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蛮族の王  作者: 毛狩り隊
2/2


 暗い夜の帳に紛れ、目の前にある村に巨体が音もなく忍び寄っていった。

 この集落の周りにはすでに自分たちの仲間しかいないと確信している彼らの動きは迅速だった。

 あらかじめ決めていた配置につくと、持っていた獲物を勢いよく振り下ろし、中にいた人間もろとも家屋を破壊した。

 容赦などなかった。

 なぜならば、ここにいる者どもは神聖な森を切り崩した愚か者共だったからだ。

 人間は森と共存し、むやみやたらに伐り倒してはいけない。私利私欲で森を犯した者は罪人である。獣を狩る時には常に感謝し、余すことなく使用せよ。

 ―――それが、彼らの教義であり絶対の掟だった。

 しかし集落の者どもは掟を破るのに飽き足らず、自分たちの領域にまで侵犯してきた。更には十分な武装もしている。

 集落の長が、その集団を侵略者だと判断するのも早かった。


 国家群のおとぎ話に出てくる、絶大な力を持ち人々を恐怖に陥れる蛮族。彼らはその昔、おとぎ話ではなく現実でそう呼ばれていた存在だった。

 しかし悲しいかな、そう呼ばれる前までは彼らは蛮族と呼び蔑まれるような者ではなかった。


 大森林の守護者。


 それが本来の呼び名である。

 きっかけは些細なことだった。何百年もの前の帝国の為政者が彼らを配下に置きたい、と「お願い」という名の命令を下したせいで、そのお願いに反抗した守護者と帝国の間で戦が起きた。

 守護者の苛烈な攻撃に耐えきれずに帝国は後退したが、その際に自らを棚に上げ、森の守護者を分をわきまえぬ蛮族として罵った。彼らが追撃しなかったのも帝国の姿勢に拍車をかけた一因であろう。

 それからは帝国のみならず国家群の人間は、恐れからか守護者たちを自分たちより文明の劣る、暴力でしか解決できない蛮族として彼らを扱った。

 それから守護者の名前が消え、蛮族としておとぎ話でしか語られなくなった頃――つまりは今現在だが――帝国及び国家群は再び過ちを犯してしまったのである。


   *


 日の光を浴びて黄金色に輝く長い髪をたたえ、きゅっと引き締まった筋肉を持ち、出るところは出ているといったスタイルのよい女性が森の中を堂々と歩いていた。ただちょっと他と違うのは、その身長が2メートルをちょっと越していて、服装が個性的だというところだった。

 それもそのはず、その女性は数ある大森林の守護者のうち、帝国側に近かった集落であるレイ一族の者だったのだ。名は、アレクサンドラ・レイ・パーキウスという。


 彼女は此度の襲撃を終え、次の襲撃地点へと向かっている途中で腹が減ったので鹿を捕まえて食べていたのだが、気づくと他の氏族の者はみなすでに移動した後だった。

 それも何もかも、ここまで侵略してきた不届きものたちが悪い。そんな悪態をつきながら、音もたてずに進んでいく。

 うだるような暑さが肌にまとわりつくが、ほどよい風遠しと木陰でまだ耐えられる、といった感じだった。

 近くに流れの緩やかな川があったな、とアレクサンドラは頭の中に大森林の地図を思い描き、鼻を動かすと水の匂いが漂っているのが感じられた。


 汗を流すことができる!


 そう思った彼女の足取りは心なしか軽やかであった。

 目当ての場所に出たアレクサンドラは身にまとっていたものを必要最低限は残して無造作に脱ぎ捨て、勢いよく飛び込んだ。

 夏だと言っても川に流れる水は冷たく、気持ちよかった。

 襲撃はどうせ夜だ、それまでに間に合えばいい。それまでは自由に過ごしても罰はあたるまい、と水に浮かびながら考えていた。

 丁度背中の真ん中あたりにまで伸びている金髪が水面に揺れて真夏の光を反射する。画家が居たら一心不乱に筆を執り続けるであろう神々しさがそこにはあった。

 ぱしゃん、と水が跳ねる音がした。


「誰だ!」


 アレクサンドラは勢いよく起き上がり、腰布から短剣を引き抜き音のした方向に素早く身構えた。

 そこには侵入者にしては肉付きがよくそこまで小さくはない、赤髪の男が呆然と立ち尽くしていた。


「お前は、誰だ」


 警戒をあらわにするアレクサンドラに男は慌てて何かを気づいたようだった。


「その前に隠してくれ!」


 悲鳴に近い声を上げると、男は自分が使おうと持ってきたのであろう大きめの布をアレクサンドラに投げつけ、後ろを向いた。

 このまま跳びかかろうかと逡巡したが、男が隙なく剣に手を置いていることに気づきその考えを改めた。

 何処に敵の伏兵が居るかわからない以上、男の神経を逆なでするのは自分にとっても氏族にとっても損にはなりこそすれ、益になどならないからだ。

 手に持っていた短剣を口にくわえ、素早く布を胸に巻く。男に向かって隠したぞ、と声をかけつつ後ろの浅瀬へ後退した。

 声をかけられた男はゆっくりと振り向き、そこで息をのんだ。

 アレクサンドラはその反応に内心、首をかしげつつ再度男の素性を問う。


「もう一度言う。お前は誰だ」

「俺はアルバートン。アルバートン・フィリップス。そう言うあんたは…女神か?」

「女神?何のことだ。私は女神でも神でもない」

「……ならなんだって言うんだ?自慢じゃないが、俺は女性には事欠かなかった。だがあんたみたいに輝いて、存在感(・・・)のある女性を見たことがない。あんたが女神じゃなけりゃ、いったい何なんだ」


 アレクサンドラは狼狽した。アルバートンと名乗った男は、この男は、掛け値なしに世迷言と思える言葉を私に向かって本気で言っている!

 しかし、その動揺を彼女は理性で抑えつけた。隙を見せたら死ぬ。氏族の豪傑なら片手で倒せるだろうが、未熟者の自分では傷だらけになってしまうほどの使い手である、と彼女は真向いの男の力量を感じ取っていた。

 相手の隙を見て逃げよう、とアレクサンドラは言葉を紡ぐ。


「私を動揺させようとしても無駄だ、侵略者め!」

「侵略者?どういうことだ」


 侵略者、と言われた彼はたじろいだ。それと同時にひらめくものがあった。

 自分たちのことを侵略者と呼べるのはもともと大森林にいた者たちのみ。つまり、彼女は童話で語られている蛮族だということ。そして、その蛮族はおとぎ話ではなく本当に存在していたということになる。


「ふん、思い至ったようだな、侵略者め」

「蛮族か!!」

「はん、そんな名前で呼ばれる筋合いはないね」

「なら、なんと言うのだ。それすらも教えてもらえぬのか、我が女神よ」

「だから女神なんかじゃないっての!…守護者。我等は大森林の守護者だ」


 ――守護者。

 上の言葉を鵜呑みにする馬鹿者であったなら、一笑に付していただろう。だが悲しいかな、腐ってもアルバートンは貴族だった。それもいまどき珍しく、貴族の矜持を忘れ去っていない、だ。

 考えるだけの、いや、察するだけの頭は持ち合わせてしまっていた。


「なんということだ……私たちは、まぎれもなく侵略者であり侵入者だ…」


 アレクサンドラが目の前の男の呟きに呆れつつ、少しは話が分かる者もいるのだな、と感心していたときだった。


「だんちょー、どこまで行ったんすか、だんちょー」


 間延びした、緊張感のない声が響いた。目の前の男を探している声だということはすぐにわかった。聞こえた瞬間、男がたじろいだからだ。

 まだ声のする場所は遠いがいずれここまで来るであろう。瞬時に判断したアレクサンドラは素早く身をひるがえし、脱ぎ捨てたものを再び身に着けた。

 森へと入ろうとするとアルバートンがアレクサンドラに向かって叫ぶ。


「待ってくれ!名前、君の名前は!」

「……アレク」

「アレク、アレクだな?ありがとう!君のことは忘れない。できれば、戦場で会わないことを願っている」

「……私は使命を果たすだけだ」


 そう言ってアレクサンドラは森に消えた。

 アルバートンは一瞬にして見えなくなった彼女の残した言葉を噛みしめた。俺たちにも事情があったんだ、なんて言い訳を彼女に対して言えるわけがなかった。

 それほどまでに瞳の中に深い怒りの炎をたたえていたのだ。

 少しして、自分の騎士団の団員が川下の方から顔を出した。


「あ、だんちょー。こんな所にいたんすね。もー、カイン副団長がカンカンですよ。供もつけずにどこに行ったんだ!って。おかげで休んでた俺らも駆り出されちゃって」


 と、くすんだ茶色髪の青年がごちた。彼の名はモス。剣の腕を買われて騎士団へと入った平民である。


「すまないな、モス。カインにはもう少ししたら戻る、と伝えてくれないか」

「えー!だんちょー、俺に怒られに行けっていうんですか!」

「すまない。少し、考え事をしたいのだ」

「駄目ですよ、襲撃者がどこにいるかもわからないのに。それにつれ戻さなきゃ昼飯抜きって言われましたし!」

「……わかった、戻る」


 涼しい川べりで少しでも考えをまとめたかったのだが仕方がない。アルバートンは川から上がり、彼女が消えていった方角へと一度だけ振り返り、モスの後ろをついていった。


 

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