札幌の七夕は八月だが、七月七日は全道大会の組み合わせ抽選日。
札幌の七夕は八月だが、七月七日は全道大会の組み合わせ抽選日。
校内予選の残り四戦を全勝し、学園の頂点に立ったのは小文字のZチームであった。
決勝で対戦した大文字のBチームは元々統合された各校の野球部を主体に造られたチームで、かなりの苦戦を強いられたが、美影を初めとする選手一同は一丸となってことに対処してくれた。
膝の痛みを太郎に預かってもらったミルの出番はまだない。
後ろに監督兼選手のミルが控えているという安心感は、チームメイトたちを発奮させ、思わぬ効果を生んだと言って良いだろう。
「ここまでの強さを発揮するとは、正直思わなかったよ」
知事公邸地下倉庫に戦勝報告に来たミルの笑顔が輝いていた。シルヴィスも太郎ももちろん結果を知っているが、監督本人の談は表情を明るくさせる材料でもある。
「ちゃんとした作戦と、それを采配する監督と実行できる選手がいれば、対戦相手が八百長で審判を買収でもしていない限り負けることはねぇって」
シルヴィスも上機嫌で話を進められる。ハルミンの暗殺直後に出会ったシルヴィスは無表情の塊みたいな男だったが、最近ミルやナナの前でも表情を崩すことが多くなった。
「まあ、勝負はまだまだこれからだからな。全道大会に出てくるチームはどれも強豪だし、そこを制しても今度は全国……甲子園で勝つのはもっと難しい」
当然のことだが、中央政府に前北海道知事の『ツレ』が甲子園に出場して何かするらしいくらいの情報は流れている。学園内予選や道内予選の間に手を打とうと必死になっているようだが、こちらにはシルヴィスという強力過ぎる盾が存在する。
「あたしやナナを暗殺する為に、まだ暗殺者は送り込まれてくるの?」
「まあ、少し減ったな。相手が俺だとわかってしまったようだ。最近は極秘接触を図る傾向だ」
「なにそれ?」
「俺が金の亡者だと中央政府は知っているからな。相手が俺だと知れば、向こうは金で懐柔しようとするに決まっている。まあ、その金の亡者という言葉が既に『釣り餌』なんだがな。俺は確かに金に汚いという噂のある男だし、実際金にうるさいんだが、先に引き受けた仕事を傭兵として裏切るなんて真似は死んでもやらん。それに、無条件で俺は家族の住む北海道の味方だ」
このシルヴィスの北海道贔屓は、彼の考える家族が北海道から全ていなくなるまで続いたことだ。
中央政府は彼のそんな策と決意を知らず、金で懐柔しようと躍起になっていた。
「ナナが北海道に新しい警察組織と軍隊を創設する話をしていたけど、あんたそれに参加しないの?」
「まあ、傭兵にも派閥や出身国組合があるが、同一国家をずっと守り続けるとかいうのは俺には向かないさ。北海道に愛着がないわけじゃねぇが、俺が守りたいのは家族だからな」
そのシルヴィスの表情にミルは琴線を大きく動かされたのだが、その抱き締めたくなるような衝動をぐっと堪えた。
そのミルの表情を見ているのかいないのか、シルヴィスは話を続ける。
「ああ、キリ嬢で思い出した。道内予選の終わる頃までに道議会での採決を終え、チームに合流するってよ。ただし、出場はオヤッさんの場合と同じで、チームに最大のピンチが訪れた場合のみだと条件を出してきた。北海道知事自らが乗り出しているとなると、中央政府も黙っていないだろうからな、それは正しい選択だ」
「そっか……ウチのチームの切り札ってところね?」
「ああ、オヤッさんが後ろに控えているという効果があれだけ出たんだから、更にカリスマ性の高いキリ嬢がいれば、小文字のZチームはまた張り切るだろうさ」
そのシルヴィスの予想は的中し、全道大会のトーナメントを小文字のZチームは駆け上がった。
全道大会の結果は、優勝、私立最華学園高等部小文字のZ。準優勝、何某大学付属苫小牧。三位、小樽きたてる高校となり、この三校が甲子園の切符を手にした。
「それにしても……最華が1チームしか残らないなんて……」
「まあ、北海道に最華以外の高校があるってことだ。どっちも強豪じゃないか」
「でもさ……4チーム出たのに……」
「小説家になろうとして、新人賞に3本の自信作を送っても、一次選考すら通過できない小説家の卵だって存在するんだ。それに、昨年の秋の大会で最華のチーム以外がベスト4に残れなかったのだから、雪辱のつもりで頑張ったんだろうさ。まあ、女子のみのチームに負けたという屈辱は残っただろうがな」
シルヴィスの例えにしてはわかり難い例えだ。
ミルは負けることのできないプレッシャーが大きくなった為、大したツッコミもなく黙り込む。
「シルヴィス、大体終わったよ」
太郎がレーザープリンターを高速で動かし、甲子園出場チームのデータ分析をプリントアウトしてくれた。
「まだ決勝を残している県もあるから、その辺りはベスト8から作ってあるよ」
「そうか。お前の感覚で構わんから、その代表校のベストな試合をチョイスして、映像を後で寄越せ」
「了解~。南から順番に作るね」
軽いノリの太郎だが、50校にもなろうかという代表校の試合を全て見て、研究も重ねている。とても人間技ではないが、最華学園高等部映像研究部部長以下40名はこの期間、幻の生徒会長と呼ばれる不登校の生徒からの命令で全国の予選会場でとにかく映像収集させられていた。
ミルは太郎にその情報収集を任せ、シルヴィスと共に久し振りに学園に行く。
場所は理事長の私邸応接間だ。
「あたしは、ナナの選挙の時以来、教室に入った覚えがないよ……その時も生徒会室と玄関を行ったり来たりだからね……校内予選の時も知事公館の合宿所とここのグラウンドを往復していただけだし、自分が本当に最華の生徒なのか疑問に思える時があるわ」
「まあ、今日も校舎は通り抜ける訳だしな」
中庭に出、二人はミドリの私邸正面にくる。本日の門番役は麻生であった。
「あれ? カトリーヌじゃないのか?」
「はい、シルヴィス先輩。副会長は現在公用で英国に渡っております」
「英国? 揚子江さん関連か?」
麻生の身長は年齢平均よりもだいぶ低く、シルヴィスをかなり見上げなければならない。
「いえ、揚子江さまは現在最終調整中のサッカー五輪代表視察の為、中国近辺に滞在中です。副会長は別件で活動中としか聞いておりません」
件の箱に武装を預けながら、シルヴィスが考え込んだ。
「俺たちも甲子園に行かなきゃならんが、ここの戦力は大丈夫か?」
「私とパートナーの有里がおります。鷹刃氏六郎と三十朗にも助力は頼んでありますので、核ミサイルの20発程度までなら防いでみせます」
「そうか……まあ、それなら良いな……」
「ところで立木先輩……」
「……なに?」
ミルは久し振りに苗字で呼ばれ、一瞬誰のことかわからなかった。学園内でミルのことをオヤッさん或いはオヤッさん先輩と呼ばない生徒は珍しい。
「……西区……あいつは元気ですか?」
「? 誰?」
ミルにはまったく聞き覚えのない苗字をいきなり出された。それもその筈で、当人は名前しか名乗っていなかったし、シルヴィスも名前しか呼んでいない。
「こ……高等部の本物の生徒会長です……西区……太郎……くん……」
麻生の顔が真っ赤になる。シルヴィスが苦笑いしながらその頭を撫でた。
「スマン。太郎の苗字なんて誰でも知っていると思っていたのでな。紹介し忘れていたようだ。高等部生徒会長代理とは中等部まで同学年で同級生だったからな……俺にこそっと訊けば良いじゃないか?」
「……だって……立木先輩って……怪我を預けたんでしょ? それって……ひょっとして、私の『ライバル』になるかも知れないじゃないですか……」
どうやら麻生は太郎のことを好いているらしい。
「なるほど……それは安心していいよ会長さん。あたしにはそういう気持ちがあんまりないんだ。家族愛に近いものは持っているけどね、それはあたしの場合、太郎くんではなく、ハルミンとナナに向いているんだよ」
幼馴染に対する過剰な家族愛を持つという意味で、シルヴィスとミルは本当によく似た考え方を持っている。
「だから今は、ハルミンの得意技である政治家っていう天職を奪った奴に、一発かますので精一杯なのね。まあ、その為に慣れない野球なんてものに挑戦しているんだけれど……」
「……その内、シルヴィス先輩の考える家族構成に、立木先輩も含まれることになるんじゃないですか?」
頬を紅潮させてみたり、膨れてみたりと忙しい麻生の矛先がシルヴィスに向かう。
「それは……ないだろうな……」
ミルにも麻生にも意外なことに、シルヴィスの顔が真面目なものに変わった。
「俺の家族は……そうだな……数年後に太郎や三十朗や大が結婚でもすりゃあ、増える可能性はあるが、基本的に今の構成から変わらないだろう」
そこにシルヴィスは自分と六郎の名を入れなかった。シルヴィス自身が結婚することを考えていなかった為と、六郎の相手は既に決まっていたからだ。
そんな話をしながら廊下を奥に進み、三人は件の応接室に着く。
案内を終えた麻生が一礼して正面口の警備に戻って行った。
「核ミサイル20発って……能力者はそんなことが本当にできるの?」
その小柄ながらも勇ましい後ろ姿を見送りながら、ミルはシルヴィスに訊ねていた。
「まあ、同じ場所を狙っての攻撃……例えばこの最華学園のみを狙っての攻撃であれば、俗に言う結界で防ぐことは可能だが、北海道の各都市に一発ずつなら防ぎようがないな。そんなデカい結界を張れる能力者集団を俺は知らん」
「あんたなら?」
「俺なら……情報収集を怠らず、情報を掴んだならば、その辺にいる瞬間移動能力者を捕まえて、発射ボタンを押そうとしている人物の所に飛び、その人物に眠ってもらう……その後で命令を出している奴に『ちょっとしたお仕置き』をして、戻ってくる」
「……瞬間移動能力者が、知り合いにいるのは便利ね」
答えに満足した訳ではないが、応接室に入ったので私語はそこで終わる。執務机にあるノートパソコンに向かっているハルミンが視界に入るが、ミドリの姿はないので、そのまま続けても良さそうなものだが、シルヴィスが仏頂面に戻り、報告をする態勢になった。
「キリ嬢は道議会の最終答弁中だ。護衛には新発足の警察から特殊能力者要員を試しに数名張りつかせている。もちろん、俺の部隊もそっちにいる。オヤッさんのみの護衛であれば俺一人で充分だと判断し、俺はこちらに回った……知事公館の合宿所で祝勝会中の小文字のZチームの面々の護衛は六郎を呼び戻したので心配あるまい。報告は以上だ」
言いながら、シルヴィスは二人掛けのソファに腰を降ろし、ポットの水をがぶ飲みし始める。苦笑いの表情のハルミンはミルに椅子を勧めた。
「ミル。まずは甲子園出場を決めてくれたことに礼を言うよ」
「正直言って、基礎体力だけなら男に負けない連中を集めたつもりだったけれど、野球は個人競技ではないから、シルヴィスの助言がなければ、一勝もできずに終わった可能性が高いと認めざるを得ないよ」
「シルヴィスは『ものごとを簡単に考える天才』だからね。私がややこしくしてしまった懸案事項でも、シルヴィスは簡単な答えを返してくれる……時々意味不明な発言もあるけどね」
「あんたの仇討の方が、世間的には意味不明じゃない? だって、あんた生きているし、政治生命を奪われたのが仇討の理由じゃ弱いんじゃない?」
「まあね。しかし、少なくとも一年、私はここから動けない身だ。こうして幼馴染にして私の親友であるミルに会うのにも許可が必要になっているし、人間としての高橋ハルミンは死亡した或いは虜の身と同義だよ。その敵討を君とナナがしてくれている。それは自分で動けずに歯がゆい思いをしている私にとっては、最高に嬉しいプレゼントだ」
「そう……あれ……あんた、パソコン苦手じゃなかったっけ?」
喋りながらなにかを入力し続けているハルミンを不思議に思う。ミルの記憶にそんなハルミンはいない。
「ああ、これは私の能力ではなく『私に血を与えてくれた』鷹刃氏三十朗くんの能力だよ。人外の者になってしまった私には有難い能力付与だね」
言われてみれば、三十朗は太郎の半分程度のハッキング能力を有していた。ミルの膝の痛みを預かった日から、一週間ほど寝込んだ太郎の代役は三十朗と大だったのを思い出す。
パソコン初心者だったハルミンから見れば、三十朗程度の使い手でも『世界に通用するハッカー』に見えるものだ。
「ふーん。で? そのハッキング能力をどんな悪だくみに利用しているの?」
「基本的には情報収集と情報操作……我が家の資産管理に使っているね。私の父はミルも知っているだろうけど、所謂『成り金』だからさ。お金の遣い方がなってないんだよ。弟が英国から戻るまでに資産を使い果たしそうなので『謎の資産運用者』として、減らない程度にいじっているんだ。まあ、私も結構な金額を使っているしね」
悪戯っぽく笑うハルミンを見たなら、ナナは卒倒しそうだ。今までのキャラにはない、魅力的な表情だとミルも思ったくらいだ。
「話の脱線には、最近慣れているつもりだけれど……」
そう言いながらシルヴィスに視線を移すと、彼は行儀悪くソファの上で横になって目を瞑っていた。膝下がソファからはみ出している。
「ああ、彼が本気で仮眠できる場所は限られているからね……ここはある程度の安全地帯だという証明みたいなものかな」
「……理事長と麻生……それに、パートナーの有里が裏口にいるならば、そう簡単に結界を破れる奴はいねぇよ……とりあえず、5分ほど眠るので、それまでに水のおかわりをくれ……」
面倒そうに口だけ開いたシルヴィスが、喋り終わるのと同時に寝息を立てた。この数カ月で初めて見る姿だ。合宿所の廊下に時々寝転がっている彼は目を閉じているが、眠ってはいない。
ハルミンが呼び鈴を鳴らし、ミドリ専属のメイドを呼び、ポットの水を補給させた。
「それで、脱線したけれど、今日の本題はなに?」
「ああ、私の仇討成功時に、ミルに言って欲しい台詞を考えたので、実行を要求しようと思ってね」
「……あたしはこれでも『普通の人間』で、普通に将来の夢とか持っている女子高生なんだよ? そんな全国中継のテレビカメラの前で、なにをさせるつもりなんだよ?」
ミルの将来の夢は『普通の奥さん』になることである。普通とは言い難い目八の妻や、刀家のような名家の妻、高橋家のような成り金妻にはなりたくないと考えていた。このささやかな願いを放ってまで仇討に情熱を傾けている時点でアウトなのだが、本人はそれをまだ意識していないし、実際彼女の求める『普通のカレシ』というのも、まだ存在しない。
「いやぁ、実は魂を体に戻されてからというもの、暇で仕方ないのだよ。今まで北海道知事として激務の毎日だったからね……こうして無職になり、女子高生に戻ることも許されない状況は退屈極まりない」
「あたしとナナはあんたの遊び道具か?」
「いや、親友だよ。そして、シルヴィス風に言うなら、愛する家族だと私は思っているさ」
ハルミンのミルに対する信頼は絶対だった。ミルは二の句が継げずに黙ってしまう。
「私の愛する家族だからこそ、危険を承知でナナに知事になってもらい、ミルには甲子園での仇討をお願いした。本当は藤村王以外に六人いるという魔界の王を全て護衛に雇いたいくらいだが、それぞれに別件を抱えているし、揚子江さんが言うには、中央政府相手くらいであれば、シルヴィスの能力で充分だと言われてしまったよ」
「……シルヴィスは……一体何者なの? こんなにしてもらう理由をあたしは聞いていないよ?」
「私は答えを知っているけれど、口止めされている。今は時給に忠実な傭兵だと考えていてくれ。時がくれば、私の口か当人が喋る可能性はあるさ」
ハルミンが答えを濁す場合、それはミルの為を思ってのことであると彼女は理解しているので、それ以上の追求をしない。
ハルミンが作ったという台詞原稿を貰って一読する。
「……あたしの一人称『俺』になっているけど?」
「うん。それは北海道民全ての意志を現す際に、私が北海道を擬人化したからそうなったんだよ。なんとなく、北海道には『俺』というイメージがあるんだ」
「……まあ、言葉の荒い地域も多いし、標準語でもないから、なんとなく言いたいことはわかる……北海道の気持ちの代弁者か……まあ、考えておくよ」
ハルミンの考え方に対するミルの信頼もまた、絶対だった。
突飛に見える政策の全てをミルが支持している訳ではないが、結果としてハルミンのやることに間違えだったことはないと思えるからだ。原稿はミルの制服内ポケットにしまわれた。
「じゃあ、あたしは8月の本番に向け、暑さ対策と練習の積み重ねによる更なる飛躍を目指す。シルヴィスの助言はまだ受けられるんだよね?」
「うん、頼むよ。シルヴィスの契約はミル達が優勝し、仇討が成功し、北海道に帰還するまでだから、どんどん助言をしてもらって構わないよ……その後は彼の予定が詰まっているから、暫く会えないとは思うけどね……」
「予定? ああ、本業に戻るという意味ね?」
「うん。こう見えても、シルヴィスは世界的に有名な傭兵だからね。彼に仕事を頼みたいのは北海道だけではないんだよ。私としては、このまま北海道への永住を勧めるつもりなんだけれど、彼に鎖は付けられない。彼が北海道出身者で助かったよ……私の命も救ってくれたし、どちらかと言えば北海道贔屓の性格だからね。敵だったらと考えると、ゾッとするね」
「ハルミン……ひとつ確認したいことがある」
「なに?」
「……彼の能力に惚れるのはアリだと思うんだけれど、彼に惚れるのは駄目だとあたしの頭の奥で警鐘が鳴る……この感覚はあたしだけか?」
ミルの質問は遠まわしに先程の問いと同一の質問をしているのだが、ミルにそのつもりはない。ハルミンは苦笑いし頷いた。
「ミルの感覚は間違えではないよ。私も時々、彼の発言に心臓を射抜かれる気分を味わうが、ミルと同じで警鐘が鳴る」
「そう……それなら良いわ」
シルヴィスの異母妹たちは全員と言っていいほど、彼の容姿とその絶大な能力に心惹かれる。しかし、そのドキドキは奇妙な感覚の拒否反応によって打ち消され、無意識に凹む癖がある。
シルヴィスとの関係を正確に知らないミルやその他の異母妹ほど、この感覚は強いようだ。




