敵、襲来
灰坂達と出会った日から三日後。
僕はもう退院する準備を済ませ、あとは医者に呼ばれるのを待つだけだった。
早く医者が来ないかと僕が待っていると、
『当病院をご利用されている方々にお知らせです。』
突如、放送が入る。
僕はその放送に耳を傾ける。
『只今から、当病院は我々、A B Uが占拠しました。こちらは最新鋭の武器を持っているので抵抗は無駄だと思っていてください』
僕は驚愕する。
ABUといえば灰坂が言っていた敵対するという組織だ。
それがこの病院を占拠したということは…
「君が狙いだろうね。」
突然、何処からか声がする。
僕は驚き、部屋の中を見渡すが誰もいない。
空耳かと思い、聞こえなかったことにしようとすると、
「こっちだよ。」
再び声がする。
僕が声がかけられた方向を向くと、そこには紹介の時にいた黒雨がいた。
「く、黒雨さん。やっぱり、これは僕を狙ったものなんですか?」
「うん。君のことは小さくだけど新聞に載ったし、ビルから落ちて無傷なんて、僕達や彼らから見ればすぐに能力者だと分かるだろうね。」
黒雨は抑揚は薄いがはっきりとした喋り方でそう言った。
「じゃ、じゃあ僕達は今からどうするんですか?」
僕はそう聞いた。
黒雨はいつの間にかいじっていたスマホをポケットにしまうと、
「いま、本部に連絡したよ。まあ、今は人少ないだろうからすぐには来れないだろうけど…。」
「それじゃあ、その間足止めかなにかしないといけないんですね…」
「うん。でも僕達二人はどっちも戦闘向け能力じゃない。」
「黒雨さんの能力は?」
「気配を完全にゼロにして認識出来なくなる能力。」
確かにその能力では、二人合わせたとしても火力にとても不安が残る。
「僕は武器があるけど…。蒼野くん、君は?」
「無いです」
僕は正直に答える。
すると、黒雨は着ていた服のポケットから何かを取り出しこちらに放る。
僕はそれを慌ててキャッチし、それが何かを確認すると、それは拳銃だった。重さ的にもエアガンとかではないだろう。
「グロック17、持ってて。もしもの時のために。安全装置は外れてるから気をつけて。あとは引き金を引くだけでフルオート射撃だから。」
僕はガンホルダーに入った黒い物体をまじまじと見つめ、その後、少ない知識で腰に装着した。
「じゃあ、行こうか。」
黒雨はそう言って、扉を開ける。
僕はそれに付いて行く。
今まで感じたことのない緊張感が、廊下を漂っているのがわかった。
「君は撃たれても痛みを感じないのかな?」
黒雨にそう聞かれる。
確かに痛みを感じないのか試したことはなかった。
とはいってもこの場で流石に自分を撃つことはしなかった。
「ちょっと手、出して。」
黒雨が言う。
僕が言われた通り手を出すと、
パチンッ!
チクリとした痛みがする。
先ほど黒雨に出した手を見ると、輪ゴムがあった。
「痛かったかい?」
黒雨は再びそう聞く。
僕は無言で頷いた。
「そうか。じゃあ、出来るだけ相手の攻撃は避けてね。痛みで戦闘不能というのも無くはないから。」
僕は再び頷く。
確かに、痛みで立てなくなったら終わりだ。
そう思ってなんだか怖くなる。
その時、
「見つけたぁ!」
突然、廊下の突き当りの角から男が現れ、こちらに迫ってくる。
完全に僕達を狙っているのがわかる。
「蒼野くん!しゃがんで!」
黒雨が叫ぶ。
言われた通りにしゃがむと、抑制も何も無い発砲の音がすぐ近くで聞こえた。
しかしその銃弾は、こちらに迫ってくる男の身体に吸い込まれていく前にまるで止まったかのように落ちていく。
「やっぱり能力者か!」
「あぁ、そうさ!俺の能力は『あらゆるものを止める能力』!銃弾の速度さえ一瞬でゼロになる!」
男はそう叫び、更にこちらに迫る。
すると、僕は黒雨に手を掴まれ、
「にげるよ!ここは分が悪い!」
と、言われて逃げる。
しかし、男も逃がさないようにより加速する。
「逃がすかぁ!」
廊下の角を右に曲がる。
そこで、黒雨は止まると、
息を大きく吸い、呼吸を止めた。
男も角を右曲がってくる。
だが、男は僕達の前を通りすぎていった。
「これが黒雨さんの能力…」
「うん。チキンな僕のチキンな能力。」
微笑みながら黒雨は言う。
「これから…どうするんですか?」
「僕の能力は動くと解けてしまうから、移動して出会ったらすぐに見つかるだろう。しかも、彼の能力は『あらゆるものを止める能力』と言っていたから、気付かれたら銃による戦闘はできなくなる。」
絶望的な状況とも言えるようなことを黒雨は淡々と言った。
すると、何かを思いついたかのように、スマホを取り出し、手早い手付きで電話をかける。
「もしもし、今蒼野くんが入院してる病院にABUが強襲してきたんだけど、敵の能力の相性が僕らとは悪いから、助けに来てよ。……ありがと。出来るだけすぐ来てね。」
電話を切り、スマホをしまうと黒雨は、
「今、一番相性の良さそうな人呼んだから、少し待ってようか。」
と言った。
僕は、
「誰が来るんですか?」
「それは来るまで待ってて。」
暫しの、沈黙が続く。
堪らなくなって、僕は話題を出す。
「黒雨さんの願いって何だったんですか?」
「ん?あぁ、それは『消えたい』だよ。まあ、完全に消えることは出来なかったんだけどね。」
とてもいい願いとは言えないその願いの理由を聞こうか迷っていると、
「僕ね、虐められてたんだ。学校でも、家でも。」
と、黒雨が話し出す。
「学校に行ったら、皆がまるで僕を恨んでるかのように憎悪の目で見てくるし、家でも両親ともに邪魔者扱いされていた。行き場所も無くなってしまったそんな頃、悪魔に出会った。」
黒雨はつらつらと話していく。
「だから、消えたいって悪魔に願った時は、嬉しかった。まあ、こんなことになるとは思ってなかったけどね。でも、今は灰坂さんが居て、桃谷ちゃんが居て、赤宮君が居て、君がいて、そして、シオリが居てくれる。だから、僕は生きてるんだ。」
「何話してるのよ」
上から声がした。
三日程前に少しだけ聞いたような、苛立ちを含む声。
上を見上げると、そこには緑葉が居た。
眼鏡をかけたその目は睨んでるようにしか見えない。
「あ、シオリ、来てくれたんだね。よくここにいるって分かったね。」
「女の勘よ。とにかく移動するわよ」
そう言って緑葉は少し遠くに歩く。
黒雨が立ち上がり、合わせて僕も立ち上がる。
「さぁ、私に目を潰されたいのは誰かしら?」
……To be continued