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思いがけず

「ふぅ…よいしょっと」

あ、よいしょって言っちゃった。言わないように気を付けてたのに。


店の鍵をあけて店内に入った私は、カウンターの上にリュックとトートバッグをおろして息を吐いた。


カウンターの焦げ茶よりは明るいトーンのブラウンの天然木の床、キャメルの革張りのカウンターチェア。

奥のテーブルはカウンターと同じ色合い、セットになっているアームチェアはベージュの革張り。


ちょっと値は張ったけど、六脚だけだけど…アームチェアは特注で作ってもらったものだ。クッションが厚くてすっぽりはまる感じがすると好評だ。

学生の時、アルバイトで貯めたお金がごっそり消えてしまったけど良かったとは思ってる。



あ、お店の各所に点在している大小いくつかの鉢植えにお水あげなきゃと思いながら、まず窓を開けに店の奥に行く。


狭いベランダでも頑張れば二人掛けで一組ぐらいはテーブル用意出来そうだよなあとは思うけど、緑達の特等席になっている。

そこまで目もまわらないだろうし、今のままで充分かな。


窓を開け終えて店内に戻った私は、カウンターに入れるように開けている部分からカウンターの内に入り、壁の棚に買ってきたコーユ豆を片付け始める。

これが終わったら、店内のモップ掛けと掃除をしよう。

で、終わったら遅めのランチを軽く食べに街へおりようと決める。


って、その前にお水かな。緑にも、私にも。



コーユ豆を片付け終えた所でカランカランとドアベルがなる。

あれ、ちゃんと閉店になってるよね、看板。

前にもこんな事あったなあやらたまにあるよなあとも思いつつ、「すみません」と言おうとした所で、予想外の人影にその人の名前を呼ぶ。


「あれ、ヴィリン様?」

「やあ」

「やあと言うかどうしたんですか?と言うか、今日は定休日なんですが…」

「ダメかな?」

「いや…ダメかなあと言われますと…」

白いマントではなく、フチにオレンジの糸で刺繍の入ったラフな淡いピンクのシャツに麻だと思われる涼しそうなフォグブルーのズボンを穿いたヴィリン様を見て、取り敢えず入ってもらう事にする。

入り口があいていると他のお客様まで来てしまう場合もある。


「ごめんね。いるかなあと思って試しに開けてみたら開いたものだから」

「ルクレチア様が見てたら怒られちゃいそうです…」

「あはは、あの時のご令嬢だね」

カウンターに座ったヴィリン様にお冷を出す。

「たまに…うーん、たまにかな。来られるんですよ。賑やかで楽しいです」

「最近は一人でフラッと来ることもないからなあ。セルジュと一緒だものね、いつも」

「ヴィリン様にその気がないなら、鉢合わせない方が安全ではあるかもしれません」

「ん?」

「え?い、いえ。今の話は聞かなかった事にして下さい」

ルクレチア様が来られた時、毎回のように…いや、話の半分くらいにヴィリン様の名前が出てきているような気がする。

少なくともルクレチア様にとって同じ国の皇太子であるはずのセルジュ様の話より多くはある…。


「いつもはティーのご注文ですが、たまにはコーユでもいかがですか?さっき仕入れてきたばかりなんです」

「そうなんだ。じゃあ、たまにはコーユお願いしようかな」

「はい!アイスにしますか?ホット?」

「そうだな…ホットで」

「何種類かあるんですが…ブレンドでよろしいですか?」

「うん。入門者なので…というかごめんね。休みだったのに」

「いえ、いいんですよー。あってないようなもので今も掃除しようとしてたので」

「そうなんだ、お疲れ様です」

「いえ、ヴィリン様こそ。今日はお休みなんですか?」

「うん、俺の場合は不定期なんだけどね」


そんなお休みの日にわざわざうちに来てくれたのか、有難いなあ。


沸騰してきたやかんの温度を確かめながら耐熱ガラスで出来たドリッパーに紙のフィルターをのせて、ミルで挽いたばかりの粉を入れてトントンと均す。


「アーユフェルで今流行ってるヘアアクセサリー。いつもお世話になってるお礼…気に入ってもらえると良いんだけど…」

「えっ!?い、いいんですか?あ、有難う御座います」

ヴィリン様がおろしたワンショルダーのバッグから小さな紙袋を取り出して、カウンターの上に置いた。


私は沸騰させてから少しおいたお湯をドリッパーをのせたコーユサーバーに少し注いで、数十秒蒸らしてから淹れ始める。

袋の中身を見てみたいけれど、コーユを淹れてから。


「んー、良い香りがするね」

「そうですか?良かった」

サーバーに黒い液体がたまっていくのを見守りながら、少しずつお湯を足す。

今日はお休みだから自分の分まで淹れちゃってたりして。


「よし、出来ました」

温めていたカップのお湯を流して、軽く拭いたら淹れたてのコーユを注ぐ。

茶器はヴィリン様に合わせて白地に青い模様の入ったものにした。


「お待たせ致しました。あっ、そうだ。ミルク。ちょっと待ってて下さいね」

大事なものを忘れていた。

「はい」

小さな陶器のミルクピッチャーにミルクを入れてヴィリン様に渡す。

「うん、有難う」

微笑んでくれたヴィリン様を見ながら、そっと紙袋に手をのばす。

中を確認してみると左右に櫛状のものがついていて、網状のゴムに沢山のビジューがついている髪をまとめる時に役立ちそうな白いヘアアクセサリーが入っていた。


今日はまとめて来ようと思って忘れたけど、胸辺りまである長い髪。営業日にはいつもまとめている。

「わあ、有難う御座います。早速つけてみてもいいですか?」

「俺としては髪をおろしているレイチェルも新鮮で良いけどね。でも是非試してみて」

「えっと…どうやったらうまくいくかな」

新しいアクセサリーはコツがいる事もある。

「やってあげるよ、後ろ向いて?」

「い、いえいえ。そんな」

「いいからいいから。えーっと、ここをこうしてと…」


そわそわして、そう言えば男の人に髪を触られるなんて久し振りじゃ…!?と、動揺する。



「はい、出来たよ。うん、似合ってる」

「有難う御座います。なんかすみません…」

これを渡しに来てくれたのかな。

今度の予約の時までにつけ方を練習しておこうと思いながら、つけてくれた部分を触って確認してみる。

鏡はトイレにあるけど、後ろだから見えないだろう。手鏡も今はないしなあ。



申し訳なく思いながら、カウンター内に置いてある折り畳みの木の椅子を引き寄せて座り、自分にも淹れたコーユに口をつけた。

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