戻り方と桃谷の事情
「嵐のような人だったな…」
僕は、赤宮が去った後、そう呟く。
「とりあえず病室に戻らないと、そろそろ騒ぎになってそうだ…」
僕は灰坂を探して歩き出す。
その途中。
自分の部屋の前を通った時だった。
「貴女ねぇ!寝る時は自分の部屋で寝なさいよ!」
という怒声が聴こえた。
さらに、
「え、だって、蒼野が、いいよって、いったよ?」
聞き覚えのある、特徴のある喋り方も聴こえた。
僕が廊下から覗くと、
「蒼野さんがいいって言ったからじゃないです!それなら自分の部屋まで行けば良かったじゃないですか!人の部屋のベッドを借りるなんて非常識です!」
怒っているのは…緑葉といったか、彼女だった。
怒られているのは勿論、桃谷。
すると、桃谷がこっちに気づく。
「あ、蒼野、どうしたの?」
と、声をかけてくる。
不意に緑葉もこちらを見る。
「あ!蒼野さん!貴方も貴方で桃谷さんに頼まれたからって寝させてあげるのはやめてください!彼女、どこでも寝ちゃうんですよ!」
矛先がこちらを向く。
これ以上は面倒になりそうなので、
「すいません。桃谷、眠そうだったので…あと、僕の部屋のベッドもあまり使わないと思ったので」
と、穏便に済まそうとする。
緑葉はため息を吐いて、
「まあ、今回はいいですけど、もう辞めてくださいね!」
と、言って彼女は去っていった。
2人になったあと、桃谷が、
「ごめん、ね、私の、せいで、緑葉に、怒られちゃった」
と、言っていたので、
「いや、大丈夫、彼女、結構厳しいんだね」
と、僕は言う。
「うん、怒ると、多分、一番、面倒」
桃谷が言うので僕は笑う。
「そうだ桃谷。病室に戻りたいんだけどどうすればいいかな?」
僕はそう質問する。
すると桃谷は少し考え込みながら、
「ぐぅ…」
「ねるなっ!」
寝た。
「あ、ごめん、寝ちゃってた」
僕は溜息を吐く。
「えっと、それは、灰坂に、聞いて、私は、わかんない」
桃谷はそう答える。
「わかった。ありがとう」
僕がそう言って行こうとすると、
「灰坂なら、部屋に、いるんじゃ、ないかな」
と教えてくれた。
僕は桃谷に手を振り、灰坂の部屋を向かう。
灰坂と書かれたネームプレートの付いた扉の前に立つ。
僕は、扉の左側に付いたインターホンを押す。
ピンポーンというお馴染みの音が鳴り、暫くして灰坂が出てくる。
「おや、蒼野くん。どうしたのかな?」
灰坂はそう質問する。
「あ、いやあの、一度病室に戻っておきたいなと思って戻り方を聞きに来たんです」
僕は質問にそう答える。
「あ、そういうことなら、3階の奥の方に入口があるからそこからいつでも自由に帰ることができるよ。あと、ここの時間はあちらの時間よりも遅く過ぎるから、半日ぐらいいても全然大丈夫だよ」
灰坂はそう教えてくれた。
じゃあ、桃谷はなんで知らなかったんだろう…。
僕の頭にふとそんな考えが浮かぶ。
「蒼野くん、君、最初にチトセちゃんに聞いたでしょ?あの子は分からないよ、だって、ここに入ってから出てないからね」
灰坂は僕の考えを読んだようにそう言った。
僕は、
「てことは…桃谷は一度も家に帰ってないんですか!?」
と、取り乱す。
「落ち着いて。蒼野くん、これだけは教えるよ」
一息置いて灰坂は言う。
「みんながみんな、帰る場所があるとは限らないんだよ」
直ぐにその意味を理解した僕は落ち着いてこう言った。
「分かりました。戻る方法を教えてくれてありがとうございました」
と、お礼だけ言って僕はその場を立ち去った。
戻る扉の前で、僕は再び灰坂の言葉を思い出す。
(みんながみんな、帰る場所があるとは限らないんだよ。)
つまり、桃谷は…。
……To be continued