381 『ワケありドッペルゲンガー⑮』
一晩中見てるだけかって? バカ言え!
そんなわけあるかよ! 童貞だと思って、なめんじゃねぇよ!
とりあえず写真だ! 忘れないように……いや、異世界で写真は無理か。
だったらスケッチだ! 持てる技術の限りを尽くして描ききるまで!
しかし夜は長いぞ、その後どうする?
さ、触っちゃうか……?
いや待てよ、待て待て……その前に大事なことを忘れていた。
それはニオイだ! いかんいかん、おれとしたことが、紳士として風流人としての嗜みを忘れる所だった。
見て楽しんだ後は、香って楽しむのがワビサビってもんでしょうよ?
くんかくんかと遠慮無く、至る所、様々な部分をくんかくんか……あそ~れ、くんかくんか……おっと、これは失敬! おれは、ワケありドッペルゲンガーのヤマギワだ!
たった今、モデル体型の美女クリスティアさんから、一対一で戦っておれが勝ったら彼女を奴隷のように自由にしてもいいと言われてしまったものだから、その件について思索を巡らせていたところだ。
こんなラノベの序盤みたいなイベントが自分の身に起きるなんて、今の今までぜんぜん思ってもみなかった。ありがとう異世界!
「どうしてクリスティアさんがそこまでしなくっちゃなんねぇんですか!? いくらなんでも、無理があるでしょうよ!!」
おれに背後から締め上げられている人質のアンバーさんはそう言うが……うん。それは、ごもっとも。
アンバーさんは続ける。
「――エリナさん、早いところガスを!! 俺ごと石化して、それで終いですぜ!!」
「で、ですよね!? ワカりました、すぐ――ギャン!!?」
研究所の屋根の上から一瞬で移動したクリスティアさんが、エリナちゃんの羽根頭に容赦ないゲンコツを落とした。
頭を押さえて崩れ落ちるエリナちゃん。……コワっ、命には別状なさそうだけど。
「なっ!? なにやってんですかアンタはっ!?」
「最後のチャンスかもしれないんでしゅ。わたしゅの邪魔をしゅるなら、許しましぇんよ?」
「……本気で戦ってもらえるんでしょうね?」
「当然でしゅ。しょうでなければ、大恩ある御前様に申し訳が立ちましぇん!」
……!! 美味しい話に目がくらんでうっかりしてたけど、クリスティアさんってパラディン№7って言ってたし、多分レベルは40超えてるよな? レベル24のおれとは10レベル以上の差があるってことか……そもそも、あんなこと言う女子は自分が負けるなんてこれっぽっちも思ってないってことだろ?
なんか、考えたらどんどん不安になってきた。
石化ガスが晴れるのを見計らって着地し、人質のアンバーさんをエリナちゃんの傍らに解放した。
クリスティアさんと対峙したおれは、気になっていたことを尋ねてみる。
「ところで、おれが負けたらどうなるんでしょう?」
「当然、わたしゅのおっと……い、いえ……下僕として一生仕えていただきましゅ」
――!! なんてこった、それが目的だったか……話がうま過ぎると思ったんだよ。
戦っておれが勝ったら、クリスティアさんがおれの奴隷に、負けたらおれがクリスティアさんの下僕に……って、ん? あれ? 待てよ、どっちに転んでも別によくね?
おれが勝てればそれに越したことはないけど、負けたとしてもモデル体型の美女クリスティアさんの下僕……ふへ、なんか悪くない……ふへへ、悪くないぜ!
よし、いっちょ気合い入れて行こうか! てか、おれがここに来たそもそもの目的ってなんだっけ? ……ま、いいか、それは後で。
思わずニヤけてしまうおれに、クリスティアさんから声がかかる。
「――わ、わたしゅからも一つ、ヤマギワ様にお伺いひたいことがありましゅ」
「……ふへ?」
「立ち入ったことでしゅが、ヤマギワ様はアンバーしゃんのお尻に興味がおありで?」
「ないですが、これっぽっちも」
「しょうですか……」
「……!?」
質問の真意をはかろうとクリスティアさんの様子をうかがうが、彼女は決して目を合わせようとしない。……一体何だ? ミステリアスにもほどがあるよ、クリスティアさん!
――あ! 一つ思い出したことがある。
まさか……いやでも、そうとしか……。
おれが以前シーラさま推定四歳に語って聞かせた『異世界勇者ヤマギワのナイスな大冒険』第三章で、勇者ヤマギワは魔王四天王ラプラスの罠にはまり、奴隷オークションにかけられ妖艶な美女に落札されるのだが……その妖艶な美女とは結局素敵なイベントは何も起きず、その代わり彼女の弟である美少年エドガー君とふんどしを着けてスモウをとったりすることになるやりきれないエピソードがあった。
そうか、そういうことなのか――クリスティアさんめ、おれを下僕にしてアンバーさんとラッコ鍋スモウとかをさせたりする気だな!? くっ、なんてこった!
……ああくそ、考えれば考えるほど、そうとしか思えなくなってきた。
くっそ、やっぱり負けられねぇ、この勝負!!
「しゃて、少しだけ説明しゃせてくだしゃい。わたしゅのスキル【イタコ】は死者の霊を呼び出し、言葉を交わしゅことで、死者が生前所有していたスキルを使用しゅることができましゅ」
「えっ、それはすごい。昔の人が使っていた凄いスキルが選び放題ってことですか」
「でしゅが、しょう都合よくはいきましぇん。レベルの高い霊は必ずしも言うことを聞いてくれるわけでもないでしゅし、死者の霊は死後五十日目には輪廻の輪に還ってしまいましゅから」
「あー、五十日目には成仏しちゃうんですね」
てことは、『黒い許嫁の盾』に取り憑いてた金髪ボンボンは、やっぱ悪霊の類いだな。
てかなんでクリスティアさんは、自分のスキルの説明を急に始めたんだろ?
「しょんなわたしゅに御前様が下しゃったのは負荷スキル【呪縛】でした。死者の霊に取り憑かれてしまう呪いのスキルでしゅが、取り憑かれることで、五十日を超えて死者の霊を現世に縛り付けることができるようになったのでしゅ」
「取り憑かれるって……なんか、身体に悪そうですが」
「いたって健康でしゅので、お気遣いなく。ただ少し、歯が抜けたりお尻の穴におできが――あ、いえ、なんでもありましぇん! ……しょれにほら、いくら食べても太らない! 昔のわたしゅを知る人なら、今の姿にきっと驚くに違いありましぇん!」
……それ、呪われてますねえ。
モデル体型の秘密がそれか。そもそも「負荷スキル」って、常に状態異常みたいなもんじゃね?
そういえば、御前様はスキルを結晶化して奪うって、シラカミ部長さんが言ってたね。
てことは、誰かがたまたま取得してしまった【呪縛】って「負荷スキル」を、御前様が取り除いてあげたってことかな? ……実はいい人?
それにしても、寡黙なタイプかと思ったら結構しゃべるねクリスティアさん。
彼女の説明はまだ続くみたいだ。
「――わたしゅに取り憑いている霊の中に、特別強い二体の霊がいましゅ。内一体は十年前流行病で命を落とした『ピアノの勇者』フジウ・マサフミ様の霊でしゅ。この【BGM】や先ほど使った【音速】はフジウ様のスキルなのでしゅよ? ――わたしゅがパラディン№7にまでなれたのは、誇張無くフジウ様のおかげといえるでしょう」
あー、このバックで流れ続けてる音楽、やっぱりスキルだったか。
さっきまで勇壮な感じの曲だったけど、今は荘厳な感じの曲調に変わって、いかにもボス戦前って雰囲気だ。コーラスが無駄に緊張感をあおってきて落ち着かない。
「――しょしてもう一体の霊は、強力なスキルを所持してはいるのでしゅが、我が強い上にレベルが高く、なかなかわたしゅの言うことを聞いてくれましぇん。でしゅが今回、その霊にわたしゅの行動のしゅべてを委ねることで、全面的な協力を得られる運びとなりました。――つまり、ヤマギワ様がこれから戦うのは、わたしゅではなくその霊がわたしゅの身体を乗っ取って戦うということになりましゅ。戦いの間、わたしゅは意識を閉ざし、その行動に一切の意思を差し挟むことをいたしましぇん。……手加減はできないということでしゅ」
「……おれが言うのもあれですけど、そんなことして大丈夫なんですか? 霊に身体を乗っ取らせるなんて」
「わたしゅの最後の切り札でしゅ。私情が混じり切っ先が鈍れば、大恩ある御前様に言い訳が立ちましぇんので……しょんなことで、わたしゅと霊は利害の一致をみたのでしゅ。どうやらしょの霊はヤマギワ様のことをご存じのようで、いつになく素直に交渉に応じてくれましたよ」
「――えっ!?」
――えっ!? えっ!? 既に亡くなっている人で、『ピアノの勇者』様よりも多分強くて、おれのことを知ってる人? いったい誰のことだ?
「わたしゅに取り憑くもう一体の強力な霊、しょの方の名前は――? ……しょうですか。ご自分で名乗りたいとおっしゃっていましゅので、今からわたしゅはしょの方に意識を明け渡しましゅ。……ぜし、生き延びてくだしゃいねヤマギワ様?」
〈読者への挑戦状〉
・既に亡くなっている人で
・『ピアノの勇者』様よりも多分強くて
・ヤマギワ(ヤマダ)のことを知ってる人
いったい誰のことだ?
ヒント
特に捻りはありません
金貸しベネットさんではありません
当たっても何もありません