甘いのはケーキだけじゃないのかも
セルジュ様が右手首につけている皇家と皇太子の紋が彫り込まれた金属製のバングルの紋の部分を押すと、私のイヤーカフと同じようにまず三センチ大の何色かにわかれた光のマークが浮かぶ。
私のと同じようにオープンで使うタイプのようだ。
ちょっと意外かも、と思いながらプロフィールを呼び出してセルジュ様に見せる。
登録の際の設定はセルジュ様に任せる事にする。
「あっ、番号交換してる!わたくしとも交換しましょう!」
奥からそんな声が聞こえて来たところでセルジュ様が登録を終えたようで、通信の確認に着信を入れてくる。
「はい。無事完了したようですね」
「ああ。ありがとう」
わー、本当か。
私の登録者が段々と豪華になっていく。
カツカツとヒールの音を鳴らすルクレチア様がカウンター席にずいっと近寄って来て、そのままセルジュ様の隣に腰掛ける。
「失礼致しますわ、殿下」
「変わりないようだな、ルクレチア」
「はい。お陰様で」
プロフィールを開きっぱなしなままで、私は二人のやり取りを見守る。
貸切だし、信頼出来る人達だから良いんだけど、ちょっと間抜けのような気もする…。
「セルジュ殿下。今日はお忙しい中わたくしのために時間をわけて下さった事、心より感謝致します。有難うございました」
「其方も色々あるのだろう。其方の両親にも世話になっている、良く伝えておいてくれ」
「承知致しました」
その言葉を聞いて席を立ち、奥の席に向かうセルジュ様を見て声をかける。
「あ、すみません。今食器類を移しますのでお待ち下さい」
「急がずで構わないよ」
「あ、はい」
と、そのままルクレチア様がいた席に座られしまった。
「そうですわ、プロフィールオープンのままですもの。待って下さいね、今登録してしまいますから」
ルクレチア様は胸につけている小ぶりなピンクの石のブローチを操作している。
ヴィリン様と同じように、石の中でも確認出来るタイプらしい。
「よし、出来ました。番号認証がついているタイプも便利ですよ?」
「私に扱いきれるかどうか…」
「そうですか?大丈夫な気がするけどな」
プロフィールを閉じて、着信チェックのモードになったところでルクレチア様から文字メッセージで確認が入ってくる。
『今日は本当にありがとうございました。振られちゃいましたが、お陰ですっきりしました』
確認にしては長いメッセージだけど、私はセルジュ様の前の食器を片付けにいく前に返事を送る。
『ルクレチア様なら素敵な男性を見つけられます。縁談に限りませんし…って貴族令嬢だとそういうわけにもいかないのかな…』
「ええ、出来ることはしてみます」
「はい」
私はカウンターに立ったまま頷いて、ルクレチア様と笑顔で微笑みあった。
☆★☆
あれから一週間。
あの日はあの後、ルクレチア様が早々に帰られてヴィリン様とセルジュ様はいつものようにそれから一時間くらい話し込んでから帰っていった。
次回の予約も今日から数えて一週間後に入っている。
ヴィリン様やルクレチア様とは文字メッセージをやり取りしたり、ルクレチア様は相変わらずふらっと店にやってきてはお喋りをして帰っていく。
でも自国で魔術好きな令嬢を集めて同好会を設立しようと行動しはじめたようで、忙しくはなってきてるみたいだ。
帝国は広いし、メンバーを集めるのにも苦労していないらしい。
そんな時、今度はセルジュ様がふらっと店に現れたのだった。
「あれ…いらっしゃいませ?」
思わず疑問形になってしまった。
昼下がり、奥の席には二組お客さんがいる店内。いつもよりは騒がしいかもしれない。
奥に座るかカウンターに座るかセルジュ様に任せてみれば、セルジュ様はカウンターを選んだ。
「アイスコーユもそろそろ飲みおさめかと思って来てしまった」
「メニューには一年中表記されてますし、ご注文頂ければお出しできますよ」
クスクスと笑いながら、おしぼりとお冷をカウンターの上におく。
「美味しく飲むには季節もあるだろう?」
「そうですね。ケーキは如何致しましょう?」
「貰おうかな」
「はい。かしこまりました」
今日のアイスコーユはまとめて作っていたので、セルジュ様の好みよりは少し薄いかもしれないけれど、すぐに出すことは出来る。
なるべく薄くならないようにグラスに入れる氷を少な目にしてアイスコーユを注ぐ。
今日のケーキはミルクレープだ。
よく冷やしたから崩れにくくはなってるけど、口当たりはどうかなあ。
切り分けたミルクレープをお皿に移して、フォークを添える。
セルジュ様はブラックだから、あとはストローを用意して準備完了。
「ヴィリンもたまに来たりしているか?」
「最近はそうでもないですね。でもお二人とも定期的にいらしてくださってるので、何というか…久しぶりな気はしないですね」
失礼かなと思いつつ、笑ってしまう。
「ルクレチア様はよくいらっしゃいますよ」
「ああ、その様だな」
「帝国内の情報網はどのようになっているのでしょうか。私には見当もつきませんが」
セルジュ様の前にアイスコーユとケーキを並べる。
「知りたいのか…?」
アイスコーユを一口含んでミルクレープに手をつけるセルジュ様は、ネイビーのシャツの腕を捲っていて胸元も少し開けている。
店内は今は窓を閉めきっているけど、帝国は暑かったんだろうか。
でも今日は風も強いしなあ。
「知りたいような、知りたくないような…。同じ大陸でも遠い国のような気がしてしまいますね」
情勢はそうでもないかもしれないけど。
でも、休みの日も店に来たりしていてそう言えば遠出していないなと気が付く。
「そうか。機会があれば帝国内でも案内しようか」
「そうですねえ…って、そんな畏れ多い」
セルジュ様はふふっと笑うと、アイスコーユを少し多めに飲み込んだ。