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夢の狭間

作者: 清兄

テーマ「夢」でワンライです

昔から不思議な夢を見ることが多かった。

僕が見たことも聞いたこともない景色が広がり、

在るはずのない実体がそこで生きている。

摩訶不思議で荒唐無稽なファンタジー。

曇天に覆われ黒鉄が敷き詰められた世界。

山のような大樹が天を貫きそびえ立つ世界。

透き通るような青に満たされた海の世界。

そのどれもが僕にとっては眩しくてキレイな世界だった。

この話をお師匠様にすると、

「お前は夢の狭間に迷い込みやすいみたいだな」

と言って、不機嫌な顔にも渋るような顔に見えるシワをなぞった。

いわく、自分の夢の枠組みから足を踏み外し、世界そのものが見る夢に行ってしまっているらしい。

その自分の夢世界の外を夢の狭間というそうだ。

そう珍しいことでも特別なことでもないが、そういう人間は時に世界の階位を数段飛ばしに引き上げることもあるらしい。

僕は自分が凄い魔法使いになったように思えて誇らしい気持ちになったけど、お師匠様はそんな僕を窘めた。

「勘違いをしてはいけない。それは時に良くないものをお前に見せてしまうし、時にお前を道から踏み外させるかもしれない」

「僕は大丈夫です!」

なんだか大したことないと言われたようでムッときた僕は少し意固地になって反論すると、お師匠様はため息をついた。

「お前はわかっていない。道を踏み外す時、お前はその道こそ正しいと思って道を踏み外すのだ。いいか。今から言うことを決して忘れるな。お前が見るものは所詮夢でしかない、お前の現実はこちらにある。努努忘れるなよ」

そう言うと、お師匠様は外の空気を吸ってくると言って書斎から出て行ってしまった。



それが大体一月ほど前の話。

あれからも僕は何度も夢の狭間に迷い込んでは数多の世界を見てきた。

時には恐ろしい化け物が闊歩している世界や、鉄の塊が空を飛び火を吹いている世界もあった。

確かにそれらの世界は怖かったけれど、それ以上にそれらの世界は魅力的だった。

だから、今日も僕は未だ見ぬ新たな世界に期待して眠りに落ちる。



それはなんと表現すれば良いのだろう。

ただただ静謐な世界だった。

一面に広がる緑の絨毯に、小高い丘の天辺には大きな木がその枝葉を思うがままに伸ばしている。

青い空には名も知らぬ鳥が数羽、自由に飛び回っている。

それ以外には何も存在せず、和やかな静寂のみが場に満ちていた。

ふと、丘の頂上、木の根元に気配を感じた。

歩くのとは違う、強いて言うなら流れるように移動する。

近づけばより一層その大きさが印象的な大樹の下へやってくると、

(……この子は)

一人の白い少女がそこで眠っていた。

陶器のように白い肌、サラサラの白い髪。

あらゆる色を純白で染め上げたような眩しいワンピース。

まるで人形のような少女は、あるいは死んでいるようだ。

その子が身じろぎをして、小さく声を零す。

「ん……」

そして、風に飛ばされた木の葉が一枚、絹のような髪に触れると彼女は目を覚ました。

ゆっくりと瞼が開き、宝石のようにキラキラした目が露わになる。

半開きのそれが焦点をゆっくりと合わせ、手が何かを探るようにさわさわと草を撫でる。

一分ほどの微睡みを経て少女は完全に目を覚ました。

上体を起こし、周りを見回した少女は、僕と目を合わせる。

心臓が跳ね上がるようにどきりとした。

夢旅行とでもいうべきこれは、向こうの世界からは僕を認識できないようになっている。

お師匠様が言うには、あくまで外側から眺めているにすぎないからだそうだが、僕にはよくわからない。

とにかく僕にわかるのは、僕はただの観察者であるということだけ。

それを証明するように今までの世界で僕と目を合わせるような存在はいなかった。

偶然だろう。たまたま彼女は僕のほうを見ているだけで、僕を見ているわけではない。

そう思い込もうとした。何か、まずいことが起きるような気がしたのだ。

けれど、それは偶然ではなかった。

「あなた、誰?」

それは聴く者の心をとろかすような声。

まるで心に作用する魔法を受けたように、気持ちが高ぶる。

もっと聞きたい。この声を独り占めしたい。

心の弱いものならそうなるであろう、魔性の声だ。

僕は咄嗟に魔力を練る時の瞑想状態に入って、揺れる感情を抑え込んだ。

そして、完全に心が落ち着いて、ようやく僕は状況を整理し始める。

まず、この子は見えるはずのない僕を見て、しかも声までかけている。

それに対して、僕はどうするべきだろうか?

無視する?確かに、お師匠様の言うとおりにするなら僕は観察者であるはず。

それなら、彼女と話すのはあまり良くないかもしれない。

けれど、僕は初めて夢の狭間で話せる誰かに、この感動を共有できる誰かと話したかった。

だから、少しだけ罪悪感に痛む胸を無視して少女に話しかける。

「僕はリック。リック・ラックだ。君は?」

名前を聞かれた少女は首をかしげ、何かを思案した。

……まさか、自分の名前を知らないってことはないだろう。

「私は……ソラ」

「ソラ、だけ?家名とかはないの?」

「私、ソラ」

どうやらこの子には家名とかはないようだ。

でも、よく考えれば別に不思議なことではないのかもしれない。

僕の世界では名前と家名があるのが当たり前だけど、別にない世界だっていくらでもあるのだ。

僕が関わってきた人たちはみんな家名を持っていたから当然のように思っていたけど、

それは僕の思い違いにすぎないってことだ。

「リックはどこから来たの?」

「え、僕かい?」

「お空の向こう?それとも遠い海の果て?暗い森の深くから?」

「えーと……」

困った。僕がどこから来たかを説明するのはとても難しい。

夢の狭間に迷い込んでやってきた、と言って彼女は理解できるだろうか?

変に不信感を与えるのも良くないだろうし……。

悩んだ末、僕はその問いを誤魔化すことにした。

「僕はついさっきここの下にやってきたんだ。それでこの木を目指したら君がいた」

「そうなんだ。……ねえ、もしかして、あなた」

すっとそのダイヤのように煌めく瞳が細められる。

「外を知ってるの?」

「外?」

「うん。……私ね、この樹の下から離れられないの。お母様がね、離れちゃダメだって、言ったから」

「お母さんがいるの?ううん、それ以前にここに他の人がいるのかい?」

そう聞くとソラは悲しそうな顔をして目を伏せた。

「今はいない……。みんないなくなっちゃった。私だけ置いてかれたの」

「ご、ごめん。じゃあ、君はずっとここにいるのかい?」

声を出さずにこくりと小さく頷いたソラは膝を抱えている。

その様子がなんだか放っておけなくて僕はソラの隣に腰を下ろした。

「リックは外を知ってるんだよね?」

「うん。これでも色んなものを見てきたよ」

夢の中だけど、と心の中で付け足しておく。

けれど、実際経験はともかく知識だけなら僕は豊富だ。

なにせ寝る度に僕は新しい世界の知識を得られるのだから。

「じゃあ、私に外のことを教えて。せめて、話だけでも聞きたいの」

顔を上げたソラの瞳がまっすぐ僕の目を捉える。

その目には何か強烈な力が宿っていて、僕は目を逸らすことができなかった。

縛り付けられるような感覚に驚きながらも僕は口を開く。

「う、うん。じゃあ、これはーー」



そして5つ目の世界についての話を終えた時、僕は自分の意識が世界から離れていくのを感じた。

夢世界への旅行は、当たり前だけど夜だけの話。

日が昇れば僕は自然と向こうの世界へ意識を返すことになる。

それをソラに話すと彼女は涙目で首を横に振った。

「や、やだ。もっとリックと話していたい。お願い、リック、行かないで?」

「そうは言っても、これは仕方ないんだ。僕にはどうしようもないんだよ」

「やだやだ。……やだよう」

とうとうソラは小さく声を上げながら泣いてしまった。

僕はどうすればいいのか分からずに困惑する。

そうしているうちにも刻限は迫ってきているというのに。

「私、リックと一緒に行きたい」

涙と嗚咽に混じってソラのそんな言葉が聞こえてきた。

「私一人でここにいるのはもう嫌なの。お母様の言うことなんて知らない。私だって外に行きたい」

「それは……でも、どうやって?僕はソラを連れて行けないよ」

生憎ここにいるのは僕の意識だけであって、彼女を連れて行く術は僕にはない。

そう言うと、ソラはいよいよ絶望に顔を曇らせる。

「行っちゃダメ。リックはもっと私とお話しするの。だから行っちゃダメ」

暗い声でソラがそう言った途端、僕は何かに強く引っ張られるような感覚に襲われる。

元の世界に戻るはずだった意識が、こちらに踏み止まろうとしているのを感じた。

「そ、ソラ?一体何を……」

「絶対行かせないわ……!リックは私とずっと一緒なの!」

「そんな!困るよ、僕には帰らなきゃいけない場所があるんだ!」

「そんなの知らない!私だってリックといっぱい話したいもの!」

僕を引っ張る力はどんどん強くなる。

僕は自分の意識と元の世界の繋がりが薄くなっているのに気づいた。

このままだと僕は体を向こうに残したまま、意識だけこちらに永住することになってしまう。

「頼むよ、僕を返してくれ!」

そうなれば、僕という存在は元の世界で事実上死んだことになる。

僕は恐怖に駆られてソラに詰め寄った。

「やだ!絶対にやだ!」

けれど、ソラは断固として僕を返そうとしない。

そして、元の世界との繋がりが消えそうになった時、

「ーーーえ、あれ?」

僕の意識は暗転した。



「起きたか」

明らかに不機嫌そうな声。

目を開ければ怒った顔のお師匠様が僕の顔を覗いていた。

「何かよからぬ魔力を感じて来てみれば……。お前、あと少しで二度と戻ってこれなくなっていたぞ」

「お師匠様、一体僕は……」

「あそこは神の箱庭。あの場所には神の幼体が住んでいる。いずれ神として成熟したものはあそこを出て、それぞれが滑る世界へ赴く。お前はその神の幼体に魅せられていたのだ」

「じゃ、じゃああの子は」

「おそらくは神、だろうな。しかし、お前が戻ってこれてよかった。あと少し遅ければ、あるいはその幼い神がもう少し成熟していればどうなっていたことやら……」

いつにも増して真剣なお師匠様の様子に背筋が凍る。

「とにかく。これからは細心の注意をもって行動するのだ。間違っても今回のように向こうの世界の住人と会話なぞしてはならんぞ」

「はい、わかりましたお師匠様」

そう返事をすると、お師匠様は部屋から出て行った。

けれど、僕にはどうしても最後に見たソラの顔が忘れられなかった。



それから数年。

僕はとうとう魔法使いとして大成し、お師匠様に並ぶほどの大魔導士になった。

この日のために準備した魔法陣の前で、決意を固める。

今から僕がすることはバカなことなのだろう。

もしかすると取り返しのつかないことかもしれない。

けれど、あの日の出来事が頭から離れないのであれば、結局僕にはこうするしかないのだ。

「開け、異界の門」

詠唱に呼応し、目の前に荘厳な扉が現れる。

この扉をくぐれば別の世界へと行ける。

僕はグッと息を飲み込んで扉を開け、その向こうにいる彼女に会いに行く。

「ただいま」


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