々承知しているのでしゅが、どうかわたしゅの赤ちゃんを認知して、ご主人(しゃま)の家名を名乗る許可をいただきたいのでしゅ! 何とじょ! 何とじょー!」


「――え!? 赤ちゃん!? え、え!? クリスティアしゃん、妊娠してるの!?」



「……? 処女のわたしゅが妊娠しゅるわけないじゃないでしゅか。ましゃかご主人(しゃま)、ご存じないのでしゅか? 大人の男と女がしぇっくすをすると、赤ちゃんが生まれるのでしゅよ? ――い、いやだ、わたしゅったら、は()たないことを……!」


 知ってるよ! 試したことはないけど。

 てか、なんで急に赤ちゃんを認知するとかそんな話? 紛らわしいよ…………いや、まてよ……。


 狭い牢屋に大人な男女。ベッドは一つ。やれることは、しりとりかセックスぐらい――なのか? 確かにこれは、赤ちゃんができてしまっても不思議じゃない状況。ゴクリ……。



 イカン、イカン、取り返しのつかないことになるって。

 だがしかし、ああ、セックス……セック”ス”――、



「……”ス”、スルメ」


「――?」  



「い、いや、なんでもないです。――イテテ……腕が、折られた腕が痛む。しりとりどころじゃないかも」


「あわわ、そうでひた! で、でしゅが、牢屋内では回復魔法が使えないのでしゅ、どうひましょう、どうひましょう、あわわわ……!」



「大丈夫です。おれ、【自然回復】がありますんで、固定して放っておけば」


「――! 得意でしゅ! この奴隷めに、おまかしぇください、ご主人(しゃま)!」


 助かる、後ろ手に手枷をはめられてて自分でやるのはキツかったし。

 どこの牢屋でも、「魔法スキル」が封じられるのは割と常識らしい。だけど、「通常のスキル」なら使い放題って、時々ガバいよなこの世界。


 だからこその、手枷と見張りだろう。

 念のためスキル【劣化】のことは口にしなかった。牢屋の前では生体ゴーレムのイセリアさんが聞き耳を立てている。脚を組んで本をめくっている姿は、できる女上司って風情。

 ただし、読んでる本のタイトルは――、



「――『イチャイチャ・パラライズ』?」


「――! おや、この本に興味が?」


 おっと、イセリアさんに話しかけられた。普通に話せるんだ、生体ゴーレムって。



「いえ、あの、知的な雰囲気の女性がどんな本を読んでいるのか、ちょっとばかし気になったもので……」


「知的な雰囲気――ですって!?」


 突然、ガタリと立ち上がるイセリアさん。

 やっべ、不味いこと言ったか……? ――いや、どうやら違うぞ。口元がなんだかニマニマしている。すごい嬉しそうだ。

 


「イセリアさんは、七人の中でも一番知的でオトナな美人……でやんすなー」


「ふふっ、私は姉妹の中でも一番の読書家ですもの、当然ね。うふふ……そうですね、牢屋の中ではやることもなくて退屈でしょう? この『イチャイチャ・パラライズ』は、まだ読み終わってないので、同じ作者の別のやつを持って来てさしあげましょう!」


 待ってて! と元気よく走り去っていくイセリアさん。

 ……なんだか、そこはかとなく残念な感じ。見張りはいいのか?



 ――ギリギリギリギリギリギリギリ……。

 耳元で何かがこすれる音がする。

 

 クリスティアさんの歯ぎしりだ。こ、こえぇぇぇ……。



「いかがでしゅ? 奴隷で下僕であるわたしゅは、両腕の応急処置を終えまひた、ご主人(しゃま)がイセリアしゃんとイチャイチャしている間に」


「いで、いでで……ありがとうございます、クリスティアさん」


 おれの両腕は破いた枕カバーでガチガチに固定されていた。

 おお、ホントに上手だ、得意って自分で言うだけある。これなら真っ直ぐ綺麗に繋がるだろう。

 このまま一晩放置するのもいいけど――スキル【劣化】発動! 自分自身の時間を一日経過させて速効で【自然回復】させる。


 続けて、両腕を後ろ手に拘束する手枷に指先で触れて――もう一回、スキル【劣化】発動! 頑丈な手枷がボロボロになるまで時間を経過させる。

 ――ボロロ……ッ!! よっしゃ、手枷とれた。


 

「しゅごい……! ご主人(しゃま)、しょんなスキルがあったなら、わたしゅなんて……」


「クリスティアさん、おれはここを出て行きます。やっぱり、どう考えてもおれ、御前様が嫌いみたいで……どうしても、あの人の下で働く気にはなれませんし」



「しょんなっ……、け、結婚(ひき)は……?」


「結婚はできません。ワンナイトだったら……いや、ワンナイトもダメか。……本当に残念ですけど、ここでさよならです」


 おれは空間に三角形を描いた――スキル【超次元三角】! 異次元に開く三角の窓。



「だったら、わたしゅも一緒に連れていってくだしゃい! わたしゅは、ご主人(しゃま)に一生仕えると決めたのでしゅから!」



「……それは、無理です」


「――!!? わ、わたしゅが……みにくいから……?」



「ち、違いますよ、断じて! クリスティアさんはスベスベだしモデル体型だし、本来なら、おれみたいなのが口をきくにはお金払わなきゃいけない高嶺たかねの花じゃないですか!?」

 

「だったら、なぜ連れて行ってくれないのでしゅ!? なぜ、わたしゅをしゅてるのでしゅ!?」



「それは……こ、怖いから」


「――!! 怖い……わたしゅの顔が……怖い…………」


 クリスティアさんは口を押さえて悲しそうにうつむいた。

 

 ……いや、怖いのは前歯がないからとかそういうんじゃないから。

 完全に誤解してるみたいだ。どのみちサヨナラするならあえて取りつくろう必要もないわけだけど……さすがにそれはちょっと後味が悪い。



「おれ、金貸しのベネットさんとは面識がありまして、実は昨夜も顔を合わせてたりするんです。あの人とは特別仲が良かったわけでもないですし、それどころか命を狙われたりもしましたけど――ベネットさんは、命を奪われるようなことをしたんですかね?」


「――!? ど、どうひてご主人様がしょのことを? ……ベネットしゃんには、御前(しゃま)配下の神殿騎士八名を、使()役するクモの魔物によって死に至らしめたという容疑がかかっていまひた。御前様の命を受け、しょの件を追求しゅるため、昨夜わたしゅ達はあの方を訪ねまひたが、思わぬ反撃を受け……」



「殺すつもりではなかったと?」


「……容疑とは言いまひたが、被害者の霊達の証言で事実は明らかでひたから、御前様からは処刑もやむな()と――」



「おれが怖いと感じるのは、クリスティアさんの顔じゃなくってココロです。――今後もおれは御前様と仲直りできないと思いますので、敵対することになるでしょう。そうしたら、その時、クリスティアさんはおれと御前様どっちの味方をするんです?」


「しょ、しょれはもちろん――」



「例えば仮に、おれの味方をするって言われたとして、昨日まで御前様の暗殺者だった人をどうして信用できると? ましてや、今日会ったばかりの貴方を」


 言ってやった、かっこ悪いセリフを堂々と言ってやった!

 そう、クリスティアさんと結婚できないのはおれがビビりでヘタレだからだ、彼女が醜いからでは断じてない!



「――しゅ、ふしゅしゅ……」


「……!?」


 えっ? コワ……! 笑ってる、クリスティアさんが笑ってる。

 キレたの? もしかして、ブチギレ!? 言い方、間違ったかな……?



「ふしゅしゅ……、ご主人様にご指摘を受けて気付かされまひた。おっしゃるとおりでしゅ。御前様と決別するために望んだ一対一の決闘であったはずなのに、ココロのどこかでまだあの方の庇護下ひごかにありたいという甘えがありまひた。こんな半端な覚悟で、一生仕えるなどと口にしていた自分を恥じ入るばかりでしゅ……!」


 ――ほっ。どうやら分かってもらえたらしい。

 はっきり言って、クリスティアさんとのワンナイトドリームを棒に振るのは股間がはち切れそうな悔しさだが、ここは冷静になって……せいぜい『ハニー・ハート・メスイヌ王都本店』に夢を馳せるとしよう。


 それじゃあ、おれはこれで――と、【超次元三角】の窓の縁に手をかける。

 脚が超短足なので、スキル【飛翔】で飛ばないと三角窓をくぐれそうにない。


 ……ん?



「――ご主人(しゃま)、わたしゅの覚悟をどうぞご覧くだしゃい!」


 クリスティアさんの手の中にあったのは、青黒い小石大の粒だった。

 ――え、それって!? さっき床に転がったやつ、拾ってたの……!?


 おれはとっさに、スキル【遅滞ちたい】を発動! 周囲の時間がゆっくりと流れ出す。


 青黒い小石大の粒――、さっきウルラリィさんから御前様が取り除いた負荷スキル【隷属れいぞく】の”スキルの欠片”に違いない。

 それを、クリスティアさんが今まさに口に放り込もうとしている。

 

 彼女の言う「覚悟」って、そういうことか……!



 負荷スキル【隷属】、確か、最初に見た人をご主人様認定して、命令にどうしても逆らえなくなってしまうみたいなスキルだったはず。

 

 確かに、【隷属】状態のクリスティアさんなら信用できる。ぜんぜん怖くない。

 てか、命令になんでも従ってくれるなんて……最高じゃね?

 奴隷になるとか下僕になるとか口では言ってるけど、どうせアレとかアレとかはNGなんでしょ? と思っていたおれは、彼女のことを少し見くびっていたのかもしれない。

 

 奴隷美女を連れ歩くアニメとか小説の主人公キモい! 作者キモい! って、よくネットで叩かれてるの見たけど、叩いてたヤツらにあえて言おう「バカめ」と。

 だって、せっかくの奴隷なのにガチムチのおっさんとか登場させてどうするんだよ? 誰得だれトクだよそれ、面白いの?

 ま、どっちにしろおれ主人公様じゃないから関係ないんだけどな。



 でも……だったら、なんでスキル【遅滞】を使ったんだっけ――?





 ゆっくりと流れる時間の中でおれは、クリスティアさんの手から【隷属】の”スキルの欠片”を取り上げた。

 

 スキル【遅滞】の効果時間が終わり、時の流れが元に戻る。



「あ……!」

「あ!?」


 無理な体勢で手を伸ばした超短足のおれは、バランスを崩してベッドから真っ逆さま。

 そんなおれを、クリスティアさんが危うく抱き止めた。

 

 ただ、掴み所悪く、パンツがずるずるとめくれていく。

 ――おれのケツとか、誰得だよこれ!?



「あ、おい、見ろよあれ……!」

「うへぇ、牢屋でよくやるぜ……!」

「まじかよ……げっ、あれ、クリスティアさんじゃねぇか!?」

「ばか! しーっ、聞こえるぞ」

「でもあれって、シックスナインなのか? ちんぐり返し?」


 タイミング悪く、牢屋の前を通り過ぎる御前様配下の男達。

 よく見れば、石化したままのジェイDさんを運んでいた。

 あの状態のまま牢屋に放り込まれるみたいだ。



「”ちんぐりがえし”とは、何です?」


 ――いけね、イセリアさんが戻ってきた。

 おれは、慌てて【超次元三角】の三角窓を消す。 



「す、すいません! なんでもないです!」

「すいません、すいません……!」


 男達はへこへこと謝りながら、通り過ぎていった。



「さあ、同じ作者の前作、『イチャイチャ・テンタクルズ』を持って来てあげましたよ? ……ところで、貴方はなぜお尻を出しているのです? 面白いですか?」


 せめて誰か、笑ってくれ。

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