結局
「この店は古くからこの土地で営業している老舗なんだ」
「へぇ…!柱も年期入ってそうですもんね」
でも良く磨かれているのか、艶があってライトの光を優しく反射している。
セルジュ様はテーブルのはしに置かれていた茶色い皮のメニューを開いて、私に手渡してくれる。
「帝都名物のプレタルも焼きたてで出してくれる」
「やっぱり、食べておくべきですかね」
「むしろ食べないのか?」
「いえ、食べます!」
言ってしまった。外せなかった…。
「飲み物はどうする?」
「カプチーノでお願いします」
自分で作る時は手間のかかるメニューでも、人が作ってくれるとなると気楽なものだったりして。
これからの季節は温かい飲み物のオーダーが増えるから、ちょっと大変になるんだよなあ…なんて思っていると、セルジュ様がテーブルに置かれていたベルを鳴らしてウェイターさんを呼ぶ。
程無くしてウェイターさんがやってくると、セルジュ様はメニューをテーブルに開きながら注文をしていく。
「バターとショコラのプレタルが一つずつとブレンドとカプチーノも一つずつ」
「はい。以上でよろしいですか?」
「ああ」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
注文をさらさらと書いて下がっていくウェイターさんの背中をながめて、出されたお冷に手をのばす。
「何はともあれ、ドレスが決まって良かったです。ありがとうございました」
「そうだな。よく似合っていたよ。後は髪以外のアクセサリーだが、私の方で用意するがそれで良いだろうか?」
「あっ、そうですね。ヘアアクセサリーだけじゃなくてアクセサリーも必要ですよね…って、あれこれすみません」
「誘ったのは私だし、帝国所蔵の使われていないアクセサリーもあるから心配はいらないよ」
「じゃあ、お借りさせていただきます…」
「そうして欲しい」
今更ながら、夜会のハードルは高そうだ。
「後日、都合が良い時に届けに行くからその前に連絡を入れる」
「あ、はい。って私に夜会の日まで預けちゃって大丈夫なんですか?」
私のアパートにはお城のような強固なセキュリティは存在していない。
「レイチェルならしっかり保管してくれるだろう?」
「でも、です…」
「なら、そんなに高価なものでなくて良いならプレゼントさせてくれ」
「えっ、いえ、そんな」
答えに迷っていると、ウェイターさんが先に飲み物を持ってきてくれた。
せめてここのお会計は私が払おうと決めながら、カプチーノに口をつける。うん、美味しい。
ほうっと息をつくと、隣で優雅にカップを持つセルジュ様がクスッと笑った。
「気が抜けた顔をしている」
「え、そうですか?」
「ああ。振り回してしまって申し訳ない」
「あ、いえ。ただ…縁遠くて、慣れない場所だったので」
お店も道もコンパクトなカヒノとは全然違う。
カヒノにはカヒノの良さが、帝国には帝国の良さがあるものの、まだまだ帝国の雰囲気になれていない。
もしセルジュ様が一緒じゃなくて、私一人で帝国に来ていた場合だったら寄るお店もまた違っただろうし。
「あんまり見る所もないかもしれませんが、今度は私もセルジュ様をカヒノで案内しますね」
「ああ、頼むよ。カヒノは綺麗な景色も楽しめるし、レイチェルのお店も好きだよ。凄く落ち着く」
「あ、ありがとうございます」
セルジュ様がさらっと言う言葉がぐっと胸にくる。
「お待たせ致しました、バターのプレタルとショコラのプレタルで御座います」
先程から接客してくれている黒い服のウェイターのお兄さんが私達の前に焼きたてのプレタルを届けてくれる。
結構大きめなんだなと思いながら、「どちらも食べてみたいだろう?」と甘い言葉を囁くセルジュ様の誘惑にのり、私達はまだあつあつのプレタルを半分ずつに千切ってお互いのお皿にのせる。
レシピを調べた事はあるものの、食べるのは初めてだ。
一口食べてみれば、サクッとした外側に、ふわっとした内側の食感。
甘さもそこまでではなく、素材の味がいきてる感じがする。
バターもショコラもどちらも美味しい。
素朴な感じもあるから、甘いカプチーノとも合う。
コーユはブラックのセルジュ様もいつも通り甘いものは別のようだ。
「美味しいですね」
「そうだろう?この店のはとくにお気に入りなんだ」
目を輝かせるセルジュ様が珍しくてふふっと笑ってしまう。
皇太子という立場柄、頭を使って疲れて糖分摂取もしたくなるのかもしれない。
「アクセサリーはお借りする事にしますね」
「そうだな、そうしてくれ。いざとなれば私が処理するし深く考えないでいい。何なら当日は流石に無理だが、前日に届けに行く事も考えておくから開けておいてくれると嬉しい」
「わかりました」
「エスコート出来ないのが残念だが、当日を楽しみにしているよ。この後ヘアアクセサリーも見に行くしな」
「そうでしたね。この際ですから飛び切り質の良いものにしちゃおうかな!」
「任せてくれ」
…言ってみただけで了承されてしまうのも危険である。