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384 『ワケありドッペルゲンガー⑱』

 地上60m、空間に開いた三角の窓から見下ろすと、地面でべちゃっ! となってる半裸のクリスティアさんが見えた。

 細長い手足を奇妙に折り曲げた身体は、真っ赤な血だまりの中でピクリとも動かない。



「ああっ、クリスティアさぁん!! しっかり!! しっかりしてくれぇぇ!!」


 半狂乱で駆け寄ったアンバーさんが、回復魔法を施す。

 いつも飄々としてるくせにあの慌てよう、ざまぁないね! 久々に勝利したって実感が湧いてくるぜ。


 おれは、光の羽根を広げてゆっくりと着地する。

 なお、ルルさんはまだ「次元の隙間」に置き去りだ、また操られても面倒だし、全裸だし。



「さて、勝負はおれの勝ちですよね! 約束通り――」

「おい、ヤマギワぁ!! てめぇ、なにやってくれてんだぁ!!? クリスティアさんが息してねぇじゃねえかぁ!!? 絶対に許さねぇ、許さねぇぞぉ!!」


 ――!!? は? え?

 


「わあぁぁぁ~ん、クリスティアさんが死んじゃったぁ~~~!!」


 泣き出したのは、羽根頭のちびっ子エリナちゃんだ。

 

 ……死んだ!? クリスティアさんが死んだ!?

 うううそぉ……全裸が……緊縛が……うそぉ……。

 ああああぁ……やっちまった。おれ、やっちまった。

 

 だって強かったから……怖かったし、勝ちたかったから……60mはやり過ぎだったか? せめて50mにしておくべきだったか? ……ど、どうしよう?



 そ、そうだ! スキル【世界創造ワールドクリエイト】で、【修復】できないだろうか? 人体に使ってみたことはないけど――いや、よく考えたら、おれのこの身体だってメイド・イン・【世界創造ワールドクリエイト】…………いや、あれは【複製】の方だったか?

 と、とにかくやるだけやってみて――、





「あらあら、クリスティアさんまでやられてしまうなんて、何事かしらー?」


 気がつくと囲まれていた。

 ぴっちりとした白い鎧の美女が七人。

 ……たぶん強い。一人一人がクリスティアさん並かそれ以上――って感じだ。

 てか、急に現れて、おれの【危機感知】がまったく役に立たなかった。


 冷たい汗が頬をつたう。震える手をニギニギしてごまかしながら、おれは目線だけで声を追う。


 白い鎧の美女達の後ろから歩み出たのは白いマントの上品な女性――彼女こそがここの黒幕、御前様だ。


 おれはこの人を知っている。あちらもおれを憶えているかも?



「……どうも、お久しぶりです」


「待ち人は来たらず、代わりにいらしたのが貴方様だなんて……そういえばあの夜も、『草原の勇者』様は『鏡の勇者』様を見事退(しりぞ)けたのでしたね」


 おれは、シラカミ部長の言っていた言葉を思い出す。


 ――御前様の表向きの肩書きは、魔力特化部隊研究所長。


 ――そしてあの方こそが、私のたどり着いた「中毒性のある粉薬」密輸販売の黒幕だったというわけだ……。


 ――有り余る資産と、忠実で強力な配下を持つあの方の存在は、諜報部だけでなく教会上層部や王宮にも絶大な影響力を持つ――。


 ――御前様とは、元大司教……エメリー・サンドパイパーのことだ――。





「待ち人ですか……?」


「……魔族領で消息を絶った皆様方のこと、是非ともお聞かせ願いたいものですわ。――でもまずは、クリスティアさんですわね」


 御前様がクリスティアさんに向かって手をかざすと、あらぬ方向に折れ曲がっていた手足があるべき状態に戻り、地面に流れ出た血液までも逆再生の様に元の身体へと吸い込まれ戻っていく。


 ……これって、【大回復】の魔法か? なんか違う気が――。

 おそらくクリスティアさんの身体は完璧に元どおり修復されたに違いない……でも、だからといって、止まってしまった心臓は再び動き出すのか?


固唾かたずを飲んで見守るアンバーさんとエリナちゃん……と、加害者おれ。



「メルセデスさん、クリスティアさんに【電撃】を――焦がさない程度に加減してくださいましね?」


 ――バチュン!!

 白い鎧の美女達、その内の一人メルセデスさんが【電撃】の魔法を撃つ。

 高圧電流が貫き、クリスティアさんの身体がバチュンと跳ねた。

 

 ――バチュン!!

 もう一度! と、御前様の声に続けて、メルセデスさんの【電撃】が放たれる。

 ……お願い動いて、クリスティアさんの心臓!




 

「…………かっ……かはぁ……、勝った……!」


 息を吹き返したクリスティアさんの第一声である。

 ホッとしたのか、へたり込むアンバーさん。「良かった」と繰り返し、鼻をすするエリナちゃん。

 かくいうおれも、ちょっと涙が……。


 御前様が、クリスティアさんの丸出しおっぱいにマントを掛けた。



「――いいえ、貴方は敗れたのですよ、クリスティアさん?」



「ああ、御前(しゃま)! 申し訳ありましぇん、わたしゅは負けてしまいまひた。――でしゅが、わたしゅは一世一代の賭けに勝ったのでしゅ!」


「……?」


 困惑する御前様をよそに、クリスティアさんはおれの姿を見つけて怪しく微笑む。



「お見事な勝利でひた、ヤマギワしゃん」


「あ、おれ、なんかやり過ぎちゃったみたいでスンマセン……40mだと、きっと意味ないだろと思って60mにしてみたんですけど、50mでもよかったんじゃないかなーって……いや、やっぱ55mぐらいならよかったかなって――ホント、スンマセン……」



「あら? 『草原の勇者』様は”ヤマギワ?”と名乗っておられるのですか? ステータスは以前と変わらず”ヤマダ”と――」 

「――『草原の勇者』しゃまでしゅって!? 素敵しゅてき!! ヤマギワしゃんは『勇者』しゃまだったのでしゅか!?」


「あ、えっと、昔ちょっとイキってった時期がありまして……、『勇者』なんてお恥ずかしい限り……若気の至りというやつですなー」


 昔っていっても一年も経ってないけどね。

 てか、御前様が当たり前のように、おれのステータスを【鑑定】スキルで覗いてるっぽいんだけど……すごいイヤ。 



「わたしゅは全力で戦い敗れまひた。約束により、わたしゅはたった今から、ヤマギワしゃん……いえ、ヤマギワしゃまの奴隷で下僕なのでしゅ!」


 お、おお! それそれ! どうやって切り出そうかと思ってたんだよね。

 御前様の前で、しかも強そうな美女達に囲まれて正直、言い出しにくかったから助かる……!



「え、奴隷!? 下僕??」


「御前(しゃま)、今まで大変お世話になりまひた! この先わたしゅは普通の女の子とひて一生涯いっしょうがい、ヤマギワしゃまに仕えたいと思いましゅ!」


 ――は!? 一生涯!?

 何でそんな重たい話になってるの? ……いや、いい話なのか?

 クリスティアさんを一生涯、思うさま自由にワガママに……はぁはぁ。


 まて、落ち着けおれ。

 ついつい色香に迷って忘れそうになるけど、クリスティアさんはベネットさんを殺した犯人だぞ!? 見ただろ? 油断したら、首がぽーん! だぞ!? 首がぽーん!


 ワンナイトでいいんよ? 「モデル体型はワンナイトドリーム」ってツチヤ先輩もいつか言ってた。当時も今も意味は解らんのだけど。

 

 

「……パラディンのつとめはどうするおつもりですか?」


「辞めましゅ!」



「いやいや、パラディンをどうとか一生涯とか、そこまでしなくても……せいぜい一晩、後腐あとくされなくでいいのでは……?」


 ……みんな、なんでそんな目でおれを見るん?

 今回、それ言いだしたのクリスティアさんの方だからね?


 ――あ。あーあ、もしかしてまたか? またこのパターンか? なんだかんだ後から難癖なんくせがついて、約束がふいになるやつか!?

 あーあ、こっちは毎回命がけでやってんだっつーの!





 呆れたように御前様が口を開く。


   

「……どうやら、お二人の将来設計には少しだけ食い違いがあるようですわね? わたくしとしましても、前途あるクリスティアさんを奴隷にされてしまっては困りますわ。――そもそも、ヤマギワ様がここにいらしたのは、パン屋のお嬢さんを連れ戻すためではなかったのかしら?」


 ……それな。

 別に忘れてたわけじゃないよ?


 ウルラリィさんを無事に連れ帰るのがそもそもの目的で、ルルさんやシラカミ部長を助けたのは成り行きみたいなものだ。


 御前様は続ける。



「――それとも、シラカミ部長あたりに何事か吹き込まれましたか? わたくしを断罪しますか?」


「……ウルラリィさんの――パン屋の借金は全額返済しましたので、彼女がこちらに連れてこられる理由がないと思うのですが? だいたい、何で教会が出てくるんですかね? そろそろ、責任ある立場の人から説明いただけたらと思っていました。――そこの所、シラカミ部長さんが言っていたことと関係あるとしたら、あるいは……ですね?」


 いや、聞くまでもないか。

 関係はあるだろう。

 

 そうは言ったものの、七人の白い鎧の美女達が怖すぎて、あまり強く言えないおれ。

 断罪なんて、できれば人任せにしたいところ。




 

 ――!? 突然腕を掴まれてビクッとする。



「ヤマギワしゃま……わたしゅを、しゅてないで……!!」


 ……重いよ、クリスティアさん。

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