387 『ワクテカ! ドッペルゲンガー①』
昔、国語の教科書に載ってたお話で、こんなのがあった。
~憧れのお嬢さんときたら、友人Kといい感じみたいだ。おれの方が先に好きだったのに。
だから、お嬢さんの親に掛け合って、お嬢さんを嫁にもらう約束をヤツより先に取り付けたったぜ! ざまぁ! ~みたいな。
いや、ちょっと違ったかも知れないけど、大体そんな感じだったはず。
なんとなく思い出したってだけで、だからどうしたって言われると困るんだけどね。――あ、おれ、ワケありドッペルゲンガーのヤマギワだけど。
ここは、王都の地下大空洞にある「魔力特化部隊研究所」の応接室。
今おれは、ソファーに浅く腰掛けて、元大司教エメリー・サンドパイパー様と向き合っている。
このお上品なお方こそが、ネムジア教会諜報部を影で牛耳る黒幕、御前様だったわけだ。
ウルラリィさんの拉致を指示したと目される人物であるばかりか、シラカミ諜報部長や娼婦のルルさんの薬漬け監禁にも関わっていたらしい、かなり真っ黒な部類の黒幕だ。
おれの隣には、パラディン№7クリスティアさんが座っている。
本来は大司教ユーシーさん直属のパラディンであるはずなのに、彼女は元大司教のエメリーさんの方にべったりな印象だ。金貸しベネットさん殺害という、パラディン本来の役割とはかけ離れた所業にも及んでいる。
そんな彼女だけど、ついさっきおれとの決闘に負けて、一生おれの下僕になる宣言をしたわけだが……正直おれとしては、一晩だけでいいんだよ? だって、なんか怖いし。
部屋の四隅には、白い鎧の美女四人が立っている。外で、先の戦いで傷ついた者達の回復と石化解除にあたっている三人と合わせて七人の美女達。
さっきこっそりクリスティアさんに聞いてみたら、彼女達は人間ではなく、御前様の創った生体ゴーレムとのこと。ステータス的にはレベル50相当で上位パラディンにも匹敵する戦闘力らしい。
厄介なのは、六枠のスキルホルダーを内蔵し、ゴーレムでありながらスキルを所持できるということ。
御前様のスキル【スキル抽出】、【結晶化】は他人のスキルを”スキルの欠片”として抜き出すという。
合法、非合法、様々な方法で御前様が集めたレアスキルは、主に彼女達七体の強化に使われたそうな。
――で、七体全員がそれぞれタイプの違う美女ときたもんだ。うーん、厄介!
おれ達をこの応接室まで瞬間移動で運んだのは美女達の内一体、清楚系黒髪のベルベットさんだ。さっき心臓マッサージで【電撃】魔法を使ってた金髪小悪魔風メルセデスちゃんといい、激レアっぽいスキルを惜しげもなく彼女達に持たせてるあたり御前様の力の入れようがうかがえる。
まあ、エメリー様ってあんまし自分で戦う感じのイメージないしな。
さて、ヤマギワ様――と、御前様が口を開く。
「婦女子を暴力で屈服させて奴隷にしようなんて、恥ずかしいと思わないのですか? 勇者として、紳士として自らの行いを省みることはございませんの? そもそも、何のためにこんな地の底までいらしたのですか? 気に入った婦女子を連れ去り自らの劣情を満たすためですか?」
「……いや、それはっ……も、もちろん、目的はパン屋のウルラリィさんを取り戻しにきたに決まってます! さっきも言いましたが、借金はもう返しましたので、こちらに彼女が連れてこられる理由がないと――」
「ではこうしましょう。ヤマギワ様とクリスティアさん、二人は結婚なさいませ! それで万事解決ですわ!」
「は!?」
「わたくしにお任せなさいませ、中央神殿で素敵な結婚式を演出して差し上げますわ!」
「――!! あわわ……、ありがとうございましゅ!! 御前様、ありがとうございましゅ!! わたしゅ……、わたしゅ……ヤマギワ様と、きっと幸せになりましゅ!!」
……!? 感極まった様子のクリスティアさん。なんかすげぇ喜んでるっぽいぞ!?
会ったばかりのおれとそんな結婚したいか? 奴隷よりはましってことかな? ちょっとこの人のことがよく解らない。……けど、そんなに喜ばれると正直悪い気はしない――な、なんちゃって!
「いや、えっと、待ってくださいよ!? まずは、ウルラリィさんをパン屋に戻してもらえるんですかね!?」
「いけませわヤマギワ様、新婦の前で他の女性のことなんて、めッですよ? クリスティアさんは結婚しても今までどおりパラディンを続ければいいし、ヤマギワ様もわたくしの下で働くということでよいではありませんか? ――ですからもう、パン屋のお嬢さんのことは気にしなくてもよろしいのではありませんか?」
「そんなわけにはいきませんよ、彼女には待ってる人もいるんですから!」
「なにか誤解があるようですけど、パン屋のお嬢さん……ウルラリィさんにわたくし達はお仕事を斡旋しただけですわ。売上げの落ちているパン屋を閉めて、わたくしの研究所で働きませんかとお勧めしましたところ、彼女はたいそう喜んでくださいましたのよ?」
「お、王国の法に触れるような仕事をウルラリィさんが喜ぶはずないと思いますが? てか、そもそも、彼女がパン屋を閉めるなんて有り得ない」
「法に触れるとは、はて?」
――思い当たるとことがありませんわ? と、御前様はとぼけているが、既にネタは割れている。
なぜなら――、『あー、あー中継のオナモミ妖精クン? オナモミ妖精クン?』
(あいよー、こちらオナモミ妖精だっつーの、ケケケ……! 研究所の奥の作業場っぽいトコからチュウケイだぜー!)
スキル【共感覚】! おれは片目を閉じ、偵察に出ていたオナモミ妖精と視界を共有する。
研究所の奥の作業場っぽい所にウルラリィさんはいた。
仰々しいガスマスクみたいなの被ってるけど、あの犬耳とナイスバディは彼女で間違いないだろう。
(なんかー男どもに囲まれてー、板の間にはいつくばってー、ずっとゴシゴシしてるけどー、なんだアレー? アレってセックスかー? なんもたのしくないんだがー?)
ああ、なんも楽しくないな、セックスじゃねーし。
あれは板の間で、例の『中毒性のある粉薬』をゴシゴシして量を増やす作業をやらされてるんだろうな、ウルラリィさんのスキル【増殖】で。
大きい物や硬い物を【増殖】で増やすのは何時間、何日もかかるって聞いてたけど、あんな感じの「粉」ならば短時間でどんどん増やせるんだろうな、それこそパン粉を増やす要領だ。
王都の富裕層に蔓延しつつあるっていう例の『中毒性のある粉薬』がどの程度の価格で売り買いされているのかは知らないけど、こいつらにとってウルラリィさんは正に”金のなる木”なんじゃね?
「ウルラリィさんのスキルのことは、おれも知ってます。希少なブツを増やしたりするのに重宝しそうですよね、粉っぽいものとか?」
「……ですわ。彼女自身、パン屋を続けるよりも有意義と思われたのでしょう」
「パン屋は荒らされて酷い有様でしたよ? その場に立ち会ったお客もいます」
「あらまあ、きっとなにか誤解があったのでしょうね? ねえ?」
「…………」
これ以上、何を言っても無駄かな……。この状況で、自分よりも明らかに頭のいい人を説得するなんておれには到底無理だ。
おれは傍らをチラリと確認した。座る時に邪魔なので、ソファーの背もたれに立てかけた『不浄の剣』がそこにある。
御前様と生体ゴーレム四体、おれ一人でなんとかできるだろうか? 一応、この部屋全体、おれのスキル【遅滞】の効果範囲内ではあるけど……てか、いざとなったらクリスティアさんは御前様とおれ、どっちの味方をするんだろ?
……やっぱ、なんか嫌な予感がする。
生体ゴーレム四体が怖い。見た目美女なのに、レベル50相当ってのは本当かも。おれのスキル【危機感知】が止めとけって言ってる気がする。
――逃げよう。一旦、【超次元三角】で次元の隙間に逃げ込もう。
「でしたらこうしましょう、ご本人に直接伺ってみることといたしましょう! それがきっと、手っ取り早いですわ! ――ベルベットさん、ウルラリィさんをこちらにお連れして?」
おれの斜め後ろに立っていた生体ゴーレムのベルベットさんは、御前様の命令を聞くやいなや返事もなくその場から消えた。おれ達を応接室まで運んだ【空間転移】みたいな瞬間移動のスキルだ。
生体ゴーレムが一体減った。逃げるなら、今がチャンスなんだけど――。
ウルラリィさんが「パン屋を続けたい!」ってはっきり宣言すれば、もしかしてすんなり帰してもらえるって可能性も……あるか?
一瞬の迷いで脱出の機会を逸した。おれの斜め後ろに再び姿を現した清楚系黒髪のベルベットさん。その隣には、ガスマスクを被ったままのウルラリィさんが立っていた。
……こうなっては、おれだけ逃げ出すってわけにもいかんよな。
「ウルラリィさん、迎えに来ました。さっさと帰りましょう、ドリィさんが心配してますから!」
「……なして、ヤマギワさんが私を迎えに来るんですか? もう、わげわかんね」
ガスマスクを外したウルラリィさんは、心底嫌そうに言った。
……で、でも別にここで働きたいというわけじゃないだろう、おれのことが気にくわないってだけで……うう、さすがにくじけそう。
「まあまあ、ウルラリィさんどうぞこちらへ」
「…………」
御前様が手招くと、それに黙って従うウルラリィさん。
……ん? なんだか妙な感じだ。もしかして、脅されてるとか?
ウルラリィさんの犬耳に顔を近づけ何事かささやく御前様。
ハイ……と一言、ウルラリィさんは小さくうなずく。
「……? ウルラリィさん、別にここで働きたいわけじゃないですよね? おれは、その……家を出ますから、そのことでしたらご心配なく! ……と、ともかくここから出ましょう!?」
「…………」
「もしかしてその人に何か脅されたりしてますか!? ……ウルラリィさん? あの――」
「…………」
「ときにヤマギワ様、わたくしのスキルのことはご存じでしょうか?」
――!? 無言のウルラリィさんに代わって御前様が問いかけてくる。多分、【神託】とか【鑑定】とか、あと【光線】や【大回復】の魔法とかも持ってるだろうけど、今、御前様が言ってるのは――、
「他人のスキルを奪うっていう……確か、【スキル抽出】と【結晶化】でしたか?」
――そういえば、どうして御前様はウルラリィさんのスキル【増殖】を奪わなかったんだ? スキルさえ取り上げてしまえば、ウルラリィさん本人は用なしだろうに。
「奪うなんて、そんな乱暴なスキルではありませんわ。ご本人の同意なくして【スキル抽出】、【結晶化】は成功しませんのよ?」
――てことは、ウルラリィさんがスキルを手放すのを拒んだってことか?
スキル【増殖】を手放すぐらいならここで働くって決心したってこと?
まさか例の『中毒性のある粉薬』を嗅がされて……いや、ウルラリィさんはマスクを着けて作業してたわけだし、それはないか。
「しっかりしてください、ウルラリィさん! パン屋はどうするんです!? パン屋は閉めるんですか!?」
「…………」
無言のまま、こちらへ近づいてくるウルラリィさん。
少しだけ警戒したおれだったが、スキル【危機感知】は無反応だ。
――? なんだこれ? ウルラリィさんの様子が明らかにおかしい。
スキル【危機感知】は無反応だが、おれは警戒を怠らない。
彼女の一挙手一投足を見逃すまいと、神経を研ぎ澄ます。
右手を差し出すウルラリィさん。
……どういう意味だ? 連れて逃げろと、そう言いたいのか?
意図を図りかねたおれは、差し出された右手を握ろうと手を伸ばす。
――?? おれの伸ばした手をするりとかわし、ウルラリィさんの右手は傍らの『不浄の剣』へ――。
ソファーの背もたれに立てかけてあったおれの剣、『不浄の剣』を掴んだウルラリィさんは素早く飛び退き、おれから距離をとった。
「え!? ちょ、ちょっと――!!?」
武器を奪われて焦るおれの両腕を二人の美女――二体の生体ゴーレムが左右からがっちりと掴んだ。
――ごぎ!! ……ごきり!! おれは、自分の両腕が折れる音を聞いた。
あ……あがっ!!? 激痛が、少し遅れてやって来る。てか、すげぇ痛い……!!
「ご、御前様!! 何をするのでしゅ!!? わたしゅのご主人様に、何をするのでしゅ!!?」
抗議の声を上げるクリスティアさんだったが、彼女もまた左右から別の美女二人――生体ゴーレム二体に押さえ込まれていた。おれと違って腕は折られていないようだけど、彼女のか細い腕ではステータスレベル50相当の生体ゴーレム二体を振りほどくのは、どう見ても難しそうだ。
「クリスティアさんは、今日までわたくしによく仕えてくれましたから、悪いようにはいたしませんよ――さてヤマギワ様、いかがです暴力のお味は? 結婚する気になりまして?」
「……ッ……ッ」
ガチガチ鳴る自分の奥歯の音が気になって、御前様のセリフがイマイチ入ってこない。
今ちょっとすごく痛いんで……、後にしてもらえません?
「それはそれとして、重ねてのお願い事で恐縮してしまいますが、ヤマギワ様がお持ちのそのスキル、是非わたくしにお譲りいただきたいのですが――?」
「――!?」
「――伝説のスキル【世界創造】! まさか伝説のスキルを手に入れる日が訪れるなんて……わたくし、感動ですわ! ――ヤマギワ様、よろしいですわよね!? 頂戴しても、よろしいですわよね!?」
……これだから頭がよくて口が達者な人は信用ならない。
おれが必死で説得してたはずなのに、相手は真面目に取り合ってさえいなかったらしい。
それどころか、スキルをどうやって奪おうかって、おれを【鑑定】した時から、そればっかり考えてたんだろうな。