猫を追いかけて
更新遅れてすみません。次回は、少し物語が展開する?かもしれません。
フィアは鏡の部屋を見渡した。どこを見渡しても、鏡ばかりで何もない。薄暗い部屋で、鏡に映っているのは、不安そうな表情をしているフィアと、なんとか脱出しようと、扇を構えるティアシオンだけである。
「鏡くらいなら、魔法で破壊できるんじゃねぇか」
ティアシオンが気楽にいい、扇を振りかざす。魔法の玉が出現し、鏡に向かって飛んでいった。鏡に魔法の玉が衝突した瞬間、大きな爆発音がして、辺りに煙が充満する。
「うまくいったか……?」
ティアシオンが煙でむせながら言うと、どこかに設置されているのであろうスピーカーから高笑いとともに声が聞こえてきた。
『バカめ。魔法で攻撃されることくらい、お見通しだ。魔法で壊れるほどやわな素材は使っていない。諦めたまえ』
「ですよねー」
フィアがため息をついて言う。ティアシオンは言った。
「困ったな。魔法以外にオレができることなんて、ねぇぞ」
「ちょっと! さっきの大きな爆発音はなんなんですのっ! ベンジャミンが怖がっていて動き回って、こっちは大変なことになっていますわっ」
鏡の向こうから、アリスの怒った声が聞こえてくる。フィアは言った。
「ごめんなさい。ティアシオン君が、魔法で鏡を攻撃しました。しかし、攻撃はまったく効果なしです。むしろ煙でさっきより、何も見えなくなってしまいました」
「悪かったな、頭が悪くてっ」
ティアシオンは拗ねて、端っこの方へと移動してしまった。フィアは、自分の服の胸あたりにつけているバッジを見つめた。以前、図書館で本を奪還する際使用したバッジ。今もまだ、ルクアに連絡を取ることができるだろうかと考える。しかし、気持ちよさそうに眠っていたルクアを今、起こすのは気が引けた。何より、彼女に知らせて彼女もまたつかまってしまったら? フィアはどう行動するのが正しいのかわからず、その場にへたりこんでしまった。
『鏡って、たまに不思議な現象を引き起こすのですよ。たとえば、自分が一番見たくない過去を映し出したり……ね』
スピーカーからせせら笑いと共に、声がする。そのとたん、鏡がまるで、水たまりのように波紋を広げ始めた。
♢♦♢♦♢♦♢
ルクアは、頭痛がして目が覚めた。周りを見渡すと、アリスとフィアの姿がない。書き物机の上を見ると、見慣れないメモが置いてあった。彼女は、不思議そうにメモを手に取る。
『あまりにも気持ちよさそうに眠っていたので、声はかけませんでした、ごめんなさい。街に出かけてきます』
フィアの署名入りのメモを静かに机の上に戻すと、ルクアはリビングへと向かった。リビングには、椅子の背もたれにもたれかかって眠っているラトゥールがいた。ルクアは、気持ちよさそうに眠っているラトゥールの服の裾を引っ張りながら声をかけた。
「ラトゥールくん、ラトゥールくん。フィア達はどこに出かけたの」
ラトゥールは、寝ぼけた表情でルクアを見て、そして窓から外の様子を見、そして時計を見た。
「ああ、ルクアさんおはよー。フィアさんたちなら、朝早くに街に出てくるって言ったっきり、帰ってきてないねぇ。もうとっくに、お昼の時間は過ぎてるんだけどぉ。……昼食は、外で食べてくるのかなぁ? だったら夕食の用意だけしといてあげないとねぇ」
呑気なことを言うラトゥールの言葉に、ルクアは嫌な予感を覚えた。急いで自分の荷物を置いている部屋へ戻ると鞄の中から、バッジを取り出した。そしてそっと呼び掛けてみる。
「フィア、聞こえる?」
すると、やや間があってから若干のノイズと共に、声が聞こえてきた。
『ルクアさん?』
「ああ、よかった通じた。今どこにいるの? ただ楽しく観光してるだけなら構わないんだけど……」
『……すみません、閉じ込められました』
「え?」
「ハートの女王軍のアドルフって人の罠にはまってしまって……、鏡の部屋に閉じ込められました」
フィアの受け答えを聞きながら、フィアも成長したなぁとルクアは遠い目をする。前は本当に自身なさげで、たどたどしい話し方だったのが、少しずつではあるが改善されつつあることを彼女は感じ取っていた。
「分かった。助けに行く。今何か分かっている情報ってあるかな?」
『最初に、つかまった場所ですが……、ラトゥールさんの家からまっすぐ道なりに進んだら、少し開けた場所に出ました。その場所で捕まりました。でもさっき、数分間かなり揺れたので……、もしかしたら最初の場所から移動されてしまったかもしれません。アドルフさんは、人手が集まるまで城には移動させることができないと言っていました。閉じ込められた場所は、大きい鏡張りの箱型のオブジェのような形をしていたように思います』
「分かった、探してみる。もし移動されたのなら、路地裏とか目立たない場所に隠された可能性がある。近くの目立ちにくそうな場所を探してみるよ」
そう言って、ルクアは必要なものだけをもって家を飛び出そうとする。ラトゥールがまだまだ呑気そうな言った。
「えー、ルクアさんも出かけちゃうのぉー? 仕方ないなぁ、ぼくもじゃあ出かけようかなぁ」
「急いで準備して! フィアたちつかまっちゃったらしい」
「うわぁ、それは大変だぁー。ちょっと待ってて、準備するからぁ」
ラトゥールが慌てて立ち上がり、外へ出る準備を始める。しかし色々な棚からたくさんのものを取り出そうとするので、あちこちが散らかっていく。ルクアは普段あまり人に対してイライラしないタイプだと思っていたが、今回ばかりは人の命がかかっている。ルクアは、忙しそうに、しかし人よりはかなり遅い動きで動き回っているラトゥールを見て、先に行くべきか悩んだ。
その時、家の扉から音がした。何かが外側から扉をひっかいているような、キィキィとした高い音が続く。ルクアは、そっと扉を開いた。
扉を開けてみると、そこには誰もいなかった。しかし足元から小さな鳴き声が聞こえて、ルクアが視線を下げる。そこには、一匹の猫が座ってルクアを見つめていた。以前、帽子屋横丁のある街でルクアが出会った猫である。ルクアが屈んで猫をよく見つめようとすると、猫はさっとルクアと距離をとった。そしてもう一声ルクアに向かって鳴くと、家の門のところまでさっと走り出す。そして門の前で立ち止まると、ルクアの方を肩越しに振り返る。
「え……? もしかして、ついて来いって言ってる……?」
猫は黙って、ルクアの方を見つめ続けている。ルクアは、頷くとまだ部屋にいるらしいラトゥールに向かって声を張り上げた。
「ラトゥールくん、先に行ってる。猫が案内してくれるって言ってるから!」
「え、ちょっと! 危ないよぉ」
ラトゥールの静止を聞かずに、ルクアは玄関を飛び出した。猫は、走り始めた。時々ルクアがしっかりついてきているかを確かめるように立ち止まり、後ろを振り返りながら進む。ルクアは猫を見失わないよう、必死で追いかけた。




