第九話 別れ
日本人ではないので、日本語が間違っているかも知れないです。ご了承ください。
ドラゴンEMとの戦いが終わって、火焔達は家に戻った。
愛が運んでいた気を失った雷を、体力を回復した火焔は引き受けた。
弟を適当に本人の部屋に投げ込んだ火焔に、愛は問いかけた。
「ねぇ火焔くん? あのことを調べなくていいんですか?」
彼女が言うあのこととは、失踪事件のこと。
EMとの戦いがあったとは言え、美月に依頼されてから二日、火焔は山崎との対話以来何もしていない。
このままでいいのか、と。
だが火焔の答えは――
「まあ、順調に進んでるから」
と、わけがわからない言葉で返した。
この二日、ほぼずっと彼の傍にいた愛はその答えを理解できない。
「えっ?」
何もしていない所をこの目で見たのに、どうしてそう言えるのか。
自分が知らないうちに何か起こったのか。
彼女のその思惑に気づき、火焔は安心させるように、続けた。
「すぐにわかるから」
「ご主人様、姫さん、ここにいらっしゃいましたか……」
この時、二人を探しにきた希は声をかけてきた。
「どうした?」「どうしたの?」
ほぼ同時に反応してくれた二人に、慣れているように希は淡々と続けた。
「今日の料理担当は姫さんだったはずです」
EMとの戦いで時間を気にしていなかったが、もうすっかり夕食の時間だった、
言われて見れば、愛はそのことをうっかり忘れていた。
「あっそうでした、急がないと」
時計を見たらもう夜の七時すぎだ、そろそろ夕食を作らないと、美空と桜に文句を言われる。
「行ってきます」
言って彼女はキッチンへと向かった。
去っていく愛の背中を見て、今度は火焔に問いた。
「何かあったんですか?」
その問題の意味をわからない火焔は「えっ」としか返せなかった。
「気づいてないんですか? 姫さん、今なんか切ない表情していた」
さっき家に帰ってから、愛はずっとそんな顔をしていた。
何か重要なことを考えていそうな、重い重い表情。
そのことに火焔はまるで気づいていない。
「いや」
そして、何故愛がそうなったのか、火焔は心当たりがないようなセリフを口にした。
さっきの戦いでの狂いっぷりは、無意識だったのか。
それとも、単なる知らないふりをしていたのか。
夕食終わって、風呂入って、自分の部屋に戻った愛は自分のベッドに寝そべった。
(火焔くん……)
彼女が考え始めたのはさっき戦った時の火焔。
(あんな顔をするなんて……)
ドラゴンEMと戦っていた時に見せた火焔の不気味な顔。
まるで戦いを楽しんでいるように、愛の助けを邪魔だと言った、あの狂いっぷり。
あの顔を思い出すと思わずゾッとした。
間違いなく狂っている、心が歪んでいる。
何故こうなったのか。
愛は美空との対話を思い出した、火焔の過去に関しての。
――焔ちゃんはね、人間の友達に裏切られたの。
――十年前のことは知ってるでしょう? でも、あの頃はまだよかった。
十年前、火焔は大切な友達を二人も失った。
それを自分のせいだと思い込んで、彼女達に償うために、その一人の命を奪ったEM――「悪魔」に復讐するために、火焔は十年間ずっと戦い続けた。
だが美空の話によると、その時の火焔はまだ、自分を諦めていなく、「仲間や友達などいらない」とか言う奴でもなかった。
それどころか、仲がいい友達が四人いた。
――だが四年前、焔ちゃんは友達を守るために、彼らの前で力を使った。
彼を今のように変えたのは、四年前の出来事。
襲いかかてきったEMから友達を守るために、火焔は彼らの前でエレメントを使った。
――それは悪い事じゃないはずなのに、エレメントの力を駆使し戦った焔ちゃんのことを、彼らは化け物だとみなして、彼の傍から離れた。
エレメントの力でEMを倒し、友達を救えた。
それは正しいことなはずなのに、エレメントの力を化け物の力だと怯えて、火焔を怖がって逃げた。
――あれから焔ちゃんは、周りからのけ者にされた。
そんな彼らはそのことを周りにに知らせて、やがて周知の噂になった。
その結果、火焔は全学校の人からのけ者にされた。
化け物、化け物と。
周りの言葉が刃物みたいに、次々と火焔の心に刺して、彼を傷づけた。
そのことで、火焔は人との関わりを拒み続けた。
自分のせいで誰かを戦いに巻き込まないためにも。
同時に、二度と大切に思う人に離れられて、自分を傷つけないためにも。
そう決意した火焔は、戦いに身を任せた。
――あれからずっと、焔ちゃんは自分を狂わせるまで戦ってきた。
自分の心を閉ざし、感情を圧し殺して、ただ戦いに溺れ。
戦うことで自分の悲しさを、辛い感情を全部麻痺させるようと。
傷が残されてもいい、心が既にたくさん傷ついているから。
戦って死んでもいい、心は既に死んていだから。
そんな心境で、彼は戦って続けていた、自分の体が何度もボロボロになっても。
そうやって、自分を狂わせた。
それでも戦い続けた。
戦うたびに、その状況がどんどん悪化していく。
そして、今。
さっきの戦いでも彼の狂いっぷりが見られた。
早く何とかしないと、火焔は本当に自分の身を滅ぼすかも知れない。
……。
そんな火焔に、自分は誓った。
「あなたの心を救います」と、「絶対に笑顔にさせる」と。
この二週間、その目標にどんどん近づいていると思った。
だがそれは違った。
火焔のことを知れば知るほど、自分は彼について本当何も知らないと実感した。
彼の過去を聞けば聞くほど、彼がどんどん離れているように感じた。
愛は考えていた、そして今も考えている。
本当の意味で火焔を救うために、自分は何をすべきか、何ができるか。
本当に自分は火焔の心を救えるのか。
もしかしたら、自分は彼を救えないんじゃないか。
そんな不安がコツコツと迫ってきた。
だったら。
あの男が言ってたことも……
この間現れた謎の男、彼が言ったことが本当なら、自分が彼の側にいること自体が彼をどんどん戦いの深淵に引き連れていく。
彼を救えないのに彼の側にいることが、彼の苦しみを増やすだけだ。
「ねぇ……私は一体、どうしたら……」
色んな思いを抱え、いっぱい考えて、知らないうちに少女は眠りについた。
翌日、朝。
朝食を準備するためにキッチンへ向かっていた火焔は途中、愛の部屋の前を通った。
その時、部屋の中から愛の悲鳴が聞こえた。
何か起きたのか心配で、火焔はドアをノックした。
だが、返事がなく、代わりにまた悲鳴が聞こえた。
仕方がなく火焔は勝手に扉を開けて、部屋に入った。
すると、彼の目に映ったのはふたりの少女の姿。
ベッドに倒れた愛と、彼女の上に跨っている赤髪の少女。
この間、水と鏡のユーザーコンビと戦った時に、火焔達の味方として現れたあの少女。
二人の体勢から見ると、赤髪少女が愛を押し倒したようだ。
「あら、おはよう」
火焔が部屋に入ってきたことに気づき、手の動きを止めた赤髪少女は、まるで何も起こっていないかのように平然と火焔に挨拶した。
そんな態度で口に出したセリフを聞いて、火焔は思わずツッコミを入れた。
「いやそれ以前にまず何やってんのか説明しろ、ユメ」
「えっいいじゃん! だって彼女だし」
火焔にユメと呼ばれた赤髪少女は、わけがわからない理由で弁解した。
「え?」
少女のセリフの意味をまったくわからない愛は眉をひそめる、だがわかる火焔はユメに向かって続けた。
「いや彼女じゃないし」
「えっ嘘、彼女じゃないの?」
火焔の返答を聞いて驚いた顔をしたユメは突然愛に質問を振った。
「ど、どういうことなの?」
だが、目の前の状況をまだ理解できてない愛はその質問の意味すらわからず、火焔に助けを求めるしかできなかった。
愛の反応を見て、火焔は溜息を吐いたあと、彼女に答える前に、ユメを彼女の上から引っ張り下ろした。
「ほーら」
そして、ユメという人物について説明始めた。
「こいつはな、俺の分身……みたいなもんだ」
「分身、みたいな?」
その説明を聞いて、益々混乱にハマった。
「ああ、こいつは俺がエレメントで作った分身のはずだが、いつの間にか自分自身の意志を生み出したらしい」
ユメという少女の正体は火焔がエレメントで作り出した分身だった。
しかし、本体である火焔でも知らない時に、自分の意識を生んだらしく、火焔の制御を聞かずに行動することができた。
たとえば、さっき愛を押し倒したのがユメの勝手な行動で、火焔の意志とは関係なかった。
自分勝手な行動をするからこそ、彼女のことをそのまま分身だと言えなかったんだろう。
自分の紹介を聞いて、ユメは愛に向かって軽く会釈をした。
「えーと、つまり、もう一人の火焔くんで、女の子バージョンってこと?」
ユメは火焔の分身という事実を、すぐ会釈を返した愛は簡単に受け入れた。
不思議な力に謎の怪物、さらに一緒に暮らしている自動人形、それらを経験して、今更驚くことじゃない、というわけか。
今はとりあえず、その通りに受け入れた。
そのまとめ方に色々とツッコミたいところはあるが、その隙を与えず愛はすぐに続けた。
先ほどの説明を聞いて、愛はついに気になっていたことを解明した。
「あ、だからあれほどの傷でも復元できるんですね」
あの二人のユーザーと戦っていた時、ユメは一回殺された、そしてすぐにまた生き返った。
エレメントでできた分身なら、理解できなくもない。
「ああ。とりあえず、こいつは俺の代わりに、ギルドでいろいろ働いてる」
分身だからこそ、ユメにしかできないことがある。
火焔とユメ、お互いがその気があれば、記憶を読み合うことができる。
火焔と能力と力が共有していて、怪我しても火焔に影響を与えない、また、命を失っても火焔により生き返ることができる。
それらの特性を活かし、ユメは普段、家に残された火焔の代わりにギルドに仕えた。
詳しくはまだ言えないが、主に危険だが報酬が多い仕事。
今度家に帰ってきたのは、火焔を狙ったユーザーに関する情報が耳に入ったからだ。
ユメの紹介を聴き終わって、愛はまた火焔に質問した。
「ねぇ、火焔くんってもしかして――」
しかし、火焔に話を聞くのに、何故かユメを見ている。
「――おっぱいが大きい方が好きなの?」
「お前も急に何を言い出すんだ!」
今回は私服を着ているから改めて見ると、ユメはかなりいいスタイルをしている、特に胸の方は。
さっき聞いた説明から、ユメは火焔の分身。
だから、そのいやらしい体は火焔の好みでできた可能性はなくもない。
そう思うと、思わず妬けた。
「いやいやいやいや」
そんな愛の考えに、火焔は驚いて否定した。
「こいつの見た目って俺が考えたわけじゃないから」
「へぇーー」
そう弁解した火焔を、だが不信な目で愛は見つめていた。
二人のどうでもいい対話を聞いて、自分が始めたことなのに、他人事を見ているようにユメは一息を吐いた。
「二人共? そろそろ本題に入らない?」
「本題」と聞いて、二人はすぐこんな茶番を終わらせた。
「ああ、続けろ」
この時、愛はあることを思い出した。
二人組と戦った時に、追撃しようとしたユメを止め、火焔は彼女に『他にやるべきこと』をやらせた。
そして、昨日失踪事件について火焔に聞いた時、『順調に進んでいる』と返された。
すべてを繋げて、ようやく事情を理解した愛は思わず、「あっ」とした。
「うん、失踪事件の真相がわかった」
やっと現状を理解した愛を見て、他の二人は一瞬微笑んでから、ユメが調査したことについて語り始めた。
* * *
五月一日、午後。
ゴールデンウィークだったため、学校はお休みで、学園内では生徒が一人もいないはず。
だがこの桜見学園に、白い制服を着ている一人の少女がいた。
手にコンビニのレジ袋を持っている彼女は体育館にきた。
「本当にいたんだ、前川さん」
突然自分へ向かった言葉を聞いてびっくりして、少女は振り向く。
彼女の後ろにきたのは、一人の少年。
「山崎君……」
火焔達に失踪事件の調査を頼んだ山崎だった。
そして、今彼の目の前の少女こそが、彼がずっと会いたかった、探したかった者、クラスではいじめられた、前川えみ。
「やっと、会えた……」
久々に前川に会えて、少し嬉しい感情が混じった、心配していた山崎はすぐにでも彼女の傍に駆けつけたい。
だが、一歩踏み出そうとした彼は前川に止められた。
「来ないで!!」
「っ……」
だが近づくなと言われた。
またどこかに消えたらどうしよう、そう考えた山崎は迂闊に彼女に近づけない、だから遠くから質問を投げた。
「今まで、どこにいたんですか」
「別に、山崎君とは関係ないでしょ……」
冷たく返して、彼女はまた山崎に背を向けた。
「僕はずっと、前川さんのことが心配で、ずっと会いたかった」
「会ってどうする?」
「話したいことがある!」
前川の質問に、山崎は素直に答えた。
しかし、彼の言葉に彼女は答えていなかった。
短い沈黙を経って、気まずい雰囲気の中で、山崎は続けた。
「前川さんに、また学校に来て欲しい」
自分の本音を吐き出そうとした山崎に、前川はただ嘲笑うような口調で返した。
「……学校に? なんのために」
「僕が前川さんに会いたいから」
今まで一度も聞いたことない口調をした前川に、尚山崎は固く続けた。
「……だからまた学校に帰っていじめられろ、とでも言うのか……」
しかし相変わらずの冷たい口調で、彼女は続けた。
「いや、そんなじゃない」
「だったら?」
「僕は……!」
前川が返した質問に、山崎は一瞬戸惑った。
だがすぐに、決意をして次の言葉を言い出した。
ずっと言いたかったことを、ずっと心の底に潜んでいた自分の本音を。
「僕は前川さんのことが好きだから!! 前川さんの傍にいたい!」
そんなことを言ってくるとは思わなかっただろう。
突如の告白を聞いて、前川は沈黙に入った。
どう返事してくるんだろう、心がドキドキでハラハラとした山崎。
「ふっ」
だが突然、前川は笑い始めた。
「はっはははははは」と、火焔と似ていた、少し不気味で狂気を感じる笑い。
そして続けた。
「私が好き? ……こんな化け物が?!!」
言って、彼女は勢いよく振り向いた。
それと同時に、彼女の体からいくつもの何かが射出された。
この危ない状況を見て、さっきから後ろに隠れて、二人のことを見ていた火焔と愛は、山崎を守ろうと飛び出た。
火焔は前川から射出された「もの」から山崎を守るため彼を突き飛ばし、愛は山崎の死角に入った一瞬を狙ってエレメントでその「もの」達を弾けて、方向を変えさせた。
落ち着いて地に刺さったものをよく見たら、それは見た目から金属相当に硬そうな羽だった。
それほどの硬さと、体育館の地面に刺さるほどの鋭さを持つものが、山崎に当たったら、傷どころじゃ済まない。
再び前川のところに見たら、先ほどの女の子は既にいなくなり、代わりにいたのは――
「本当にEMだったのか……」
EMという名の怪物。
女性らしきスリムな体型をした灰色の体、背中に生えた小さな翼で鳥類と人類が混ざったような顔。
これは鶴をモチーフにしたEM、そして、前川えみの正体。
「前川……さん?」
そんな彼女の姿を見て、山崎は驚いた、驚くしかできなかった。
好きな人が怪物に変わった瞬間を見たから。
そして、彼の隣にいた火焔と愛も。
時間は数日前に遡る。
「……失踪事件の真相がわかった」
調べたことを、ユメは二人に告げている。
「事件の犯人は、前川えみという子だ」
失踪事件の犯人を、ユメはあっさりと言い出した。
「彼女が他の四人をどこかに監禁した、それがすべての真相だ」
いじめられた子からいじめた側への仕返し、それが失踪事件の全貌だった、いかにも合理的。
「そうでしたか……」
元気のない声をしながら、愛は何か考えているように下を向いた。
そんな彼女を見ていた火焔はそして一番重要な質問をした。
「で、EMとの関連性は?」
この事件にEMは関わっているのかを調べる、それが美月から調査を頼まれた理由。
今の話を聞いて、EMとは関係ないだとわかる、だが一応聞いてみた。
「それがね、あったんだ」
ユメのその答えは火焔の想像を越えた。
「前川えみ、彼女、EMなんだ」
「「えっ??」」
突如語れた驚く事実に、二人共愕然とした。
いくら自分の分身とは言え、火焔はユメの記憶を覗く興味はない。
だから、火焔もその情報は初耳だった。
「寄生型に取り付かれていた、のか?」
“人間がEM”、その表現に違和感を感じた火焔は自分の考えを確かめるために、ユメに疑問を投げ出した。
だがその考えを、ユメはすぐ否定した。
「彼女自身がEMなんだ」
その言葉に、二人はまたも驚いた。
「どういうことだ」「どういうことですか」
ほぼ同時に、二人は質問を投げた。
『人間がEMだ』とはどういうことなのか、二人にはまだ理解できない。
何せ、ユメもこの調査で初めて知ったからだ。
「言葉通りの意味よ……一回だけ、彼女に接触した」
と、ユメは続けた。
「自分の意志を持って、何者かに操られているようにも感じない、彼女こそがEMそのもの、人間の姿はただの皮ってわけ」
「それって、EMが人間に化けてるんだと……」
「うん、それしかない」
前川は人間の姿を持ったEM、言わばEMのほうが本体ということを、ユメは強調した。
信じたくない顔をした火焔と違って、愛は一人だけなにか納得した様子を見せた。
そして、また大事なことを考えているように思考を巡らせて、黙った。
火焔の質問に答えながら愛を見ていたユメはそして続けた。
「ともあれ、あの四人を隠した場所がわかった」
『前川えみはEM』、現にそれを目に映したとしても、二人は信じたくない顔をしている。
突如現れた二人を見て、逃げようと前川EMは翼を広げて、体育館の天井を破り、外へ飛んだ。
そう見て、追いかけるつもりで火焔はすぐ体育館の外まで走った。
まだ遠くまで逃げていないEMを足止めするなら今しかいない。
そうするために、火焔は「セーブ」から謎の装置を取り出した。
先端にはなにかが嵌りそうなスロットがある、何かしら持ち手らしき物が三つ、三角形にくっついたような装置に、「セーブ」から更に三本の剣を取り出し、それぞれ合体させた。
「三刀流・焔輪」
火焔の呟きに応え、その言いようがない武器の刃の部分に炎が纏った。
そしたら、EMに投げた。
高速で回転して飛んでいく武器はEMの片方の羽を切り取った。
突如の攻撃にテンパってたEMは、何が起こったを確かめたく、一瞬振り向いた。
だがこの時、まっすぐに飛んでいった三本の剣は、ブーメランみたいにまた帰ってきた。
そのことに反応が追いつけなかったEMはそして、もう片方の羽も切られた。
「……あっ…………」
それによって飛行能力を完全に失ったEMは当然地に落ちた。
その後手元に帰ってきたブーメランを火焔はしっかり受け取った。
「待って!」
すぐ追撃しようと駆け出した火焔はだが、体育館から出てきた愛に手を掴まれて止められた。
急に邪魔されたせいか、火焔は冷たい口調で返した。
「どうした」
「やっぱり、あのEMを……前川さんを倒すんですか?」
愛が突然聞き出したのは、当たり前のような質問。
「何言ってんだ、そうに決まっている」
EMが現れたら倒す、今までもそうやってきた。
「彼女だけ、見逃してくれないかな?」
その質問を聞いて、火焔は彼女を一目を見たあと、下へ向いて続けた。
「今までたくさんEMを倒してきて、今更なにを言ってんだ」
今まで沢山EMを倒してきたのに、今更辞めたいのか。
EMを助けたいと、聖人面をするのか。
その言葉の裏に秘めた質問に気づいた上、愛は続けた。
「ううん、ただ、彼女の気持ち、なんだかわかるような気がします、いいえ、わかる!」
火焔の言葉に秘められた質問に答えながら、愛は続けた。
「前川さんを倒したら、火焔くんもきっと後悔します。だから、彼女だけ、倒さないで欲しい」
その時、強い意志を感じれる愛の瞳を見て、火焔は一瞬迷った。
彼女の視線から逃げて、火焔は掴んでもらっていた手を放させた。
「もういい、あのEMは、俺一人でやっつけるから、お前はここに残れ……」
その言葉だけを残し、火焔はそのままEMが落下した場所へと向かった。
そうやってそこに残された愛は火焔を見送ったあと、また体育館の中に戻った。
あれだけ冷たく対応されていたのに、彼女の顔には何故か幸せそうな微笑みが浮かんでいる。
「もう本当、素直じゃないから……」
「さっきのあれ、なんなんですか?」
体育館に帰ったらいきなり、山崎に質問された。
前川が姿を変え、火焔は虚空から剣を取り出し、炎を操ったところを見て困惑していたのだろう。
「私達の知らなかったところに存在していた化け物、ですかね」
もうこれ以上隠せないと思ったからか、山崎でもわかるように愛は説明した。
「前川さん、化け物だった? じゃあ君たちは?」
「化け物を退治する側、ですかね」
山崎の質問に、前半には戸惑いながらも頷いて肯定し、後半にはあやふやに答えた。
その答えを聞いて、山崎は信じれなく目を泳がせた。
「君たちは、いつもああやって戦っていたんですか?」
「うん、まあ一応」
隠すつもりがなく、素直に答えた。
さっき火焔に突き飛ばされたところに突っ立った山崎は継続した。
「じゃああの人は、前川さんを殺すのか……」
前川がEMに変わったとこを見て、どうやらまだ彼女のことを心配している。
化け物と、化け物退治専門の人。
となると、怪物はきっと倒される、それが当たり前。
ならば、前川は危険だ。
だがその考えに愛はすぐ否定した。
「ううん、あの人はそうしません」
火焔なら、前川を殺さない、と。
「何故そう言い切れる」
「彼のことを信じてますから」
山崎が問いかけた質問に、愛は答え無き答えをした。
そして逆に、質問を返した。
「先輩はどっちにしたいですか、倒してほしい?」
「それはもちろん、倒されて欲しくない」
そう聞かれて、答えなんて一つしかいない。
好きな人が殺されるなど、誰も望まない。
すると、愛はまた別の質問を問いた。
「あの姿を見ても、まだ前川先輩のことが、好きですか?」
前川が怪物に変えたのを見て、まだ好きでいられるのか? 怖がらないのか?
「それは……」
前川がEMになって、二人が追いかけて、愛が戻ってくるまでの間、山崎はずっと自分に問いかけていた。
あの姿を見た自分は、一瞬でも怯えていた、怖がっていた。
そんな自分が、前川の正体を知っても、まだ彼女のことがすきだと言えるのか。
化け物である前川のことを、自分は受け入れるのか。
「でも、それぐらいで好きでいられないほど、自分の気持ちは甘くはないから」
そうやって、彼は結論が出た。
「好きっていう気持ちはそう簡単に失くしたりはしない」
「たとえ化け物だとしても、ですか?」
「そうだとしても」
と、覚悟する山崎。
「それに、化け物って言っても、前川は悪い奴じゃない……って僕は信じる」
好きな人のことを何があっても信じる。
例え相手が化け物としても、相手が悪さをしないようなやつだと信じる。
それが愛情というもの。
と、山崎はそう思っている。
「私もそう」
微笑んで言った山崎のセリフに、愛も微笑みを返した。
「山崎先輩が前川先輩を信じているように、私も火焔くんのことを、信じていますから」
山崎のように、彼女も覚悟をしている。
火焔に何かあっても、何をしても、好きでいられる、信じている。
化け物であろうが、狂っているであろうが、自分を放棄しているだろうが、信じていて、好きでいられる。
「だから……」
自分も同じような覚悟を示したあと、愛は山崎の前に行って、手を彼の肩に乗せ力を入れて、床に座らせた。
「……ここで二人が帰ってくるのをお待ちしましょう?」
似たような立場の二人は、そうして、そこで好きな人が帰ってくるのを待った。
EMが墜落したところはそれなりに人が多く集まっている広場。
隕石のように上空から猛烈な速度で落下したEMは、「バン――っ」と大きな音と共に地面に穴を開けた。
それによってパニックになった民衆達、その数人だけ何があったかを探るために、そこに群がった。
幸い、怪我人は出なかった。
その時、前川EMは唸って立ち上がった。
ただでさえ慌てている人達は、その落し物の正体はまさかの怪物だと見て、更にパニクって逃げ回った。
混乱の中、EMは暴れることもなく、ただ何かを探してように周りを見回しただけ。
どうやら、あの男はまだ追いついていないようだ。
早いうちにここから離れようと考えたEMはだが、自分の飛行能力が失われたことを思い出した。
彼女もさっき羽が切られたことに動揺しているんだろう。
他に逃げる方法を必死に探っている中、次の言葉が聞こえた。
「逃げだって無駄だ」
そう、火焔は既に着いた。
学校からここまでの距離は決して短くない。
この短時間で追いかけてこれたのは、恐らく雷のエレメントを使ったんだろう。
周りの人が逃げるを待ったあと、火焔を警戒していたEMは口を開けた。
「なぜ追ってきた」
自分は戦いたくない、という意味を含めたその疑問に、火焔はふっと笑った。
「お前はEMで俺はユーザー、それ他に理由はあるか!」
言ってすぐ、火焔は「紅蓮」を取り出して、攻撃を仕掛けた。
本当に戦う気がないからか、その攻撃を防御もせずにまんまと喰らった。
一撃を貰って、火焔は更に追撃をした。
一撃、また一撃。
その怒涛の攻勢に返す術もなく、EMはただ一方にダメージを食らっている。
事情が知らない者が見ると、これはまるでいじめのようになっている。
もはやどっちが悪役ですらわからなくなった。
幸い……なのか、このEMは見た目と違い、防御力がそれなりに高い。
今までのように、簡単にどこか切り落とされることはない。
そして、体が切られても目立った傷が残らず、ただ当たる度に火花が散る程度のみ。
だが見た目はあれとして、ダメージはちゃんと入っている。
「いい加減本気出せ」
斬っても斬っても反撃してこないEMに、火焔はなんかイライラしてそう。
彼女に本気を出せと、言って攻撃の手を止めた。
彼女に反撃のチャンスを与えている。
いっぱい攻撃を喰らっていたフラフラと立ち上がったEM。
だが、反撃をしない。
「戦う気は……ないから」
息ができず喘ぎながら、無理やりにもその言葉を絞り出した。
その同時に、人間の、前川えみという少女の姿に戻した。
彼女はそうして自分は他のEMとは違うと示した。
あそこらのEMと違って、戦う気がない、人を襲う気もないと。
「ふさげんな! この姿になれば殺せれないと思ってんのか」
しかし、それは火焔には通用しない。
そう言って、火焔は剣を構えた。
それを見て、反抗をせず、前川はただ目を瞑って待った。
あっさりと諦めたEMに、火焔は斬りかけた。
――――が、この時。
――『前川さんだけ、倒さないで』
火焔を止めたのは、愛の言葉。
その言葉とそれを言った時の愛の顔を思い出し、火焔は前川の首元で剣を止めた。
何故このタイミングでそのセリフを思い出したのか、彼本人も知らない。
なぜなら彼も、自分の手を見て驚いているからだ。
手が自分の言うことを聞かず、剣をそれ以上振り下ろすことができない。
まるで、愛に攻撃を止められたように。
試しに剣を握っている手に更なる力を入れてみた。
だが、空中に止まった剣はまったく動じなく、ただ火焔が過剰に入った力によって震え始めた。
これ以上どうしようもないとわかって深呼吸して落ち着き、いつもの無表情に戻った火焔は横に剣を振り投げた。
ブスッと地に刺さった剣の音を聞いて前川は、何か起こったかを探るため再び目を開けた。
するとこの状況について問いかけるように、火焔を見つめた。
「鶴のEMはさっきの一撃で倒した」
その意味が分からないセリフと共に、そこらへんに落ちた「紅蓮」を回収すべく、火焔は彼女に背を向けた。
その話を聞いていた前川はつい、震えた声でその言葉の意味を聞いた。
「わたしを殺すんじゃなかったんですか」
「……やめた」
彼女の質問に対し、火焔はそれだけ答えた。
それを聞いて、前川は「はっ……」と苦笑しかできなかった。
いつもの無表情だが、どこか複雑さを感じる顔をした火焔は続く。
「ここでお前を殺したら、あいつがまた悲しい顔をするから」
ここで前川を殺したら、愛はまた悲しい顔をしたり、泣いたりするから。
それが見たくないから、やめた、と。
実話なのか、言い訳なのか。
とりあえず、火焔は自分を見逃してくれた。
それを理解した前川は、ほっとしたからか、力が抜けた。
だが、火焔の話はまだ終わっていない。
「ただ、今度またEMに変身したら確実に殺してやるから」
それは前川、目の前のEMへの忠告。
君を見逃すのは今回だけだ、次は容赦しないと。
体育館から離れてから一時間二時間ほど経った。
火焔は前川を連れて戻ってきた。
山崎に話がある前川に、火焔は距離を取って、二人に話し合える空間を作った。
「ごめんね、こんな化け物で……」
山崎のとこに行った前川は、彼に自分の正体を明かし、謝った。
「いいから」
今でも泣きそうな前川を、山崎は優しく抱いた。
「前川さんが化け物だと知っても、好きな気持ちは変わっていないから」
そして今の自分の気持ちを彼女に伝える。
「君がどんな人でも、化け物であろうと、君が君でいる限り、僕の気持ちは変わらない」
その言葉を聞いて、前川は涙腺がゆるんだ。
「わたし……」
涙のせいで、声にならない声で、彼女は告白に返事を返す。
「わたしも……山崎くんのこと好きだったよ……」
そう、山崎が前川のことを好きであったように、前川も実は山崎のことが好きだった。
「いじめられていて、辛かった時、あなたが手を差し出してくれたから……」
山崎はいじめられていた前川を庇って、お礼を言われた時に彼女の笑顔に惚れた。
前川もあの時、唯一自分に手を差し伸ばしてくれた山崎のことが好きになった。
唯一自分に優しくしてくれた者に、自分を庇ったら一緒にいじめられるかもしれないとわかって尚助けた、そんな勇気を持つ人に、恋した。
だが、自分は人間ではない。
化け物と人間は一緒にいることはできない。
その矛盾を抱いて、前川は自分の気持ちを隠していた。
さっき、山崎の目の前でEMの変身する前の一瞬、前川の目元から涙が流れていた。
そのことに火焔と愛は気づいていた。
きっと本当は山崎に見られたくないからこそ、そこで泣いたんだろう。
自分は化け物だから、人間と一緒にいることは許されないから、そう思って、山崎に諦めさせるために、自分に諦めさせるために、彼の前で変身することを決めたんだろう。
そんな、前川の心境を、実は火焔は誰よりもわかっている。
彼もそうやって、今までずっと人と絡むことを拒んできたから。
自分は化け物だから、自分と一緒にいるとお互い怪我するから、そう思って、自分を閉じ込めた。
この瞬間、火焔は前川の気持ちが分かるようになった。
「はぁ……」
と、火焔は一息吐いた。
「いいとこで悪いが、イチャつくのあとにしてもらえるか」
そして彼は、お互いに告白を、本音を語り合って、いい感じになってきたカップル二人に割り込んだ。
まだ失踪事件は終わっていないから。
この事件で失踪していたのは五人、いじめる側の四人といじめられていた前川。
その四人が未だに見つかっていないのだ。
ユメの調査によって、事件の犯人は前川とわかった。
ならば、その四人は今どこにいるか、知るのはただ――前川だけだ。
その本人に、火焔は直接に言いかけた。
「そろそろあの四人を解放したら?」
火焔の言葉を聞いて、山崎も他の四人の失踪が前川の仕業だと気づいた。
「前川さん、君がやったのか……」
驚いた彼はつい本人に答えを求めた。
山崎を騙したくない彼女はそして素直に認めた。
「うん……」
そして、何故そんなことをしたかというと――
「やつらはあなたをいじめ始めたから」
あの時、山崎が彼女を庇って、いじめられる側に落とされたのだった。
「わたしにだけならまだ耐えられた、でもあなたにまで手を出したら、わたしは許せない!! だから……」
「だから山崎を守るためにEMの力を使ってやつらを監禁した、だがそのあと罪悪感が生じて、彼の前から姿を消した、と」
彼女の代わりに続けた火焔。
あの四人が山崎に向けたいじめ行為が段々酷くなって、それで黙っていられなくなったから、前川はあの四人を襲って閉じ込めた、EMの力を使って。
そして自分が人間を襲う化け物だと思って、罪悪感が生まれ、山崎と一緒にいることが許されないと思って、彼の前から逃げた。
前川の話を聞いたら、ここまで推測するのは難しくない。
彼女はその推測を聞いたら、頷いた。
「そういうこと……だったのか……」
事情を聴き終わって、前川が何かしたか、そしてその行動理由を理解した山崎は彼女を責めることはない。
「でもいいんだ、やつらの自業自得だ、僕はただ君が帰ってくれれば……」
この事件に対し、山崎の態度は、どうでもいい。
彼にとって、ただ前川が無事で、帰ってくればいい、それさえできれば、他の人のことは知らない。
火焔に頼んだ時からその態度でいた。
彼にとって、この事件は終わっていた。
だが火焔にとって、これは美月に頼まれた仕事、それを最後まで成し遂げる責任がある。
だから、あの四人も一応探し出さないと。
「で、やつらはどこに?」
ユメは言った、四人を隠す場所がわかったと。
彼女の話によると、それが今彼らが立っている、この桜見学園の体育館だった。
それが火焔達三人が前川がここにいるとわかった理由。
前川が体育館に入っていた時に持っていたレジ袋、それは前川が四人を隠した所に向かっている証拠だった。
ちなみに、そのレジ袋は未だに体育館の真ん中にあった。
中に入っていた四つの弁当は地にばらまかれた。
元々それを四人のところに持っていく途中だったんだろう。
しかし、見てた通り、ここ体育館には何も見当たらない。
ならば、どこに隠したのか。
「わかりました」
火焔の立場を理解して、前川はこれからあの四人を解放する。
彼女は山崎から離れて舞台側へ向かった。
目を閉じて、手を前に伸ばし、力を入れる。
エレメントを使う火焔と愛の行動に似ていた。
その動きを数秒維持したら、そこの空間が歪み始めだ。
すると、どこかと繋ぐ扉みたいなものができ。
これは野上家の「ゲート」とは、大差がないもの。
ただ火焔達の「ゲート」が金色の光の扉みたいなものに対して、前川の「ゲート」は黒く見えて、いかにもポータルみたいな感じ。
そして今更だが、その「ゲート」を一言で説明すると、どこでも○ア。
扉を通り抜けたら別の場所に瞬間移動できる、という性質で似ている。
ただ、「ゲート」の居場所一旦設置されたら、解除されるまで完全に固定で、普段では見えられない、感じられない、エレメントにだけ反応して起動する。
野上家の大門あたりの「ゲート」は学園の屋上や近くにあるあまり人が通らない小道に繋がっている。
その他にも、少ないが、色々な人が通らない小道にそれぞれ空島と繋がっている「ゲート」が存在している。
前川に反応し現れた「ゲート」らしき物はどこかに繋がっているのかは分からない。
前川はもう二度とこれを使わないと信じる火焔も、それを聞くつもりはない。
今は扉の向こうを異空間と仮定しよう。
そしてその異空間から四人の男女が恐れ恐れも走り出した。
それが失踪していた四人だろう。
目の前の見慣れた景色を見て、ようやく自由になれたと確信し、四人共ホッとした。
四人を解放したら、その「ゲート」はガラスのように割れて消えた、これでこの「ゲート」は消えて、二度と使えなくなった。
その動きで、彼女は自分はEMである自分を捨てると、火焔に覚悟を見せた。
その「ゲート」が消えた時の音を聞いて、振り向いた四人は前川の存在に気づいた。
その中の三人は驚いて彼女と距離を取った。。
彼らの反応から見ると、恐らく前川の正体を知っている。
だが、残りの一人、四人のリーダーらしき男は彼女を見た瞬間怒りが沸いた。
「よくも俺たちを閉じ込めたな! この化け物!!」
言って、彼は前川に殴り掛かった。
そんな彼の拳を止めたのは、火焔。
自分の想定と違うことが起きて、男は焦って火焔を罵倒した。
「なんだお前、化け物に味方にするのか」
「元はと言えば、お前らがいじめていたからだろ」
そんな彼に、火焔は彼らのことが自業自得だと言いかけた。
「なんだと?」
「化け物も人間も関係ねぇんだよ、いつもいじめる側に居られるやつなんていない」
男の胸ぐらを掴んで、火焔は続ける。
「いじめるのなら、いつでもいじめられる側に落とされる覚悟をしろ!」
火焔から見ると、四人は仕返しされたにすぎない。
彼らが今まで前川と山崎をいじめる行為は前川がしたことと変わらない。
おあいこだ、だから彼らには前川を責める資格が無いと。
言い終わったら、彼は男の腕を放した。
火焔の言葉に男は返す言葉がない、ただ不服な表情でしか返せなかった。
そしたら、「わかったならさっさとここから離れろ」と火焔は目で彼らに言った。
すると、怖くて逃げるような三人と、「忘れねぇから」と告げているみたいに、怖い表情で火焔を見つめながら男は体育館から去った。
「はあ……」
面倒事が去り、火焔は重く一息を吐いた。
これで本当に、すべてが終わった。
「あの……」
この時、何か言いたいようで山崎は火焔の隣に行った。
「ありがとうございました! 前川を探してくれたこと、そして倒さなかったこと」
彼は火焔にお礼を言った。
「約束します、もう二度とEMに変身しないと」
そして、彼のあとについてきた前川もEMのことについて火焔に誓った。
「お礼ならあいつに言ってやれ」
だが、火焔は思う、自分よりも彼らが本当にお礼すべき相手がいると。
それが愛だった。
愛が止めてくれなかったら、火焔はマジで前川を倒した――かも知れない。
そしたら今のように、山崎と一緒にいることができず、彼と本音を語り合うことですらできなかっただろう。
実際、山崎を連れてきて、前川と会わせたのは愛だった。
今思えば、彼女はあの時から二人の気持ちに気づいていたのかも知れん。
好きな人のために行動する、というところで前川と共感していたから、火焔に彼女を倒して欲しくなかったのだろう。
『彼女の気持ちがわかる』とは、そういうことだ。
だが火焔が知らないのは、本当は自分もこのふたりの感情に気づき、前川を倒したくない感情が自分の心の中にあったと。
だからこそ、彼はトドメを刺すときに手を止めた。
「飛鳥姫さんのことですか?」
火焔の言葉を聞いて、“アイツ”とは愛のことだと山崎はすぐに悟って、そして笑って返す。
「素敵な人だと思います、大切にしてください」
火焔と前川がいない間、山崎と愛は色んなことを話していた。
それで、火焔に対する愛の感情を知り、彼女の恋を応援したいと思うようになった。
何せ、彼女は自分の恋を応援していたからだ。
それを知らない火焔は小首を傾けた、そして――
「そう言えば……」と。
この時、火焔はとあることを気づいた。
「あいつはどこに行った?」
そう、火焔達が体育館に戻ってきたときから、実は愛はいなくなっていた。
その行方を、火焔は彼女と一緒にいた山崎に問いた。
「えーと、確か……」
すると、彼は記憶を探り始めた。
「突然用事ができて、僕にここで君達が帰るのを待っていてって言ってた、あっあと……」
彼によると、愛は彼にそのことを言ったら、どこかへ行った。
喋ってるとき、山崎はあることを思い出した。
「野上さんに伝えてって」
愛が行く前に火焔に言葉を残した。
「なんだ?」と火焔に言われたら、彼はそれを火焔に伝えた。
「――――」
その言葉を聞いた火焔は心の動揺を隠せない。
そしてすぐに愛はどこへ向かったか山崎に尋ねた。
「そっち」体育館の裏口を指した。
それはさっき火焔や前川、閉じ込められた四人が使った表口と違い、普段誰も通らないし、そもそも近づかない裏口。
愛がそこを通って離れた。
そう聞いて、愛を探すために火焔もそこを通った。
扉を越えた瞬間、探知の能力が勝手に発動した。
しかし、EMが出現するときの、刃にささるや心臓が握り締められる、それほどの痛みとは違って、ただうずうずしていた。
その感じがしたことは、EMがここに現れていたと示している。
今はいなくなったが、ここに確かEMがいた。
なら愛がここに向かったことも納得できる。
だが今はもうEMの姿も愛の姿も見かけない。
愛に何か起きたんじゃないかって心配で、火焔は駆け出した。
その時に、何かを踏んで彼はつい足を止めて確認した。
彼の足元にあったのは愛のメッセージ。
氷のエレメントが綴った単語はさっき山崎の口から告げたのと同じ言葉だった。
―― ご め ん な さ い
次回予告
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「ごめんない」
その一言を残して、どこかへ消えた愛。
「どこに行くんだよ……」
そんな彼女を探して、雨の中で走り回る火焔。
そんな火焔の前に現れたのは、一つのチャンスだった。
十年前の罪を償う機会が訪れた。
親友達の仇を取る機会。
十年間の悲願を果たす機会。
――「悪魔」との決着。
「さぁ、今度こそ、すべてを終わらせる……すべてをぉ!」
次回、第十話、「復讐の果て」