桃谷の過去
今回は、桃谷の過去。
灰坂との出会いまでと、その後の親しみと本音の話
『また寝てる!起きなさいよ!』
うるさいなぁ、あと5分だけ…
『だから友達に眠り姫とかってバカにされるのよ!』
今はそれは関係ないでしょ…
『いいから起きなさい!!』
その声と共に、桃谷チトセは跳ね起きた。
いつもは1度寝たら天変地異の中でも寝てるはずなのに。
久しぶりに見たあの夢。
その度に昔のことを思い出した。
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桃谷チトセは、生まれつき「過眠症」という病気だった。
不眠症がなかなか眠れないように、過眠症は眠りすぎてしまう病気だった。
小さい頃は気にならなかったが、次第に症状は重くなり、言葉も片言になっていった。
さらに、不眠症に比べ、過眠症は人々への定着が薄い。
そのせいで、通っていた学校でも、
「桃谷さん、また居眠り!?何度注意したら分かるんですか!?」
「い、いや、これは、私の、病気で…」
「言い訳無用!また後で職員室に来なさい!」
と、呼び出された挙句、説教され、過眠症のことを伝えても、過眠症の存在を信じない教師には通じなかった。唯一の救いは、理解してくれる両親だけだった。
次第に、学校が嫌になっていった桃谷は、学校に行くのをやめて、家で眠り続ける日々を送った。
数日ごとのスパンで起きるを続けていたが、一向に眠気は無くならなかった。
そんな時、悪魔が現れた。
悪魔は桃谷の願いをひとつ叶えると言った。
夢だと思った桃谷は寝ぼけ眼に「もっと、眠らせて…」と言った。
悪魔は消えて、桃谷は眠りを操れるようになった。
生活に支障が出ないように、過眠症をコントロールできるようになった桃谷はとても嬉しかった。
しかしそんな矢先、不幸が訪れる。
ある日、両親が、2人で旅行に行ってくると。
桃谷は、「沢山寝れる〜」と、楽しみなものがいつも通りだった。
しかし、眠りについたのは、桃谷だけじゃなかった。
両親も眠った。
永遠の眠りに。
それでも桃谷は泣かなかった。
代わりに、眠り続けた。
このまま自分も、覚めぬ眠りについてしまえばいいと思って。
眠っていれば、何も考えなくていいと思って。
そんな時に見る夢は、いつも海に溺れている夢だった。
夢の中では溺れているのに、死ねない。
何故か死ねない。
ただ、もどかしさが募るだけだった。
そうして、しばらく眠りに沈んで目覚めたあと。
目の前には、スーツを着込んだ細めの男性がいた。
その男、灰坂との出会いが、眠りの桃谷の目醒めだった。
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昔の事考えていたら、何故か急にお腹が減った。
ちなみに、私は料理ができない。
灰坂に作ってもらおうとゆったりとした感じのピンクパジャマのまま、部屋を出る。
緑葉に見つかったら文句言われるのは分かってはいたがそれでも着替えるのが面倒だった。
建物の中を歩き回って、たまに眠気に負けそうになりながら、私は灰坂を見つけた。
「灰坂、おなか、減った…」
私は灰坂に声を掛けた。
灰坂はその声に反応して、こちらを向く。
「チトセちゃん、お腹減ったの?しょうがないなぁ、作ってあげるからまずは部屋で普通の服に着替えてこようね」
「着替えるの、面倒」
「じゃないと作らないよ?」
「着替えて、きます」
灰坂には勝てなかった。
私は、部屋に戻り、着替えを始める。
途中、やっぱりめんどくさくなったので、いっその事下着姿で行ってやろうかなと思ったが、流石の灰坂も怒りそうなのでやめた。
ラフな部屋着に着替えたところで、再び部屋を出て、2階の厨房の方向へ向かう。
厨房に着くと、ちょうど灰坂も料理を作り終えたところだった。
「おお、ちょうどいいタイミングだね。はい、どうぞ」
灰坂はそう言って皿を出す。
皿の上にはまだ湯気のたつオムライスがあった。
「いただき、ます」
そう言って私は、オムライスに手を伸ばす。
オムライスを口の中に入れると、柔らかすぎない卵が口の中でふわりと溶けて、ケチャップが丁度よく絡んだご飯が舌に旨味と甘味を伝える。さらに、このオムライスはそれらのハーモニーが完全にマッチしていた。
「美味しいかい?」
灰坂に聞かれた。
「うん、灰坂は、きっと、いい、執事に、なれるよ」
「あ、そこはお嫁さんとかじゃないんだ。ツッコミどころも何も無いね」
灰坂が地味にツッコミをする。
私が皿の上のオムライスを数分で胃の中に送り込むと、灰坂はその皿を厨房の方で洗い始めた。
私が席を立とうとした所で、
「チトセちゃん、ちょっと待って」
灰坂にそれを止められた。
「なに?灰坂」
灰坂は私の眼を見て、
「ここでの生活は楽しいかい?」
「へ?」
思ってた以上に不思議な質問をしてきたので、変な声が出た。
「うん、まぁ、楽しい、よ?」
私は答える。
そして逆に聞き返す。
「なんで、そんなこと、聞いたの?」
灰坂は、次は洗っている皿の方を見ながら、
「いや、チトセちゃんが来た時に比べて、人数も増えたから、お互い、色んな人と触れ合うようになっただろう?最近はどうなのかなと思ってね。でも、楽しいなら良かった」
灰坂は微笑んで言った。
私はこのD C Uの初期メンバーだ。
初期メンバーは、私と灰坂と赤宮の3人。
そこから緑葉、黒雨、藍川姉妹、黄賀、白野原姉弟、紫野の順にはいり、そして、1番最近に蒼野が入ったのだ。
話がそこで途切れてしまったので、少し気まずくなって、私もその質問をした。
「僕も楽しいよ、特に最近は賑やかになったし、今はもうチトセちゃんもふて寝してないしね」
「あれは、ふて寝、じゃない」
灰坂は恐らく、会った時の事情と眠りから言っているのだろうが、アレはふて寝ではない。強いて言えばヤケ寝だ。
私は言うが、灰坂は微笑んでいるだけだ。
「今の、状況が、続けば、いいのに」
私はふと、本音を漏らす。
確かに、敵は倒さないといけないのは分かっている。
でも、この状況に満足し、失いたくない気持ちだった。
灰坂は、私の言葉を聞き、ほんの一瞬驚いた顔をしたが、再び、いつもの微笑みを取り戻す。
「そうだね、続けばいいね。A B Uを倒したあともずっと」
灰坂の言葉に桃谷は嬉しくなる。
彼らを倒したあともみんなと一緒なら、眠らなくても大丈夫な気がするほどだ。
「うん、ずっと、一緒が、いい」
私はそう言って、灰坂の顔も見ずに上機嫌で厨房をあとにする。
……To be continued