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所以

そんなこんなで、私は溜まったグラスやカップを布巾で拭きながら何となく二人の会話を聞いていた。


冬でもアイスの注文が入るように、夏でもホットの注文が入る事もあるし、今日もあったので、カップとソーサーを食器棚の所定の位置に片付けて二人のお冷の残り具合を見る。



「今は均衡が保たれている。父上は更に領土をひろげたいようだが正直あまり気は進まないな」

「へー。確かに今以上領土が広くても状況把握も大変そうだしなあ。式典で帝都に集まる貴族だけでも相当な数なんだろう?諸国の王族を含めると、気疲れしそうだ」

「その時にもよるが…挨拶がある人で二百ぐらいか。招待されてくる客は王侯貴族だけとも限らないしな」

「帝国も甘くはないかー。堅実になるのも仕方ないなー」


「世界を渡り歩いているヴィリン様に言われるのも不思議な感じですね」

二人がカウンターに座っている場合は会話に入ってもいい時だ。

でも入るタイミングを掴むのはいつも難しい。

二人のグラスに水を注いで、それ以上は控える。

「術があるのは良いのか悪いのか、遠い国ばかりに行かされてるけどね。問題のある国が少ないのは救いかな」

「それこそ、ヴィリンほどの才能を簡単になくすわけにもいかないからだろ」


ヴィリン様の生まれは東大陸にあるミカリアという国だと聞いている。

そのためか様々な国から来ていた誘いのうちから同じ東大陸にあるアーユフェル王国に仕えるようになったらしいけれど、その内で二国間で何らかの取引があったらしいというのはルクレチア様情報だ。

生まれた家は名門とかではなく、私と同じようなごく普通の…でも家よりは裕福なお家みたいなのでそんなに難しい条件とかではないんだろうけど、才能がある人はそれなりに苦労もあるのだろう。


「身を守る事にも長けてるけども…一応」

「ならまた手合わせするか?」

「それは、剣で?それとも魔術で?」

「混合…でも分が悪いか。剣なら負ける気はしないが」

「いや、勝敗が見えてる勝負なんてやめておこう」

「それもそうだな」

つまりは魔術はヴィリン様、剣はセルジュ様が強いという事かあ…。

私は残ったグラスを拭き終えて、コーユの豆をミルにかける。

夜の準備もつつがなく。

午後の日も少しずつおりてきている。夕日にはまだ早いけれど、少し窓を閉めようとカウンターを抜け出す。


「鍛錬には付き合うから言ってくれ」

「今のところは自国の訓練で間に合ってる、ありがと」



「焼き菓子とロージ茶という南大陸原産の珍しいお茶、サービスです」

窓を閉め、再びカウンター内に戻った私はさっき火にかけて沸騰させたお湯でロージ茶をいれて、ケーキとは別に作っておいた小さな焼き菓子を二人に出す。

「悪いな」

「おお、ありがと」

渋みはあるけど後味すっきりなお茶、気に入ってもらえるといいけどな。

窓を閉めたのも、お茶をホットにしたのも、海風が強くなってきて少し肌寒いような気がしたからだ。


「うん、美味しいよ」

「南大陸は遠いからな。物資を運ぶ船も時間がかかるし」

どうやらまったりタイムになってくれたらしい。良かった。


魔術であちこち行き来出来る世界。でも大陸毎に張られている結界には種類の違いがあるらしく、魔術を使って大陸と大陸を行き来するにはコツがいり、そのコツを掴むのは難しいらしい。

私は初歩的な魔術しか使えないからわからないけど、同じ大陸内の移動なら難しくはないのは、私もわかる。


だからと言うべきか、同じ大陸でない場合は船も使われたりする。

大陸間の物流の基本はむしろそちらかもしれない。

魔術で運ぶより低コストで運べる。と言っても船にも一応魔術は使われているけれど。


でもヴィリン様には些細な事なのかもしれない。

このお店にもそれなりに通ってくれているしなあ。


焼き菓子を口にするセルジュ様を見て、置きっ放しになっているケーキの箱を見る。

邪魔にはならない場所に置いてあるからいいんだけど…そう言えばセルジュ様には側室が二人いらっしゃるんだよなあ…と、ふと思い出す。

頼まれた四個は誰の口に入るものなんだろう。とは聞けないけど、もしかして皇帝陛下の口に入るものだったらどうしようなんて今更思い付いたりして、でもどうなるものでもないし、セルジュ様も美味しいって言ってくれてたし、で何だか力が抜ける気がする。



…でも、聞いてみてもいいかな。

やや、やっぱりやめておこうと悩む私を見てか、ヴィリン様が口を開く。


「疲れた時に甘いものは女性だけの特権ではなさそうだ」

「同意する」

「美味しかったよ、ありがとね。もう行くか、セルジュ」

「そうだな、また来る。次回の予約を入れてもいいか?」

「はい、どうぞ。って、ケーキの用意をするので少々お待ち下さい」


聞くのはまた今度になっちゃったな。


「…えっと、いつでしょうか?」

私はケーキをトングで箱に詰め終えて、レジ横に置いたカレンダーを持ち上げてペンを持つ。

「十日後の今日と同じ時間で構わないか、ヴィリン」

「大丈夫だけどその日はあまり時間が取れないかもしれない。その五日後はどうかな?」

「ああ、急ぎの用事が入らなければ大丈夫だ」

「じゃあ、その日に」

「十五日後のお昼ですね。承りました」

カレンダーに書き込んだ後、セルジュ様にケーキの箱を渡して二人から代金を受け取る。


「ありがとうございました。またお待ちしております」

カウンターのレジ越しに腰を礼をする。


「ああ」

「じゃあまたね」


カランカランとドアノブが鳴って、二人が帰っていく。

ヴィリン様がさっと看板を変えて黒板を置いている姿もドアのガラス越しに見える。


そのお礼はいつ言うべきなのかと思いつつ、実は自分が食べたいがために作っていた二人に出した焼き菓子の余った分を口に含んで、片付けを始めた。

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