決め手
仕事は忙しかったり暇だったりで緩急はあるけれど、気が付けば一日が終わっている。
だけれど、やってきました…ルアノーブ帝国帝都カタラルレ。
…連れられました、ドレスショップ。
帝都は広かった。道端も広かった。…ついでにドレスショップも広くて大きかった。
おかしい。いつものふらっとするショッピングと何もかも違う。
予約していたのか、それともその目立つ風貌からか、もしくは常連さんなのかもれない。
お店の人はすぐに皇太子のセルジュ様だと察したようだった。
そして私の店より濃い焦げ茶の木のフロアを抜け二階の奥の広い試着室のある部屋へと通され、黄色い柄の入った布張りのソファに座るように促されて、セルジュ様にならって腰掛ける。
目の前のアイアンの脚にガラス天板のテーブルの上にはドレスのカタログが置いてあり、案内してくれた店員さんは「そちらをご覧になりながらお待ち下さい」と、下がっていく。
しばらくすると、数人のお姉さん方が何着かのドレスとドレスインナーを持って部屋に入ってきた。
私は「こちらへどうぞ」と両開きのカーテンがある淡いピンクの絨毯がひかれた試着室へ案内され、立ち上がる。
よし、ここからが本番…って本番は夜会だからまだかな。
午前中まではいつも通りの日だったのに、待ち合わせからして緊張していたし、「待たせたな」の言葉にどきっとしながら、なぜかちょっと安心したりした秋のはじまり…。
「では」
お姉さんの一人がセルジュ様に一礼すると試着室のカーテンが引かれ、私はラックに掛けられた何着かのドレスを見せられる。
「気になるものは御座いますか?この他にもご用意出来ますし、ご希望がありましたらお持ち致しますので遠慮なく仰って下さいね」
「ありがとうございます。どれがいいかなあ…ドレスを選ぶことなんてなくって…」
「そうですね…こちらのお色はいかがでしょうか?髪のお色とも良く合いますし…」
落ち着きあるトーンの濃いめのピンクのドレスを体にあてられて、大きな鏡を見つめれば休日用のお気に入りの白いワンピースを着たいつもの私…。
「そちらでしたらこちらのインナーが合いますよ」
数人いたお姉さん達の殆どは退室していて、試着室の中には私と二人の店員さんがいるだけだ。ドレスをあててみてくれているお姉さんとは別の、もう一人の店員さんがインナーを合わせてみてくれる。
至れり尽くせりであっという間に一着目を着せられて、カーテンが開かれる。
「悪くないな」
セルジュ様にはまずそんな感想を頂いた。
じ、自分としてもそこまで見られないわけでもないんじゃないかななんて思いながら、お姉さんの見立ててで次々に着せ替えられていく。
胸元が空いたドレスなんかでは寄せてあげられたりしながら、段々と疲労困憊になってきて、七着目でセルジュ様の瞳の色を少し濃くしたような…薄紫のような色の上半身はフリル袖のシルエットのボートネックで、スカートもいくらかふんわりしたロングドレスを着て見せた時にセルジュ様も納得したように頷いた。
一緒に夜会へ行くヴィリン様も白い髪にロイヤルブルーの瞳で、アーユフェル王国魔術師団の青と白の正装で来るとの事だし何となく釣り合いもとれる…かな。といいな。
お財布を握っているセルジュ様…って私全然値段見てないけどいいのかな…と気が付いた時には試着室のカーテンの中でいつものワンピースに着替えた後で、着替えている最中にどうやらお会計も済んでしまっていたらしく、店員のお姉さんが脱いだばかりのインナーやドレスやらを早速整えて丁寧に包んでくれていた。
あんなドレスいいのかな…やら、置き場所あったかなやら、そういえば当日の髪型どうしようなんて事も今更気が付きつつ、セルジュ様の気遣いにもお店のお姉さん達の手際の良さにも感服してしまう。
夜会の当日は早くお店閉めて準備しなきゃなあ。
最初に通されたソファに座って何気無くカタログを見ていたら、値段表示がされている事に気が付いて思わずぱたっと閉じてしまった。
多分知らない方が幸せだしセルジュ様の面目は保たないとです。
「あの、セルジュ様。髪の毛ってどんな感じが良いとかありますか?帝国の夜会なんて初めてなので…」
ルクレチア様に相談してみようかなあとも思ったけど今のうちだし、一応確かめてみる。
「そうだな…女性の髪型に厳密な決まりはないんだが…。完全にアップにしている者もいればハーフアップの女性もいるし…まとめていた方が無難ではあるが、もしアクセサリーが必要であればこの後見にいこうか。この店にもある事はあるが専門店の方が的確なアドバイスももらえるだろう」
「あ、いえ…そんな」
さっきお姉さんにも聞いてみれば良かったかな。
品物を包み終えようとしているお姉さん達を見て、ちょっと出遅れてしまった感を味わっていた。