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382 『ワケありドッペルゲンガー⑯』

「もう一人のしょの方の名前は――しょうですか、ご自分で名乗りたいとおっしゃっていましゅので、今からわたしゅ、しょの方と入れ替わりましゅ。……ぜし、生き延びてくだしゃいねヤマギワしゃま


 クリスティアさんはそう言うと静かに目を閉じた。

 大空洞に響き渡っていた荘厳そうごんな【BGM】が鳴り止む。

 

 彼女のまとっていた陰鬱いんうつな気配が明らかに変わったと、おれにも解った。





「――やあ、久しぶりでしゅね、ヤマダしゃん。俺のこと、判りましゅ?」 


「え、誰……?」



「じゃあ、ヒントでしゅ。ヤマダしゃんがたった今、アイツだったらやだなーって思ったヤツでしゅよ?」


「……!? まさか【他心通たしんつう】!?」




 ***




 今からだいたい一年前、おれがまだ『草原の勇者』とか呼ばれて、ナカジマやタナカ、聖女ラダ様と一緒に世直しの旅をしていた頃――。

 年末の「聖女会議」にラダ様が出席するため、おれ達一行は王都の中央神殿に滞在していた。

 


 その年の「聖女会議」では、極めて重要な決定があった。

 大司教エメリー様の引退と、次の大司教に聖女ユーシー様が指名されたことである。


 なんでも、まだまだ大司教を続ける気満々だったエメリー様突然の引退には、聖女グレイス様による王宮への政治的な働きかけが要因としてあったらしい。

 グレイス様としては十二聖女序列一位の自分が次の大司教に当然指名されると見込んでの裏工作だったわけだが、それをよく思わなかったエメリー様は色々な慣例かんれいやしがらみを全部無視して序列四位のユーシー様を指名したそうな。


 寝耳に水で権力争いの矢面やおもてに立たされてしまったユーシー様はショックを隠しきれず、死んだ目で「夢の寿退社が……」とつぶやいたのをおれは聞き逃さなかった。


 そうそう、ユーシー様の大司教就任で空いた十二聖女枠の穴埋めに抜擢ばってきされたのが、あの頃諜報部に所属していたマデリンちゃんだったりする。


 平民出身のマデリンちゃん選出にあっては、貴族令嬢で序列二位のセリオラ様から「でもあの方ー、もじゃもじゃでしてよ?」と意味不明の難癖がついたが、「わたくしだって下はもじゃもじゃなんですけど!?」とキレ気味に言い放つユーシー様の迫力に誰もが口をつぐみ、そのまま満場一致で可決された。


 そんなギスギスムードのネムジア教会中央神殿。

 大司教様が代々受け継ぐ「大妖精の魔石」継承の儀式を翌日に控えたその夜のこと――おれは、とても焦っていた。





 やばいよ、やばいよ! 聖女ユーシーが狙われてるよ!

 おれのスキル【危機感知】が、ユーシー様の滞在する部屋をこっそり監視する暗殺者の存在を知らせていた。

 とはいえこんな時間に、たいして親しくないユーシー様の部屋を訪ねて「命を狙われてるので避難した方がいいですよ」とか言うのも気が引けて、ラダ様に間に入ってもらおうと思ったのに部屋が留守だったものだから……こんな夜更けに、どこ行っちゃったのラダ様!? お風呂かな? 友達の所? あのラダ様に限って、外出して夜遊びなんてことはないと思うけど……やっぱ、お風呂かな?


 命に関わるし、この際仕方がないよな?

 おれは意を決して、聖女ユーシーの部屋へと向かう。

 ユーシー様この時間、多分寝てるんじゃねーかな? 扉の前で立ち止まり、逡巡しゅんじゅんするおれ。

 こちらを覗う暗殺者が、なにごとかといぶかしむ感覚がスキル【危機感知】にある。



 ……いや、待てよ。

 よく考えたら、今のおれはいつものプレートアーマーを身に付けていない。

 ユーシー様って、おれの素顔見たことあったっけ?

 

 一度、クルミナ支部の神殿に寄ったことあったけど、あの時もフルフェイスヘルメットを着けたままだったよな。

 

 ひょとすると、王様に勇者認定された時、聖女様達も式典に参加してたはずだから、遠目に見てる可能性もなくはない……か?



 おれはノックしようとした手を止めて、扉の前を離れた。

 何くわぬ顔で廊下を歩き、暗殺者が身を潜める柱の方へと進む。


 ……ラダ様は、お風呂に違いない。

 そうだ、どうせ意を決するならお風呂を探すべきだ。

 ラダ様は、お風呂に違いない。

 ラダ様は、お風呂に違いない!



 そんなことを考えながら、いつの間にか暗殺者の潜む柱の横を通り過ぎるおれ。

 ……ふう。おれ、余計な事を考えなかっただろうか? 暗殺者――あの人の【他心通たしんつう】は本当に厄介なスキルだよ。





 なぜかこんな時間に廊下に現れたユーシー様。

 おれとは逆方向に歩いて行く。

 


「なんだよあの女、寝ぼけてるんですかね?」


 小さくつぶやいた暗殺者は、彼女の跡をつけ始める。


 更に、その後をつけるおれ。

 プレートアーマーを着てなくてよかった、あれ歩くとうるさいし。





 やがてユーシー様は「奥の院」へと歩みを進める。

 扉は半開きのまま、警備の人は今日に限ってなぜか二人共眠りこけていた。



「……いったい何が起こってるんだよ?」


 ……さあ? そういえばこの「奥の院」で継承の儀式をやるとかで、エメリー様やユーシー様は昼間、明日のリハーサルをやってたみたいだけど。

 警備のこの二人、もしかして眠らされてるのか?

 


 ユーシー様を追って、暗殺者は立ち入り禁止の「奥の院」へと侵入した。

 おれもこっそり後に続く。





 建物の中に建物がある――「奥の院」は古くて小さな石造りの教会といった感じ。その古い教会を取り囲む様に巨大な中央神殿を作ったようなイメージ。

 そいえばナカジマが、「奥の院」は「宝物庫」らしいぞって言っていたけど、この所狭しと置かれている荷物の山が全部お宝だとして、一個ぐらい持ち出しても誰にも判らないんじゃね? とか思ってしまうのはしょうがないよね? ニンゲンだもの。


 場違いに豪華な天井の照明器具に照らされた礼拝堂の奥の奥、本来ご神体である女神像があるべき場所に一枚の巨大な肖像画が飾られていた。

 美人とは言い難いが、知的なまなざしの女性。ただし、おっぱいは大きいようだ。

 思うに、一番実物に近い女神ネムジアの姿なのかもしれない。

 彼女の額には二本のつのがあった。





「ユーシーさん!? なぜあなたがここに!?」


 なぜか「奥の院」にエメリー様とラダ様がいた。

 ユーシー様に声をかけたのはラダ様だ。

 お風呂じゃなかったんかい!? ラダ様こそ、なんでこんな所に?


 二人に構わず、ふらふらと歩みを進めるユーシー様。

 前にいるラダ様を意にも介さず、突き進み――すり抜けた。



「えっ!?」

「なっ!?」


 これにはラダ様も、ついでに跡をつけていた暗殺者もびっくり!  

 そのユーシー様は最初から、おれのスキル【空間記憶再生】で再生した立体映像だったというわけ。



「む!? ――くせ者!!」


 思わず声を上げてしまった暗殺者へ、エメリー様の魔法【光線】が飛ぶ。

 しかし、魔法は反射しそのままエメリー様本人へと突き刺さった。

 自身の魔法に身体を大きく抉られて倒れるエメリー様。

 

 あの人のもう一つのスキル【攻撃反射】もまた、【他心通】と並ぶチートスキルだ。



「エメリー様!?」


「ちっ、こうなっては仕方ないですね……!」


 ことが露見した暗殺者は、目撃者を消そうとする。

 物陰から明後日あさっての方向へ投げたナイフが空中で方向転換しラダ様へと殺到した。


 ――シャリィィン!!

 ラダ様をかばい、おれは全てのナイフをなぎ払っう。



「ヤマダさん!?」


「ラダ様、下がって! 後は、おれがやりますんで!」



「くくく……やってくれたね、おっさん。確か『草原の勇者』だっけ? さっきの聖女ユーシーの幻影もおっさんの仕業かな?」


「…………」


 ラダ様、こんな所にいた。

 ラダ様、こんな所にいたのか。

 ラダ様、お風呂じゃ無かった。

 ラダ様、お風呂だったらよかったのに。

 ラダ様と一緒にお風呂入りてーなー。

 ラダ様とお風呂でなんか……ほら……イチャイチャしてーなー。


 ラダ様と……えっと、くそ……何も考えずに戦うのって無理じゃね?


 


 ***




「じゃあ、ヒントでしゅ。ヤマダしゃんがたった今、アイツだったらやだなーって()()()人でしゅよ」


「……!? まさか【他心通】!?」



「おっと、判っちゃったみたいでしゅね? じゃじゃーん! 『鏡の勇者』ネノイ・ソウイチ復活でしゅ!」


「…………」


 や、やばいよ、やばいよ! よりによって、「最強勇者」とか呼ばれてた『鏡の勇者』ネノイかよー!!

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