それぞれの夜
今回は、切れ目がなかなかなかったので、結構長めです。
そして、場面転換たくさんです。
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ところ変わって、ハートの女王の城にて。消灯時間はとうに過ぎ、窓から入る月明りのみが、照明の役割を果たしている。そんな城の通路の一つ、玉座の間へ向かう通路に一つの靴音が鳴り響いていた。靴音は、玉座の間へ通じる扉の前で一度止まり、扉をノックする。返事はない。足音の主は玉座の間に入り込んだ。
玉座の間はしんと静まり返り、靴音だけが鳴り響く。窓から入る月明りで、ところどころは照らし出されているが、闇が広がっている。玉座には、少女が座っていた。彼女はまるで、照明がないことを気にしていないかのように、平然と座っている。そしてその傍らには、派手な赤の騎士服に身を包んだ男が控えていた。
「来たか、ランベイル。……呼び出された理由は、分かっておるな?」
夕方にフィア達と遭遇した少女が、玉座の間から声をかける。そして、声をかけられた足音の主……、ランベイルは、玉座から少し離れた位置で膝をつく。
「もちろん、存じ上げております。……物語修正師候補生を逃がしたことに関して、ですねローゼオ様」
「その通りじゃ。わらわは大変ショックを受けておる。女王不在の今、わらわはこのワンダーランドを守る重責を背負っておる。ランベイル、わらわは今までお前のことを信頼してきた。しかし、今回のことは看過できん。申し開きできることがあれば、申してみよ」
「本日出会った物語修正師候補生、彼女らは少なくとも今回は我らの手から逃れる。そんな予感があったのです。ですから、ここは彼女らからの信頼を勝ち取り、あえて泳がせることで物語修正師についての情報を収集すべきだ、そう判断しました。とっさの判断でしたので、ローゼオ様に確認せず実行したことに関しましては、謝罪いたします、申し訳ございません。しかしこれで恐らく彼女たちは、僕を信用したことでしょう。ローゼオ様の御許しがあれば、僕は彼女たちの仲間として行動し、逐一彼女たちの動向や情報をお知らせすることをお約束いたします。断じて、ローゼオ様を裏切ったわけではないこと、ゆめゆめお忘れなきよう」
恭しく頭を垂れながら、ランベイルは流れるような口調で言った。それを聞いた少女、ローゼオは少し考えるそぶりを見せる。その様子を見て、ローゼオの傍らに控えていた赤い騎士服の男は、強い口調で言う。
「ローゼオ様、こんな奴の言うことに耳を貸してはなりません! こいつは口八丁手八丁ですが、信用できません。何を考えているのかわからない」
「アドルフ、お前は口を出すでない。お前もまた自分の出世のため、仲間の所業をバラした身。わらわにとっては、信用おけぬ存在よ」
ローゼオの言葉に、赤い騎士服の男……、アドルフは返す言葉が見つからず、ただランベイルを睨みつける。
「ふむ……。ランベイルの言うことももっともではあるし、かと言って、このまま野放しにしておくのもな……」
しばらくの間、ローゼオは悩んでいた。しかし突然、意地の悪い笑みを浮かべたかと思うと、彼女は言った。
「悪く思うなよ、ランベイル。ワンダーランドのためじゃ。……アドルフ、こやつの首をはねよ!」
♢♦♢♦♢♦♢
再びところ変わって、白の女王の城。その一室で、青年は目を覚ます。全身は冷や汗でぐっしょり濡れている。それは先ほどまで見ていた悪夢のせいであった。
闇の中で鈍く光る鴇色の横髪を手でどける。窓からは、美しい銀色の月が見えた。青年……――、トゥルーはしばらくその月を眺めた後、ふと隣のベッドに視線をやる。隣では、物語修正師が生きる世界のとある国で「透明」の意味を表すクレールという名の青年が、すやすや小さく寝息を立てている。クレールは白の女王が所有する隊の中の一つ、その副隊長である。トゥルーはこの青年に頭が上がらない。彼は自分が隊長だったこの部隊を自分に譲り、自分は副隊長として隊員たちを常に気遣い、トゥルーを支えてくれている。そうなってしまったのは、他ならぬ自分のせいだ。過去の事をいうとクレールは必ずと言っていいほど、
「ぼくにとって、あなたは光なんです。光にそんな弱音吐かれちゃうと、ぼくも困ります。……次にそんな弱音を吐いたら殺しますからね、先輩」
と朗らかに笑って答えてくれる。そんな彼が少し、トゥルーには眩しかった。
眠れる気配はないがとりあえず横になっておこうと、トゥルーはクレールに背を向けて布団に潜り込む。そんな彼の背中に、静かな声がかかった。
「今日も眠りが浅いんですね、先輩」
「……すまない、起こしてしまったか」
「いえ。ぼくも少し、考え事をしていたんです」
そう軽く嘘をつきながら、後からクレールのトゥルーを気遣うような声が聞こえた。
「……明日、知り合いの薬師に頼んで快眠の薬、作ってもらっておきますね。十分な睡眠こそ、いい仕事につながるんですから」
「……いつもすまないな、クレール」
「とんでもない。これはただの、ぼくのおせっかいです。気にしないでください」
安心したように笑うクレールの声が後ろで聞こえた。夜明けは、近い。
♢♦♢♦♢♦♢
フィアは、アリスの大きないびきで目が覚めた。アリスが蹴飛ばした布団を元の通り彼女の体の上にそっとかけてあげる。そして、反対側のベッドを盗み見る。
ルクアは、上体を起こしてある一点を見つめていた。彼女の視線の先には、一枚の写真が飾られている。
「ルクアさん、何を見てるんですか」
「あ、フィア。……あなたもアリスのいびきで起きたの? ちょっとうるさすぎるから、蹴飛ばしてやろうと思ってたところだったんだ」
そう言いながら、写真立てを手に取りフィアのベッドに移動してくる。写真には、四人の人物が写っていた。そのうちの三人は、フィアも知っている顔だった。
「これがティアシオンさん……ですね。こっちがランベイルさんで……、こっちはルクアさんが好みだっておっしゃったトゥルーさん……でしょうか」
「私が好みだって言ったという情報はいらないけど、たぶんそうだろうね」
写真には不機嫌な顔のティアシオン、ほほ笑んでいるランベイル、そっぽを向いているトゥルー、そしてトゥルーとティアシオンの腕をつかんで、二人の距離を物理的に縮めようと栗色の髪の青年が写っていた。
「四人はお友達……だったんでしょうか」
「部屋に写真を飾るくらいだから、きっと仲良しだったんだよ。トゥルーさんとティアシオンさんは、仲悪そうだけど」
ルクアは言って、元の場所に写真立てを返した。
「写真に写ってる名前の知らないこの人にも、そのうち会えるかな……」
ルクアは言って、アリスのベッドへ近づくと大きく深呼吸し、思いっきりアリスの足を蹴飛ばした。ルクアとアリスの喧嘩により、その後三人が眠れなかったのは言うまでもない。喧嘩の決着がつく頃には、もう陽の光が辺りに差し込み始めていた。
朝ご飯を食べに降りてきたフィア達の様子を見て、先に朝食を準備して食べ始めていたティアシオンは絶句した。そして、一言だけ言った。
「女って怖いよな……」




