383 『ワケありドッペルゲンガー⑰』
途中で、ヤマギワが『ガリアンソード』を振り回していたので訂正しました。
ヤマギワの剣は『不浄の剣』です。
最悪だ。クリスティアさん、よりによってなんてヤツを……。
最強勇者と呼ばれてた『鏡の勇者』ネノイ・ソウイチ。
チートスキル【他心通】と【攻撃反射】の所持者だ。
第二王子反乱に加担してて、ナタリアちゃんに成敗されたんだよね。
たぶん彼、ユーシーさん暗殺を邪魔した件でおれのこと恨んでるだろうから、負けたらクリスティアさんの下僕になるってルートは無くなったかも……だって、負けたら命が危ない。
「いやあ参りましたよ、ましゃか主人公の俺が死んでしまうなんてね! しょんなことになったら、この物語が終わってしまうじゃないでしゅか? でもまあこうして新たな肉体も手に入ったことでしゅし、第二部は女勇者としてがんばりましゅワ! ――って、ヤマダしゃん、またその手でしゅか?」
スキル【空間記憶再生】! おれは「数秒前の自分自身」の立体映像の影に隠れた。
『鏡の勇者』ネノイの【他心通】は心を読むスキルだ。ただし、相手の姿が見えないとその効果は発揮されない。以前戦った時にも、こうやって彼の視線を遮ることで【他心通】に対処した。
問題は、もう一つのチートスキル【攻撃反射】をどうするかだ。
「あの日、『奥の院』で戦った時もしょうでしたね? ヤマダしゃんは自分の幻影の陰に隠れて俺の視線をかわして――」
おれは切りかかってくるネノイの攻撃をさばきつつ、途切れること無く【空間記憶再生】で「数秒前の自分自身」を再生し続けてその陰に身を潜める。
「――まんまと俺の頭の上に天井の重たい照明を落っことした。ホント、してやられましゅたよ! でもどうしましゅ? ここには、落としぇる物がなさそうでしゅが?」
そんなことは分かっている。【攻撃反射】で反射できない攻撃手段は落下物の下敷きにするとか、相手が勝手に罠にはまるとか、他には毒なんかがありそうだ。いよいよなら、おれのスキル【劣化】も反射されないかもだけど、それだとクリスティアさんの肉体的に取り返しのつかないことになってしまうからちょっと使えないよな。
やっぱり高いところから――、
「――へぇ、スキル【飛翔】ですか。なるほどなるほど、ヤマダしゃん俺の知らないうちに飛べるようになってたんでしゅね?」
「え!? なんで……!?」
「ぷしゅしゅーっ! 俺だってあの後対処してるんでしゅよ! スキル【熱探知】で丸見えなんで、考えてることも筒抜けでしたー!」
「くそっ」
おれは羽根を広げて後方に大きく飛んだ。
それも知っているとばかりに、ネノイの投げたナイフがどこまでもおれを追尾してくる。
そういえば、そんなスキルも使ってたな。
「いかがでしゅ、俺のスキル【飛行物体】は? 逃げ切れそうでしゅか?」
割とね。追尾系の物理攻撃な――最近戦ったよ、そういうの。
スキル【超次元三角】! 『不浄の剣』の切っ先に一辺およそ60㎝の三角形を描いた。開け! 異次元へと開く三角形の窓。
てれれてってれ~♪ 『超次元虫取り網』~!
「そんれ! そんれ! そんれ~!!」
おれは、『不浄の剣』の切っ先にくっ付けた【超次元三角】を振り回す。
追尾してくるナイフをキャッチ! キャッチ! キャッチ! で次元の隙間に放り込みまくり!
てか、姿を隠すなら最初っから【超次元三角】だったな。
おれは大きめな三角を描いて、その陰に身を潜めた。
これなら、【熱探知】とかも防げるはず。……防げるよな?
このでかい三角窓の陰で、回り込んで飛んでくるナイフは『超次元虫取り網』で対処しつつ作戦を考えよ――【危機感知】反応!?
いつの間にか範囲魔法のターゲットに入ってる。
そりゃそうか、三角窓の裏におれがいるのはバレバレだもんな。
ここから動いて姿を見せれば【他心通】で心を読まれて次の動きがバレる。
そこを続けて範囲攻撃で狙われ続けたら、いつか命中してしまうに違いない。
始めからそこそこ詰んでいると言えなくもない、トホホ……まあ、全速力で飛んで逃げるという手もあるけど――。
「しゃあ、俺の物語の新たなる開幕だ!! ヤマダしゃん、アンタはしょこしょこ強かったでしゅよ!! 燃え上がれ【火柱】!!」
――ゴゴウッ!!
設置した【超次元三角】の窓ごとその周囲を巻き込んで、範囲攻撃魔法【火柱】の強大な炎が立ち上る!!
魔法発動直前、スキル【超次元三角】で新たに開いた三角に飛び込んだおれは、だいたいの目検討でネノイの背後まで飛んだ。「次元の隙間」移動中、身体を丸めて漂っているルルさんに「ヤマダさん~、私いつまでここにいればいいんですか~?」と恨みがましく言われたが、とりあえず手を振って流しておいた。
「次元の隙間」から飛び出したおれは、ネノイの背後に静かに接近する。
20m……15m……10m、いけるか? 右手の『不浄の剣』に、激しく静かに魔力を蓄えていく。
「クリスティアさん、後ろですぜ!!」
――げ!!? ずるいぞ、アンバーさんめ!! 教えるんじゃねーよ!!
こちらを振り返ったネノイは、両手から【光線】の魔法を放つ! 照射したままの【光線】で広範囲を横薙ぎにする。
空中で羽根を広げ、身体をひねって魔法を避けつつ、おれは『不浄の剣』を斬り上げた!
効果【マジックコーティング】! 蓄えた魔力を変換、長く鋭く伸びていく赤い光の刃! その長さはおよそ、12m!
「ふん、血迷いましゅたか!? そんなことをしゅれば、俺のスキル【攻撃反射】の餌食でしゅ!!」
「全裸!! 緊縛!! 一晩中!! 全裸!! 緊縛!! 一晩中!!」
――シュバ!! シュバ!! シュバ!!
【他心通】に心を閉ざしながら、おれが切ったのは地面だ。
落ちろ、【超次元三角】!! ネノイの足下を三角形に切り開いた。
「全裸? ……緊縛? ……一晩……落ちろ!? しゅ、しゅまった!!?」
……全裸……緊縛……一晩中……もう、遅いぞ!!
パックリ開いた次元の穴へ、ネノイはなすすべも無く落下した。
まあ、「次元の隙間」に上も下もないけどな。
おれは、ネノイが落下した場所からだいたい20mぐらい離れた地点に【超次元三角】の小窓を開いた。
「次元の隙間」を覗き込み、無様に漂っているクリスティアさん――中味はネノイに向かって声を掛ける。
「ネノイさんどうです、上も下も無い『次元の隙間』は? 自力で出られそうですか?」
返答の代わりに【光線】の魔法を撃たれたので、おれは【超次元三角】を閉じた。
更に20m離れた地点にもう一度【超次元三角】を開いた。
開くなり飛んできた【光線】の魔法を回避しつつ、三角の陰から話しかけるおれ。
「その身体をクリスティアさんに返して、降参しませんか?」
「こんなんで、俺を追い込んだつもりでしゅか? あんまり、いい気にならないでよ?」
そっと覗いてみれば、ネノイはスキル【飛行物体】で操ったナイフ二本を自分のマントに刺して結構なスピードでこちらに近づいていた。
慌てて、【超次元三角】を閉じるおれ。
また更に20m離れた地点に三度【超次元三角】を開いたおれ。
恐る恐る覗きこむが、魔法が来る気配はない。
「あのー……」
「わかったよ、待ってよヤマダしゃん……こんなんじゃどうにもならない、俺の負けだ。降参する……」
よっしゃー!!
全裸!! 緊縛!! 一晩中!! 全裸!! 緊縛!! 一晩中!!
ひゃっほーい!!
……いや待てよ。相手はあの『鏡の勇者』ネノイだぞ? 身体の主導権がクリスティアさんに戻るまで、まだまだ油断できん。
「それじゃあ、先ずはクリスティアさんに身体を返してください。いいですよね?」
「いやだワ、ヤマダしゃんたら! ネノイしゃんはもう帰りまひたよ?」
「…………」
ネノイにしてはやけにあっさり……本当かな?
なんかちょっと、違和感があるような……?
ただ、おれもクリスティアさんのことそんなよく知らないし……うーん、どうしよう?
「それにしてもここって『次元の隙間』っていうんでしゅか? なんだか蒸しましゅね?」
「は?」
むしゅわ~とか言いながら、クリスティアさんが服を脱ぎ始めた。
え!? え!? もしかして、ここで!? あの約束の奴隷の……好きにしていい奴隷のやつはもう始まってるの!?
しゅるりしゅるりと服を脱ぎ捨て、あっという間に下着一枚に――細っそ! ふむ。細すぎて、あまり抱き心地は期待できなそうだが、感度の良さそうなおっぱいが――うっしっし……!
いよいよ、最後の一枚に手がかかる。
くっ……遠い。もっと近くに――【危機感知】反応!!?
気付いた時には、おれの身体にヒモのような触手が巻き付いていた。
え!? これって、もしかして……!!?
「ごめんなさい……ヤマダさん、声が……声が聞こえるんです~!」
触手が寄り集まって人型を形作りルルさんが三角窓のすぐ近くに現れる。
ルルさんの触手によって、抵抗する間もなく「次元の隙間」へと引っ張り込まれるおれ。
「プシュシュシュシュ~~~!! 引っかかったねヤマダしゃん!? せっかく手に入れた身体、簡単に返しましぇんよ!! 陰気で貧相な身体と思ってたけど、このスキルだけは使えましゅね? 【イタコ】でしゅか、悪くない!」
「……!?」
ネノイ、やっぱまだネノイだったか、ドキドキさせやがって。
それにしても、クリスティアさんのスキルまで使えるなんて……。
「この女に憑いてた低級霊のおっさんが【虫使い】ってスキルを持ってたんで、使わせてもらうことにひまひたよ。このままアンタにトドメを刺しゅって手もありましゅけど、万が一出口が閉じても困るんでね――『虫女』しゃん、俺が外に飛び出すまでヤマダしゃんを捕まえといてね!」
「私、淫魔のルルなんで! 断じて、虫女じゃありませんので~!!」
口ではそう言うが身体は正直で、ルルさんの触手はおれを拘束して出口への道をネノイに譲る。
「……ネノイさん、さっき負けたって言ったじゃないですか? クリスティアさんの身体を返してくださいよ? こんなん、卑怯じゃないですか!?」
「しゃっきのあれはウソでしゅよ。俺、嘘つきなんで、しゅいましぇん」
「……ぐ」
ぐぬぬ。
ネノイはルルさんの伸ばした触手をつたいおれ達の目の前を通り過ぎて行く。
こうなってはどうしょうもない、せっかくだから密着状態のルルさんの感触でも堪能しておこうか、すりすり……ああ、心地エエな~。
「……ちっ、童貞が!」
――うげっ!? おれを蹴っ飛ばして、その反動で三角窓へ一気に加速するネノイ。
クリスティアさんの顔でそんなこと言うなよ! ……でも、本当に隠したかったことは隠せたようだ。
出口へ向かうネノイの背中に向かって、もう一つだけ気になっていたことを尋ねてみる。
「そういえばネノイさん、そのおっさんの低級霊ってもしかして【損得勘定】ってスキルも持ってませんか?」
「は? 【損得勘定】? ――ああ、ありましゅねぇ……ん? 『旨くない』? ……何でしゅかこれは?」
ネノイはそのまま三角窓から飛び出していった――。
三角窓の外は、実は、地上からだいたい60mの高さの空中だったりする。
およそ20mずつ三角窓を開いては閉じ高度を上げていったわけだけど、上も下も無い「次元の隙間」側から見たら、ただ距離が遠のいてるだけのように見えたことだろう。
だいたい60m、レベル24のおれがスキル無しで飛び降りたらそこそこ死んじゃう高さだ。
レベル40前後の主人公様だったら、ぎりぎり瀕死ぐらいで済むんじゃなかろうか?
「うぉあぁぁぁぁぁ~~~~!!!!」
三角窓の外から落下するネノイの悲鳴と、まもなく「ズシャ!!」という地面に人肉が叩きつけられる音が聞こえた。