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取り越し苦労

ヴィリン様に送った文字通信は十分程度で返事がきた。


『セルジュも良いと言ってるからルクレチア嬢に明後日の昼来られるか聞いてみて欲しい』



「ルクレチア様、明後日のセスタ入りぐらいの時間にうちに来られますか?」

「明後日…ええ、勿論。ヴィリン様が来られるなら何としてでも来ます」

すぐどうにかなるわけでもないけれど、彼女からすれば大きな一歩だろう。


「わかりました。返事を出しますね」

「はい。よろしくお願いします」


ボタンを押して入力モードに変える。営業中でなければ音声からの文字変換にも出来るけど、今は一応お仕事中。

奥にお客様もいるし、なるべく静かに手短に返事を出す。


『来られるそうです』

『了解。よろしくね』


すぐに返ってきた返事を確認して通信を終了する。ヴィリン様もわかってくれているだろう。


「無事約束出来ましたよ」

「本当に…?嘘みたい、またヴィリン様とお会い出来るなんて…!ああ、何を着てきましょう…どうしよう」

と、両手を頬にあてるルクレチア様は、これ以上ないくらいに乙女のような気がしました。





☆★☆




自分のお喋りに夢中になっていると他の人が近くで何かを話していてもあまり気にならないと思う。


でも狭い店内、奥のテーブル席に座ったヴィリン様とルクレチア様の攻防戦…を真横にカウンター席、つまり私の目の前に座っているセルジュ様との会話をどうにか盛り上げようとする私は四苦八苦していた。

セルジュ様との会話が盛り上がらないとヴィリン様とルクレチア様の会話が丸聞こえで、意識もそちらに集中してしまう。

間の悪い事に今日は雨で、窓も閉めきっているし。


今日最初に店にいらしたのは予想通りルクレチア様だった。一時間も前に到着されて最初はカウンターで私とお喋りしていたけど、丁度予約の時間帯にヴィリン様が来られてからは奥のテーブルで二人で話始めた。

数分後にセルジュ様も来られたけどヴィリン様とルクレチア様、それぞれがセルジュ様に挨拶されるとセルジュ様は最初からそういうつもりだったというように、カウンター席に座った。

確かに正しい判断だったと思う。

奥の席をくっつけて置かなかった私にも責任はある。


でもでも、だけど、二人の会話丸聞こえでもどこ吹く風で優雅にホットコーユに口をつけるセルジュ様の動じなさが羨ましい。

最近はアイスコーユだったのに、今日はなぜかホットの酸味が強いコーユだし。



いや、ここはちゃんと二人の会話を聞いておくべきなのだろうか。

お店として開業している以上、二人を残してセルジュ様とお出掛けというわけにもいかないし、。


でもどうしても聞いちゃダメなんじゃと思ってしまう私は覚悟が足りないのか…と言うか、ヴィリン様が来店された時に何だか残念そうな顔をされてしまったのも地味にショックだった。



「どうした、一人で百面相して」

「え、そうですか?」

「ああ、浮き足だってるように見えると思えば、はっとしたように顔をあげたり、忙しそうだ」

「セルジュ様の冷静さが羨ましいんです」

流石帝国の次代を担う皇太子と言うべきなのだろうか。密談にも慣れっこなのかもしれない。と、妄想だけは捗っていた。


仕事用の服にいつもの白いマントを脱いだヴィリン様と、ヴィリン様に合わせてか白い清楚な膝丈のワンピースを着たルクレチア様は深い事情を知らなければお似合いのカップルの様にも見える。

ひとまずの決着がどこに落ち着くかはわからないけど、ヴィリン様に貰った髪飾りをつけている私も私かもしれない。


セルジュ様には番号を聞かれる事はないんだろうなと思いながら、本でも開いて読み出しそうなテンションのセルジュ様を止める術もなく、私は大人しく諦める事にする。

セルジュ様も忙しい中をヴィリン様と会うためにやって来たはずが、ルクレチア様のことで思わず予定がずれてしまったような心境なのかもしれない。

なんて、それは考えすぎかな。


私はいつもの仕事着の白いシャツと黒いズボン、深緑のエプロンをさっと整えて新たにやかんでお湯を沸かせ始める。

昨日の夜、新しい茶葉を仕入れてきたのだ。

セルジュ様はまだホットコーユを飲みかけだけど、奥の二人は冷たいのを頼んだせいか、減りが早い。

今日も貸切りだし、まだ夏とは言え、温かいのを飲むとほっとしたりもするし心ばかりなので良しとしよう。

この茶葉はホットが美味しいのだ。


ちなみにセルジュ様には日替わりケーキではなく試作品の冷やし固めた簡単チーズケーキを用意している。

喜んで貰えるといいな。

日替わりケーキも用意しているけど、作りなれないレシピのお菓子はまずサービスで出してみる。

お世話になってる常連客さんだし…。


「私は君を見てる分には飽きないよ、レイチェル」

低過ぎないハスキーボイスで言われても、ドキッとしてしまいます、セルジュ様。


いきなりの名前呼びもちょっと反則だと思う。


奥の二人の会話も気にならないくらい、思わず思考停止してしまう私だった。

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