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稲荷の使い

作者: 土門 水






 ある晩のことです。

 普段は夕方には仕事を終えて帰って来る兄は、普段よりも遅く、夜も更ける頃になって、仕事場から帰ってきました。心配をしていた母は玄関でずっと兄の帰りを待っていたのですが、兄はとても疲れているようで、母の顔も見ずに玄関から上がると真っ直ぐ自分の部屋に入って行ってしまいました。

 母は兄の今にも倒れそうな状態に驚き、今日はそのままゆっくりさせてやろうということで、私達にも兄の部屋に近寄るなと言いい、一晩そのままにしたのです。

 私も母の言いつけを守り、兄の部屋には行こうとは思わなかったのですが、私も寝ようと床に就いた時に、隣の兄の部屋の方から何かを触るガサゴソと音が聞こえてくるのです。

 なんでしょう?その音が気になって、私は静かに兄の部屋の前に来ると、そっと、戸を押して兄も様子をみたのですが……、

 

 「どこにいる……どこにいる……どこだ。」

 

 兄はボソボソ言いながら、暗がりの中薄く見える兄は、部屋にある家具や布団をぐちゃぐちゃにしながら何かを探し回っているのです!!

 私はこの光景を目の当たりにして「うっ!」と声を上げてしまいました。

 兄は私の小さな呻きも見逃さないようで、私の方に俊敏な動作で顔を向け、そのまま私をじっと見ているようです。

 顔の表情まではわからなく顔を合わせていたのは2~3秒だと思うのですが、兄から伝わる異様な雰囲気を感じて、私は兄の部屋から脱兎の如く逃げだしました。すると、兄は部屋から廊下側へぬっと顔を出して、走る私をじっと無言で見ていたのです。

 幾ら疲れて帰って来たとは言えあれは異常です。恐怖のあまり私はすぐに両親の部屋へと駆け込みました。

 両親は寝ていたのですが、私が兄の事を必死の様子で伝えていたのが引っ掛かったのか、父が廊下の明かりをつけて、兄の部屋へと一緒に行ってくれたのです。

 そして、そっと父が戸を開けると……


 部屋は以前と変わった様子はなく、きちんと整理整頓された部屋と布団に包まった兄が寝息を立てているだけでした。父は夢でも見たのではないかと私に言って、早々に引き揚げてしまいましたが、あれは夢でもなんでもありません。確かにこの目で見ていたはずなのです。

 私はおかしいと思いながらも、部屋の戸を閉めて、改めて自分の部屋の床に就きました。ですが、中々寝付けません。兄が今度は廊下に出て、私の部屋に来るのではないかと恐れて目が覚めてしまったのです。


 ですが、その夜は何も起こりませんでした。私もいつの間にか寝てしまっていたようです。私は、寝不足ながらも朝食を食べに居間に出たのですが、何時もいる兄の姿がありません。母に尋ねると、まだ起きていないようなのです。兄は結局、そのまま一日仕事を休んでしまったようですが、父が仕事に遅れると言っても、母が食事の準備が出来ていると言っても何一つ反応せず、布団に包まったままのようなのです。


「どこか病気ではないだろうか?」

父は夕食の時に心配そうに呟いていました……。

 そして私が、再び床に就く時がやって来ました。昨日は眠れず寝不足がちだったので今日はさっさと眠ってしまおう。そのつもりでした……。



……ガサガサガサ……タッタッタッタッ……ゴソゴソ


……また何かやっています。目が覚めてしまいました。しかし、今度は物音がたっているのは廊下なのです!!

……私の寝ている部屋一枚の先で、昨日の異様な雰囲気を纏った兄が何かやっている……そう考えるだけで恐ろしくなってきました。私はその時、布団を思いっきり被ろうと思ったのですが、引く腕が動かない!! 

 生まれて初めて経験した金縛りでした。

 しんと静まり返った部屋の中で、廊下の物音を聞きながら、ただ、目だけが動かせる……そんな時でした。ピタッと廊下の物音が聞こえなくなったのです。


「なに!…なになに!! 」

 私は恐怖であたりを見回して、しっかりと目を一回つぶって開いたときでした。

 


 おでこがつくぐらい目の前に、兄の無表情の顔があったのです。



「ウワッアアアアア!!! 」

 私は驚き、たまらず兄の顔を殴ってしまいました。

 すると、兄は「ウッ!! 」という呻きを出して、私の部屋から飛び出していったのです。

 

 そして、目をつぶるとまた朝になっていました。私は朝一番に両親にこのことを伝えると、母は廊下での物音に気付いていなかったようですが、戸棚や瓶にあった食べ物が無くなっていることに気付き、父はおとといから兄が一向に部屋から出ていないことを不思議がり始め、私の話も聞いたためかおそらく、


「狐憑き」


 ではないかということを考え始めました。

 そこで隣で聞いていた母は、兄の部屋に行き、兄が寝ているそばに座ると一言


「あなたは、どこの方ですか?」

と尋ねると、少し沈黙があった後に、


「我は、○○○稲荷大社の使いの物である」

 といつもの兄の声色とは違う声で答えたのでした。それで母は兄が狐憑きになっていると確信を抱き、続けて「何故○○(兄)にお憑きになられたのですか」と問うと、

 

「○○○稲荷大社から○○伏見稲荷大社への使いの旅の途中であったが、疲れてしまって近くにいた○○の体を使って休ませてもらっている」とまた答え、母はそれを聞きそして最後に「何か食べたいものはありませんか」と一つ質問をすると、「油揚げをくれ」と一言言ったのでした。


 母は私に、お豆腐屋のお使いをすぐに頼み、父は、近所の稲荷神社の神主を呼ぶことになりました。

 私が油揚げを買ってくると、それを母は包丁で二つに切り、皿に盛って兄の元へもっていきました。

しかし中々手に取ってくれません。母は動物の習性を考えたのか、兄の部屋から立ち去ると直ぐに起き上がったようで、兄はすぐに油揚げを手に取り、布団の中で食べ始めたのでした。

 父は、神主と兄の勤め先の社長さんを連れて帰ってきました。社長さんは狐憑きである兄の状態を見ると、理解を示してくれたようです。神主は、祝詞を捧げてくれました。

 お豆腐屋に買い出しと神主の祝詞が、10日間ほど続いた頃、兄についている狐が

「そろそろ、疲れも取れてきたのでこの者から出ていく」と母に言ったそうです。

 同時に狐はその時、休ませてもらったお礼をしたいと「何か困ったことがあれば、月夜の晩この家の屋根に上がって、赤飯を供え願い事を唱えよ」と話したのでした。

 その次の日、狐の予告通り狐は出ていったようで、何事もないように兄が起きてきました。

 兄は、どうやら今日まで夢を見ていたようで、狩衣を着た狐と話していた夢を見ていたようですが、まあ何はともあれ、私達家族は兄が正気を取り戻したことを喜びました。


 そして、この一件のことが強烈に思い出される事から思い出へ変貌しようとしていた時、困ったことが起こったのです……。

 私の集落では頼母子講というものがあり、一年間賭け事など遊びや余剰金を貯めこんで、年末にその頼母子講からのお金を貰うという制度があり、今年は私の家がお金を貰う番に当たっていました。しかし今年は賭け事も少く、お金があまり貰えなかったのです。

 

 これは、困ったことになりました。私の家でもそのお金は大金で、かなり頼りにしていたのです。このままでは、家計が大変なことになってしまいます。

 そこで母は藁にも縋る思いで、狐に助けを求めてみることにしたのです。母は月夜の晩、屋根に上がり赤飯を供えて、願い事を唱えました。


「稲荷の使い様、どうかお願いを聞いてください。」

 冬の抜けるような寒空の下、凍えながら何遍も同じ願い事を唱えて行き、流石に母の体を心配する兄が屋根に上ろうとした時、玄関の方で「リンリン」と鈴の音がしたのです。

 

 何だろうと玄関を開けてみたところ、誰かがいるわけでもなく不思議だなと思い下を向くと、そこには古い壺が一つ置いてあったのです。何だろうと中を覗くとなんとお金が沢山入っていました。

 どうやらさっきの鈴の音は、母の願いを叶えにきた稲荷の使いが、鳴らしたものだったようです。






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