眠りの桃谷
「これで、自己紹介は終わりだよ!基本的にどの部屋も入っていいけど、個人の部屋は入っていいかとか断りを入れてね。ドアのところに名前が貼ってあるから分かるはずだよ」
灰坂がいつも通りのにこにこ顔でそう言った。
「個室なんてあるんですか?」
「うん!君にもあるけど、使ってもいいし使わなくてもいいよ」
僕の質問に灰坂はそう答える。
「はい、ありがとうございます」
僕は礼を言って、その場を後にした。
そして、個人部屋と書かれた看板の指す方向に歩く。
まっすぐな廊下が続いて、一定間隔で部屋が両側にあるようだ。
先程、紹介を受けたのは自分を含めて6人で、あと2,3人入るとしても9部屋あれば足りるはずなのだが、部屋の数は倍近くあるようだ。
僕は、既に自分の名前が貼ってあるドアの前で止まる。
ドアを開けると、小さめの玄関があり、そこから入って右側に簡易、とはいえなかなかの料理が作れそうなキッチンがあり、その奥にはさらに別の部屋への扉があった。左側には小さなクローゼットと、やはり更に奥の部屋があるようだった。
僕はまず、左側の扉を開ける。
そこはベッドのある部屋で、恐らく、寝泊まりまでできるようになっているのだろう。
部屋から出て、次は右側の扉を開ける。
そこはバスルームで清潔感のあるユニットバスだった。
「多分、使わないんだろうな…」
僕はそう呟いて、部屋の扉を閉める。
ピンポーン
部屋のインターホンが鳴る。
誰だろう…。
そんな事を思いながら、僕は入口の扉を開ける。
そこには、先程、死の約束をしたはずの桃谷が立っていた。
「やあ、入っても、いいかい?」
やはり、少し片言気味な喋り方をする桃谷。
「いいですよ。どうしたんですか、桃谷さん」
僕は、桃谷を部屋に入れ、仕方がないので、何も無い床に座ってもらった。
「敬語、じゃなくて、いいよ、あと、さん付けも、いらない、でも、灰坂、みたいに、チトセちゃんは、やめてね」
「あ、はい…じゃなくてうん。で、どうしたの?」
「さっきの、話」
桃谷が会話を切り出す。
「さっきのって、桃谷が僕を殺すって話?」
「うん」
少々ゆっくりめだが、ちゃんとした受け答えをしてくれる。
「あれさ、冗談、なら、いいん、だけど、ほんとに、君、死にたいの?」
桃谷はそう聞く。
僕は、
「うん。僕は死にたい。はっきり言って、こんな世界で生きていたくない」
と、はっきり言う。
「そう、なんだ…私の、能力は、眠りに、関する、事なんだけど、だから、相手を、永遠の、眠りに、付かせたりも、出来るの」
僕はそう聞いて、灰坂が彼女を起こさないでねと言っているのを思い出す。
やはり、それと関係あるのだろうか。
「私の、願いは、『眠っていたい』、だったの、だから、悪魔に、こんな、能力を、かけられたの」
彼女は淡々と、話を進める。
「だから、みんなの、眠気も、吸い取って、みんなが、眠く、ならないように、してるんだけど、君のも、して、いいかな?」
眠気を…吸い取る?
僕は頭の中でその言葉を繰り返したが、うまく解釈ができなかった。
しかし、何故か彼女の言葉には安心感があったため、僕は、
「うん、いいよ」
「分かった、ありがと」
と、彼女は微笑む。
すると、スっと目が冴えるような気分になった。
「ふぁぁ…、眠く、なっちゃった。蒼野君、君の、部屋の、ベッド、借りても、いい?」
欠伸をしながら聞いてくる彼女に僕は、
「別にいいよ。僕は多分使わないし」
と答えた。
「ありがと、じゃあ、寝るね」
と、彼女は立ち上がり、左の部屋に行こうとする。
僕は、そんな彼女に、ひとつ言いたいことがあった。
「桃谷、約束は果たしてね」
それを聞いて、彼女は少し驚いたようだが、直ぐに頷いて、扉を開けた。
彼女がベッドのある部屋に入り、扉を閉めたあと、僕は一人、大きく伸びをした。
そして、少し軽くなったような気がする一歩を踏み出した。
……To be continued