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385 『ヒロイン達の事情~不幸中の幸いの日①~』

 かつて勇者が興したというクルミナ国は、戦乱の時代を経て併合分裂を繰り返し、現在ではモガリア王国のクルミナ地方として名を残す。


 商業都市を中心に栄えるクルミナ地方は、代々チンチコール家が治める領地である。

 同じく勇者の流れをくむ、ミース地方のサオトメ家、アルザウス地方のグランギニョル家と並び三大侯爵家と呼ばれ、王家でさえ無視できない勇名と権勢を誇った。

 

 そんなチンチコール侯爵家の長女として生まれたアントニア・チンチコールの華麗なる人生において、その日は、忘れ得ぬ最悪の日として、彼女の心に消せない傷を残すことになる。





 それは、アントニアが大迷宮8階層探索中、不意に強い【便意べんい】を感じた時から始まる。


 内心焦りつつトイレを探したアントニアだったが、設置された標識をたどり案外すぐにたどり着く。個室に駆け込んだ彼女はほっと息をつき、「ダンジョン内にトイレがあるのは素晴らしいことです」と、これを成した先人の偉業に感謝した。


 その時、ふと股下に視線を感じ、下ろしかけたパンティを慌てて引き上げるアントニア。

 よく見れば、トイレの穴の底から数体のゴブリンがこちらを見上げていた。


 ――!! おぞましさに息を飲み、悲鳴さえ上げられなかったが、それでも魔法【火球】で全てのゴブリンを焼き尽くすアントニア。


 そして再びパンティを下ろそうとするが、躊躇ちゅうちょする。

 しばらく考えた後、アントニアはその場で用を足さずに個室を出ると、一つ下の9階層のトイレを目指して早足で歩き出す。

 どうしても、黒焦げのゴブリンの上に糞尿をたれる気にはなれなかったのだ。


 共の女騎士達が不審に思うほどの早足で進み、アントニアはやっとの思いで9階層のトイレまでやって来た。いよいよ限界が近い。

 

 ――!! なんと、やっとの思いでたどり着いた9階層のトイレにも、ゴブリン達が巣くっていた。この時、一瞬気を抜いたアントニアは、少しだけパンティを汚してしまったという自覚がある。



 大いに焦ったアントニアは、9階層のメインストリートとも呼べる通路の隅を休憩場所に定める。

 共の女騎士達に詳しく説明するのももどかしく、とにかく目隠しだけを命じた。


 ――ぶりゅっ!! ぶりゅりゅりゅりゅっ!!!!

 アントニアはその場にしゃがみ込み、パンティを下ろすと、溜まっていたモノを一気にひり出した。



 共の女騎士達は目隠しの布を広げて立ち、つま先に飛沫が飛んだとしても微動だにしないばかりか表情さえ変えない。それがチンチコール侯爵家の主従関係であり、アントニアも彼女達のことはそういうものだと考えているのでそれほど羞恥心はない。




 

 出すモノを出してほっとしたアントニアは、その時何気なく天井を見上げた。


 ――!!? 子どもを抱えた、光る羽根の生えた男が飛んでいた。

 アントニアは、その黒光りする害虫のごときブ男と確かに目が合ったように感じた。




 ***




 マイの膝枕の上で目覚めたアンディは大いに慌てる。

 戦闘中大きなダメージを受けて気を失っていたようだが、HPは既に回復していた。

 いつもなら照れ隠しでつい邪険な態度をとってしまうところだが、マイの泣き顔を見て口をつぐんだ。

 ……心配をかけたか? と、始めはそう思ったアンディだったが、どうも様子がおかしいと気がつく。



「……戦いはどうなった?」


「兄貴、起きたんだね……」


「アンディ君……、スーザン様が……」


 ジェフとマイの言葉に不吉なニュアンスを感じて飛び起きたアンディ。

 周囲を見まわし、スーザンの姿を探す。



 探すまでも無く、目の前に彼女は居た。

 全裸のシマムラ・スーザンは、座り込んだガンバル・ギルギルガンに背後からむっくらむっくらと両乳房を揉まれていた。


 一瞬硬直したアンディだったが、次の瞬間激昂する。

 ショートソードを拾い、がむしゃらにガンバルへ突撃した。



 ――ゴゴウッ!!

 突然ガンバルの全身を炎が包み、アンディの出ばなをくじく。



「ぎゃぁぁぁ~~~!!!!」


 スキル【大炎上】の炎は、ガンバル自身には影響しないが、腕の中のスーザンを容赦なくあぶった。



「おっとイカンイカン、危うくあやめてしまうところじゃった――のう?」


「く、くそ野郎!! おい、ジェフ、マイ、何してる!? さっさと立て!! このくそ野郎をぶっ殺すんだ!!」


「…………」

「…………」


 息巻くアンディだが、ジェフとマイの反応は鈍い。

 舌打ちし、一人でもやってやると再び前に出る。

 


 そんなアンディの目の前に、”金網のおり”が出現し行く手を塞いだ。

 スーザンのスキル【電流金網でんりゅうかなあみ】が、スーザンとガンバル二人だけを取り囲み、少年少女達との間をへだてた。



「ほほう、これは面白いスキルだのう!」


「アンディ君、来ないで……」


 金網の向こうから投げかけられるスーザンの言葉に、アンディはたじろぐ。

 そう言われてしまっては、スキル【短距離転移たんきょりてんい】で金網を超えることさえためらわれる。



「な、なんで……?」


「この人は……強い。私のことは放っておいて、三人で大迷宮を出なさい!」



「でも、それじゃあスーザン様は!? スーザン様を置いて行くなんて俺には……!」


「アンディ君、あなたは一番お兄ちゃんなんだから、二人を守るの! 私は、こんなの慣れっこだから……」


「慣れっことは恐れ入るのう!」


 そう言ってガンバルは、スーザンの両脚をこれみよがしに拡げて見せる。

 ぬらりと光る奥の奥まであらわになり、いやおうなくアンディ達の視線を集めた。



「……!!」

「……!!」

「……!!」


「み、見ないで……お願い……」


「ほうほう、これは裏腹うらはらな! どうやら『黒金の勇者』殿は視られるのがお好きとみえる!」



「……ち、違います! こ、これは……こんなはずじゃ……」




 ***



 

 大迷宮9階層をパンティ一枚の半裸でさまようアントニア・チンチコール。

 彼女の人生最悪の日は、まだ始まったばかりであった。


 こともあろうに、アントニアの脱糞を覗いた黒光りする害虫のごときブ男。

 そのブ男をあと一歩のところまで追い詰めたまではよかったが、思わぬ反撃を受け、着ていた服を失った。

 人目も有り慌てて撤退したが、共の女騎士達ともはぐれ進退きわまっていた。


 アントニアの【空間収納】に、回復アイテムやお金、アクセサリーの類いはあったが、衣服は全て共の女騎士達に持たせていた。

 仕方なく手ぬぐいを巻いてみたが、母譲りの豊かな胸が災いし、少し動く度にこぼれ出そうになる。


 他に何かないかと【空間収納】を探す彼女が見つけたのは、目元を隠すバタフライマスクだった。尊敬する父からの贈り物だったが、使い所がなく死蔵していた一品。

 何もないよりはましかと身に付ける。素肌を晒したとしても、身元だけは知られたくなかった。


 アントニアは考える――、

 

 共の者達と合流できれば何の問題もありません。

 そうでなければ、他の冒険者から服を奪うという手もありますが、正義に反する行いは勇者の血を引く者としてどうなのでしょう?

 幸いにしてお金はあるのです、買い取ることができればそれも良し。


 ただ、この姿を男どもに見られるのは屈辱です。できれば女冒険者と交渉できればよいのですが――と。

   




 ――!! そんなことを考えていた時、アントニアは通路の先から女の声を確かに聞いた。

 ありがたい、なんて幸運! と、胸に巻いた手ぬぐいがずれるのも構わずに走り出すアントニアだった。




 ***

 



 【電流金網】の外から、はずかしめを受けるスーザンを見守ることしかできない三人の少年少女だったが、突然思い立ったように最年少のジェフが立ち上がった。


 兄貴、僕は決めたよ! と、そう言って、着ている服を脱ぎ始める。



「ジェフ!? お前、いったいなにを……!?」


「僕は決めたよ! スーザン様ばかりに恥ずかしい思いはさせられない! だから僕も、脱ぐよ!」


 ズボンを下ろしながらジェフはアンディに目で訴えかける――兄貴はそれでいいのか? と。


 無力感にさいなまれ、自分にできることなど何もないとあきらめかけていたアンディにとって、ジェフのひらめきはこれ以上ないたった一つの冴えたやり方であるかのように、彼の心を強く揺さぶった。



「わ、わかった! 俺も脱ぐぜ!」


 あっという間に全裸になり、硬くなった股間を晒す少年二人。



「さあ、マイちゃんも早く!!」


「え!?」



「マイ、ぐずぐずするな!!」


「え、いや……そ、そんな、ウソ……!? ――ヒャッ!?」


 年齢の割に発育のいいマイも、少年二人に服を剥ぎ取られ、あっという間に全裸にされてしまう。



「ほう、驚いた! ジェフと申したか? まだ子供とあなどっておったが、なかなかの策士であるな? 他の二人も、希少なスキルを所持するようであるし肝も据わっておる、さすがは勇者の弟子と言ったところか――のう、スーザン殿?」


「ハァハァ……ガ、ガンバル殿、どうか彼等は見逃してやって欲しひいぃ」



「さて、どうしたものか……、一つ提案がない事もない。――どうかな、四人まとめて、我がキマリ傭兵団に入らぬか? それが、お互いに損のない唯一ただひとつの道かと思うがの?」


「なっ、何をバカな……!」



「わかったぜ! 俺もその傭兵団に入ってやる! それで文句ないよな!?」


「アンディ君、傭兵は戦争の犬よっ! ひ、人殺しの鬼畜野郎なんて、あなた達にはぜんぜんむいてない! ハァハァ……そんな外道に落ちるのは、私だけで十分!!」


「ガハハ、言ってくれるのう? だが間違ってはおらん。――まあ最近は戦争もなく、もっぱら冒険者稼業で細々とやっておるがの? ワシはS級冒険者ガンバル・ギルギルガン! 聞いたことないかの?」



「え、S級!? 僕、聞いたことあるよ」


「なにそれ、勇者より偉いの?」


「こんなのが偉くてたまるか! ……でも、悔しいが俺達よりは強い」



「だよね。――分かった、僕もキマリ傭兵団に入るよ! マイちゃんはどうするの?」


「アンディ君がそうするなら、わ、私だって!」



「決まったかの? ならばワシのことは団長と呼ぶがよい! そして、今日この時から我らは兄弟となる! さあ、アンディよ二人を連れて【短距離転移】するがよい! この檻の中へ!」


 言われるまま、全裸の少年少女は【電流金網】の中へと【短距離転移】で侵入した。

 目の前に、重なり合ったガンバルとスーザンの裸体がある。



「ハァハァ……こ、これ以上、私達に……何をするつもりだ!?」


「決まっておる、兄弟となるのじゃ! 仲良く皆でまぐわうのよ!」



「まぐわう? ”まぐわう”って何だよ!?」


「兄貴、要するに乱交だよ!! スーザン様とエッチができるよ!!」


「ちょ、ちょっと待って、私は……!?」



「もちろんキマリ傭兵団は全員参加じゃ~!!」


「ひぃっ!? ウ、ウソぉ~~~!!?」




 ***




 女の声のする方に来てみれば、とんでもない光景を目の当たりにし、アントニアは通路の陰から出られずにいた。

 アントニアのスキル【大正義】は悪を見極め、敵が悪であればあるほど力がみなぎり、逆に正義に対して敵対すれば力を減じる負荷となる。


 金網の中の大男――ガンバル・ギルギルガンは悪だった。アントニアの心に【大正義】が火を灯す! かつてない力が溢れ、鉄さえ引き裂くであろうパワーが熱くたぎった!



「しかし、女子おなごがもう一人おれば、男女の数が合ってちょうどよいのだがのう」


 ガンバルの何気ないつぶやきと、アントニアが【電流金網】を引き裂こうと掴んだのは、ほぼ同時だった。


 ――バチュン!! と高圧電流が走り、アントニアの身体を硬直させる。



「なっ!? ななっ……、こ、これは……!?」


「む!? ちょうどよい、なかなか個性的な出で立ちの女子おなごがが、網にかかったぞ! ――捕らえよ!」



「やったね、これで三対三だよ! 僕もあぶれないで済む!」


「いや、でも、俺は、その……テリーの兄貴に悪いし……」



「ねえ、ちょっと待ってよ! 私も参加なの!?」


 初体験、初乱交の予感に暴走気味の男子二人。

 むしろ積極的に、感電で麻痺しているアントニアをせっせと縄で拘束する。


 そんな二人に、ドン引きのマイ。



「その方、私達を助けようとしてくれたんじゃ……?」


 自身のスキルで設置した【電流金網】のせいで、無関係な第三者を巻き込んでしまったことに責任を感じずにはいられないスーザンだった。

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