289 人中の呂布、馬中の赤兎
気がつくと、おれはボロい甲冑を着けて行進していた。
一緒に行進しているのは、周辺の村々からかき集められた次男や三男。
ウチみたいに、次男の方が優秀だからって、病弱だからとか若いからとかなんだかんだ理由を付けて長男が出てきてるのはまれだろう。
おれたちはこれから戦をしに行くらしい。
相手は、リョ……だったか、トウ……だったか、なんかそういう感じのヤツだ、そもそもおれ達を率いているのがどこの何サマかも知らないのだから、仕方がない。
ともかく、青い布が味方で赤色が敵ってことらしい。
戦とはいえ、何万人の内の一人だ、弓矢だって滅多に当たらない。
念のため、盾で頭を守っとけと、じいちゃんも言っていた。
それに悪いことばかりじゃない。
行軍中は、実は食うに困らない。
それに――、
「どうした? ニヤニヤして」
話しかけてきたのは、おれと同じような格好で隣を歩いている同じ村のカイインだった。
少し年上の顔なじみだが、ちょうどいい。おれの自慢話を聞いてくれ。
「おれ、村に帰ったら結婚するんだ」
「えっ!? 誰とだよ?」
「幼なじみのミンメィさ。戦に行くってことになったから、思い切って告白したんだよね」
「……!? そ、そうか……」
「……? どうかしたの、カイイン兄さん?」
「……言いにくいんだが、村から駆り出されたホイとかタンとか、ほぼ全員がミンメィに求婚したらしいぞ」
「ええっ!? で、でも、おれは結婚を約束したけど、他のヤツらは全員断られたってことだろ?」
「これから戦に行くってヤツらの想いを、そう無下にできるもんじゃないさ……」
「そんな…………てか、なんでカイイン兄さんがそんなこと知ってるんだよ!?」
「…………本人に聞いた」
「……え?」
「俺とミンメィは付き合ってるんだ、結構前から……」
なんてこった、最悪な気分だ。
幼なじみのミンメィが、昔はおてんばだったのに最近すっかり出るところが出て丸みを帯びたミンメィが、おれの知らないところで……。
「もう、ヤったの……?」
「……まあ、そう気を落とすなよ? こう考えたらどうだ? 例えばこの戦で、俺が戦死したとするだろ? そしたらきっとミンメィはお前と結婚するって、間違いない!」
「そうじゃなくって! おれは、ヤったのかって聞いてる……ん?」
いつの間にか、カイインの頭に弓矢が刺さっていた。
え? 本当に死んだの?
「敵襲だ~~~!!!!」
誰かの叫んだ声と同時に、おれ達に弓矢の雨が降り注ぐ。
おれは、頭の上に木の盾を構えて、しゃがみ込んだ。
頭を守らなければ……!!
しばらくして弓矢の雨が止むと、先頭の方が騒がしくなる。
どうやら、騎馬隊の突撃らしい。
砂煙を巻き上げて、敵がこっちに向かってくる……!!
――勘弁して! こっちくんな!!
「りょ、呂布だ~~~!!!!」
誰かが叫んだ。
リョフ? なんか聞いたことあるような……?
砂煙の中から巨大な馬と、それにまたがったやはり巨大な男が姿を現す。
槍の一振りで、村から駆り出された大の男達が、7~8人まとめて血祭りになっていく。
とんでもない、暴力の化身だ。
うわぁぁぁ~~~こっちくんな~~~~!!!!
目の前に、巨大な馬の脚が……。
そしておれは、死んだらしい。
***
大迷宮60階層に入ったおれは、早速メンタル攻撃を受けていた。
今のが、おれの前世か。
三国志の時代、モブキャラとして戦に駆り出され、超有名な豪傑呂布の馬に踏み潰されたらしい。
道理で、「○○無双」とかのゲームにイマイチはまれなかったわけだ。
確か、おれを踏み潰したあの馬も結構有名なヤツじゃなかったっけな? 今度ナカジマに自慢しよう。
しかし、前世まで掘り起こしてトラウマを抉ってくるとはこの「黒い霧」、聞きしに勝る凶悪さだよね?
「――ね?」
「ね? じゃなくて、セクハラを止めてくださいと言ってるんです、ヤマダさん!」
凶悪な60階層ではあるが、おれは割とあっさりシマムラさんに追いつくことができた。
というのも、おれよりずいぶん先行していたはずのシマムラさん達が、たいして進んでいなかったからだ。多分1㎞も進んでいない。
何も見えない暗闇の中、おれはスキル【危機感知】を頼りに、何事かもめているシマムラさんのお尻にタッチしたと言うわけだ。
てか、なんでお尻丸出しなの? シマムラさん。
「こ、これは、そのぅ……、ちょうどおしっこをしようとしていて……」
なんだ、いつものか。
いつもの病的な露出癖に抗えなかったらしい。
それはそうと、ジェフ君とマイちゃんの精神がギリギリだ。
のんびりセクハラしている場合でもなさそうだ。
おれは、シマムラさんが抱きかかえているジェフ君とマイちゃんの首筋に触れると、「勇者のオーラ」をモリモリと流し込む。
――そうれ、【勇気百倍】!!
正気に戻ったジェフ君、マイちゃんとおれは手を繋ぐ。そして、ジェフ君とシマムラさんも手を繋ぐ。おれの両手は塞がってしまうが、触覚以外信じられないというなら、こうするべきだろう。
きっと端から見たら、仲良し四人家族に見えるんじゃないだろうか? 真っ暗だけど。
「――ね、かあさん?」
「誰がかあさんですか……!」
「お手々繋いでって、うそでしょ……」
「僕はそんなにイヤじゃないよ、ママ?」
「さて、それじゃあ不良の長男を迎えに行きましょうか?」
おれ達は急がなければならない。
60階層の「黒い霧」によるメンタル攻撃は「勇者のオーラ」で【無視】してやったが、どうもそれだけではなさそうだ。
その証拠に、さっきからおれの視界の隅に和服でおかっぱ頭の「市松人形」が見えたり見えなかったりするのだが……何あれ?
……まあ、何もしてこないならそれはおいといて、シマムラさんにパンツを履くヒマを与えてはならない。
ジェフ君には、シマムラさんが今下半身丸出しであることをこっそりお知らせしておいた。第二次成長が暴走しがちの13歳、きっと何かやらかしてくれるに違いない! わくわく……。
「黒い霧」の中おれ達は、スキル【危機感知】を頼りに、お手々繋いで歩き出した。