290 いちばん恐ろしいもの、なーんだ?
「ヤ、ヤマダさん! セクハラは止めてくださいって何度も……ひゃっ! そ、そこは……!」
「いやいや、おれの両手は塞がっていますので」
「黒い霧」に覆われ互いの顔も見えない60階層を、おれ達は手を繋いで歩いている。
おれの左手はマイちゃんと右手はジェフ君と繋いで、「勇者のオーラ」を時折補充している。
「えっ!? じゃあ、もしかしてジェフ君なの?」
「僕の両手も、左手はヤマダさん、右手はスーザン様と繋いでいますよね?」
「そうね、ごめんなさい。じゃあいったい誰が私のお尻を……」
「欲求不満なんじゃないのー?」
「こらこら、マイちゃん。そういうことは思っていても言わないこと。きっと『黒い霧』のメンタル攻撃によるものじゃないですかね?」
「黒い霧」のメンタル攻撃を防ぐには「勇者のオーラ」が有効だ。
シマムラさんは、ぶつぶつと「私の祖父は……」と語り出す。なんでも「勇者のオーラ」を使う時のルーティーンなのだそうだ。語りに時々「はうっ!」とか「あんっ!」とか甘い声が混じる。……ジェフ君、ほどほどにね。
きゃっ!? と、声を上げたのはマイちゃんだった。
「誰かが私の胸をむっくらむっくらいやらしくもんだの!」
「ふむ。メンタル攻撃だね」
「マイちゃん、それはメンタル攻撃に違いないよ」
「イヤ! イヤだぁ~!! ヤマダさん、もっと『オーラ』入れてよ! 早く!!」
「任せて、ほーら。モリモリモリモリ~~~!」
おれの視界の隅に見え隠れしていたおかっぱ頭の「市松人形」も、努力の甲斐あってかなり薄く小さくなった。エロはすげえな。
あれは、おれ達から漏れ出た恐怖の象徴。見る者によって、その姿は違うという。
多分あの「市松人形」は、ガキの頃見た、心霊ドラマに出てきた呪いの人形に違いない。浄霊で炎にくべられると、こどもの声で泣き叫ぶシーンがちょー怖かった思い出。
暴走してしまったアンディ君の反応をスキル【危機感知】で追って、おれ達は61階層に下りる。やはり「黒い霧」で覆われ、隣にいる者達の顔も見えない。
また少し、「市松人形」がくっきりはっきりしてきた気がする。
やはり、暗闇というのは根源的な恐怖を呼び起こす。
62階層に下り立つ。スキル【危機感知】の反応によると、アンディ君はこの階層まで来ているようだ。
歩き出そうとするが、手を繋いだ二人が動かない。
手が小刻みに震えている。
――いかん、「勇者のオーラ」を補充してやらないと……!
「ダメだ、これ以上は……」
シマムラさんが震える声でつぶやく。
……え!? もしかしてイクの? ジェフ君、テクニシャンだね。
「僕も……身体がすくんで……一歩も……」
「無理……無理だって……」
足下で水が滴る音がする。
マイちゃんが漏らしたようだ。
「やっぱ、ここまでだなー」
今までずっと黙って付いてきていたイガラシさんが言った。
ちなみに、シマムラさんと手を繋いでいたのはイガラシさんだ。なので、ジェフ君の右手はフリーになっていた。
あと、マイちゃんのおっぱいをもんだのもイガラシさんだ。彼は、腕が猿のように長いのだ。
「みんなどうなったんです?」
「恐慌に陥ってる、恐ろしい者を見てね。ヤマダには見えないのかい?」
確かに、例の「市松人形」が沢山増えて、さらに一体一体がちょっと生々しく変貌しているが……。小便ちびるほどじゃない。
「見えますが、そこまできつくはないです。よく見ればかわいいというか……」
「すげえな。元の世界でどんな生活してたら、そんな『オーラ』になるのやら。……おねえちゃん達はこれ以上無理だ。恐ろしい者を見て発狂しかかっている。無理に進むと、同士討ちが始まるぞ」
皆が各々、発狂するほど恐ろしい者を見ているという。
ちょっと想像できないが、想像すると怖いな。
「じゃあ、ここからはおれ達だけで行きましょうか」
「……いや。どうやらオレもここまでだ。『勇者のオーラ』が三人分もあれば行けると思ったんだけど、あまかったよ。さっきから、あいつらがオレを責め苛むんだ。……言ってなかったが、……言わなかったがあの13人のパーティメンバーを殺したのは多分オレだよ。よく憶えてないんだけどな……」
イガラシさんに、シマムラさん、ジェフ君、マイちゃんの三人を預けて、おれは一人62階層の奥へと歩き出す。
別れ際に、「あいつらに会ったらよろしく」とイガラシさんに言われたが、あいつらに会う状況がどういう状況かよく解らなかったので、曖昧に返事をしておいた。
「おま――」
「お前は誰――」
「お前は誰だ!!!!」
「お前は誰だ!!!!」
「お前は誰だ!!!!」
「お前は誰だ!!!!」
「お前は誰だ!!!!」
「お前は誰だ!!!!」
――【危機感知】反応! 同じセリフを連呼しながら、「黒い霧」の中でアンディ君が暴れているのを見つけた。
「おまっっ……!!」――ぽかり!
おれは「ガリアンソード」の腹で、アンディ君の無防備な頭を叩いた。
大人しくなるアンディ君。
しかし、またしばらくすると……。
「お前は誰だ!!!!」
「お前は誰だ!!!!」
「お前は誰だ!!!!」
と、始まったので――ぺこり!
おれは「ガリアンソード」の腹で、今度はアンディ君の後頭部を叩いた。
「~っくぅぅ…………」
大人しくなるアンディ君。
しかし、またしばらくすると……。
「お前はだっ……!!」――ぼこ! ぼこ! ぼこ!
おれは「ガリアンソード」腹で、繰り返し……。
「……って~な、ヤマダ!! ふざけんな!!」
「お、正気に戻ったか、アンディ君」
アンディ君を殴る時、「ガリアンソード」には「オーラ」をまとわせて、「勇気モリモリの剣」にしてあった。「黒い霧」のせいで、光は見えてなかったけど。
「ここって……?」
「62階層だけど、どうする?」
「62……!! みんなは!? 近くに居るのか?」
「62階層に下りたところで限界だってさ。アンディ君はどうする?」
「どうするって……?」
「まだ行けそうか? 行くなら、付き合うけど?」
「ぜんぜん行けるぜ、なめるなよ!?」
「じゃあ、手を繋ぐぞ」
「は、はあ!? なんでそうなるんだよ!?」
うるせえ。おれだって、いやだっつーの。