ほろ苦いのもお好みですか?
「あ、通信だ。ごめんね」
ヴィリン様がいつも右手人差し指につけている、大きくて澄んだ角のとれた四角い透明の石がついていて装飾の施されたごつめの指輪の石が淡く紫に光っている。
紫に光っている透明な石の中では何かのマークが回っている。
今まで見ていた限りでは相手によって色やマークも変わるようだった。凝ったギミックだなあ。
定休日の店内だし、ここで応答してくれても構わないんだけどなあと思いつつドアベルを鳴らして外に出て行くヴィリン様を見ながら、ミルクと砂糖をたっぷり入れたコーユを飲む。
仕事の話なら聞かれたらまずい事もあるか。
セルジュ様と二人で来られた時の会話で麻痺してしまってるかも。
ダメだなあ。
お昼になりそうなもの何かあったかなあとカウンター下の冷蔵庫をチェックしてみるものの、ちょうど使いきってしまって、葉野菜のキャロンとベーコンのパスタくらいしか作れそうにない。
ヴィリン様がどれくらいお店にいるのかにもよるけど、時刻はお昼過ぎ。
…どうしたものかなあ、戻ってきたら聞いてみよう。
「やー、ごめんね。本国の偉い人からの通信で」
本国ってミカリアなのかアーユフェルなのか…この場合はアーユフェルなのかな?と、聞けばわかるけどあえて突っ込む事でもないかと思いつつ、小さく首を振って笑顔をつくる。
「お昼、どうしますか?そろそろいい時間だと思うんですが」
戻ってきて元居た席に座ったヴィリン様は、少し驚いた様子で逆に聞いてきた。
あれ、変なこと言ったかな?
「そうだな、外に出る?どこか美味しいお店知ってる?って地元だから知ってるか。案内してくれるならご馳走するけど…」
「や…キャロンとベーコンのパスタくらいなら作れますが…」
「スペシャルメニューだね」
「賄いとも言い難いぐらいの料理ですが…」
「折角だから、お願いしようかな。手料理も恋しいし」
そう言って首の後ろを触るヴィリン様の笑顔は晴れやかだ。
「ご自分では料理されないんですか?上手そうなのに」
「忙しくて、わりとどうでも良いかなってなっちゃうんだよね。接待の時もあるし」
「ああ、わかります。疲れてたりすると自分一人のために料理する気にならないんですよね」
「そうだね。だから野菜ジュースを買って飲んだりしてるよ。気休めかもしれないけど」
「あはは、やらないよりかは全然。でも私は朝はちゃんと食べるかな。お昼どきは慌ただしかったりして、時間がずれ込む事もあるから」
「仕事柄だね」
「はい」
冷めてきたコーユを飲み干して、パスタを作り始める。
カウンター下のシンクでキャロンの葉をむしりだすと、ヴィリン様は通信アクセサリーのチェックを始めたようだった。
わりと無心になれるので料理は好きだ。もちろんめんどくさい時もあるけど。
手前のコンロからやかんをどかして、鍋を火にかけてお湯が沸騰するのを待つ。
その間にベーコンを食べやすい大きさに切って三口あるコンロの一つにフライパンをのせて油を引き、香り付けの香味野菜を軽く炒めておく。
「あ、匂い大丈夫ですか?」
しまった、何も考えてなかった。クリームソースにすれば良かったかな。
「うん。いい匂いがしてきたね。大丈夫だよ、休みだし」
「良かったー。すみません、先に確認すべきでした」
「いいよ、気にしないで。俺こそ何から何までごめんね、休みなのに」
「いえ、それこそ気にしないで下さい」
ヴィリン様とはいつの間にか気遣い合戦になってしまう。
「はー、美味しかった!」
「お粗末様でした」
この地方特産のカラフルな焼き物のお皿の中は二人とも空だ。
スープもちょうど良いくらいに残って加減が難しいけど、今日は良く出来た方だと思うって…いつも良く出来ないといけないんだけど、本当は。
「ねえ、そうだ。迷ってたんだけどさ」
「はい?」
「識別番号、教えて欲しいんだ」
「え、はい。いいですよ?」
急に改まるから何かと思った。
「え、そんなテンション…?結構緊張したんだけどなぁ…」
「はい…?」
「い、いや。良いんだ。良かった」
ヴィリン様なら番号を交換するのに何の抵抗もない。
お互いの番号を交換しあって作動方法を確認し合う。
私は振動からのオープンでのマーク表示、のち、表示応答。文字表示の場合はその都度設定。
ヴィリン様は光でクローズのマーク表示、それからオープンでの表示応答。文字の時は指輪タイプなのでクローズ、オープンどちらでも表示可能。
便利そうだけど、私は仕事柄指輪するわけにはいかないからなあ。
「大丈夫そうだね」
「はい」
問題なく作動し合う事を確認して番号交換を終える。
ルクレチア様にはどう言うべきなのだろうかと考えながら、そう言えばアルベルトには悪いことしちゃったなあと思い出す。
お客様はヴィリン様だけだけど、結局今日もお店開けてるのと変わりない。
「じゃあ、今日はこのへんで失礼するね。色々有難う」
「いえ、こちらこそ。髪飾り、ありがたく使わせてもらいますね」
と、首をずらして見せる。
「今度はデートに誘わせてね」
「え!?」
「はは、あ、代金。ここにおいておくね」
カウンターを見てみればお札が二枚。貰いすぎである。
「いえいえ、その半分で充分ですっ」
「じゃ、何かあれば連絡するね。また」
カランカランと音をたてて去っていく姿をカウンター越しに見送る事になってしまう。
やられたなあと思いながら、私は有り難くお札をレジにしまうのだった。